小学⑥ ね、ぇ卒業だよ、師匠
キーンコーンカーンコーン。
校内のチャイムが高らかに鳴って帰りの会の終わりを告げる。
「今日はこれまで、忘れ物のない様に」
帰ったら公園集合な、今日ピアノの日だ、おやつ何だろう、わいわいガヤガヤ。
教室にみんなの元気な声が響くなか、黒板の左端に貼られたカウントダウンの数字が一つまた一つと減らされていく。
昇降口で行き交う友達に手を振り、陽が落ちかけて夜の帳が下ろされる中、数台のヘッドランプとすれ違う家路を急ぐ。
部屋の片隅にランドセルを落としてプリントを出し、これまでをふと振り返りながら学習机に向かい宿題に手を伸ばす。
お父さんとお母さんとこね太の四人家族がこね太の一番星への旅立ちにより三人になったが、ばあばとサトちゃんの助けを借りてここまで成長したオレは間もなくこの小学校を卒業する。
仕事を終えてお母さんが用意する夕食に合わせて作ってきた味噌汁も、6年の時を経て自分でも信じられないほどレベルアップを果たしたと思う。
最近の味噌汁の具に躊躇いもなく攻めていけるのも、かつてサトちゃんが魔法陣あみだくじで色々な可能性を示してくれたお陰だ。未知の野菜もあれこれと試してみたくなる。初めて作った時のワクワクを思い出すように。
1年生の生まれて初めての通信簿は、名前を呼ばれて渡される時にとってもドキドキした。中身は永遠に機密事項。その年のお母さんの誕生日がきっかけだったサトちゃんとの共同研究は即席式から鍋式へと見事に進化を遂げた。
2年生になりランドセルの黄色い安全カバーと通学帽の下校班用色フェルトが外れると、ちょっぴりお兄さんになった気分で嬉しかったのを覚えてる。サトちゃんが包丁の装備と技の習得で大賢者・お母さんの有難いご指導にこてんぱんにやられてたのも、普段はツンとしてカッコいいんだけど実はメンタルがお豆腐みたいに繊細でやわやわなところを惜しげもなく暴露したことも鮮明に。
3年生からは激動の日々だったね。すらりとした背に小さなえくぼを湛えたキノコ頭の新たな師匠との甘酸っぱい出会い、親友ユウくんの転校で悔しさと寂しさと後悔の先にある和解の大切さを知れたし、何よりオレを思ってくれる人達への尽きない感謝を改めて思った。
そしてサトちゃんとの別れ。
あの見送りから毎日、毎食、毎時間お父さんとお母さんのLINEYにオレの様子を教えろと連絡が入って、いい加減にして!と通話で怒られてたっけ。愛されちゃってるなぁ、オレ。叔父さんにだけど、てへ。
二人の師匠のお陰で新たな出会いも果たしてユウくん同様大切な仲間との絆を得ることが出来た。オレって沢山の人たちに支えられて、愛されて、育てられてきたんだね。
お父さん、お母さん、みんな、6年間本当にありがとうございました。
「これでよしっと」
卒業式後の謝恩会で両親宛に書いた手紙を渡すことになり、その清書がやっと終わる。
それにしても。
オレってば文才有るんじゃない?
小学生の書く手紙じゃないよね、この内容。長さにもだけど我ながら驚いちゃったよ。取っ掛かりが見つからなくて随分悩んだけど書き始めたらどんどん鉛筆が止まらなくなって、まるで手紙の神が降臨したかの様。カミだけに。
おーーっと寒くならないで。
いいじゃない、自画自賛。
「まあちゃん、ご飯よ」
「うわぁ!はいはい、今行きますー」
今日はお母さんの仕事が休みだったんだっけ、忘れて世界に浸っちゃったよ、お恥ずかしい。
便箋を封筒に入れてシールを貼り、更にユアちゃんから渡された茶封筒に入れて厳重に封をする。卒業式で泣いた後のだめ押しサプライズだから、今日の連絡帳の確認後にそっと忍ばせるのだ。
これを読み終えたら「まあちゃん~!」って叫んでギュッと抱きつかれるかな。なんたってお母さんはサトちゃんの姉だし、お父さんたちは似た者夫婦だからさ。
今から想像するだけで、ウンザリだなとも、くすぐったいなとも、超嬉しいなとも思うよね。
ウフフ。
◆ ◆ ◆
ちゅん、ちゅちゅ、ちゅん。
雀がベランダに留まってるのか、ふっと眠りから覚めた意識のなかに重なる鳥の歌声が聞こえる。ぼーっと薄目を開けてみるとカーテンの隙間から一筋の光が遮光で薄暗い部屋に延びる。ふわあぁぁ、と寝転がったままで伸びとあくびをひとつ。
サトちゃん、ビッグニュースだよ、目覚ましが鳴る前に起きれたよ、奇跡でしょ?
「おーーーい、みんな、卒業式だよー」
スッキリした頭で、いつかの日にマンションの出入口で手を振っていたレイちゃんの様に天を仰いで高らかに叫ぶ。
夕べは、「師匠は旅に出ることにする」と言われて勇気100倍きのこ汁を鼻をつまむことなくおかわりをし、びしっと敬礼しながら鼻息荒く意気込むオレをまんまる目玉で見返すサトちゃんと、自販機の前でオレの大好きなジュースの砂糖っぷりをニヤッと教えてくれたレイちゃんが、小どんぶりにゴロゴロ野菜をたっぷり入れた
どんな夢だろうね、凄くない?
普段着のままお父さんと一緒にエレベーターに乗りマンションの前で、準備のために先に行く在校生の登校班を見送る。
「おはようございます!」
「「いってらっしゃい、気をつけて」」
「はーーい!」
今年の登校班は学年が入り混じっていても仲良しなせいか、みんな賑やかに歩く。危ないから程ほどにね。順番で回ってくる保護者と校長先生の挨拶当番は今日は式典なので休みだって。
部屋に戻り、ハンガーラックに下がるピシッとアイロンのかかったワイシャツと、着せられた感が半端ない学生服に身を包み、両親と最後の登校をする。
三人で笑いながら歩く通学路は朝露に濡れてキラキラ輝いて、神様とこね太が空から門出を祝うみたいだとお父さんが言ってくれた。
「じゃ、また後で。お母さん、泣きすぎて化粧が剥げないようにね。お父さん、スマホ動画もよろしく。失敗してサトちゃんを慰めるのはオレなんだからね」
「「まあちゃんがしっかりし過ぎて泣けてくる……」」
はいはい、と既に泣きそうな顔の親バカさんたちに手を振り、制服だらけの教室へと向かう。階段をひとつ踏みしめる毎に思い起こされるたくさんの出来事に、寂しさと嬉しさを綯い交ぜにしながら。
サトちゃん、もうすぐ中学生になるよ。
スマホ越しじゃなくて直に見に来てよ。
学生服のオレの姿をさ。
◇ ◇ ◇
「まあちゃんが、制服、詰め襟、ブカブカ、きゃわだ、天使だ!」
「甥コンが過ぎるのは大目に見るとして、キャラ崩壊は外では気を付けなさいよ」
「見ろ!俺の甥はこんなに可愛いんだぞ!」
「それは激しく同意しま……はわ、小悪魔級!」
「「うわーーん、完全保存版だぁーー!」」
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