鍛練 編

小学⑤ せ、ーので御披露目

 サトちゃんを見送った次の日。

 けんちゃんとアッキーからメールが届く。

『何時集合?』

 春休みの合気道は揃って通うことにしたのでその連絡なんだけど、いつも前日の晩に打ち合わせるのに珍しい事もあるものだなぁ。

 さて、どうするかな?

 前回は午後イチから散々遊びつつ行ったけど、今回はみんなの都合がつかなかったからのんびり15分前到着を目指せばいいかな。

 ポチポチポチ、とな。

『了解』『じゃあ、またな』


 アッキーとけんちゃんとは出会ってからあっという間に打ち解けて、今では冗談も愚痴も相談事も互いに遠慮なく話し合える仲になった。二人のお陰で引っ込み思案も克服でき、サトちゃんに代わる心強い仲間の存在がオレの支えとなっている。


「みんな、ごめん!」

「遅い!待ちくたびれたぞ!」

「嘘つけ、俺も来たばっかりだろ」

 けんちゃん、フォローありがとう。

 いやぁ、思わぬ失態!

 帯を入れ忘れたのに気付き一度取りに帰ったら集合時間をちょっと過ぎてしまった。

 待ち合わせのアッキーの家までは現在のオレの脚で15分。いつも通り、迎えを考慮して徒歩で来たけど軽く汗かいちゃったよ。

「ロードワーク、おつーって事で行くか。ところで、ふたりは宿題終わった?」

 春休みも終盤戦、開口一番に近況報告をする。特に宿題の進み具合は互いに気になるところなのだ。学年とクラスが変わるから提出の必要はないと知りつつも真面目にこなすオレたち、偉いでしょ。

「とっくだよ、まだなのアッキー?」

「美味しいものはなんだとさ」

「「それは食べ物だけにしとけよなー」」

「うるせい、好きにさせろ!」

 あはは!


「無事、見送りできた?」

 どちらからともなく問いがきて、あの日を振り返る。

「それがさ、デッキでも鼻水垂らして泣いてたっぽくて。キャラ崩壊が激しくて笑うしかないよね。でも、言いたいことは言って伝えたいことはちゃんと伝えたよ」

「なら良かった」

 声のトーンも変えずサラッと聞いてくれるのが有り難い。もしかして今日の集合の連絡って二人の気遣いだった?

「しかし、聞いてると益々謎が深まる人物だな」

「所謂、クーデレってやつ?身近に居るとはなー。話してみたかったわ、サトちゃん」(←本人曰く、人情派オラオラだそう)

 合気道がある時は事前に小腹を満たすも、終われば疲れと共に腹の虫が泣きまくる。しかも、サトちゃんが仕事の日に道場へ通っているので、たまに迎えに来ても車から手を振るだけで降りることはなく、速やかに帰途についていた。

 だから、互いに会話などなかったのだ。 

 こんなことなら自慢の叔父さんと仲間を引き合わせておけば、と後悔の念でいっぱいになるね。

「あっ、時間ヤバイな、ちょっと速歩きで行こうぜ!」

「おう!」「了解!」


◆ ◆ ◆


 それから間もなく、遅咲きの桜も散りゆく風の強い日に始業式が行われ、オレたちは高学年になった。

 それに合わせて更なる昇級を目指して合気道の回数を増やすことにし、常に持ち歩くようになったキッズ携帯がこの度レベルアップしてキッズスマホに様変わり。ともなれば、周囲に見せびらかしたくなるのは当然だよね?

 ほら、みんな、見て見て見て~!


 そんな熱から漸く冷めたスマホの通知ランプがリュックの中でピカピカと光る。

 サトちゃんからの〈味噌汁通信〉だ。

「今日の具は……くー、これも美味そう!」

 アッキーが覗いてくる。

「具沢山だな、これで一品って感じ」

 けんちゃん鋭い!

