第44話 根掘り葉掘り
無事でよかったと優しい言葉を掛けてくれたのは、ほんの最初だけだった。
予想はしていたが、皆にアーニャの事をからかわれた。
アーニャは怯えるかと思ったのだが、案外大丈夫だった。人と話すのもリエラの街でだいぶ慣れたようだし、僕のクラスメイトという事で興味があるようだった。
初めのうちは僕の隣にいたが、しばらくすると女子に連れ去られていった。
ガールズトークをするのだそうだ。近づいてアーニャと会話しようと試みる男子はことごとく排除されていた。
「明日、王族と会う事になっているからよろしく。」
幸宏が言った。
今は、幸宏、中川さん、賢一、美波そして若本先生の5人で話をしている。
「わかった。アーニャは一緒でなくてもいいかな? 王宮に入るだけで卒倒しそうだったのだけど・・・」
「いいと思うわ。」
若本先生が答えた。
「先生、面影がありますね。やはり、美人だったのですね。」
「また、あんたはそういう事をぬけぬけと。先生も赤くならないで!」
美波が僕をたしなめた。ついでに先生も。
どうも僕は姉のせいで年上の女性を褒める癖があるらしい。
「面影に関しては、時系列が逆だな。」
賢一が訳の分からないことを言っている。今が基準なのだから問題ないと思うのだが。
「明日、午前中に王に謁見して、その後今後について会議ね。」
「了解。会議にはアーニャとスピカも参加していいのかな?」
中川さんが話題を戻し、明日の予定を伝えてくれたので、了解の返事をした。
「王女と宰相も参加するけど、アーニャさん大丈夫かな? 参加自体は問題ないと思うよ?」
幸宏が答えてくれた。確かにそれだとアーニャは無理かもしれない。留守番かな?
「そうだね。アーニャは留守番かな。」
「ねえ、アーニャちゃんと旭はどういう関係なの? ご主人様って言ってたわよね? すごく気になるのだけど?」
美波が質問してきた。できればあまり聞いてほしくなかったのだが、しかたがない。
「それは、私も気になっていました。」
先生も気になっていたようだ。
「私も。」
中川さんもか。
「僕も。」
幸宏も?
「俺もだ。」
賢一まで・・・
アーニャを助けたことや、南部の貴族の戦闘奴隷だったことなど、これまでの事をおおざっぱに説明した。
「・・・それで、ご主人様と言うんだ。名前で呼ぶように頼んではいるけど難しいみたいなんだ。僕が言わせているのではないからね?」
僕の説明を聞いて、先生をはじめ皆が神妙な顔をしている。アーニャの境遇は家族も含めて結構大変なものだったからだろう。ただ、何故か美波だけはニヤニヤとして、何か言いたそうである。
「青の花嫁候補って何?」
突然、ここにいない人の声がして驚いた。確か、服部さんである。
いつの間にか僕たちの輪の中に入っていた。
彼女のしゃべり方は、抑揚がなく、感情が読み取れない。
確か、中川さんと親しかったはずだ。
「なにそれ?」
美波が聞き返した。心なしか声に棘がある。
「女子の皆がアーニャから聞き出した。赤井、アーニャが大変そう、助けてあげて。」
服部さんにそう言われて、アーニャを見ると、女子に囲まれ根掘り葉掘りとあれこれ聞かれたらしく、ぐったりとしている。
しかも、女子たちはまだアーニャを解放してくれないようだ。
「私が連れてきましょう。」
僕が行くとさらにカオス状態になると思ったのだろう。先生が連れてきてくれた。
「アーニャ大丈夫。」
「ご主人様、すみませんですニャ。称号の事を言ってしまいましたニャ。」
「気にしなくていいよ。ごめんね。こっちに連れてくればよかったね。」
いろいろな人と話した方がと思ってクラスメイトに任せたのだが、失敗だった。もっと分別があるはずなのだが、皆どうしたのだろう?
