小学⑤ い、つも傍らに心の友
ある夜、食後のフルーツヨーグルトを頬張っていると不意に両親に問われる。
「まあちゃん、中学受験はどうする?」
突然の提案に、そういえばユウくんとのやり取りで受験勉強は早め早めが肝心で今からでも遅いくらいだよって話が出たのを思い出す。引っ越し先の都市部は既に小学お受験が終わってるか、こちらの比にならない確率で私立中学へ受験をするらしい。
最近、学校でも塾に通い始める同級生が増えてきたし、かくいうオレも5年生になって英会話を習わされている。何となく受け身なのはけんちゃんやアッキーが居ないから。
なんて言ったら「ビビりだな」ってサトちゃんに笑われちゃうかな。
それにしても、これは共に私立出身者でオレが一人っ子だから出てくる発言?
経験者としてはやっぱり先のことを考えて行かせたいもの?
そうは言っても全く考えに無かったし、今更友人作りを一から始めるのも性格上面倒なので『行かない』と即答すれば済むのだろうけど。
「んー、ちょっと考えてみる」
オレの住んでる街は片田舎なので、徐々に増えてはいるものの私立受験をする人はほんの一握り。卒業式に進学先の中学校の制服を着るのだけれど、クラスに一人二人違う人が居るくらい。それはそれで結構目立つ。
だからこういう話って子供同士でもちょっとし辛かったりする。お前、そうなの?みたいな微妙な雰囲気になりそうで。
クラスでも噂を聞きつけてアイツはコイツはってひそひそ始めたりするけど、あれってなんでやるんだろうね。正直言って、オレ、ああいうの苦手、っていうか嫌い。
そんなに〈右へ倣え〉で居なくちゃいけないのかな。その人の人生だし、自分に何かしらの影響があるわけでもないんだから好きにさせてやればいいじゃん。俺たちが解けない勉強を先んじてするなんて尊敬しかないし、寧ろ頑張ってと応援してもいいくらいじゃないの、普通?
と、お受験組を擁護するのは多少なりとも我が身に降りかかり兼ねない現状があるからかも知れないね。囁かれる立場を思うだけで心臓がキュッてなるし。
最近のオレは、〈胸の内は辛辣に、でも実際は慎重に〉が定着しつつある。これも成長の証しだろううけど、臆病なのはちょっと情けないね。
受験の事、あの二人に相談したら何て返って来るかな?
◆ ◆ ◆
「俺ん家は双子居るし、自営業だからその選択肢は無いな」
冷静に先まで見据えて答えるけんちゃん、きみは小学生だよね?
「ウチは兄ちゃんが私立だから同じところに行けと言われそう。でも絶対に嫌だ!ただでさえ『アイツの弟は』って言われ続けてんのに更に比較される環境に何で自ら飛び込まなきゃいけないんだよ。行くなら公立、若しくは違う私立!」
アッキーは2つ年上のお兄ちゃんが絡むと途端に気が荒れるので、宥めるために一言添える。
「「そもそもアッキーの頭じゃ無理じゃね?」」
「これが意外に馬鹿じゃねーんだよ!」
そうなんだ、知らなかったよ、あはは!
休憩中の道場にオレたちの笑い声が響く。
「でも、まーくんが行きたいならその選択も有りなんじゃねぇか?」
「例えバラバラになっても住んでるところは変わんないし、オレらにはキッズスマホという便利グッズとこの道場が有るしな!」
うーん、そうあっさりと受け入れられるとちょっと寂しい。
「あのさ、思うんだけど、二人ってオレに甘くない?余りにも気を許してると、サクッと足元掬っちゃうよ?ほらほらほらー!」
「おいー、技を繰り出すなっつーの!」
と、たじろぐアッキー。
「じゃあ、これからは厳しくいくわ」
と、余裕なけんちゃん。
「はい先生!それよりも俺に対する二人の厳しさは目に余ると常々思うんだけど、その辺どうお考えか?」
「「だってアッキーだし」」
「あのなぁ!」
わはは!