 面倒なんだろうね、人参、蓮根、玉ねぎをゴロゴロのままで小丼こどんぶりにてんこ盛りにしてニラの緑でアクセント、の味噌汁というより最早おかず。他にちゃんと食べてるよね?

 昨年度末にサトちゃんが北海道へ行ってから6度目の合気道教室。休憩時間と〈味噌汁通信〉が被るので良くみんなで観るようになっていた。


「そうだ、けんちゃん。まーくんに味噌汁の作り方を聞くんじゃなかったっけ?」

 アッキーが思い出したようにけんちゃんの肩をポンっと叩く。

「そうだった。ちび達居るけど今度の日曜日に教えてくんねぇかな。昼飯作るからみんなで食おう」

 ガシッと肩を組み合い、付けはムズ痒いからとに定着した二人の目がどう?どう?と訴える。

 これはもしや、とうとうオレの能力をお披露目する時がやってきたってヤツですね。

「うん、勿論良いよ、行くよ!」


◆ ◆ ◆


 けんちゃん家はオレの住むマンションから10分くらいのところの、大型スーパーがど真ん中に鎮座する商店街の延長線上にある。賑わいがある場所からやや離れているのが逆に効果的なのか、このご時世ながらもお店は連日大盛況。ご年配の方は勿論、職場のお茶請けや手土産としても利用されるそうで、店内はいつも活気づいている。駐車場完備という点も相まって、隣町から車でわざわざ買いに来るお客さんもいるそうだ。


 店の裏手に有るご自宅のインターホンを鳴らし、「どーぞー」という返事のあとに玄関のドアを開ける。

「こんにちは、お邪魔しま、うわぁっ!」

「「まーくん、いらっしゃいましぇ!」」

 早生まれで幼稚園入園を果たして一年、サ行が稀に怪しくなる双子の妹(かな)弟(むー)が、遊んでいた奥の和室からトテトテ駆けてきてにっこり笑顔でお出迎え。

「おにいは、こっちだよ!」

「はやく、はやく!」

 おまけに両手に花ならぬプチブーケ状態で台所に案内してくれた。

「はわわぁぁ、いつ見ても癒されるぅ」

 すると、台所で待っていたけんちゃんが、

「だろ?」

と言ってフッと笑い、

「ウチの妹も昔はこんなだったのに……」

と、アッキーがぼやくのは最早定番。

 兄弟がいるってやっぱり憧れるね。


「さて始めるか、具はもう決めてんの?」

「かな・むーに合わせた野菜がいいよね?」

「大概食えるから気にしないでいいわ。昼飯は炒飯だから被らないのが理想」

 ふむ、けんちゃん炒飯には?

 玉ねぎ、人参、えのき茸、豆苗、ピーマンにソーセージと野菜たっぷり。

「え、ピーマン食えんの!?」

 アッキーが仰天する。

 本当はオレも叫びたい、きのこはーっ!

「細かくするから残さず食えよ」

 ニッと笑いながらデニムのエプロンを着けて腕捲りをすると、けんちゃんは玉ねぎをサクサクみじん切りにしていく。

 オレ以上に鮮やかな包丁捌き。

 ん、ちょっと待って?

「それだけ出来るなら、オレが教える必要なくない?」

 ぎくーーん、と二人。

 おや、これは、もしかして、アレかな?


