小学⑥ き、みだけの恋バナ

 教室に漂う緊張感。

 目に見えてわかるのが教壇に立つ先生、笑顔が引きつってる。

 最終学年で担任になったユアちゃんこと湯浅先生は、他のクラスの先生よりも若めで眼鏡の端から泣きぼくろがチラッと見えるお姉さん。

 6年生を担当する時点でそこそこ経験がある筈なのに、参観日ともなると途端に声が小さくなるという度胸の無さが可愛いところ。そんな先生にオレは、窓際の一番後ろから熱い視線を送る。

 頑張れユアちゃん、負けるなユアちゃん!

 オレも、素敵なマダムがぼっち席のオレのノートを次から次へと覗きまくるのを「見ないで~っ」と心で叫びながら頑張るから!

 恥ずかしいくらい字が汚いから本当にやめて、皆さん!


◆ ◆ ◆


「まあちゃん、洗濯物よろしくね」

「その呼び方やめてってば。ほら、懇親会始まるよ」

 てへっと笑ってお母さんが教室へ入っていく。外では呼び捨てを念押ししたはずなのに聞いてないし。

 アッキーやけんちゃんとは、とうとう一度も同じクラスにならなかった。しかも、カノちゃんとも別。

 仕方ないので同じクラスのアッキーに用事があると見せかけて目配せをし、周りに気付かれないように廊下でさり気なく会う。

 キッズスマホに登録したものの、LINEYは親族だけなんて理不尽な決まりの為にメールでのやり取りしか出来ないし、オレは合気道と英会話、カノちゃんはピアノを始め3つの習い事が目白押しで、やっと繋がれるのは食後から風呂までの時間だけ。

 それでもネット上で同じチームで対戦したり互いの島に遊びに行けてるから、以前話した通り、それはそれでオレは楽しく過ごしてるんだけど。


 聞いていい?

 皆さんが知る小学生同士のお付き合いってどんな感じですか?

 これまでのオレたちは休み時間にキックベースの練習がてらお喋りしたり、放課後に長めに遊んでみたり、カノちゃん家の方向へ気持ち遠回りして帰ってみたり、時間を示し合わせてフレンド登録したオンライン通信でゲームしてみたりって感じ。

 でも、小学生は、さり気なく指組んじゃうとか、そっとハグし合うとか、挙句の果てにはカーテン裏でこっそりちゅーとかしちゃうんだって?

 少女漫画ではよく見る話だって随分後になってから聞いたんだけど、は全然思い付きもしなかったからびっくり。

 例え知ってたとしても絶対に出来ない、そんな勇気は出ないよ。実は隣でお喋りするだけでドキドキするくらい緊張しっぱなしなんだもん。

 それに、そういうことばかり気にしてると相手の気持ちとかそっちのけで行動を起こすことが大事になって無理矢理突き進んじゃいそうで、怖い。

 ほら、ゲームしてても居るじゃない?本来の遊び方をしないで敵味方関係なく、とにかく意地悪仕掛けてくる人。本人はその行動が楽しいのかも知れないけれど、それに巻き込まれたなと感じる人もいるんだよね。

 やっぱり大切なのは互いに思いやる心を持つことだと思うのだけれど。

 あれ、例えになってない?

 そして、こんなビビリなオレはあっさり嫌われちゃうかな?


◆ ◆ ◆


 懇親会が始まって廊下が静まり返るなか、挨拶を交わしながら昇降口で爆足スニーカーに履き替えて外に出ると、けんちゃんが帰る方向とは逆に歩いていくのが見えた。

「けんちゃーん、どこ行くのー?」

 おぉ、と振り返ると

「母ちゃんが懇親会に出るから、代わりにチビたちのお迎え」

 けんちゃん家はオレの家と途中まで方向が同じ。そこでピコーンと閃く。

「オレも行きたい、いい?」

「構わねぇよ」


 幼稚園がある裏門へ向かう為に校庭を横切る間、料理の話で盛り上がる。

「最近のオススメ味噌汁は?」

「そうだなぁ、夏を振り返ると茄子はテッパンだよね、何より茹で汁が綺麗。アスパラガスは洋風な感じになる。トマトはマジで推す、ヤバい。あとはオクラが許せるようになった」

「ふーん、ヌルネバは克服出来たんだな」

 けんちゃんが意味ありげな笑みを浮かべる。

「むー、味噌汁効果絶大なだけだよ」

 カノちゃんの好物からの許容を隠して言い訳がましく返す情けなさがモロバレ、恥ずかしい。

「あ、あとは枝豆とかトウモロコシも合うけど……」

「「そのまま食った方が断然ウマイ!」」

 あはは!

 これは小学生男子の会話じゃないね、と笑いながら、常々思っていた事を尋ねてみる。

「けんちゃんはいつから料理してるの?」

 んー、と空を仰いで記憶を手繰る。

「チビたちが幼稚園に入る前だな。腹減ったーって泣くから祖父ちゃんの監視下、ホットプレートで焼そば作ったのが初めて。母ちゃんのやり方を思い出して千切ったキャベツとモヤシだけのシンプル版。芯が固い!肉がない!って怒られたけどな」

