苦悩 編
中学① 寂寥
どこからともなく飛んできた桜の花びらが目の前をはらりと舞い落ちるなか、黄色いラインの入った白ヘルメットを装着し行き交うサラリーマンの波を避けて中学へと向かう。
ピカピカの通学用自転車は、シティサイクル系の小学生のそれとは違ってタイヤも大きく、見た目はほぼママチャリながらもシルバー色が利いていて変速ギアが抜群の機動性を備えており、中学校まで徒歩で30分かかる道程を半分で済ませてくれるという優れもの。寝坊助なオレにはとーーっても有難いアイテムだ。
とは言え。
「この時間はギリギリだろ!」
「目覚まし時計が鳴ったのは覚えてるんだけど、スヌーズ切ってて!」
「スマホはどうしたのさ!」
「設定忘れてたーー!」
人に遅刻するなと散々言っておきながら自分がしでかすとはね、しかも3日連続で。入学して間もない身分でこれは非常にマズいよね。
「「アッキーに罰ゲームだ!」」
「悪かったってばーー!」
以前両親に話した通り、オレは私立へは行かずに近隣の公立中学へと進学した。アッキーやけんちゃんと共に。
中学校は我が家からの立地が悪いので自転車通学が許されている。要するに、オレたちの小学校学区は中学区の端の端なのだ。
当初の予定通り三人で登校しているのだが、学校へのスマホの持ち込みは不可なので、今日のように各々自宅を出た後に遅刻が発覚すると大変な事態に陥る。
これって片田舎中学あるあるだよね?
「間もなく予鈴が鳴るぞー」
強面の先生が腕組みをして声を張ると、やがて閉じられる黒い引き門に手をかける。正門前の時計はショートホームルームが始まる5分前。乗り入れ禁止の構内を更に自転車置き場を目指して押しダッシュし、慌てて昇降口に駆け込んだ。
「「「間に合った!」」」
互いに胸をなでおろし、手を振り合ってそれぞれのクラスへと別れていく。
「「「じゃあ、また道場で」」」
あぁ、中学に入っても同じクラスになれない寂しさよ。
オレの通う公立中学校は複数の小学校学区が集められて成り立っている。卒業した小学校でも4クラスしかなかったから、入学式でクラスが10組まであって驚いた。そしてそのひとクラスに各学区の生徒がバランス良く振り分けられているのだ。
初顔合わせのお約束でどこの小学校か聞いていると、各々に個性が有ることが分かってきた。オレたちの学区は男女別け隔てなく仲良し。隣の学区は個性が強めな集まり。隣の隣は人数が少ないせいかのんびり屋。逆の隣はちょっと荒れてる感じ。言い方を違えればとにかく雑多な人々の集まりだ。
その一員となった小さい頃は引っ込み思案だったオレも、入学からニ週間ほどで席周辺のメンツともいい感じに交流を増やし、同じ小学校出身の奴らのもとにも繰り出す積極性も表すなど、昔ほど友人関係に緊張することもなくなった。アッキーとけんちゃんのお陰であり、成長の証だ。
そして本日から待望の部活見学が始まる。
「期間は1週間でGW明けには最終決定な。各部活で声を掛けたら体験入部もできるから、気になったものは全てお試ししてじっくり決めろよー」
ちょっとぽっちゃり目な眼鏡男子の担任・鵜坂先生(通称:うさモン)が、若さに似合わず気だるげに告げる。
「あと、男子バレー部希望は後で前に来て」
恰幅だけでなく背も高いうさモンは経験者らしい。
「その姿で飛んでたの?」
みんなが茶化していたら、
「イケメンなのは変わらずだが昔は細かったんだよ」
と話していた。
んー、そういわれてみると痩せれば確かにイケイケかもね、瘦せればね。
キーンコーン、カーンコーン。
授業時間が5分延びただけでこの疲れよう。詰襟のホックを外せど着席するとカラーが当たって気になるし、ひとクラスの人数が増えたので教室内が息苦しく感じる。男女混合の出席番号順のオレの周りは男子ばかりなので、特にムサい。只でさえ廊下側に追いやられがちな苗字のお陰で人との接点が減るというのに、これは初手から詰んでるよね。何に対してかは特筆しないけど。
10分休憩のみの中学の時間割りに基づき、授業の僅かな合間に部活見学についてクラスの奴らと話し合い、始めの二日は団体で見学のみにし、残りを体験に当てることにした。
はぁ、回るだけでも結構疲れるね。
みんなはもう決まったのかな?
「運動部であることは決まった」
「俺は野球部一択」
「走るの好きだから陸上かなぁ」
「このマルチメディア部って何するの?」
「学校のHP作るんだって。でも中途入部が多いらしい」
「なんで?」
「他の部活が続かなくなったら入るお助け部だからだって」
「さすがに帰宅部では内申書に響くからか」
内申書。
まだ新生活が始まったばかりなのに一年生でもう受験の話が出るのかと驚愕。
中学進学と共に、特に英数力を上げるべく通塾する話を聞くようになったのも事実。
三年って長いようで思ってる以上に短いのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「まあちゃん、部活は決まったの?」
「母さん、自宅でも名前呼び推奨。テニスか剣道で迷い中だから体験したら改めてお知らせします」
「テニスのキンプリか少年剣士か、どちらも似合うから迷うわね」
遠い眼をして頬を染めるのはやめなさい。
親バカの進化系なのか、母さんはたまに言動がヲタっぽくなる。外では猫を被っているそうだが思わぬ形でいつかポロっと出るのではと心配だ。
因みに中学入学に合わせてオレの呼び名と両親の呼び方を変えることにしたので、これらも温かくスルーしていただけると有り難い。母さんは一向に変える気がないけれど。
そして、改めて思う。
部活が始まれば学校を出るのは最速の冬時間でも17時15分。家まで自転車で疾走して15分間。春夏秋は下手すれば19時近くまで帰宅できない。
そうなれば、こうして母さんとキッチンに立つことも減ってしまう。それどころか味噌汁なんて作ってる暇すらないに違いない。
楽しみではあるけれど切なさも同時に抱える部活選び。
いつまでも甘えたがりのさみしん坊だね。
「今日の具は何になさるので、王子?」
「大賢者様のお望みのままに」
「では、春キャベツと豆腐でお願いできますか?」
「かしこまりました」
沸かした湯に粒だしと、掌の上で賽の目切りにした豆腐に春キャベツ。さっと茹でればみるみるうちに鮮やかな緑が春を主張する。
少しずつ変わっていく日常。
父さんの仕事も最近増えてきて22時過ぎに疲れた顔をして帰ることが多くなった。
職場の先輩だった母さんは心配で堪らないようで、裏から手を回すと進言すると「ユリさんこそ我慢しいだから大丈夫?」と逆に心配されるようだ。
互いを思い遣る気持ちがすれ違うことなく結ぶならば最高だね。
サトちゃん、GWも間近だよ。
そちらの春はいつ頃訪れそうですか?
◇ ◇ ◇
「血なのかな、隠し事が上手だよね」
「カマかけるな、ハッキリ言え」
「求めてる答えは返らないじゃない」
「誠実に生きてるだろ」
「真実か見分けがつかないから不安になる」
「疲れてんのか?癒しが必要だな」
「安心をください」
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