2-3


 モンタナ食堂に戻ると、学食内は授業終わりの生徒たちで混雑していた。

 時刻は午前十一時過ぎ。次の授業との兼ね合いで、この時間に昼食を摂る生徒は多い。

 列を作り始めている券売機の方に実里沢の姿はなかった。探しながら購買の方へ行くと、物販の簡易食コーナーで物色しているのを見つけた。


「――ねぇ~レイミーってばぁ~」

「うわっ!?」


 ばふっ、と突然うしろから抱き着いた海江田に、実里沢は跳び上がって驚く。人懐っこいというか、馴れ馴れしさが過ぎる。


「つれないこと言わないでさぁ~きっと面白いことあるしさぁ~せめて体験入会だけどもさぁ~」

「くっ……しつこいッ!」


 突き飛ばすように、実里沢は海江田を押しのけた。フラフラとあとずさりして、海江田は僕の前で立ち止まる。


「あぁん、傷つくわぁ~」


 わざとらしくしゃなりとしょげてみせるが、実里沢の方は怒りで肩を震わせている。


「付きまとわないでよッ! 迷惑ッ! 鬱陶しいッ! あと名前で呼ぶなッ! ウザいッ!!」


 眉を釣り上げ子犬のようにキャンキャンと吠える様は、迫力はあるのだがどこか愛らしい。


 ……いや、今はそんなことを思っている場合ではなかった。


 僕は海江田に近づき、声をかける。


「おい、あんまり刺激し過ぎない方が……」

「――っ! あんた、図書館にいた……!」


 視線を僕に移し、実里沢がつぶやく。ようやく僕の存在を認識したようだ。


「ああ、あの時は――」


 礼を言おうとしたのも束の間、実里沢はさらに表情を険しくし、


「あんたがそいつを焚きつけたのかッ!?」


 と、怒鳴った。


「えぇ……?」


 場を収めるつもりだったのに、いらん誤解を生んでしまったようだ。

 困った。何と説明したものか……。


「いや違うって。むしろ僕がこいつに付き合わされてて、君のことは今日初めて」

「――どうして、ほっといてくれないんだッ!!」


 興奮した実里沢は僕の言葉など聞こえてないようで、顔を真っ赤にして、大声で叫び続ける。


「いっつもこうだッ! ウチはただ助けたくて言っただけなのに、それを面白がって変な目で見てくる……ウチの迷惑なんて、誰も考えやしないんだッ!!」

「そんなつもりじゃ……」


 まいった。どうやら何かトラウマ的なスイッチが入ってしまったようだ。周りが見えないほどに実里沢はヒートアップしている。

 混乱極まりつつある状況の中で、海江田は、んんっ? と耳をかき、テンパる僕を見上げた。


「あれ、要っち、レイミーと知り合いだったの?」

「いや……ちょっと顔を知ってるだけなんだが」

「変なあだ名で呼ぶなッ!!」

「――何をしてるんだ?」


 実里沢が、高い声をいっそう張り上げたその時、別の低い声が割って入ってきた。

 僕らの周りからは人が離れ、皆遠巻きに眺めている。その中から近づいてきた眼光鋭い長身の男――犀川秋吉は、僕に照準を定めて訊ねてきた。


「御堂、購買内で騒ぐと迷惑だぞ」

「ああ、そうだよな……ごめん……」


 思わず謝ってしまったが、僕にそれほど非はないはずだ。

 続けて、犀川は海江田と実里沢に目を向ける。


「君たちも、話があるなら場所を考えて――」


 言いかけた犀川の言葉が、何かに気づいたように止まる。


「君は……」

「……ッ!」


 大きく目を見開くと、実里沢は犀川の横を走り抜けていった。

 売店を出て食堂の外へ、あっという間に小さくなっていく。


「――とりあえず、ここを出よう」


 呆気に取られたようにそれを見送ると、犀川は一度咳払いをして、改めて僕らに購買から出るよう促した。


「えーと、あなたは?」


 売店の外、食堂入り口から続く通路の端に移動してから、海江田は好奇心に満ちた顔で犀川に訊いた。


「人類文化学科二年の犀川だ」

「あ、それならあたしの先輩なんですね。要っちの友達?」

「……去年、クラスが一緒だった」


 こちらを見てきた海江田に、僕は少し迷った末そう答えた。犀川は無表情だ。


「ふーん、そうなんだ……。あ、あたしは海江田よもぎっていいます。今年入学した人類文化学科の一年」

「そうか。校内説明会の時には会わなかったな」

「学生会の人ですか?」

「そうだ」


 そーなんですかー、と海江田は意味深に目を細める。

 居心地の悪さを感じ、僕は落ち着かない気分で周囲を見渡した。


「犀川さんは、実里沢玲実みのりざわれいみさんとも知り合いで?」


 そんな僕の様子を気にもせず、海江田はマイペースに会話を続ける。


「校内説明会の担当になったクラスにいて話をした。少し、特殊なところがある娘のようだな」


 犀川の口調が和らぐ。横目で見ると苦笑を浮かべていた。


「悪い娘ではないと思うが……」


 どうやら、彼も実里沢とひと悶着あったらしい。

 海江田もピンときたらしく、笑顔を作り犀川に詰め寄る。


「そうそう、そうなんですよ。ちょっとクセが強いだけでね。――ところで犀川さん、今お時間ありますか? 説明会の時の話、少し聞かせてもらいたいんですが」

「別に構わないが……君は?」


 戸惑ったように訊き返した犀川に、海江田は満面の笑顔のまま言った。


「実里沢さんの友人です。でもあの娘、ちょっと孤立してるところがあって」


 微塵の躊躇いもなく言い切ったその言葉に、僕は何とか吹くのを堪えた。

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