中学① 決行

 入学して知ったことがあった。我が中学校は昔からヤンチャな生徒が多いことで有名だったらしい。しかもどの年代の人に聞いても同じ答えが返るくらいに。

 うわぁ、マジで?

 聞くところによると、喧嘩が絶えずガラス窓を割る、トイレでたばこを吸う、上靴の踵があっという間に潰れるも良くある話で、外部からドルルンと低音を響かせたお迎えが来ることもあった、という。 

 今はそんな事はないから安心して!

 でもね。

 そういう噂が多いせいか、威厳を示すかのような上から目線で接し、置き勉してないかロッカーを逐一監視し、揉め事が起きると放課後の教室に長時間残して原因追求をし、髪の長さスカート丈の位置靴下の白さを目敏く指摘する先生がたまに居るのだ、実際。

 只でさえ決まり事や制限ばかりで窮屈なのに精神的にもがんじ搦めの日々。


 新たな友や部活での出会いも、時間が経てば小学校時代では目立つことのなかった足の引っ張り合いが横行し始めて、それを非難すれば矛先が向けられる。仲良し学区で育ったオレには衝撃的だった。

 それに加えて本当に面倒臭い縦社会。小学校でも縦割り班で学習する時間があったが、学年の括り関係なくタメ口利き放題で過ごしてきたので、これがもう超ストレス。あの頃仲良くなったお兄ちゃん達が敬語を要求し、一言でも言い間違えようものならこぞって呼び出しと説教が始まるわけです、こんな風に。

「ど、ど、どうしよう、先輩に呼ばれた……」

 総体(総合体育大会)団体の部で惜しくも関東大会行きを逃した3年生が受験のために引退してから、オレが所属しているソフトテニス部の1年生13名は、少人数ずつ呼び出されては、とある先輩方から有り難いご高説を賜れる謎の儀式を受けている。それがとうとう同じクラスのサイっちに回ってきたのだ。残るはオレを含めて5人。

 正直に言っていい?

「くそ食らえ」


 サイっちと共に呼び出し場所に赴く。

 2年の先輩数名が待ち構えている。

「声掛けたのはお前一人なのに何ツレだってんの?」

「コイツも合わせて説教だな」

「名前なんつったっけ?」

 良く見ればどいつもこいつも下位成績の面々。そんな暇があるならば、という思いが先程の呟きと共に顕現する。

「………ゼぇ」

「はぁ?」

「ガチでウザいッス、そういうの。自分等の憂さ晴らしに後輩使うのやめてください。それと、オレらはやることしっかりやってるんで作業の押し付けも止めてください」

 生意気な1年だね。ムカつくよね、図星指されたら。胸ぐら掴んでスゴむよね。このまま殴ってきちゃう?蹴り入れてきちゃう?あらら、俊敏性が求められるスポーツを一年多く経験した割には動き悪すぎでしょ、先輩。全部躱して腕を捻ったろうかな?当然、手加減するからご心配なく。誰が被害者か判るようにしないとね。でも足は踏ん張ってよ。下手くそに転ばせたらあんたらの身体とオレたちの立場がおかしくなるじゃん。

 しまった、外でうっかり使っちゃったよ、道場の先生にバレたら叱られるなぁ。

 苦悶の表情で横たわる先輩方を見下ろして、ニッコリと微笑む。

「無意味な呼び出しはこれで廃止、ですね、先輩」

 同じ頃、部活後に長々と続く馬鹿話に混ざらず、弟妹の面倒を見る為に後片付け早々に帰宅する無愛想さを理由に(←これは理不尽すぎ!)呼び出しを食らったけんちゃんが、大所帯のサッカー部の先輩数名を軒並みいた。


 この一件から先輩方に目を付けられたオレとけんちゃんは、入れ替わり立ち替わり様々なお誘いを受けるようになり、にこやかな笑顔と共にそのおもてなしをいただく前にさらりと躱す日々が続いた。

 その回数が増していけば校内中に周知され、とうとう先生からもお呼び出しをも食らうようになる。

 体よくすり寄る者はこれでもかと大事にし、枠から外れた者は頭ごなしに更正を促すていで打ち付ける一部の教育者。

 それが罷り通る理不尽ばかりの中学校生活にちょっとムカつき始めた頃、比較的時間に余裕の有る3年の先輩からお誘いを受ける運びとなる。

 いやぁ、さすがにマズいよね。

 お断りの意を込めて聞かなかったことにすると、オレたちの交友関係からアッキーを探し当て、在ろうことか手を出してきた。それを知ったけんちゃんとオレは、彼らの誘いを改めてお受けするために頭に血を上らせながら定番の人気ひとけのない体育館裏に赴き、見下す視線をガンガン送り続ける先輩方をヒラヒラ、キュキュッと対応すると、さぁ、大変!

