初任務 壱


福島県 郡山駅


昼時過ぎに郡山駅に着くと、蓮は車を停車させた。


「ちょっと待っといてくれ。案内してくれる刑事さんを迎えに行って来るから。」


パタンッ。


そう言って、蓮は車を降りて行き、駅の方に歩いて行った。


あたし達は、車の中から蓮の様子を見る事に。


他愛のない話をしてると、中年男性と共にこちらに戻って来たのだ。


「鬼頭、後ろに乗ってくれるか?刑事さんを助手席に乗せるから。」

  

「分かった。」


隼人と大介が、一番後ろの席に座り、あたしの隣は楓になった。


助手席に刑事さんを乗せ車は、再び走り出す。


暫くすると、刑事さんが今回の事件の事を話し出した。


「五色沼湖沼郡(ごしきぬまこしょうぐん)に訪れた未成年の男子がそこで行方不明になっている。信じたくは無いが…妖怪の仕業らしい。」


刑事さんの話し方からして、妖の存在を信じてないのが分かる。


確かに、実際に見てみないと信憑性が湧かないしね。


あたし達は嫌と言う程、妖を見て来たからなぁ。


すんなりと話が、頭に入って来た訳だし。


「どうして、妖怪の仕業だと思ったんですか?」


「…。昔から五色湖沼郡には、沼御前が湖の底に眠っ

ていると言う話があってな。目撃情報によると、夜に女の顔を纏った巨大の蛇が男子を湖に引き摺り込んだ…と。」


「それで、我々に依頼を。」


蓮はハンドル操作をしながら、刑事さんの話を聞いていた。


「こんな若い者に頼むのは、癪(しゃく)だがな。特に女子高生には。女の子が戦えるのかね。」


刑事さんは振り返り、あたしを見つめながら嫌味の含んだ言葉を放つ。


どうやら、あたしに不満のある顔だ。


今まで浴びた事のない視線を受けて、面白かった。


この人からしたら、あたしは普通の女子高生なのか。


その視線を見た楓と隼人は、刑事さんを睨んでいた。


刑事さんからしたら、あたしは普通の女子高生で。


ましてや、戦い慣れをしているとは思わないだろう。


そう言う視線を貰うのは初めてだから、新鮮と思ってしまった。


「この子も立派な陰陽師の壱級ですよ。だからら連れて来たんですから。」


蓮はそう言って、あたしに笑い掛けてくれくれる。

 