いつも楽しくいじってゴメンね。
二人の意見からは変な遠慮や嫉妬みたいな、どこか奥の方でモヤモヤと渦巻く感情は感じられない。こうしてふざけながらでも腹の探り合いもなく、正直に胸の内を話してくれてるのがよくわかる。こういう話が気兼ねなくできる人が身近に居るっていうのはとても嬉しい。
やっぱり、聞いてみて良かった。
「オレの一言が二人の進学に影響ないようにしたいけど、本当のこと言うね。オレはみんな一緒の中学がいい、だから親にはそう伝える」
けんちゃんとアッキーがぴょこんって背を伸ばす。
「「それは激しく同意だ!」」
◆ ◆ ◆
日頃、ばあばが来て夕食を作ってくれてもオレしか食べないから当然ボッチ飯になる。どちらかが帰るまでばあばが居るとしてもそれはそれでやっぱり寂しいので、合気道の終わりも同じくらいだし、最近は19時くらいなら家族が揃うまで待つことにしている。
で、今日の具はナスとお揚げにした。
夏が近付くとピーマンやかぼちゃと一緒に甘酸っぱいお浸しにするとサッパリして美味しいよね、アレは何て言うんだっけ。南蛮漬けだ。焼きナスとかも、じゅわってしてるところにかつお節と醤油を垂らしてハフハフしながら食べるのも好き。ナスって火を通すとあっという間にしなしなになって腹には貯まらないんだけどね。
味噌汁をよそっていると箸を並べるお父さんが鍋を覗き頭をポンポンする。
「このお揚げ、綺麗に揃えて切れてる。上達したな、まあちゃん」
「ブッブー、これ乾燥お揚げ。食べてみて」
食事の準備をオレたちに任せて畳んだ洗濯物を片付けるお母さんに見つからないよう、こっそりと冷蔵庫からお揚げの袋を取り出し、一切れを口に入れてやる。
「んん!何だこれ、美味いな!」
「でしょ?」
ko-opの宅配を利用しているけんちゃんに教えてもらったこの乾燥お揚げは、甘辛だれがほんのり染みていてこのまま食べても充分おやつになる程の魅惑の美味さなのだ。何でこんな素晴らしいお揚げの存在を今まで知らなかったのだろうとお母さんにも、そして自分にも強く抗議したいくらいに!
お陰で冷蔵庫を開けるたびに小腹を満たそうと手が伸びて減りが早かったりするのを、お母さんは気付いてるかな?
「見たぞー!二人とも、食べ過ぎ厳禁よ」
「「あわ、あわわ!」」
足音を忍ばせて近付いてきたお母さんに釘を刺されるオレたち。
やっぱりバレてた、そりゃそうだ!
「「「では、いただきます」」」
きんぴらごぼうをモキュッと噛み締めて改めて先日の返事をする。
「受験の話だけど、オレはアッキーとけんちゃんと別れたくないからしないことに決めた。でもちゃんと勉強して相応の高校に入るから、それで許して」
二人は言う。
「許すも許さないも、まあちゃんが決めることだから異存はないよ」
「公立はブレザーじゃないから、詰襟のまあちゃんも可愛いわね、絶対」
お母さん、その可愛いっていうのはそろそろ恥ずかしいから止めようかな。
◆ ◆ ◆
その夜、久し振りにユウくんと話す。
「ユウくん、部活どう?」
「レギュラーになれた、カズとタクちゃんも一緒」
「スタメンって6年生ばかりなんでしょ?凄いじゃない、お祝いだ!おめでとう!」
「ありがとう、まあちゃんは合気道上手くなった?」
「どうだろう。技はだいぶ覚えたけど組むとまだまだだな、って先生に言われる。けんちゃんの方が上。悔しい」
「アッキーくんは?」
「最近眼鏡かけ始めたからか、ちょっと動きが鈍くなってるかな。でも相変わらず見てて綺麗。それがムカつく」
「アッキーくんへの態度が相変わらずで笑える。負けず嫌いだよね、まあちゃん」
「ユウくんだって同じでしょ?だからレギュラー、もぎ取った」
「まあね、大人しい見た目に騙される方が悪い」
「言うねぇ、でも、それな!」
「「あはは」」
「年賀状出すね」
「暑中見舞いも出していい?」
「「どちらも送り合おう!」」
「またね、まあちゃん」
「またね、ユウくん」
ユウくん、オレたちはもう大丈夫だね。
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