2-7

 玉林大学駅前は名前の通り玉林大学最寄りにある私鉄の駅で、玉林生が大勢うろつく場所である。

 そもそも玉林大学は幼稚部からの大学までの総合学園であり、僕は大学からだが、内部の高校から進学してくる生徒も少なくない。そういった連中は決まって独特の空気を放っているもので、外部から入った学生とは違うトコロが目立つ。

 まず、内部生同士の結束感。そして、どこかしら優越感を纏った雰囲気。

 特に幼稚部とか小学部から上がってきた連中は、ややワガママに育てられたいいトコのボンボンかお嬢ちゃんといったオーラが強く、世間ズレした言動も多い。

 内部生と外部生の間では噛み合う者もいれば明確に線を引く者もいたりと、親交の度合いは人それぞれだ。


 ……まあ、それはともかく。 


 つまり僕が何が言いたいのかと言うと、この玉林大学駅前にたむろする学生は長く過ごしてきた場所であるからか、やはり内部生出身の者が多く、外部生は必然的に待ち合わせを隣の駅でするものなのだ。

 よって、内部生連中がぺちゃつきダベるカフェ近くの駅前広場で、大学内でさえボッチの外部生――すなわち僕――が一人知り合いを待つことは、非常に居心地が悪く気まずいのである。