キュュウっと、胸が締め付けられる感覚がし、嬉しかった。


いつも、あたしの心を舞い上がらせるのは蓮だ。


蓮の事を好きだと自覚させられる。


いつからだろうか、蓮にこの感情を抱いたのは。


だけど、あたしの所為で蓮の人生を縛っている事は、間違いない。


だから、この想いは秘密にすると誓ったのだから。


ドキドキしたり、キュンッとしたりする資格すらないのだ。


「そうですかねぇ。あ、そろそろ着きますね。」


刑事さんは太々しい声を出しながら、前に視線を戻す。


「何なんだ、あの刑事。姉ちゃんを女だからって、舐め過ぎだろ。」


楓はかなり、イライラが溜まっているご様子だ。


隼人は…と言うと、言うまでも無い。


楓と隼人は似た者同士だ。


車内の空気が悪いまま、目的地の駐車場に到着した。


車から降りたあたし達は、刑事さんの後に付いて行す。


周りを見渡すと、木や山が目に入った。


都会と違って空気が澄んでいて、自然の豊かさそのものだった。


「俺の家さ、山奥の神社だから。こう言う自然が沢山あるの好きなんだよね。」


大介は両腕を広げて、伸び伸びとしている。


「山奥?」


「そうそう。俺と隼人はさ、元々東京の人間じゃないだよ。」


「そうなんだ、出身は?」


まぁ…、隼人から話は聞いてるから、知ってるんだけど…。


大介は知らないからな、知らないフリをしないと。


「京都だよ!京都。隼人とは幼馴染なんだ。な!」


トントンッ。


そう言って、大介は隼人の肩を叩いく。


「通りで仲良い訳だね。」


「こいつがずっとこんな感じだから。」


隼人は話しながら、大介の手を軽く払い除けた。


あたしの少し前を歩いていた楓が、クルッと振り返り、手を差し出す。


「ここ、段差があるから。気を付けて、姉ちゃん。」


「ありがとう、楓。」


「良いよ、こっち側は段差とかないから。」


楓はそう言って、さりげなく左側に誘導してくれた。


義足を気にしての行動だろうけど、楓は優しいな。


「聖ちゃんと楓君って、本当に仲良いよね!小さい時からそうなの?」


ドキッ。


大介の言葉にあたしと楓は、言葉を詰まらせる。


何て答えようかな…。


楓と過ごした時間って、あんまりないんだよね。 


お婆様が追い出したきりの今まで、楓とあってなかったしな。


そんな事を考えていると、楓が口を開いた。


「俺が修行ばっかりしてたから、仲良くなったのは最近だよ。」


「あー。隼人と一緒な感じね!」


楓があたしの耳元で、コソッと囁いた。


「大丈夫だよ。大介はアホだから。」


「ップ!!あははは!ありがと楓。」


わしゃわしゃ!!


あたしはそう言って、楓の頭を撫でる。


楓は顔を赤くしていたけど、何処か嬉しそうだった。


「全く、君の所の生徒は大丈夫なのかね?遠足気分じゃあるまいし。」


「大丈夫ですよ。この子達も陰陽師として.退治しに来たんですから。」


「は、はぁ。それよりも、ここですよ。」


刑事さんが立ち止まり、湖の方向に指をさした。


指のさす方向を見つめると、辺り一面は綺麗な湖が広がっていてた。


周りの木々達が風に揺られ、心地良さそうにしている。


一見して見ると、普通に綺麗な湖が広がっているけど。


「この池に沼御前が居るのかー。何か、想像つかねぇー。」

 

「お前は、緊張感は無いの?」


「だってさー。」


ドンッ!!


