サト、りの道は、まあ、遠い

高校/春 決意の道は、やや、遠い

 高校受験も終わり全ての制限が解除された。

 思わぬ形で秘密を知ってしまったサトちゃんとも〈味噌汁通信〉を交わし始め、わだかまりがあった父との関係も男同士の話が出来るくらいにまで復活した。

 思春期って、青臭くてどす黒くて、でも大切なものを改めて知るきっかけになる大事な時期なんだね。

 まだまだ続くだろうけど、第一段階は何とかクリアしたかな。


 そして今オレは、とある小部屋に所在なさげに立ち尽くしている。

 名を呼ばれて「こちらへどうぞ」と促されたこの一室で、が最接近してパーカーの裾をそっと捲り上げては腰に抱きつき、頚裏に手を回してはふわりと微笑み、長い睫毛を軽く閉じながら熱い視線を向けてくる。遂には、上下とも下着になるよう小声で囁き、

「お待ちくださいね」

と、一言告げるとスッと傍らから抜け出してカーテンを静かに閉めていく。

 う、う、うわあぁぁぁ!

 って、思わぬ展開に驚いた?

 嫌だなぁ、高校の制服の採寸ですよ。

 ばあばよりは年若な係りのお姉さまが腰に手を回してウエストを図ったり、首回りの長さからワイシャツを選んだり、上着の着丈・袖丈を確認したりと至れり尽くせり。そしてこれから参考サイズを試着するために服を脱ぐわけです。

 オレはまだまだ発展途上中だから、いつでもお直しできるように余裕もってお願いしますね、


 オレが通う工業高校はブレザーなので、詰襟の窮屈さから解放されて嬉しい限りだ。

 近々ある新入生説明会では工業高校らしく作業着とツナギが買えるらしい。ツナギってちょい悪感が憧れだからそれも嬉しくて仕方がない。アレは私服で着こなせる代物じゃないし、しかも中坊が身に付けるには訳アリじゃないと相当勇気がいるでしょ?

 ほら、オレはビビりだからさ。

 え?

 お前、訳アリじゃないのかって?

 いやいや、攻撃されぬよう必死に避けてただけですよ。


「うえ~い」

 採寸先で待ち合わせした二人と合流する。


「けんちゃんは変わらず詰襟?」

「慣れてるから逆に助かるわ。二人はブレザーだろ?チャラチャラしそうだな」

「『うえい』なんて言ってる、まーくんと一括りにすんのは止めくださいー」

「「アッキーは一足飛びで最早リーマンだな」」

「そんなモサくないわ、失礼だぞ!」

 あはは!

 中学の初めはひと並びだった背は、けんちゃんがダントツ一位でブッチ抜き。どんぐり競争は何とか勝利を収めたが、油断が出来ない。


「ともかく、みんな合格して良かったな」

「さみしん坊のまーくんもひと安心ってなー」

「むぅ、それだけ二人の存在が大きいんだよ」

「「やだ、照れちゃう!」」

 にゃはは!

 サトちゃんが去ってからの心の支えである二人には改めて感謝を伝えずにはいられない。


「おれは大野さんと同校だから、LINEY交換しとこーっと」

「……わざわざ言う話じゃねぇだろ、アッキー」

「けんちゃんにとっては大事なところでしょ?」

「……何の事やら」

 くすくす!

 全学年で同じ委員会だった彼女にけんちゃんが惹かれてるのは随分前から気付いていた。何かとお節介を焼きたくて仕方がないアッキーとオレ。


「始まるね、高校生」

「散々な中学から一転して平和に過ごしてぇ」

「得点開示したらギリギリだったから気を緩めたらアウトかもだわ」

「オレは恋したいなぁ、誰かさんみたいに」

「「勝手にしとけよ、やさモテ男が!」」

 どすどす!

 人生二枚目の仮面のお陰か性格なのか、女子からの呼び出しも何度か受けたがヤンチャを理由に断ってきた。恋愛ごとは小学校以来だから緊張するなぁ、てへへ。


「自転車通学だとやっぱりリュックかな?」

「俺は大容量のスクエア型のヤツにするわ」

「〈統一感〉は飽きたんだよね、どうしよう?」

 エスカレーターを昇りながら新生活の買い出しリストに目を通す。

「折角だから、色々見ようぜ」

「「アッキーは要らんものまで見るから面倒」」

「たまにしか買い物に来ないんだから許せよ!」

 先ずは高校生らしい外見からキメていこう。


「先に言う、俺はサクラスイーツが食いてぇ」

「「でた、けんちゃんの甘いもの探検隊!」

「チョコ専門店のドリンクでも良いぞ。土産は決まってるから最後は地下に寄ってくれ」

「「初心に戻れ、目的が変わってるぞー」」


 ニ週間後には、ネクタイを締めてブレザーに袖を通したオレが二人とは違う生活を送り始める。通学時でもSNSでも再開した合気道でも共にあれるから、もう寂しくはない。


 サトちゃんは、あの葬式から一度たりとも帰らなかった。例の話も理解したいとは思っているがまだ完全に心が追い付かず、LINEYでも〈味噌汁通信〉のみに留まっている。

 初冬にはひいばあちゃんの三回忌がある。その時までには気持ちの整理をして、要らぬ仮面など被らず以前のような腹を割った関係に戻りたい。

 どんなサトちゃんでも、オレにとってはかけがえのない大切な叔父であり、頼もしい師匠なのだから。

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