小学⑤ う、らはらの胸の内

< サトちゃん

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

⇒はあ?


⇒ま、ま、ま、マジか?

⇒せ、せ、せ、赤飯案件か?

⇒た、た、た、大変だぁ!


⇒このガキがぁ!


 ◆ ◆ ◆


 縦読み推奨というメッセージを最後にふつっと連絡が途絶える。

 ぷぷっ、判り易すぎ。

 きっと洩れはしないだろうと、サトちゃんにだけはカノちゃんが出来たことをお知らせしたらこの仕打ち。

 そんなに衝撃的だったかな?

「当たり前だ!小学生でカノちゃん作るなんて、早すぎるだろ!俺たちの時代じゃ考えらんねぇよ!もう、世の中、信じらんねぇよ。どうなってるんだよ。俺なんて初恋ですら中学だぞ。そりゃ、モテるだろうとは思ってたけど、マジかよ、まあちゃん、マジかよ……」

 んんん、何だか今朝は鳥のさえずりが激しいなぁ?


◆ ◆ ◆


「まだ連絡先交換してないの!?」

 道場への道すがら、アッキーからご指摘を受ける。

 そうは言うけれど、キッズスマホの登録って制限掛かってるから親が解除してくれないと出来ないの知ってるよね。管理者はお母さんだし、今まで女子の登録をしたこともないのにカノちゃんの存在報告と登録許可をお願いするなんて、二人だったら出来るのか、とオレは強く問いたい。

「それはちと恥ずいな」

「でも言わなきゃ繋がれないじゃんよ?」

 学校では休み時間にさりげなく廊下の窓越しに話してるし、帰ってもゲームで共闘できるから今のところ不便はない、と思ってちゃダメなのかな?

「その余裕が腹立つわ、これがリア充か!」

 アッキーが地団駄踏んでる側で、けんちゃんがおや?っと首を傾げる。

「けんちゃん、どうしたの?」

「うーん、いや、何でもない」

 オレの問いに言葉を濁す。こういう態度を取られたことないから、物凄く引っ掛かる。

「言いたい事が有るなら言ってよ、そういうの気持ち悪い」

「あー、なら先に謝っとくな、ごめん」

「何したんだよ、けんちゃん」

 アッキーも揃って続きを聞く。

「実は、一昨日スーパーに飲み物を買いに行ったんだけど、まーくん居たよな?」

 ……え?

「併設の駄菓子屋から出たところを見掛けたんだけど、俺も荷物あったし声掛けせずにいたら尾行するような形になっちまって」

 ま、まさか!

「その後本屋に寄って……」

「うわあぁぁぁ!待って、嘘、居たの!?」

「び、ビックリしたー!何だよまーくん!」

 あわあわする、オレ。

 そりゃそうですよ、だって!

 繋がらなくたって不便はない、なんてカッコつけてたくせに!

「も、も、もしかして誰か一緒だったとか?」

 こういう時ほど勘の鋭いアッキーが恐る恐る尋ねる。

「ああ、その……カノちゃんと」

 けんちゃんが済まなそうな顔で答える。

「しっかりデートしてんじゃねーかよ!」

「ち、違うんだよ!」

 おやつを買いに行こうとしたら自転車で颯爽とやってきたカノちゃんを見つけて、声をかけたら一緒に行ってくれるって言うし、本屋に寄るって言うから、赤青鉛筆が無くなってたのを思い出してついていったというか、何というか。

「違うもくそもあるか、バカぁ!」

 アッキーにポカポカ殴られるオレ。

 まあまあ、と宥めるけんちゃん。

 そして落ち着いたアッキーがボソッと呟く。

「羨ましい、オレも彼女欲しいなぁ」


 よし、この隙に話題を変えよう!

「アッキー、好きなコ居たよね?」

「高田 ユキ、な」

 何故けんちゃんが即答するのか?

 あぁ、その顔は楽しんでいるヤツね。

「同じクラスだけど席替えしても遠くなる一方でさ、なかなか話せないんだよ」

 高学年ともなるとこれまでのように男女関係なく喋ることが何となく憚られ、うっかり二人きりで話し込むものなら「ヒューヒュー」とお約束の揶揄いが始まるか、身体中に穴を開けまくる鋭い視線で羨ましく眺め続けるお年頃男子の生態。だからオレも気を付けながら、廊下側に座るカノちゃんの元へ遠回りして向かうのだ。

 でも、アッキーならばオレたちと居るときの様にお調子者で盛り上げて話せば間違いなくいい感じになるだろうに、特に気になる女子にはカッコつけちゃう厄介な性格が恋路の邪魔をしてるらしい。

 自分の首絞めてどうすんの?