 気付けば我が中学のツートップになっていた。

 我ながら、余りの変貌ぶりにビックリ!


 ここでひとつ、勘違いしないでいただきたい件がある。けんちゃんやアッキーと仲良くなったからオレがこんな風になった訳ではないという事を。大人は連れ立つ友人に影響されて良くも悪くもなると考えがちだが、寧ろ二人と出会えたことで引っ込み思案も克服して友達も増え、自分を出すことを恐れる必要がなくなったのだ。

 これは要するに、単なる胸がザワつく反抗期というヤツです。


 あぁ、その間アッキーはどうしてたのかって?

 持ち前の明るさと捻くれ者の割には高い社交性が功を奏して恙無つつがなく中学生活に馴染んでいた。揉め事に巻き込まれるオレたちに何度も「目立つな!」と苦言を呈しながら。

 先述の通り、オレたちが不本意ながらも伸し上がった時は、

「この怪我は無関係だって話したのに何やってんだよ、先の事を良く考えて動けって言ったろーがよ、バカ共がっ!」

と、駆け付け様に泣かれてしまい、けんちゃんと更に驚愕したけどね。こんなオレたちにも涙を流して叱ってくれるヤツが居るっていうのは貴重な存在だ。

 いつも一緒に居たアッキーとはそれを境に距離を置くようになるが、その実、絆は深まっていた。

 それからは、どうにもならない時だけ喧嘩を買うことにしてギリギリのところで立ち止まるよう心掛けた。アッキーに迷惑を掛けないように。

 どうしてそこまで気遣うのかって?

 以前、道場でアッキーには勝てないと悟ってからオレたちは決めたのだ、コイツには逆らうのではなく守っていこう、と。技の正確さと丁寧さによりアッキーが攻め手として上達することで、受け手の技量も格段に上がり、互いに異例の早さで昇級してきたオレたち。

 特に今回の事で、心の支え的な?行き過ぎない為の究極のストッパーみたいな、そんな大切な存在だと改めて気付いたから、オレたちは守れるだけ守っていくのだ。

 それを本人に話したら調子に乗るから、絶ーーっ対に言わないけど。


 思わぬ方向へ進み始めた中学生活。

 これまで作ってきた味噌汁も、部活と有り得ない生活のお陰で更にキッチンに立つどころでは無くなったが、週末は頑張って作るようにしてる。

 今日はロメインレタスとえのき茸。

 オレのお椀に茸を入れないのはお約束。


 こんな感じで、大して面白いことも学ぶこともない上に批判ばかりの日々は今後も続きそうだから、よい子の皆さんはすっ飛ばした方がいいかもね。


 こんな〈やさぐれ男子〉になったとサトちゃんが知ったら、雷を落としに飛んで来るかな。

 可愛らしさが微塵もなくて、ごめんね。


◇ ◇ ◇


 ここらが限界だと感じた。

 俺たちが共に在ることは最早無理なのだ、と。

 俺が居ればお前を苦しめる。

 構わないと微笑むお前を見て俺が苦しい。

 結局、自己チューでしかないとは

 情けない限りだ。


 覚られぬよう隠しきった苦しみを

 最後の最後にチラつかせ、

 俺はお前を惨たらしく裏切る。


 お前と歩む道をずっと夢見ていた。

 それが叶って嬉しかった。

 どうにも生き苦しく抗えないこの世界で、

 お前の存在だけが行き先を照らす光だった。


 レイ。

 どうか俺の事など忘れてくれ。

 記憶の底から消し去ってくれ。

 そして、その光は俺ではない誰かを

 優しく照らせるよう、心から祈ってる。

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