大介と隼人が話している所に、女の人がぶつかって来た。


「キャッ。」


白い女優帽を被った女の人が地面に尻餅を付き、転んでしまった。


「あ!大丈夫ですか?」


大介が女の人に手を貸して、心配そうな顔をしながら声を掛けている。


「あ、ありがとうございます…。お優しいんですね。」


そう言って女、の人は大介の腕を優しく握った。


帽子から見えた綺麗な顔に、サラサラとした長い黒髪。


フワッと香る甘い花のような…。


この香りは…、嗅いだ事のある香り。


忘れる事のないあの香りは…、八岐大蛇と同じものだ。


そして、この香りの特徴は、一つだけ。


壱級妖怪特有の独特な甘い香りは、妖気が漏れ出ている証拠。


あたしは蓮を見つめると、蓮は軽く頷いた。


やっぱり…。


どうやら、楓と隼人も気付いている様子だった。


「え、あ、あの?」


「ごめんなさい。あまりにも貴方が、素敵だったので…。ありがとうございました。また会いましょう。」


困惑する大介を置いて女、の人は去って行った。


「綺麗だったなー、今のお姉さん!!俺の事、素敵だってさー。」


ニヤニヤとしている大介は、気付いていないようだ。


あたしは大介の触れた腕を見て、確信に変わる。

「大介、腕を捲って見て。」


あたしは大介にそう言うと、大介は自分の袖を捲り、腕を見た。


「え…って!?何だこれ!?鱗?」


女の人に触られた部分に、魚の鱗が生えていた。


「あー、やっぱりな…。お前気に入られたな沼御前に。」


「は、隼人…。こ、これてもしかして…。」


「呪いだろ。」


隼人と大介の会話に、サラッと楓が割り込んだ。


「おいおい!!本当に妖怪の仕業かよ!?」


刑事さんは、あたし達の会話を聞いて驚いて大声を出す。


「刑事さん、夕方から結界を貼ります。人が来ないようにして下さい。」


「了解した、今から手配をしてくる。俺は一旦警察署に戻る。」


蓮は冷静に、素早く刑事さんに指示を送る。


刑事さんは蓮の話を聞き、急いで警察署に戻って行った。


「ど、どうしよう…。この呪い大丈夫なのか?」


「見せて。」


慌てる大介の腕を掴み、ジッと鱗を見つめた。


やっぱり、八岐大蛇とランクが違うから、呪いの濃度は薄い。


死に至る事は無いだろうけど。


「大丈夫ら死ぬ呪いじゃないよ。マーキングみたいなモノね。大介の居場所が分かる様にしてある。」


大介の不安を取り除く為に、あたしは軽い口調で説明する。


「マジかよー。じゃあ、本人を滅しないと駄目なヤツね。」


「あれ、大介落ち付いてるじゃん。」


「聖ちゃん。俺はこれでも陰陽師なんだから…。じゃあ、俺が囮になるわ。」


サラッと、大介が囮を願い出だ事に驚いた。


まさか、自分から言い出すとは思ってもみなかったからだ。


「その方が良いだろうな。お前ならら上手い逃げ方するだろ?作戦をちゃんと考えようぜ。」


隼人は大介とは長い付き合いだし、信頼をしているんだろう。


すぐに作戦を立てようと、行動に移そうとした。


「あたしも隼人の意見に同意。沼御前は、夜にはこの池に戻って来るだろうから。まずは、ここ全体に一般人が来ないように結界を張る。誰が結果を担当するか…だけど。」


「僕が担当するよ。」


あたしの話を聞いた蓮がら挙手をした。


「田中っちが?」


「君達よりは、結界を張るのは上手いよ。今回は、前田達が担当しないといけないからね?」


蓮はそう言いながら、大介を見つめる。


確かに、あたし達の中では蓮が適任だね。

 

「じゃあ、先生にお願いするとして。あたし達は、大介が沼御前と接触するのを、近くの影から見守る係だね。そして、気配を消して沼御前を滅する。」


あたしは、楓と隼人を見つめた。


「了解。」


「式神は、最悪の場合になったらって事だな。」


隼人は了承し、楓は式神をいつ使うかを考えていた。


「第一優先は、沼御前にあたし達が周りに居る事を悟られない事。沼御前に見つかったら、作戦も上手くいかないからね。」

 

「聖ちゃん凄いね!!任務慣れしてるね。初めてじゃないんだ?」


ドキッ!!


あらま…、ちょっと仕切り過ぎたかしら?


でしゃばらない方が良かったっぽい。


「うーんっとね…。」

 

「それじゃあ、僕は結界札を貼りに行って来るから。一旦離れるね、何かあったら連絡入れて。夜までには、終わらせるから。」


蓮はそう言って、結界を張りに行った。


「俺等は日が暮れるのを待つか。」


楓が話題を変えてくれると、隼人が大介に話を振る。


「大介らお前も油断するなよ。」


「何だよ隼人…、いきなり。」

 

「心配してんだよ…、俺は。今回の妖怪は、今まで一緒に任務で滅した妖怪とは違う。」


「違うって…。」


大介と隼人の会話を、あたしと楓は静かに聞いた。


「匂いだよ。」


「楓君。匂いとは?」


「壱級の妖怪は甘い匂いがするんだよ。あの妖怪からも匂いがした。弐級だけど、気をつけろ。」


楓が大介を見つめながら、強めに言葉を放つ。


大介を思っての言葉だろうけど、こちらも気を引き締

めないと。


そう、あの匂いは八岐大蛇からもした。


甘い花のようない香りは、壱級妖怪の証でもある。


沼御前からもしたと言う事は、今回の任務…。


もしかしたら…、危険かもしれない。


そう思いながら、あたし達は夜になるのを待った。

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