小学⑤ ち、ゅうかくにある思い
突然ですが皆さん、父の日ってどうしてますか?
母の日はお約束通りカーネーションなどのお花を贈ってもいいし、仕事で使うような物を選んでも自宅でまったり落ち着くための物を探しても至る所でバリエーション豊かな品々がこれでもかと店頭に並ぶけれど、父の日って結構難しいと思わない?
格好いい文具とか?弁当箱とか水筒とか?ネクタイはちょっとお値段が張るよね。自宅では作務衣や甚平とかよりもTシャツ短パン派だし。ハンカチはいっぱい持ってる。手帳は年度が変わる頃に自分好みのものを既に買っちゃうんだよね。
こうしてオレは、毎年お父さんへの贈り物で頭を抱えるのである。
お母さんに聞いても、
「気持ちが籠ってれば何でも嬉しいのよ」
というだけだし。
そうは言っても、今年は訳あって何か形で表わしたいんですよ。料理作戦はほぼ毎日味噌汁で使っているからサプライズになりはしないし、そもそも他の料理なんて出来ないし。
こうなったら、もう、直接聞くしかないですかね。
「ならば、けんちゃんちの和菓子でお願いしますっ!」
まさかの返答に面食らっちゃったよ。
「それだけでいいの?」
「十分です、まあちゃんが選んでくれるんだろ?楽しみにしてるからな」
何だろう、オレの周りの男どもは揃いも揃ってオレにデレ過ぎる気がする。
「他に欲しいものとか、こう、やって欲しい事とか、一緒にやりたい事とかないの?」
うーーーん、と悩みに悩んだ末に絞り出した答えは!
「……けんちゃんちの和菓子」
「はいはい、わかりました、善処します」
「何だよ、おざなりな返事だな。ご検討の上お取り計らい頂きますよう、何卒よろしくお願いいたしますよ」
すみません、ちょっと何を言っているのか判りません。
5月の母の日が終わるとこのやり取りが始まるのだけれど、物欲がない人への贈り物って本当に手詰まるなぁ。
そう考えながら、お父さんが入浴中にソファで牛乳をくいっと飲み干して首に掛けたタオルで付いた白髭をきゅっと拭き、暫く涼んでは濡れた髪を乾かす。
ぶおおぉぉぉ。
うーーーーん。
「お悩みですか、王子」
おおぉっ、大賢者様から有難い助け船をいただきました!
「何か良いアイデアはありませんか?」
「そうですねぇ……」
大賢者様は、最近始まった胸キュンドラマの終盤を鑑賞しながらフムフムと頷くと、オレにそっと耳打ち。
「おー、なるほど、それは良い考えです!」
「では、早速手配いたしますね」
よろしくお願いしまーーす!!
◆ ◆ ◆
クラス単位で紅白に分けられて熱戦を繰り広げる運動会に紅組で出場するも、僅か2点差で敗北を期したあの日から二週間後。入梅前で陽射しが強くなり始める6月始めの土曜日午後3時。オレは今、校庭に佇みボールを脚で軽く小突きながら間もなく集まってくるメンバーを待っている。
何があるのかって?
今日から子供会対抗キックベース地区予選の練習が始まるのだ。
キックベース、ご存じですよね?
昔はサッカー野球とも呼んでいたそう。
その名の通りサッカーと野球を組み合わせたスポーツで、サッカー大のボールをピッチャーが下投げで転がして、バッターはバットの代わりに自らの脚で蹴っ飛ばして野球のように点を取り合うのだ。
守備は投げによる連携が基本で遠くの外野に飛ばされても蹴りながら戻してはいけないが、野球とは違いランナーにボールを当てたらアウトにできるという、ドッチボール的要素もあったりする。
ボールが大きいから芯に当てても飛びすぎることもなく追いかけやすいし、グローブも必要なく手に馴染むので投げやすいから低学年でも仲間に入って楽しく遊べそう、なのだが。
これが試合となると話が別になってくる。
保護者の応援が入るとなると、特に。
オレの通う小学校学区には、計6つの子供会がある。
オレの住む商店街周りを中心とした子供会、けんちゃんの住む商店街の延長線側の子供会、アッキーが住む小学校西側の子供会に加え、小学校の南側、東側、そしてけんちゃん家より1ブロック北側の子供会。
それらから各々児童を集めてチームを作り、市内王者を目指してしのぎを削るのが先述のキックベース大会。
先ずは学区内でトーナメント方式で対戦して優勝した男女1チームを決めると市大会に出場することになり、その後は小学校代表として更に対抗戦を行いナンバー1を決める子供会の一大イベントなのだ。
子供会の運営は保護者のご協力によって成り立っていて、この練習にも当然担当となった親御さんがプレー指導を行ったり参加児童の管理をしてくれる。ともなると、白熱していく大人たちに引っ張られるように子供たちは対抗心を燃やし始めるから、この時期はクラス内でもややピリつきモードになる。
去年の男子はけんちゃん所属の子供会が優勝して市大会に出場、アッキーの所属先が準優勝で審判として奉仕しに行った。
とは言っても、この試合に参加できるのは5・6年生だけだから、4年生だったオレたちは学校で行われた地区予選の応援に行っただけだけどね。
