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「……ここか」


 時刻は十六時五十分。

 電話で言われたよりも十分ほど早くに着き、軽い緊張を覚えながら僕はつぶやいた。

 駅の北口を出て十分ほど、まばらな商店や民家が立つ道路を歩き、三つ目の分かれ道を右に入ったところに、その古本屋はあった。

〝吉岡書店〟と青い字で書かれた看板が二つ。一つは古ビルの横に大きなものが張りつけられ、もう一つは店の入口前の小さな立て看板だ。

 立て看板が置かれた石段には重ねられた本が店内からはみ出ており、〝どうよ、この圧倒的な蔵書量!〟という、店の主張が窺える。

 ずり落ちかけたバックを背負い直し、一度深呼吸してから石段を上り、僕は店の入り口をくぐった。

 開け放たれたドアの横に傘立て、それから地元の子供たちが描いたらしい絵が入って正面の壁に貼りつけられている。

 その奥には大量の絵本のコーナー。巨大なステンレスカゴ台車の中にびっしりと本がつめられ、そこに入りきらないものは周囲の床に山積みになっている。


「いらっしゃませー」


 神保町でもなければ今日日滅多に見ない、古本屋特有の豪快なインテリアに目を奪われていると、枯れ気味の声がかけられた。

 顔を向けると絵本コーナーの対面、レジカウンターの中にドレッドヘアーの男性が座っている。欠伸を噛み殺しながら、レジの横に置かれた旧型のパソコンで何やら作業をしているようだ。


「……あ、また止まりやがった。たくっ、いい加減買い換えないとデータ飛ぶぜコレ……」


 ブツブツと、不満げに愚痴を零している。

 一瞬怯んだが、躊躇っていてもしょうがないので、僕は彼の前へ行った。


「……?」

「あ、あの、アルバイトの面接に来たのですが……」


 パソコンの画面から顔を上げ、ドレッドの男性はしげしげと僕の顔を見つめてくる。無精髭のせいでわかりづらいが、二十代後半くらいだろう。


 まさか、この人が店主ってことはないよな……。


「先日、電話をかけた……南条さんの紹介で」

「あー南条ちゃんのね」


 ダルそうな顔で言って、男性は机にある受話器を取った。


「そういや今日だっけ。ちょっと待ってな」


 汚れで表記が読み取れなくなった内線通話のボタンを押す。


「……あ、川上ちゃん? 店長って出てるんだっけ? ――そっかー。ほら、面接の人来たから。うん。ああ、じゃあ奥連れっててくれる? ――いやー俺今手離せないから」


 面倒そうに二、三言話すと、男性はじゃあよろしく、と言って受話器を置いた。


「すぐに来るから」


 それだけ告げて、視線をパソコンの画面に戻す。


 ……居づらい……。


 レジの前に突っ立ったまま、手持無沙汰で店内に視線を巡らせる。

 しばらくすると、絵本コーナー横にある通路からパタパタと足音が聞こえてきた。


「――お待たせしましたぁ~! えーと、南条さんの知り合いの方ですよねっ?」


 軽く息を弾ませてきたのは、黒のセミロングヘアー、丸眼鏡を掛けた女の子だった。

 僕と同い歳ぐらいだろうか。紺のエプロンの下に大きめのグレーの長袖シャツとGパン。急いできたせいか、髪が少し乱れている。


「あ、はい……十七時に面接と伺って来たんですが」

「店長、ちょっと用事ができて外してまして……あ、でもすぐに戻ってくるので、中で待っててくださいっ!」


 言って女の子は、どーぞ、と通路へ僕を促した。

 ちなみにドレッドの男性は僕らのことなど見えてもいないかのように、黙々とパソコン作業を続けている。


「はい、どうも……」


 先導する彼女のあとについて、僕は店の奥へと入っていった。


「わたし、川上っていいます。ここでアルバイト初めて一年ぐらいで、南条さんにはお世話になってて」

「あ、僕は御堂です。そうなんですか……」


 女の子――川上さんは、僕を気遣うようにチラチラとこちらを見ながら自己紹介をする。

 有難いのだが、歩き方がちょっと危なっかしい。見ててハラハラする。


「レジに座ってたのは楠木さん。ネット通販任されてるんですけど、それ以外の業務は面倒くさがってやりたがらないんです。接客もおざなりだし」

「あははは……」


 確かに適当な感じだった。しかしどんな人かもよくわかっていないのに余計なことは言えず、僕は笑ってごまかす。


「何か用事あるとすぐにわたしを呼び出すし。少しは動いてくれてもいいのに……」

「あっ」


 不満そうに言った直後、川上さんは、通路の途中に積まれた本の山に足を引っかけた。


「おうっ!?」

「――うおっ!?」


 ひっくり返りそうになった彼女の細腕を咄嗟に掴み、どうにか立ち直させる。


「あ……危なかった、ね……」

「う……ごめんなさい……」


 冷や汗を拭う僕の前で、恥ずかしそうに顔を赤らめる川上さん。

 僕は苦笑して――それから慌てて手を引っ込めた。


「あの……前向いてた方が……」

「そ、そうですね……あははっ」


 照れ笑いを浮かべ、川上さんは前を向いて歩き始めた。


「まあ……わたしも不注意なところあるから、人のこと言えないんですけどね……」


 トーンダウンしたしょげた声。

 かける言葉が見つからず、僕は黙って歩き続けた。

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