 苦笑いしながらこめかみを掻く。

 こういうけんちゃん、新鮮。

「そんな文句言われると悔しいだろ?そのうち包丁を使い始めて繰り返してたら『おにいのごはんは、おいしい』とか言うから、何かめられなくて続いてる」

 焼そばと炒飯のニ択だけどな、と謙虚に話すけど、弟妹愛がダダ漏れしてて微笑ましいですぞ、お兄ちゃん。

「最近は『うーーっ!』てならない?」

「まーくんたちのお陰でそれはない」

 ならば、良かった。

 救われてばかりのオレでも誰かを救える一端を担えるっていうのは嬉しい。

「おぉぉぉい、二人とも待ってくれよー!」

 僅かに開いた裏門を二人でギギッと広げたところで、オレたちを呼ぶ誰かさんの慌てた声が聞こえてくる。アッキーが図工作品をガチャガチャ鳴らしながら追いかけてきた。


 オレたちも通った、小学校のすぐ裏手にあるにも関わらず私立のその幼稚園は、来るもの拒まずの寛大さと園児の自主性を尊重するイベントの豊富なところが売りだそうで、静まり返った体育の授業中にもキャイキャイしたちびっ子の声が賑やかに聞こえてくる。

 14時には活動が終わるから、さすがに下校時間ともなるとひっそりしてるけど。


「新しい眼鏡にはもう慣れたのか?」

「何とかなー。違う色が良かったかな?」

「アッキーは騒がしいから落ち着いたその色でいいんじゃない?」

「一言多いの禁止。まーくんはカノちゃんとは帰らないんだ」

「お互い様だなぁ、今日はピアノの日。それより高田さんはどうなったの、アッキー?」

「うぐっ!」

 オレを見て感化されたか、今度告る!と息巻いた日からだいぶ経つのだけど、その後を未だに聞かされてない。

「そ、そう言えば、けんちゃんの好きな女子って誰?」

「サラッと誤魔化して振りやがったな」

「頼むからスルーして受け取ってくれぃ!」

 アッキーの事はこれ以上追及するのは止めるとして、確かに、何度か恋バナしてるけどけんちゃんの話って聞いたことがない。

「んー……」

 俯き加減で進みながら、いつもの余裕たっぷりが嘘のように言い淀みながらけんちゃんは口を開き始める。

「何て言うかな、二人みたいな思いが女子に向かないっていうか。うーん。女子って、そこかしこで固まってキャーキャーしてて、それが、何というか、うーん……」

 慎重に言葉を選んでる。

 深入りすべきでないかな、こんなけんちゃんも初めてだ。

「ウチには物心つかないチビが居るだろ?言い方悪いが、アイツらと同じ騒がしい存在でしかねぇんだよな。チビらは無邪気だからいいが、女子はたまに探り合いするし、聞いてて正直怖ぇし。

 そういう奴らに神経注ぐよりも、男同士で気兼ねなくふざけたり遊んでる方が面白いし楽だなっていうのがあって。

 恋することは悪いことじゃないし二人の話を聞いて実は参考にしてるが、今はまだ必要ねぇなっていう結論に至った」


 そうか。

 オレは、アッキーが同じ様に恋してるからけんちゃんにも好きな子が居て当たり前と無意識に自分の当然を押し付けていたけど、必ずしもそうではないんだ。お受験の時に〈右へ倣え〉を疑問視していたくせに多数の中の少数の存在を忘れるなんて矛盾だらけだ。 

 全てが同じ人なんてこの世にはいなし、同じである必要もない。みんな違って、みんないいんだよね。(← by 金子みすゞ様)

 それを先んじて言葉にしたのは、まさかのアッキーだった。

「実はさ、高田には何も言ってないんだ。今、クラスがやたらと恋愛祭でそれに乗りたかっただけ。好きなのは確かだけど男子でつるむ方が楽しいって言ったらお子ちゃまだと揶揄われるのが嫌で見栄はった。

 でも、けんちゃんの話を聞いて、人を想うのもそれぞれで構わないんだなって。周りに合わせなきゃって必死こいて恥ずいよな、おれ」

 ずり落ちてもいない眼鏡をクイクイ上げて照れを誤魔化すアッキー。

「そんなつもりなかったのに、変な展開になって悪ぃな。いつか、好きな子が出来た時のために二人の事をじっくり観察させてもらうから、そのつもりで頑張れよ」

 思わぬ方向に進ませた気まずさを詫びながら何気に圧を掛けるけんちゃん。

「「うぇぇ、それはそれで恥ずい!」」

 アッキーとオレは口を揃えて叫ぶ。

「でも、その時がきたら全力で応援するからまるっと任せとけ!」

 アッキーが胸を張って自慢気に言う。

「相談した時点で詰みそうだけどな」

「で、結局告るの?」

「うがっ!蒸し返すなぁぁぁ!」


◆ ◆ ◆


 お迎えカードを首から下げたけんちゃんが幼稚園の通用門をガラッと開ける。本園舎から離れた預り保育の別棟の引戸をコンコンと叩くと、気付いた先生と共にかな・むーが小さな下靴片手に玄関にやってくる。

「まーくんとアッキーもいる!」

「かなは、まーくんとつなぐー」

 こんなところでモテちゃったよ、てへ。

「アッキーとおにいで、ぶらんこ、やってー」

 力業は二人にお任せ。

 続けて双子からのリクエスト。

「まーくん、また、おいしいおつゆをつくりにきてね」

 よ、よ、喜んでーーーっ!!

 けんちゃんの気持ちが良くわかる一瞬でした。

「よっしゃ、みんなで帰ろう!」

 おーーー!


◇ ◇ ◇


「ねぇ、話すことない?」

「貯金箱から拝借しちまったのがバレた!」

「……衝撃の事実、別件と併せて追及するよ?」

「他にはねぇよ。情緒不安定か?解してやるよ」

「煙に巻いても無駄、あるよね、話すこと」

「すまない……頼むから絶対にひとりにしないでくれ。方向音痴で路頭に迷う挙げ句、寒空の下で遭難するから」

「これだけ叩いても出ないならば仕方がない、諸々許すし、守りましょう」

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