2-4


 本日のBランチ――カレイの煮つけとチキンカツ、ライス大盛り、味噌汁を載せたトレイを持って、犀川はこちらへ顔を向けた。

 こっちこっちと手を振り、海江田は確保した席をアピールする。

 昼食時、混み合う食堂。海江田、僕が並んで座る対面に、犀川はゆっくりと腰を降ろした。

 一つ間を空けた隣では、女子のグループがレポート課題の愚痴で盛り上がっている。


「ありがとう。君たち、昼食は?」

「あたしたち半端な時間に摂っちゃたんで」 


 席を取っていたことに礼を告げ、訊いた犀川に海江田は澄まし顔で答える。


「そうか。御堂の知り合いということは、現文研の後輩かな?」

「いや……僕、あそこは辞めたんだ」


 視線を合わさず、ボソボソと告げる。


「それで彼女が作ろうとしている新しいサークルに入ることになった」

「新しいサークル?」

「日本中の様々な土地に赴き、その場所の風土、伝わる逸話を調べていこうっていうサークルですっ!」


 大袈裟な身振りをしつつ、海江田が説明する。


「ほぉ……緩い活動が多いうちの大学のサークルの中で、ずいぶん勤勉な取り組みだな」


 感心したようにつぶやき、犀川はプラスチックの箸を手に食事を始める。

 活動自体に嘘はなくても、海江田の目的は別にあるのだが。


「いや、実際は宝探しに近いんだがな……」


 つぶやいた僕へ、しっ! と息一喝し、海江田が睨む。


「――そうなんですよっ、犀川さん! で、あたしとしてはレイミーこと実里沢さんにもこのサークルに入ってもらいたくて。あの娘、クラスでもちょっと浮き気味なトコロがあるんです。犀川さんも、説明会の時感じませんでしたか?」

「一度話しただけだからな。だが、集団活動が苦手そうな印象は受けた」


 チキンカツを齧り、もりもりと大盛りのライスを平らげながら犀川は言う。


「でしょ? 人見知りがちょい過剰気味で。……まあそれについては入学式のこともあるんでしょうけど」


 流暢な喋り口で、海江田は巧みに会話を進行させる。

 訳知りな物言いだが、こいつだって実里沢と話したのはさっきが初めてのはずだ。


「ああ、あの噂か……」


 ポツリと言ってどんぶりを置き、味噌汁の器の中に犀川は苦い顔を映した。


「犀川も知ってたのか……説明会の時に聞いたのか?」

「いや、それは以前から知っていた。実里沢と話したのは……説明会の移動中、彼女が姿をくらましてな。文学部第一棟を探し回って、屋上で見つけたんだ」

「屋上?」

「ああ。進入禁止のコーンバーが外されていたから、まさかと思ったんだが」


 文学部第一校舎の屋上は立入禁止だが、階段が塞がれているだけで鍵などは付いていない。

 止む得ず上がってみたら、フェンスに張り付いた実里沢がいたそうだ。


「彼女は講堂の方を眺めていた。例の噂――入学式の際、照明が落ちかけたのを言い当てたという新入生。それが実里沢だということは、学生会の中でも話題になっていてな。俺も多少気にしていた」


 僕は事件のことさえ知らなかったが、行事に駆り出される学生会所属の犀川はそういう事情に敏感なのかもしれない。

 カレイの煮つけを二口で食べ、犀川は残りの米を空にした。


「フェンスの前の彼女に、どうして抜け出したのかと俺が問うと、実里沢は講堂の方でまだ嫌な感じがすると言った。もしかしたら、入学式の時よりもひどいことが起こるかもしれないと。……突拍子はなかったが、彼女の表情は真剣で、嘘をついているようには見えなかった」


 味噌汁の残りを飲んで食事を終えると、犀川は海江田が無料サーバーで淹れておいたほうじ茶を啜った。


「――だから、俺は講堂の前で厄払いをすることを請け負った。実里沢はそれで納得して説明会に戻ったんだ。幸い学生会の先輩の中に実家が神社の人がいてな。翌日、その人に頼んで、工事終了前に厄払いの儀式をしてもらった」


 そこまで話すと息をつき、犀川は視線を俯かせ、紙コップの茶を揺らした。


「彼女が持つ力の真偽……それは俺にはわからんが、人に害を与えるような嘘を吐く娘ではないと思う。むしろ、どうにかしたいと思って言ってしまうのだろうな。――しかし彼女は実際に何が起こるかまでは予想できないようで、言えば事故を防げるとは限らない。そして、起きた事故が大きければ大きいほど予見したという噂に尾ひれがつき妙な目で見られてしまう。それが、彼女の孤立に繋がっているのかもしれないな」


 犀川の話から、僕は実里沢が叫んでいた言葉を思い出す。


 ――いっつもこうだッ! ウチはただ助けたくて言っただけなのに、それを面白がって変な目で見てくる……ウチの迷惑なんて、誰も考えやしないんだッ!!――


 あの娘は見鬼の力を使うたび、相手に起こる災難や不幸を回避させたくて口に出した。

 しかし、それが有効に働くとは限らず、予見した彼女だけが色眼鏡で見られることになってしまった。

 良かれと思ってしたことが災難として我が身に降りかかる――趣味の悪い教訓話にありそうな例だ。


「とはいえ、俺にできることはあまりない。学年も違うし、何の関係もない彼女に干渉するのもな……」


 重い口調で犀川は言った。

 面倒見のいい彼からすれば実里沢のような人間は放っておけないのだろう。


「だから、同じ学年の君が彼女を気にしてくれるのなら幸いだ。ただ、彼女の境遇を考えると注意しなければならないこともあると思う」


 犀川は顔を上げた。


「余計な世話だったかな」

「いいえ」


 人当たりのいい微笑を浮かべ、海江田は言った。


「そこまでレイミーのことを気にかけてくれるなんて有難いことです。彼女の力に興味を示す人はいても、心配してくれる人は少ないから」


 それはキミもそうだろう――と思ったが口に出さず、僕は胡散臭い笑顔を浮かべる海江田の様子を窺った。


 ……この顔は、何かを企んでいる、気がする。


「だから、犀川さんのような人はとても貴重で――ああっ、そうだっ!!」


 突然、海江田は不自然に大きく両の手を叩いて叫んだ。


「ならいっそ、犀川さんもマヨイガ探索隊に入りませんかっ!? それならあなたもレイミーと同じサークルの仲間だし、堂々と彼女に干渉できるってもんですっ!!」

「マヨイガ探索隊?」


 妙案とばかりに海江田が突きつけた提案に、犀川は二度瞬きをしたあと、無表情の中に微かな困惑を滲ませ、僕を見つめてきたのだった。

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