僕の表情から考えていることが分かったようで、美波が説明してくれた。
「旭と一緒にいた女の子だからよ。あんた、案外女子に人気あるのよ。みどりさんのおかげで、女の子に優しいし。しかも猫耳だし。」
確かに姉さんの教育により僕は女の子に優しいのかもしれないけど、人気があるとは思わなかった。バレンタインデーにチョコをもらったりしたこともなかったしね。
「で、青の花嫁候補って何? 私も気になるわ、旭、髪が青くなってるし。それ、染めた色じゃないよね?」
安心させておいて、という訳でもないだろうが、美波がさらに質問してきた。
他の皆も興味があるようで、さあ話せというような無言のプレッシャーを感じる。
先生まで興味津々の表情である。肉体が若返ったせいで精神年齢まで17歳になってしまったのだろうか?
「青の花嫁候補はアーニャに出た称号だよ。何故そんな称号が出たのかは僕にも分からないよ。」
「そう。」
代表して美波が返事をしているような感じだ。
「アーニャさんは?」
今度は中川さんがアーニャに聞いた。
「分からないのですニャ。でもご主人様の事は大好きなのですニャ。花嫁修業を頑張るのですニャ。ご主人様にお料理を習っていますですニャ。」
アーニャは少し頬を赤く染めながら、大真面目に答えている。
「ちょっと旭、自分好みの女にし育てるってことかしら?」
美波がものすごい表情で僕をにらみつけた。鬼だ、鬼がいる。
「いや、あのね、僕は日本に帰るから結婚できないってちゃんと言ったんだよ? だけどアーニャが称号にでたから花嫁修業をするって言ったんだよ。花嫁修業をする分には将来役に立つだろうから問題ないでしょ?」
必死で弁解した。女子が4人もいるから必死である。案外先生の視線が怖い。
「まあ、今は牧さんを探さないと。明日の会議はその辺のことについてだから。あ、それと、アーニャさん明日王様に謁見する? 旭は謁見するのだけど?」
幸宏が話題を変えてくれた。ホッと一息である。
アーニャはフルフルと顔を横に振った。
「王様に謁見なんて恐れ多いですニャ。無理ですニャ。でも会議には出たいですニャ。」
「会議には王女様も出席されるけど大丈夫かしら?」
先生がアーニャに尋ねた。
王女様が出席となると遠慮すると思うのだが・・・
「ううぅ、王女様、でも、出席するのですニャ。ご主人様が好きな方を助けるのですニャ。」
「えっ!?」
皆が驚きの声をあげた。何故か美波と服部さんは驚いていなかったが、気づいていたのだろうか?
僕は、天を仰いだ。
「ニャ? ご主人様、秘密だったですニャ? す、すみませんですニャ・・・」
アーニャががっくりとうなだれた。
「アーニャ、いいんだ。問題ない。」
僕はアーニャを慰めた。
しばらくの間沈黙が場を支配した。
「ふたまた?」
何故か服部さんが抑揚のない声でそう言った。
「やるな、旭。」
賢一がボソッと一言。
思いっきり睨んでやった。
部屋に戻ってひと騒動。
スピカはリリエラ様の所で眠るそうだ。
と言っても、隣の部屋なのだが。
明日の会議にリリエラ様も参加するそうで、神殿からこちらに来ているのだ。
ベッドが1つしかない。
2人一緒の部屋としか言わなかったから、メイドさんに誤解されたようだ。クイーンサイズの大きなベッドが部屋の真ん中に鎮座している。
「まあ、これだけ大きければ端に眠れば大丈夫かな?」
アーニャに聞いてみた。
「大丈夫ですニャ。問題ないですニャ。」
「今日はもう眠りたいしね。明日部屋を変えてもらおう。ん、待てよ、明日のうちにダンジョンに潜るかもしれないな。会議が終わってから考えよう。」
「分かりましたニャ。」
アーニャも問題なさそうだったので、今日はこのまま眠ることにした。
「ご主人様、もう少し近づいてもいいですニャ?」
「いいよ。」
ベッドは思いのほか広かった。
「ご主人様、こっちに手を伸ばしてもらえませんニャ?」
「いいよ。」
アーニャの方に手を伸ばす。
「ご主人様、手を握って眠ってもいいですニャ?」
「いいよ。」
アーニャが僕の手を両手で包み込むようにして握った。
「ご主人様・・・」
「なに?」
「おやすみなさいですニャ。」
「おやすみ。」
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