中学① 予兆

 しゃこしゃこしゃこ。

 歯磨きをしながら窓の外を眺める。いつも賑やかなスズメの合唱やホトトギスの独唱が今朝は小さく聞こえる。

「雲行きが怪しい、どうしようかな?」

 嵐や降雪でない限り自転車通学推奨なので、多少の雨なら購入特典でついてきた上下レインウェアを引っ提げての登校になるのだが、問題はその服装だ。

 制服着用の登校が基本の我が中学。間違いなく雨が降れば、制服を濡らさぬようジャージ着用は徒歩、自転車共に文句なく可。だが、こういう降りそうで降らない曖昧な場合は自己判断となるので厄介なのだ。

 母さんの意見を汲めば制服を守るジャージ、周囲の目を気にするならば右へ倣えの制服。

 小学生もそうだったけど、中学生って更に周囲との一体化を良しとする傾向が強くなる。制服や体操服の着方、髪の切り方整え方などの校則によるもの、ハンドクリーム等の生活用品の種類制限、派手な持ち物はNG、キーホルダー類はお守り込みでたったひとつ、何てルールは学校で厳しく言われる事だから仕方なしに守る。

 面倒臭いのは生徒同士の〈暗黙の了解〉。先程の服装もそれの類。大多数が選択するものを迷わず選択すべし。入学準備のリュック選びで〈特別感より統一感〉と言われたのはこういう事なのだ。普通ならば気にせず好きにして良さげなことを気にしなければならない生活にちょっとストレスを感じる。

 散々悩んだ結果、今朝は鳥たちの声を真摯に受け止めてジャージ着用で登校すると、本来ならば有り難い筈の雨粒を一向に落とさぬ暗雲は、正門へ向かう生徒の波にポツンと目立つ異物なオレに感じる必要のない居心地の悪さを味わせながら無言で低く立ち込めるだけだった。

(うーーん、何だかなぁ)

 いつまでも引き摺るのは止めにして速やかに教室で制服に着替えて授業に専念するとしよう。


◆ ◆ ◆


 GW後の1年生の放課後は、本入部を果たした部活練習の準備をすることから始まる。

 一番にコートに向かい手分けして授業で荒れた土をならし、緩んだネットを張り直し、数ヶ所に置く篭いっぱいのボールを用意して先輩が来るのをフェンス際で待ち構える。

「先輩、こんにちはっ!」

「よろしくお願いしますっ!」

 語尾は決して伸ばさない。滑舌はしっかりと大声で。対面するときの姿勢は常に正す。

 初めての部活集会の終わりに1年生だけ集められ、2年の先輩から叩き込まれた心得を真面目にこなすオレたち。

「気張りすぎだろ、途中でバテるからもっと力を抜けよ、1年!」

 後からやってきた3年の先輩が笑いながら優しく声を掛けてくれる。

 こういう時はどちらを優先したら良いの?


 皆さんがお気付きの通り、オレはソフトテニス部に入った。キングやプリンスを目指すわけではないけれど、モテを意識しなかったかと言えば嘘になる。だって、お年頃だし~、てへ。

 そんな下心は大なり小なり持つものだと中学生にもなれば理解するだろうが、それを見透かしてやったぜ!と言わんばかりに

「モテるために入部したやつは即刻帰れよ」

と、2年の先輩方がすれ違い様に小声でチクチクっと刺してくる。

 平和に技術を高め合っていきたいものなんですがねぇ。


「1年!素振りが終わったら2年が打ち合う後ろでボール拾いだから、それまで水分摂って休憩しとけよ」

 3年の部長に告げられて、息があがったオレたちはフェンス際に座り込む。

「素振り、結構、キツイ」

「腕が、やべぇ、パンパン」

 何十回やったのかも途中で数え飽きるくらい疲れたオレたち1年生がヘロヘロ状態で水筒を口にしていると、先程まで3年生のボール拾いをしていた2年生が休憩に入る。

「今年の1年は先輩が来ても座りっぱなしかよ、いいご身分だなぁ」

 何が気に入らないのか、3年生に聞かれぬようにボソッと呟く先輩数名が居ることは、ここひと月やってきて判ってきた。

「ここどうぞ、先輩!」

 ニコッと爽やかにワザとらしく大声で席をあければ、苦々しい顔でその場に落ち着く。

(その小言に何の得が有るんだか)

 疲れた身体を立ったまま休め、ボール拾いの位置へと向かう。


 思えばこの頃から、色々な事がおかしな方向へと進み始めていた。


◇ ◇ ◇


「何て顔してんだ、眉根を寄せるんじゃねぇよ、俺に失礼だし傷付くだろ」

「隠し事が得意だから、心配で」

「5年近くも一緒に居て、今更何を隠せというんだよ」

「杞憂ならいいんだけど」

「嫌ならとっくに殴り倒してるし、あれやこれやと強請ねだるかよ」

「信じてるよ、サトル」

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