「判ってんだけどさぁ、そういう時ほど自分を出すって、超ムズい」


 そうだね、確かに自然体って難しい。

 弱味を見せるようで怖いからどうしても見栄張っちゃうし本音が出せない。出したとしてもそれを否定された時の事を考えると更に躊躇ためらっちゃう。だからオレなんて小さい頃からニコニコ笑顔の下に隠しっぱなしだった。

 みんなそうなんだね。

 でも、そんな自分を笑顔で受け止めてくれて、しかも自分が心を許せる相手が出来ればそれも瞬く間にくつがえっちゃう。たくさんは必要ない、ほんの僅かで十分なんだよね。オレにとってのユウくんであり、けんちゃんとアッキーような存在。楽しさも悲しさも同じ感情で共有してくれるそんな存在。

 人生は100年だって聞いたからこの先まだまだ長いわけだし、焦らずゆっくりとでいいからそういう出会いを見つけたいよね。


 さて、恋バナで大騒ぎしながら道場に着き、現在、先生の目を盗んで教室の開始前に技の練習中。小慣れてきた素人がとにかく試したくなる、そういう時期なのだ。それでも外ではやらないだけ偉いでしょ?

 合気道は空手や柔道のように試合形式で勝敗を競わずに心身を磨く武道。動きを覚え、攻め側と受け側の呼吸を合わせる事で思いやりや謙虚な心を養い、勝ち負けを越えた技の習得と精神の向上を目的としている。

「じゃあ、先ずはあれで」

 回数を増やしたせいか技は随分と教わってきたけど胸を張れるほど上達してないのもあり、お互いに技が分かってないとうっかりケガをし兼ねないので一言添える。

 今回はアッキーが攻め側。受け側が先に手を出す。

 受け側のけんちゃんが押さえこんだ片手首を、自身の正面にまで引き寄せて反対の手でけんちゃんのその手首を掴んで背中合わせになるように振りかぶり、反転。更に一歩踏み込んで腕を振り下ろす。そのはずみで後ろにバランスを崩したけんちゃんが膝を使ってゴロンと後ろ受け身をとる。

 おぉぉ、何という滑らかさ。

「ちっ、やりやがる。今まで猫被ってたのか?」

「アッキーに限ってそれはないでしょう」

「おれの実力を思い知るがいい、へへん」

 スポーツ眼鏡をクイクイっと態とらしく上げる姿に笑い合い、オレがけんちゃんに代わり受け側になる。

「次は、それかな」

 え、それって新しい関節技だよね?

 オレが手刀を繰り出すと両手で受けて片腕を軽くロック。踏み出しながらオレの腕を下ろして後ろから肘を押さえると、気付けばうつ伏せで床に沈む。肘にあったアッキーの手がオレの脈部に移動すると人差し指の付け根で握り、体重をかけて押さえ込む。

 はい、終了。

 あれれ、かけ変えた眼鏡に慣れてきたにしても?

「待って、アッキー上手くなってない?」

「え、いつも通りだけど?」

 もう一度やってみる。

「なら、これにするかな」

 対面し、両手首を下から掴んだけんちゃんの横に大きく一歩踏み出しながら両腕を上下斜めに広げ、更に一歩踏み出しせばそっくり返るようにけんちゃんが後ろにくるりと転がっていく。

「えぇぇ、じゃあ、オレもそれ!」 

 確実に、正確に、淀みなく、流れるような綺麗な攻め。

「「噓だろー!」」

「いやいや、どう見ても二人の受けが上手いからに決まってんじゃんよー」

 確かに、攻め側の意向を素早く察知する受け側の呼吸の合わせ方こそが上達の近道、と先生は話していたけれど。

 考えたくないけど、それだけじゃない気がしなくもない。どうしても許せぬプライドが僅かな衝撃を受けたその直後、勝手に覚えたての技を練習した罰として頭グリグリと膝で歩く膝行の刑に処されてしまった。

 とほほ。

 後日改めて組み合うも結果は同じ。

 けんちゃんとオレは顔を見合わせる。

 うん、うん、だね、よし、理解。

 仲間の思わぬ急成長に、ほろ苦い、けれど納得の頼もしい現実を受け入れた小5の初冬でした。


「あぁ、腹減ったー!」

「今日の具は何だろうな?」

「ではでは、ご開帳」

 お椀の中には半月切りにした紫色のナスとギザギザ葉が特徴の春菊に崩した豆腐。今日も具沢山だ。

 それにしても、春菊って鍋によく入ってる野菜だけど、ちょっと苦いよね。


 サトちゃん、その名の如く悟りのまなこで透視した?


◇ ◇ ◇


「透視って、何か有ったのかな?」

「さぁ、青春の一ページじゃねぇか?」

「この一文はそう読むものなのかぁ。ねぇ、サトルにも何か有った?」

「こっちは酒が美味くて止まらねぇ」

「それは大変だ、肝臓と互いの為にも程ほどにね」



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