「ワタミでいいっしょ、ナナコも来るよねぇ?」

「あ、イトウ呼ばね?」

「ウケるーあいつ今期四つも単位落としてんのー」


 周囲にはいかにも私立中高出身といったちょっと身なりのいい玉林生がうろつき、内部生だということを一目で知らしめている。

 なるだけ周りに目を向けないようにしながら、僕はスマホをチラチラと窺った。


 ……ってか、何であいつ来てないんだよ。誘ったんだから先に来ておくのが礼儀だろ……。


 胸の内で愚痴りながら、スマホを覗きあくまで待ち合わせ相手が遅れて連絡を待っている風を装う――というか、それが真実の姿なのだが。


「おーうぃ。要っちー」


 ほどなくして、暢気に手を上げて海江田がやってきた。

 デニムのショーパンに黒Tシャツ、上着はモスグリーンで頭にはキャップ。女子っぽくないラフな格好が好きなヤツだ。


「待たせたねぇ、ちょっと野暮用があってさ」

「……いや、今来たトコだから」


 心が広い態度を周囲にアピールしつつ、早足でその場を離脱する。

 歩きながら、海江田は自分が来た大学方面の道を指さした。


「マックの横んトコ、格闘技の道場あるじゃん? あの上」

「ああ……」


 そこに何があったかな。記憶が曖昧だ。


「――で、何なんだよ。犀川を篭絡する手って?」

「ふっふっふっ。まあ着いてからのお楽しみ」


 含みを持たせた言い回しだ。海江田はニヤニヤと笑っている。


「要っち、ラッキーだね。今日ハーレムだよ」

「え?」


 マックの前に着く。横には総合格闘技の道場の看板。

 よく見ると、道場の入り口の端に二階へ上る階段がある。


「約束の川?」


 階段前の頭上には、そう書かれた木板が貼り付けてあった。


「芋焼酎専門店なんだって。百種類以上あるらしいよ」


 ワクワクした様子で海江田は目を輝かせる。こいつはホントに呑兵衛だよな……。


「まさか君、割り勘相手に僕を呼んだのか?」

「さすがのあたしでもそれだけのために呼び出すほど図々しくはないよぉ。ま、行ってみればわかるから」


 押されるようにして階段を上がり、僕は二階のドアを開けた。


「いらっしゃい!」


 店内中央のカウンターから威勢のいい声が飛ぶ。

 中は二十畳程度の広さ。カウンターに面した席の他、四人掛けの対面テーブルがまばらに設置されている。

 席はほぼ満席だ。まだ六時前だというのにずいぶん賑わっている。


「――あ、いたいた」


 店の中を見回し、海江田は店員が来るよりも早く木製テーブルの一つに駆け寄った。僕も続く。


「響さん、お待たせしましたっ!」

「遅かったじゃん、よもぎ」


 響、と呼ばれた長い黒髪の女性は、ビールジョッキを傾けつつ海江田に言った。

 対面にはもう一人、明るい髪をポニーテールにした美人が座っている。


「やーちょっと野暮用に時間を取られまして……。横、いいっすか?」

「うん、そっちの子は?」


 黒髪の女性が僕を見る。

 キリッとした目つき、気が強そうで整った顔立ちをした人だ。姉御肌って感じの。


「あたしが作ったサークルの会員第一号、御堂要くんですっ!」

「そうなんだ、よろしくー」

「よろしゅうなぁ~」


 二人の女性に笑顔で声をかけられ、僕は慌てて頭を下げる。


「ど、どうもぉ……えーと、お二人は?」

南条響なんじょうひびきさんはあたしの高校時代の先輩で、野美のみあかねさんはその友達」


 腰を降ろしながら海江田が紹介する。


「御堂くんはこっち来なや」

「あ、失礼します……」


 ポニーテールの女性――野美さんに促され、僕はギクシャクと横に座った。


「おじさーん、こっちビール二つ追加。あと天草ボトルとグラス四つと天むす、鰆の唐揚げくれる?」

「あいよー!」


 南条さんのよく通る声に、カウンターから主人らしき男性が応える。


「頼んじゃったけどビールでいいよね?」

「うぃす!」

「あ……はい」


 また酒か。ロクな思い出はないが、ここで断るのはさすがに空気を読めていないのはわかる。

 つーか確認するなら頼む前にしてくれ。今から言ったら店の人に迷惑だろ……。


「御堂くんも人文科なん?」


 胸に湧いた文句を飲み込んでいると、隣の野美さんが訊いてきた。


「あ、そうです……」

「そうなんか~ウチら芸術学部。ビジュアルアーツ学科」


 大きな瞳を細めてにっこり笑う。

 南条さんとは対照的で、包容力のある穏やかそうな人だ。


「むつかしそーな学科よね。人類文化学科って」


 ビールジョッキを空にした南条さんが口を挟む。


「面白いですよ~イロイロと変な話聞けて~」

「あんた、そういうの好きだったもんね」


 枝豆を摘まみながら答えた海江田に、南条さんが目をやる。


「あなたもそういうのに興味あるの? 怪異譚とか、妖怪談議」

「まあ多少……」


 はっきりとした声で喋る人だ。妙な迫力がある。


「ふーん。……ま、うちの学科と一緒で就職の役には立たなそうね」

「せやねぇ」


 柔らかく頷き、野美さんが微笑む。


「野美さんはさ、空手部なんだよ」


 唐突に海江田が言った。


「あ……そうなんですか?」

「せやでぇ」


 朗らかに同意する彼女の雰囲気は、武道というイメージに似つかわしくない。

 美人だし、道着を着れば映えはしそうだが、どちらかといえば華道部とかが似合いそうな人だ。


「よもぎが言ったのよね。茜を紹介してくれって」

「いやー助かりました。秋吉くんの知り合いで、親しいっていうのが野美さんだったんで」

「犀川秋吉くん? ああ、そういえばあの子も人文化やったねぇ。御堂くんお友達?」

「えっと、まあ……」


 曖昧に頷き、僕は視線を泳がす。


「はい、生二つに天草ボトルと氷、わり水っ! 鰆のから揚げっ! 天むすもう少し待ってねっ!!」


 ちょうどその時、店員の女性が頼んだものを持ってきた。

 海江田が手早く僕にビールを回し、南条さんにロックを作る。


「それじゃ、何はさておきまず乾杯といきましょうかっ!」

「手慣れ過ぎでしょ、あんた。一年で」


 グラスを受け取りながら、呆れた調子で南条さんがつぶやく。


「響さんが仕込んでくれたお陰ですよ~」

「人のせいみたいに言わないでよね」

「あはは~」


 女性三人はテンポよく喋っている。僕は少し蚊帳の外に置かれた気分だ。


「ほら、要っちもジョッキ持って」

「あ、うん……」


 南条さんは焼酎のグラスを、僕と海江田は新しいビール、野美さんは呑みかけのジョッキを持った。


「「「「かんぱーいっ!」」」」


 各々の盃をカキンと打ち合わせ、奇妙な宴会は幕を開けた。

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