今年の担当のお父さんが、一日に2チームが練習できるように校庭に二面分のダイヤモンドを描き始めるのを眺めながら、ボールをコロコロ転がしていると、
「おー、まーくん見つけっ!」
同じ時間の対面で練習があるアッキーが、ジャージに身を包み万全の態勢で駆けてきた。
「その格好、やる気十分だね」
「へへん、今年は優勝もぎ取るからな」
「ウチだって負けないよ」
互いにバチバチ火花を散らす。
こういうの、ちょっと楽しい。
「ところで、まーくんは父の日に何を贈るか決まった?」
いきなりの話題転換だなぁ。
でも、アッキーのそういう話の振り方や平和主義的なところは、いいね。気が休まる。
「我が家には大賢者様が居るから、その辺は抜かりないよ」
「マジかーって、誰だよ、大賢者様って!では、何にしたのか参考までに聞かせ給え」
謎の上から目線にププッと吹き出しそうになりながら耳打ちをする。
「なーる、ウチもそれで兄妹に提案してみるわ、サンキュー!」
そうか、兄妹が居るとみんなで出しあってあげるのか。そういえば、サトちゃんもそう語ってたね。
それともう一つ発見したことがある。
「アッキーってお兄ちゃんの事を嫌がってるわけじゃないんだね」
キョトンとした顔でオレを見ると、わはっと笑って答える。
「当たり前じゃん、言いたくないけど自慢の兄ちゃんだよ」
ならば、何故捻くれモードになるんだろう。
「周りがさ、何かと比較するんだよ」
アッキーのお母さんは天真爛漫な優しい感じだから違うよね。
「お父さんが?」
「違う、違う。確かに、父さんは口数少ないから誤解されがちだけど、おれたちをちゃんと平等に誉めるし叱る人。面倒臭いのはさ、血が薄くなるにつれて言い方がキツくなる人達」
アッキーの親戚は近隣に
「兄ちゃんも放っとけばいいのに頭が切れるせいかおれたちを庇って矢面に立つからさ、おれはやるせなさが残ってつい悪態ついちゃうんだよな。
仕掛けた本人は酒の勢いで酔いが覚めれば忘れちゃうし、集まる度にそれの繰り返しだから、たち悪いったらないし。
だもんで、二人に甘えてあれこれ愚痴る訳だ。ごめんな、いつも」
本当は中学も同じで構わないのに、多少の出来の違いから嫌でも比較させそうで、それは気が咎めるからと受験をやめたらしい。
家族はお互いに
「でもさ、まーくんとけんちゃんがうまい具合にイジッてくれるから、逆に助かるんだわ」
「アッキー……」
「こら、その変顔はやめれ!そろそろ始まりそうだから行くわ。じゃあな、また道場で」
「うん、またね。勝つのはウチだから」
「吠え面かかせてやるからな、待ってろよ」
ビシッと人差し指を向けてオレを牽制し、あはは、と手を振り上げて立ち去っていく。
オレの中にまだ二人が知らない何かが有るように、オレの思いもよらない何かを二人とも各々の中に持っている。
そういうのを少しずつでもいいから吐き出して、枷となるものを無くしていければいいね。
◆ ◆ ◆
さて、やってきました今年の父の日。
我が家の贈呈式は昼御飯後に行うのがお約束。プレゼントは洩れなく用意をして、全員がソファに落ち着くのを待つ。
「お父さん、オレたちの為にお仕事、頑張ってくれて、いつもありがとうね」
日頃の感謝を述べると、まさかのお礼が返ってきた。
「こちらこそ、まあちゃんが作ってくれる美味しい味噌汁のお陰で元気に出掛けられるよ、ありがとうな」
「そういう不意打ちはやめていただきたい」
「ははは!では、食後のデザートをいただきます」
「オレは買っただけだけど、どうぞ、召し上がれ」
もぐもぐ、むぐん。
「「「やっぱり美味しいー!」」」
これで終わらないのが最近のオレ。お母さんと顔を見合せイシシと含み笑いをすると、和菓子を頬張るお父さんへリボンをかけた箱を差し出す。
「んん?
眉根を寄せて訝しむなか強引に箱を開けさせると、おおぉ!と目を輝かせる。
「パスケースが剥げ始めてるから、明日から使って」
「そしてこれは私から。まあちゃんが選んだセットの財布、センスいいでしょ」
「ふ、ふ……二人とも!」
手を広げて近付いて来るのをオレたちは左右に避けて、けんちゃん和菓子を堪能する。
「何故逃げる!」
あはは!
去年と一昨年は、まるまる1ヶ月間出張で自宅に居なかったから、こうしてゆっくりしながら感謝の意を渡せて良かった。
「あんこがこぼれるから、立ったまま食べるのは止めなさい!」
はいはい、わかりましたよ。
◇ ◇ ◇
「くっ……世の中に〈おじおばの日〉っていうのは存在しねぇのか!?」
「欲出さないの。誕生日を祝って貰えるだけで十分でしょう?」
「先輩ってば、これ見よがしに何枚も写メを送りやがるんだぞ!」
「〈写メ〉ってまだ言うの?って、まあちゃんに引かれるかもよ」
「だったら何て言うんだよ!」
「ふふふ……教えない♪」
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