2-2
第二文学部校舎の出入り口からはまばらに人が吐き出されている。
一、二限の講義を終えた生徒たちの群れだ。校舎周りは剪定された樹木によって囲まれ、僕らはその一つの陰に身を潜めて目的の人物が来るのを待つ。
「……あ、来たよっ」
小声で言って、海江田は指をさした。
視線を向ければ、ピンクの緩やかなジャケットに黒のカットシャツ――そして首に大きなヘッドフォンを着けた女学生が歩いてくる。
……やっぱりと言うべきか、ホントにあの娘か……。
図書館で見たのと同一の少女。
周りの学生たちが知人と喋ったり笑いあったりしている中で、彼女は一人、つまらなそうな顔で黙々と歩いている。
何だか、一年の頃の僕に少し似ていた。
肥大した自意識とプライドのせいで周りとコミュニケーションを取ることができず、孤立していた頃の僕と。
まあ……それは今も大して変わってないのだが……。
「連れはなしか……好都合じゃん。――よし、行くよっ!」
「あ、おい!」
止める間もなく、海江田は小走りで茂みから飛び出した。慌ててあとを追う。
「――やぁやぁやぁ、
正面からぬっと忍び寄り声をかけた海江田に、実里沢と呼ばれた少女はビクッ! として足を止め、それから大きな瞳を睨みつけるように向けてきた。
「……何、あんた?」
敵意を隠そうともしない声。海江田の横に小走りで行って、僕は彼女の顔をちゃんと見る。
間違いなく、あの時の娘だ。起こったことも印象深かったからよく覚えている。
実里沢の方は僕に目もくれず、海江田を睨み続けているが。
「あれ、御存知ない? あたし三組の海江田よもぎ。同じ人類文化学科の一年だよ」
海江田は満面の笑顔で自己紹介をする。――が、その笑みは路上販売で近づいてきたセールスマンのような作り笑いで、なんとも胡散臭い。
実里沢もそれを感じてるらしく、表情は険しいままだ。
周囲を歩く学生たちは往来で立ち止って話す僕らに迷惑と興味の入り混じった視線を向けてくる。
……いづらい。しかし当の二人にそれを気にする様子はないようだ。
「同じ学科なんて、知らないヤツがいくらもいるだろ」
つっけんどんに、実里沢が言った。
それはそうだ。学年ごと一学科で百人以上の生徒が在籍しているのだ。
同学科と言えど、クラスメイト以外で顔を知っているのはせいぜい講義で知り合った人かサークル、部活の知人ぐらいだろう。
「ま、そりゃそうか。――でもあたしは実里沢さんのこと知ってるよ」
「……そうかよ」
目線を外し、実里沢は伝法に言った。
面白くないことを聞いた、というその反応は、彼女が例の事件後、大学内でどのような扱いを受けているかを想像させる。
興味本位で近づいてくる者はいたのだろう。だが、どうやら彼女は自分に注目が集まるのが好きな人間ではなさそうだ。
それならば……実里沢が入学式で言ったことはやはりホントの本当で、あとに起こる事件を見抜いていたからなのだろうか?
「有名になっちゃったからねぇ。講堂の一件で」
「あんた、ウチに何の用?」
軽薄に笑って言う海江田に目を戻し、実里沢はキツい口調で訊ねた。
「うん。実はそんな実里沢さんに聞いてほしいことがあってね。あたし民俗学のフィールドワークを目的としたサークルを作っててさ、ぜひその活動にあなたにも参加してほしくって――」
「断る。ウチは群れるのが好きじゃない」
遮って言い捨てると、実里沢は歩き出した。
「あ、ちょっと!」
すぐに実里沢の隣に走り寄る海江田。その少しうしろを僕も続く。
「群れるっていうほど人いないって! 今はほら、あたしともう一人、この無害なメガネの二年生だけだし。サークル活動でいわくつきの場所や不思議なことが起こるっていわれるトコロに行けばさ、実里沢さんの力、いー感じに活かせると思うんだけどっ!」
「何でウチがあんたの活動を手伝ってやらないといけないんだっ?」
「興味ない? こーいうの。古の風習や昔の人が持っていた能力を調べれば、実里沢さんの力に関することもわかるかもしれないよ?」
いや、民俗学とオカルトを混同するな。
僕が心の中でツッコむと、それに気づいたように実里沢が不意に足を止めた。
「……興味なんてないっ! 余計なお世話だっ!!」
大声で言い捨てて、実里沢はずんずんと早足で去って行く。
立ち止り、海江田はやれやれと首を傾げた。
「思った以上に頑なだねぇ、アレは。……でもあんだけ露骨に感情を見せるってことは、案外図星を突いてるのかも」
「君さ、もう少しうまい勧誘方法はなかったのか?」
事前に訊いた海江田の口ぶりだと妙に自信ありげだったが。
「んー、まあまずは本人がどんな感じかわからないと話にならないし。基本、あたしの人間関係の形成って一度正面からぶつかって、そっから得た情報を元に方策を模索してく感じだし」
「ファーストコンタクトで好印象とか言ってなかったか?」
「それは理想かな」
あっさりと告げる海江田の表情に落胆した様子はなかった。
つーか、あれだけ全力で拒否られれば多少は罪悪感や申し訳なさを感じたりするものじゃなかろうか。
――が、振り返ってみれば僕の場合はもっとひどかった。自分の印象をあえて最初マイナスに落とすことは海江田の作戦なのかもしれない。
落ちたあとに良いトコロを見せればギャップでやったこと以上に評価が上がる、みたいな。
アレだ、ヤンキーが捨て猫に牛乳あげてた感じ。
「モンタナ食堂行くみたいだね。も少し付きまとってみよっか。それで隙が見えるかもしれないし」
「まだ行くのか……」
僕だったら絶対心が折れている。
海江田は数歩先へ行くと、呆れかえる僕に首を向けてニヤリと笑った。
「行動力と根気。この二つがあれば大抵のことは成るものだよ、要っち」
不敵に嘯いた言葉には、しかし奇妙な説得力があった。
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