「サトちゃんって、ずっとまーくんの面倒見てくれた人だからやっぱり気落ちするよなー、って」

「スマホ見る度に、嬉しいような寂しそうな顔をしてるしな」

「その癖、思ったことをっと吐かないからさー」

「そういうのは溜まる前に小出しにすべきだって」

「けんちゃんが」「アッキーが」

「「違う、こいつが!」」

 互いに指さし合って他人のせいにして大騒ぎ。かな・むーが何事かと心配そうに見てんじゃん。

「あのさ、照れながら譲り合うの止めてよー」

 胸の奥がこそばゆい、こっちが恥ずかしくなる。

 でも。

「ありがとね、おかげで超楽しいよ、今」

 そして、二人に思いの丈を曝してみる。

「最近さ、学年も上がって少しずつ一人時間が増えたせいか作る事に正直飽きちゃってたんだよね。だから、いいね、みんなでこういうの」

「「まーくん……」」

 二人は、切ない表情を見せたかと思うと次の瞬間には明るさを取り戻してオレの告白に続く。

「実は俺もスゲェ楽しい。白状すると、ちび達の面倒見るのってたまにウーッてなるんだよ、内緒だけどな」

 けんちゃんが、弟妹かな・むーに聞こえぬように人差し指を口元に立てて苦笑いする。

「おれも楽しい!………んだけど、悪い、これと言って白状する事がなかったわー」

 とびきりの笑顔で返答するアッキーにオレたちは、

「「だよな!」」

「ヒドイっ!何かフォローしろよ!」

 あはは!わはは!にゃはは!


「で、具は何にするんだよー」

「みんなの直近のヤツは何?」

 アッキーん家はタケノコと葱のお吸い物。

 けんちゃん家は新玉ねぎとミックスベジタブルのミネストローネ。

 オレん家は新ゴボウと春キャベツ。

 どこの家も春めいてるね。

 で、今回の味噌汁には間をとって(?)葱とキャベツに決定。どちらも直ぐに火が通るし、最悪生でもイケるしね。かな・むーも大丈夫だって。


 ちなみに、オレの〈必殺技・ササガキ〉はさすがのけんちゃんも未修得だった。思わぬ〈みじん切り〉にクリティカルヒットを食らったけど、ひとつでも自慢できる技があって良かった!

 アッキーは、かな・むーと共に応援と味見役に徹してた。そういう役目も大事。


◆ ◆ ◆


「じゃあな、お先!」

 食後のデザート用に買った和菓子の包装待ちの間にアッキーが自転車で帰っていく。

 その背を見送りけんちゃんに改めてお礼を言うと、思わぬ答えが返ってきた。

「実は今日のこと、言い出しっぺはアッキーなんだ。集まって作ろうってのも、全部。

 正直、そこまで必要か?と思ったけど『たまには大勢でってのもいいんじゃね?』って言われて。もしかしたら俺のことも気遣ってくれたのかも」

 けんちゃん家は、店からマメに大人たちが様子を見に来るが週末やお彼岸などの季節行事によっては自宅にまで手が回らず、けんちゃんが弟妹の子守りから昼ごはんの準備、洗濯物の片付けなどを担うそう。

 弟妹可愛さの自発的な習慣に苦はなく、これまでも家庭事情を周囲に他言せずにきたが、何かは溜めていたのか先程のコッソリ告白で軽く出来たようで、本人としては思いの外意味の有る事だったらしい。

「そこまで考えてんのかなぁ」

「とは思いたくないけど、な」


 そう言えば、無料体験の時に最初に声を掛けてくれたのはアッキーだった。けんちゃんが入った時もそうだったみたい。

 合気道はそれほどメジャーじゃないから同学年男子がいて浮かれただけかもしれないけど、優しさ選手権は今のところアッキーが一歩リードって事?

 でも、オレとけんちゃんの印象はあくまでも〈捻くれ男子〉だから。

「会うと愚痴ばっかりだけど?」

「見てるところは見てるって?」

「「絶対有り得ないわー!」」

 あはは!ってなっちゃう。

 悪いね、アッキー。

「は、鼻がムズる、へ、へっくしょん!」

 

 サトちゃん、オレは元気にやってるよ。

 そちらはどうですか?


◇ ◇ ◇


「珍しいね、日曜の昼に〈味噌汁通信〉?」

「合気道の仲間ん家で昼飯がてら作ったらしい。ちびチビッ子も居るぞ」

「料理っ子が多いとは、職業柄期待が膨らむなぁ。それにしても、元気そうで良かった」

「だな。俺らも飯にしよう、管理栄養・師匠」

「謎のドヤ顔がサムいよ、お先にいただきます」

「早く春よ来いー、って人の話を聞け!」

「ふふふ」

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