第31話 動き出す前に


「アーニャ、落ち着いて。結婚するわけじゃないよ。ずっと一緒に旅をしようという事だから。安心して。結婚を迫っている訳じゃないから。」


「・・・分かりましたニャ。ご主人様、私は結婚が嫌なわけじゃないですニャ。恐れ多いだけですニャ。は、恥ずかしいだけなのですニャ。」


 再びアーニャが頭のてっぺんから湯気を出し始めた。これはいけない。


「分かったよ。まあ、結婚の事は後でゆっくり考えよう。」


 あ、でも気になることがあった。


「そういえば、結婚判定は相手に依存するってあるけどどういう事だろう? スピカどう思う?」


「ああ、それは種族によって結婚の儀式が違うからだと思いますよ。例えばエルフだと御神木の前で誓いの口づけをするはずです。」


「なるほど。参考までに猫人族は?」


 アーニャに聞いたら、今までで一番真っ赤になってしまった。大丈夫かな? 倒れやしないだろうか?


「両親と村長に認められて・・・」


「認められて?」


 アーニャが口ごもる。エルフみたいに何か御神体の前でキスでもするのだろうか?


「・・・こ、こ、こ、」


 アーニャがにわとりみたいになってしまった。


「こ?」


 先を促す。まずい、嫌な予感がする。

 ・・・!

 ひらめいてしまった。

 だが、僕が止める前にアーニャが言ってしまった。


「子作りするですニャー!」


 アーニャは両手で顔を覆って自分のベッドへと素早く移動して布団にもぐりこんだ。


 何にしても、両親を助け出して村長にも了承を得ないと結婚はできないわけだ。

 まずは、アーニャの両親を探さねばならない。

 村から攫われた人たちが無事だと良いのだが。


 あれ?

 僕、いつの間にかアーニャと結婚しようとしてない?


 待て待て待て、結婚は関係ない。アーニャの家族は探さねば。

 もちろん、他の獣人やエルフ、ドワーフの事も何とかせねば。


 まずは、明日だ。


 もう、今日は寝よう。ずいぶん遅い時間だ。




 翌朝、アーニャはまだ昨夜の余韻が残っているようだが、少し顔が赤い程度である。そのうち元に戻るだろう。


 ウルスラさん一家と朝食を食べる。使用人のように食事の世話をしようとしたけど断って、一緒に食事を食べた。


 少し休んでいたら、案外早い時間にギルドマスター達がやって来た。

 リエラの冒険者ギルドマスターのエドガーさん、ケイシャ商会のケイシャさんと妹のセリカさん、ライカールの冒険者ギルドマスターのキカさん、さらにイリスさんとA級冒険者のシリルさんの6名である。

 ライカールからもギルドマスター達が来ていたので驚いた。


 どうやら南部の動きがかなり活発になっているらしい。

 南部にはかなりの数の諜報員を忍び込ませているらしいが、方向によるとリエラに最も近い南部の都市であるルクサンで戦の準備を始めたれしい。

 今まではひそかに進めていたようだが、いよいよ戦力を集結し始めたのだ。

 南部の各地から攫った獣人が集められているのだ。

 貴族の私兵による軍だけでなく、獣人の奴隷による部隊も集結しているらしい。




 以前に伝えていた事ではあるが、僕達も協力することになった。


 準備をした後、僕、スピカ、アーニャ、イリスさん、シリルさん、セリカさんの6名で冒険者パーティーを組んで、ルクサンの街へ潜入するのだ。

 僕の「転移」のスキルがパーティーメンバー全員を転移させられるようになったことが大きかった。

 もともとは、僕たちを含まない少し違ったっ作戦だったのだ。

 結構大胆な作戦になった。まあ、ルクサンの状況にもよるのだが。




 行動を始めるのは午後からになったので、昼食までの間にスピカ、アーニャと「転移」を試すことにした。行きたいところもある。


「アーニャ、もうお姫様抱っこしなくても大丈夫なはずだから。」


 アーニャが今までの癖で、お姫様抱っこされるために僕の目の前に立ったのでそう言うと、慌てて飛びのいた。顔が真っ赤だ。昨夜からこんなことばっかりだ。

 僕はラブコメをするために異世界に召喚されたのだろうか?


 気を取り直して転移する。


「じゃあ、いくよ? 転移。」


 ちゃんと転移できた。

 最初に日本から転移してきた湖の畔の小屋の前である。

 そう、レベル10になったのでウンディーネに会えるようになったかもしれないので、ここに来たかったのだ。


 湖を見ると、湖面が光りだした。

 湖面には波紋も起こっていないのに、水滴のような青い光を滴らせながら、青く透明な少女が現れた。恐る恐ると言った様子で、水面に顔だけ出している。

 僕に気が付き、嬉しそうに微笑むと、水面から飛び出して僕へ向かって飛んできた。

 そのまま僕の首に腕を回して抱きつき、キスをする。

 思いのほか素早かったのと、驚きで、よけることができなかった。


「うわっ!」


 僕がのけぞって声をあげると、アーニャが驚いた。


「どうしましたニャ?」


「ウンディーネがアサヒに抱きつきました。」


「ニャッ!?」


 アーニャにはウンディーネが見えないようだ。レベル10は超えていても加護がないから見えないのだろう。


 ウンディーネはキスした後も僕に抱きついたままである。唇が動いている。

 何かじゃべっているようだが聞こえない。


「ごめん。聞こえないよ。」


「どうやら、もっとレベルが上がらないと声は聞こえないようですね。」


 ウンディーネは僕から少し離れ、首をかしげた。


 そうだ。アーニャを紹介しなくては。


「この子はアーニャ、一緒に旅をしているんだ。大切な仲間だよ。」


「よろしくお願いしますニャ。」


 アーニャが神妙な表情でお辞儀する。

 僕とは違い、しっかりとウンディーネを向いている。勘がいい。


 ウンディーネは興味深げにアーニャの周りをくるりと回ると、ニコッと笑っておでこにキスをした。


「ニャア!」


 アーニャが驚きの声をあげて尻もちをついた。

 どうやらウンディーネが見えるようになったらしい。


「ウンディーネ様、よろしくお願いしますニャ。ご主人様をしっかり守りますニャ。」


 ウンディーネはもう一度アーニャの周りを一周すると、僕の所へ戻ってきた。

 僕の胸の高さで横になって浮かんでいる。お姫様抱っこされているみたいだ。

 催促されているように感じたので、手を伸ばしてお姫様抱っこをする。

 ウンディーネは満足そうな表情で何か言った。


「アーニャと転移するときはこうしろと言っています。」


「どうしてだろう?」


「さあ?」


 理由はスピカにも分からないようだが、今まで通りお姫様抱っこで転移しろと言っているらしい。


「可能なときはそうするよ。」


 断ってはいけない気がしたのでそう答えた。急いでいるときなどは抱き上げている暇がないだろう。


 その後、少し転移の練習をした。

 一人で転移、アーニャと2人で転移、スピカと転移など転移するメンバーを選んでの転移を試した。

 スキルになっているだけあって、案外簡単にできるようになった。


 昼食まではまだ時間があったので、さらに索敵を試してみた。

 レベルが上がったおかげで地図を出さなくても頭の中で理解できるようになった。

 かなり便利さが上がった。




「じゃあ、また来るね。」


 アーニャをお姫様抱っこした状態でウンディーネに別れを告げてリエラの屋敷へ戻った。

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