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「――要っちが入ってる現文研の小冊子読んだよ。去年の文化祭で出したやつ」


 チキンカツサンドをパクつきながら、海江田は相変わらずの調子で喋っている。

 人んちだというのにえらくくつろいだ様子だ。


「文章はそれなりにうまいね、君。読みやすくて流し見しててもわかりやすかった。――ストーリーは地味で、登場人物には感情移入しづらくて、小説としてはイマイチだったけど」

「ぐ……!」


 サークル連中に言われたのと同じような感想に、僕は奥歯を噛みしめる。


「何てか色々と回りくどいんだよねぇ。もっとシンプルに、ワクワクするような要素入れた方が読者は喜ぶんじゃない?」

「いいんだよ、僕はエンタメをやりたいんじゃない。文学としての小説を書きたいんだ」


 ふむ、と海江田は眉をひそめる。


「そうなの? にしては題材がズレてるような……」

「夢野久作だって内田百閒だって幻想文学の大家じゃないかっ。文学として評価されてるっ!」

「読んだことないから知らないけど。そういう作家として成功してる人と、自分を比べるのは傲慢だと思うよ」

「くっ……!」


 志を高く持つことの何が悪い! ――と叫んだところで、負け犬の遠吠えにしかならないことはわかっている。

 この大胆不敵で繊細さに欠ける女は、いかに僕が文学の多様性と奥深さを語ったところで、「へぇ、意識高いねw」で済ますだろう。

 そんなヤツと舌戦するのは体力の無駄、ストレスを溜めるだけだ。

 なのでここは留飲を下げ、口に鍵して黙るのが正しい。


「ほら~自覚あるんでしょ~w」 


 勝ち誇ったウザさ満開の口調で嘯き、海江田はチキンサンドを平らげる。

 しまった……これじゃあどうしたところで僕には敗北感しか残らない……。

 くそぅ、なんなんだよぅ。コイツはぁ。


「まあまあ、そんな泣きそうな顔しないでよ。あたしは何も要っちの小説をディスりに来たワケじゃないんだから」


 恨みがましい視線を向ける僕を宥めるように言って、海江田はまだ封を開けてないおにぎりを差し出す。

 空腹感はある。渋々受け取り、僕は包装ビニールを破いた。


「あたしはねぇ、要っちが持つ文章力を生かせて、小説にリアリティを与える経験ができて、なおかつ学生生活にもハリがつく有益な活動……それに君を誘いに来たのさ」


 ウィンクして、レッドブルを一口飲む。

 

 ――うさんくせぇ。

 

 胡乱な顔で見つめ返し、僕は海苔を巻きつけたおにぎりに噛りつく。


「つまりサークル活動の勧誘ってことか?」

「そゆこと。そのためにバイト終わる時間調べてわざわざ待ってたんだから」


 何故僕のバイトが終わる時間や、住んでいるマンションの場所を知っていたのか、という疑問もある。

 だがそれよりも訊いておきたいのは……。


「それで……何で君は、出合い頭に僕に飛び蹴りかましてきたんだよ?」


 恨みつらみがあるならともかく、勧誘しようとした相手を何故蹴り飛ばすのか。その意味がまるでわからない。


「あーそれはねぇ……」



 海江田は視線をつーっと部屋の天井に移動させ、それから壁、冷蔵庫、ベッドなど一通り見回したあと、


「――ノリで? 要っちの閉ざせし心をこじ開けるお呪い、ってところかな?」


 小首を傾げ、半笑いでつぶやいた。


「ふざけるなっ! ぼかぁそれで意識が飛んだんだぞっ!!」

「だからぁ、部屋まで運んであげたじゃん」

「打ちどころ悪かったからヤバかったかもって言ってたよなっ!!」

「一晩見守って、まあ平気そうだったし」


 暖簾に腕押し。僕が必死の剣幕で言っても海江田は飄々とした態度で動じない。

 ダメだ。こいつはそもそもまともに話す気がない。

 屁理屈や話の焦点ズラしでのらりくらりと自分が正しいように振舞う、ネットのレスバトルとかで強いタイプのヤツだ。


「っ……もういい!」


 激情の波をおにぎりと一緒に飲み込み、胃もたれしそうになりながら僕は声を張って告げた。


「ともかくっ、僕は君に協力するつもりはないっ! 文章を書く人間が欲しいなら他を当たってくれっ!!」


 額の湿布を外し、パチンとちゃぶ台に叩きつける。


「新しいの、ベッドの上に置いてあるよ」

「……もう平気だ」


 ちらり、とベッドの上に置いてある湿布薬の箱に目をやる。

 ……ホントはまだ痛い。眉の上がじわじわする。


「無理しない方がいいと思うけどなぁ。そっかぁ~そりゃあ残念……」


 わざとらしくため息をつきながら、海江田は立ち上がった。


「要っちが興味あるモノ、あたし持ってると思ったんだけどなぁ~」


 片目を閉じて、芝居がかった仕草で言う。


 ふん、意味深な真似を……。


「そんな物があるなら、最初に見せるのが筋だろ」


 もちろん僕は相手にしない。ふいっと横を向き、吐き捨てるように言ってやる。


「――それもそうか」


 つぶやくと、海江田は急に僕に近づき、パーカーの胸元を引っ張った。


「じゃあ、見てみる?」


 トーンを押さえた声。とたんに少年っぽさが消え、艶めかしい空気が湧きたつ。


 ――む。大きめのパーカーの上からでははっきりしないが、そこそこスタイルはいいのか……? いやしかし、身長に対してバストサイズの大きさはバランスが……。


 瞬間、益体のないことが頭を巡り――そして悲しいかな男の習性には勝てず――僕は生唾を飲み込んだ。


「……ほら、これ」


 ぐぐい、と身体を近づけ襟元を引っ張る。

 いかん! と思いつつも引き寄せられるように目は向いてしまい――そこからポロンと落ちてきたのは、黒色の勾玉だった。


「………………それは?」

「あたしがとある場所から持ち帰ったもの」


 期待外れに沈んだ僕の問いに答えた海江田の声は、さっきまでの軽薄さがなく、細めた目は何かを懐かしんでいるようだった。


「要っちも小説に書いてたよね。黒い門が現世と彼岸を隔て、その間にあるという隠れ里の屋敷。そこにある物を持ち帰った者は、無限の富を授かると言われている――」


 親指ほどの大きさの勾玉。

 海江田が軽く揺らすと、陽光の光を反射して輝く。


「人知られざる山奥の長者屋敷〝マヨイガ〟――あたしは昔、そこに行ったんだ」


 海江田よもぎは、不敵な笑みを浮かべてそう言った。

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