長野編 3-6
「……山頂までに人の姿はなかった。となると、あの廃村の方の道へ行ったんずらか……」
夢瑠の取り巻きである親衛隊五名と共に、よもぎと秋吉は遠頼山の山道を登っていた。
昼ならばいいハイキングコースになるのだろうが、夜では森の木々が闇を深いものに変えて不気味さが強い。しかし通行箇所は踏み慣らされているので、気をつけていれば道を間違えることはないだろう。
「廃村の方って?」
足元に注意しながら、よもぎは前を行く親衛隊の一人に訊ねる。
「昔はうちの村とも交流があって、一緒に祭事もやっていた村ずら。……でも都市部へ出て行く人が多くなって、五十年くらい前に廃村になったって」
「ふーん」
相槌を打ちながら、隣を歩く秋吉をチラリと見る。
「あっちの方はけもの道ずら」
別の男が言った。
「ここ数十年、手が加えられたことはないし、もし迷い込めば遭難しちまう可能性も高い」
「そうなると夜目に探すのは難しいぞ。オラたちでも、夜の山中じゃあ下手を踏めば迷っちまう」
親衛隊の若い衆は落ち着きがない様子だ。自分たちが追ったことで要を迷わせてしまったのかもしれないと負い目を感じているのだろう。
根は純粋な田舎の若者たちだ。
「……ま、大丈夫ずらだと思いますよ」
そんな彼らに、よもぎは暢気な調子で言った。
「要っちヘタレだし。道なき道を行くようなタイプじゃないですって」
「だけんど、オラたちが追って行った時は見つけられなかったんだぞ?」
「いい隠れ場所でも見つけたんでしょ。そういうセコさはあるから」
「ひどい言い草だな……」
ポツリと秋吉がつぶやいた。
「ずいぶん自信があるみたいだが、もし本当に御堂が遭難していたらどうするつもりだ? 俺たちだけで探しても見つかる見込みは低い」
秋吉の言葉には、早めに警察に連絡した方がいい、というニュアンスが含まれていた。彼らしい冷静な判断だ。
しかしよもぎはにっと笑い、危惧する秋吉に首を振ってみせた。
「大丈夫。あたし、ちゃんと要っちが見つかるまでは見届けたから」
「?」
よもぎの答えに秋吉は首を傾げたが、それ以上聞こうとはしなかった。
短い付き合いだが何の勝算もなく無茶をする女ではない。それぐらいの信頼は持っていた。
「ここだ。ここが山頂と廃村への分かれ道で――おい、誰かいるぞ!」
先頭の男が上げた声を聞き、よもぎと秋吉は前を見た。
懐中電灯が照らすやや開けた場所、分かれ道の間に立つ道祖神。その傍らに、藁人形を抱いた人影がある。
「――要っち!」
叫ぶと同時に走り出し、よもぎは親衛隊を追い越して人影に近づいた。
「ほれ、しっかりしろいっ」
腰を下げ、彼の頬を軽く叩く。
「……ん……んぅ……」
小さく呻き、要はゆっくりと目を開けた。
「おーい、いたぞっ!」
「どこにいたんだ、さっき来た時は見つからなかったのに……」
立ち止った親衛隊の男たちが口々に喋る横を抜け、秋吉も要の傍に行く。
「……よもぎ」
ぼんやりと焦点の定まってない目で顔を見つめ、要は彼女の名を呼んだ。
「――っ。お疲れさん、要っちの働きのお陰でレイミーと夢瑠の件はカタがついたよ」
「……そうか」
ほっとしたように頷くと、要は少し笑ってみせた。
「さすがに疲れたな……やっぱこういうのは僕の担当じゃない」
「何言ってんの。男なんだから根性見せなさい」
「見せたから疲れてんだよ……」
ため息をつく要を見て、よもぎはへへっと鼻の下を擦った。
「――にしても要っち、変な嘘ついたよね」
喋りながら、首に掛けた黒い勾玉を指でつまんで要に近づける。
「これ、ブラックオニキスじゃん。黒曜石よりも安物だっての」
「あの時の君なら信用してくれそうだったしね……そもそも君がくれたモノだし。それに、効果はあっただろ?」
よもぎはまじまじと要を見つめた。少しだけ得意げな顔で、要は片目を閉じてみせる。
「いい出会いはあったよな」
「……まぁね」
よもぎは勾玉を首から外し、要の手に握らせた。
「返すよ。あたしには新しく買ったのがあるからね。――ねぇ、要っち」
「うん?」
いつになく優しい声で、よもぎは要の名を呼んだ。
「ようやく、また会えたね」
「……ああ」
噛みしめるように言って、要はゆっくり頷いた。
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