4-6
「――玉林大学に通ってるのね。今二年生か」
履歴書を一通り眺め終えると、吉岡さんは僕の顔へ視線を移して言った。
「はい」
「かな子ちゃんと同い歳ね。前は……ラーメン屋さんで働いてたの?」
「はい。夜勤だったので、生活が不規則になってしまうので辞めることにして……」
家で考えてきた理由をとつとつと述べる。
嘘はつきたくないが、納品の時に麺をダースでぶちまけてクビになった、とは言えまい。印象が悪すぎる……。
「ふーん」
吉岡さんは、僕の顔をしばし見つめて頷いた。何やら見透かされているようで落ち着かない。
「響ちゃんからの紹介だったけど、彼女とはどういう知り合い? 同じ大学よね」
「あ、僕が知り合いというより僕の知人が南条さんの高校の後輩で……その関係で、話をいただいて」
「へぇ、そうなんだ。響ちゃん交友関係広いからね、知り合いでこういう仕事に興味がある人いたら誘ってみてってお願いしてたんだ。ちょうど一人辞めちゃったところでね」
「はあ……僕本屋って、働いたことないんですけど」
「主な仕事は接客、レジ打ち、ネット販売の管理。……それからこれが一番大変なんだけど、在庫本の整理。でもまあやっていくうちに慣れるわよ。体力に自信ある?」
「そ、そこそこですかね」
吉岡さんは、僕の決して逞しいとは言えない肢体を眺めた。
「ま、若いし大丈夫か」
人当たりよく笑って、両手を合わせて擦る。
「じゃあ志望動機、教えてもらいましょうか」
――来た。
僕はアルバイトの面接でこれに答えるのが一番苦手なのだが(どうしても建前じみた理由になってしまうし)、古本屋は本当に前から働いてみたいと思っていたので、今回は気が楽だ。
「はい。本が好きなので、本を扱う仕事に携わってみたいと思ったからです」
「読書が好きなの?」
まっすぐに、吉岡さんは僕の目を見てくる。
「はい。小説が好きで……小説家になりたい、と思ってます」
不意に湧いて出た衝動に押されて、僕は言っていた。
何故だかわからないが、それを言わないのはフェアじゃない気がしたのだ。
「そのためには小説以外にも色んな本を読む必要があると思うし……だから、めずらしい本をたくさん扱っていそうなこの店で、働きたいと思ったんです」
「ふむ」
頷き、吉岡さんは目を細めた。
「あなたを案内したかな子ちゃんも作家志望なのよ。うちの店にはそういう子が集まりやすいのかもね」
穏やかに告げて、手帳を取り出す。
「どうして、小説家になりたいって思ったの?」
「え、と……」
予想していなかった質問だ。一瞬詰まり、僕は頭を回転させる。
「一番初めのきっかけは、小さい頃読んだ本に衝撃を受けて……字で書いてあることが頭の中で映像になって、動いていくような気がしたんです。僕もそんな話を作りたいと思って……」
「その頃読んでいたのはどんな本?」
「ミヒャエル・エンデのモモとか、はてしない物語。ベンはアンナが好き。トムは真夜中の庭で。ヒルベルトいう子がいたとか……」
「ふーん」
吉岡さんは手帳に目を落とし、何か書きつけた。
そして、再び僕に視線を合わせる。
「勤務日は週三からになるけど、希望日はある?」
「基本的に、夕方からならいつでも大丈夫です。土日なら朝からでも」
「そう。……助かるわ」
微笑んで言うと、吉岡さんは手帳を閉じた。
「わかりました。採用不採用に関わらず一週間以内に連絡を入れますから。――今日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……」
頭を下げた吉岡さんに倣うように、僕はぺこりと一礼した。
※
「――あ、御堂さん!」
店の階段を降りて二階に来たところで、本を運んでいた川上さんと顔を合わせた。
「どうでしたか?」
「わからないけど、ずいぶんあっさりしてた気がする……」
近づいてきた彼女に苦笑で言う。印象はそんなに悪くなかったと思うのだが。
「あーそうでしたか……。でも、わたしの時も店長結構あっさりでしたし、きっと大丈夫ですよ!」
励ますように、ぐっと左拳を握りしめる。
ついさっき知り合ったばかりの僕にここまで言ってくれるとは……いい娘である。ちょっとした感動すら覚える。
「ありがとう……あのさ、さっき言わなかったけど、実は僕も小説書いてるんだ」
少しだけ躊躇ったあと、僕は言った。
聞いておいてこちらだけ隠しておくのもすっきりしない。それにもしここで働くことになれば、いつかは言うことになるだろう。
……いや、むしろ彼女には知っておいてもらいたいと僕は思う。
同じ夢を目指す同志として。
「あぁ! やっぱりそうなんですかっ!!」
ぱぁ、と川上さんは輝くような笑顔を浮かべる。
「やっぱりって、そんな感じしてた?」
「はい。それにこの店でアルバイトの募集に来る人は作家志望の人が多いんです」
そういえば店長の吉岡さんもそんなようなことを言っていた。
あのドレッドの男性――楠木さんもそうなのだろうか。
「まあ、僕も全然結果は出せてないんだけどね……せいぜい三次選考落ち止まりだし」
「あ、もう投稿してるんですねっ! すごいなぁ~」
川上さんが羨望の眼差しを向けてくる。
どんな反応をするか緊張したが、言ってよかった。この娘なら、きっとこういう反応をしてくれるだろうという期待もしていた。
……ちょっとやらしいな、僕。
「わたしはまだ大学のサークルで見せあってるくらいで……あ、そうだっ!」
喋っている途中で、川上さんは右手に持っていたビニールテープで括った本の束を床に置き、GパンのうしろポケットからB5判の丸めた小冊子を引き抜いた。
「これ、うちのサークルが出してる冊子です。わたしも書いてますから、よかったら読んでみてください!」
「ああ、どうも……」
受け取って、表紙を見る。
修桜大学文芸サークル誌VOL・30と紙面の上方にゴシック体で書かれており、飛び立つ鳥のイラストが真中に描かれている。
「三ヵ月に一度、テーマを決めて希望した会員が書いた小説を載せて発行するんです。読んでくれたら、ぜひ感想聞かせてくださいっ!」
真剣な表情で、川上さんは僕の顔を見つめて言った。
「――ああ、うん……」
その勢いに気圧され、僕は受け取った冊子をバッグにしまうと、頷いていたのだった。
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