売られた喧嘩は買う主義なので

騒がしかったクラスの空気が、重くなった。


ザワザワッ。


急にクラス全体がザワザワしだしたけど…。


ふと、赤髪の男の子と目があった。


前髪と襟足は長く、血色のない白い肌、少し長い前髪から見えるオレンジの瞳、光り輝く沢山のピアス。


綺麗な顔をした男の子だなぁ…。


ギロッ。


赤髪の男のは眉を顰め、あたしの事を睨み付けて来た。


えー、むっちゃ睨んで来るんだけど。


あたし、何かした?


何もしてないのに、何故に?


「おーい!隼人(はやと)!任務終わったのか?」


この男の子は、隼人と言うのか。


「おい。早乙女(さおとめ)、報告は済んだのか?」


佐和先生が赤髪の男の子を見て、そう言った。


へー、早乙女と言うのか。


ん?


早乙女…?


早乙女!?


え、え、え?!


もしかして、智也さんが言ってた早乙女家の坊ちゃんって…。


この男の子の事か!!


早乙女隼人…、まさか同じクラスだったとは…。


まぁ、あたしが御子柴家の人間って分からないだろう。


配下の人達と会った事ないし。


うん、関わらないようにしよう。


うん、そうしよう。


そう思い、あたしは静かに気配を消す事にした。


あたしは空気。


そう、空気だ。


「終わったから、教室に来たんだろ。」


早乙女隼人は不機嫌な声を出して、佐和先生の問いに答えた。


「うわー。隼人の機嫌がかなり悪い。」


ポリポリッ。


そう言って、前田君が頭を掻きながら呟いた。


「機嫌が悪いと、何かマズイの?」


「いやー。アイツ、機嫌が悪いとすぐ喧嘩売るから。」


前田君は苦笑いしながら、あたしの質問に答えてくれた。


成る程、機嫌が悪いのか。


ツカツカ!!!


乱暴な足音が、あたしの目の前で止まった。


「おい。」


「へ?もしかして、あたしに話し掛けてます?」


「お前しか居ないだろうが。」


話し方からして、あたしにイライラしているのが分かる。


いやいや、何故に?


さっきからあたしに対して、敵対心を剥き出しにする?


「おい隼人!女の子に喧嘩売るなよ!」


前田君が早乙女隼人を止めようと、間に入って来た。


「お前、本当に鬼頭家の人間か?」


ドキッ!!


何で、いきなりそんな事を聞くんだ?


「え、え!どう言う意味?」


そう言って、前田君が早乙女君に尋ねていた。


「本城家の車にコイツが乗ってたから。」


もしかして、車の中を見たって事?


いや、あたし達は校舎の裏側で降りたから誰にも見られてないはずだ。


だとしたら、正面を通った時に見られた?


「隼人は目が良過ぎるんだよ…。そんな、車の中なんか見ないって…。」


グイッと、乱暴にあたしの髪を掴み顔を近寄せた。


「お前、何者だ?」


この早乙女隼人って奴は、あたしの正体には気付いていない。


だけど、明らかに疑っている。


何でか分からないけど、あたしに敵意を向けてるのは確かだ。


だったら、あえてコイツの挑発に乗ってみようか…。


こう言うタイプは、すぐに乗るだろう。


そう思いあたしは、早乙女隼人の手を振り解いた。


パシッ!!


「初対面なのに、いきなり髪の毛を掴ま無いでよ。喧嘩売ってるの?」


シーンッ。


あたしの発言で、教室が静まり返った。


「な、なぁ、やばくない?」


「ちょ、ちょっと佐和先生、止めてよ…。」


ヒソヒソヒソ…。


あたしの行動を見たクラスメイト達が騒ぎ出す。


「へぇ、面白いな。」


「「「はぁ!?」」」


生徒の言葉に耳を傾けずに、佐和先生はあたしと早乙女隼人を見てニヤリと笑った。


「おい、早乙女。喧嘩を売るなら、公平なやり方にしろよー。」


あ、蓮の気配がする。


蓮の声がしたので、後を振り返った。


気配を消して、いつの間にか教室に入って来たのか…。


流石は蓮、あたしは気付いてたけど。


「田中っち!?いつの間に?」


「僕はちゃんと後ろに居たよー、前田。鬼頭の事が気に入らないなら、決闘を申し込めばいいじゃないか。」


「決闘って…?」


あたしがそう言うと、蓮はニッコリと笑った。


蓮はきっと、考え無しにこんな事を言わない。


「お互いの能力を高め合う事を言いますね。手合わせと言ったら早いね。自分より高い級の相手に勝てば、

自分の級も上がります。モニター室で級を取るより早いよ。」


あたしはチラッと隼人の胸元を見た。


右胸に赤い札のバッチが貼られていおり、壱級と書かれていた。


前田君は青い札で、弐級と書かれてあった。


決闘で早乙女隼人に勝てば、あたしは壱級になれるって事か。


確かに、試験を受けるよりかは早く取れるな。


「あたしは良いけど、向こうがね…。」


そう言いながら、チラ見をする。


「女に俺が負ける訳ねぇだろ。俺はお前に申し込むぜ。」


「おいおい!話を勝手に進めるなよ…!ったく仕方ねぇな。」


佐和先生が頭を掻きながら、あたし達に近寄った。


「昼休みに体育館で行う。放送かけるから来いよ。田中先生に案内させるからな鬼頭。」


「分かりました。」


佐和先生の言葉に蓮は、返事をした。


「ほら、早乙女。席に戻れよ。」


佐和先生にそう言われてら早乙女隼人は渋々席に戻って行った。


「あの転校生…、ヤバくない?」


「でも、面白そうじゃん?」


生徒達のザワ付きが治る事は無かった。


「悪いな聖ちゃん。隼人の奴、本当は悪い奴じゃないんだよ。」


「前田君が謝る事じゃないじゃん。それに…、あたし売られた喧嘩は買う主義なので。」


あたしがそう言うと、前田君は吹き出した。


「あははは!聖ちゃん男前過ぎ!それと大介で良いから!」


「分かった。そんなに面白い?」


「うん!それに隼人が、女の子に興味を持つのも初めてだからさ…。」


「へぇー。」


「おい、大介。俺の事ベラベラ喋んな。」


大介の隣の席が早乙女隼人だったらしく、あたしとの会話が丸聞こえだった様だ。


「悪い悪い。」


大介は早乙女君と仲良さげに話し出した。


その後は、普通に授業を聞いていたら、あっという間にお昼休みになった。


あたしはお弁当を持って、教室を出て人気のない裏庭に向かった。


何故なら、お昼休みに蓮と会う約束をしていたからだ。


体育館につながる通路を通り、右側に抜ける。


確か…、ここが裏庭かな? 


そう思いながら曲がると、ベンチが数個配置された小さな公園のような敷地に出た。


どうやら裏庭に到着したらしい。


「お嬢。お疲れ様です。」


眼鏡を外した蓮が、お弁当を持ってベンチに座っている。


「お疲れーってか、朝の発言は?」


「決闘の事ですか?」


「そうそう。蓮の意図は何となく分かったけど。」


あたしは蓮の隣に腰を下ろして、お弁当を開いた。


中身は朝に蓮が作った和食弁当。


「お嬢が負ける筈ないからですよ。早乙女隼人は勘づいている可能性が高いです。感が鋭いですよ彼。」


「確かに。あたしが鬼頭家の人間じゃないって言ってたし。」


「この決闘で、力の差を見せ付ける良い機会です。女の子に負けてしまえば暫くは大人しくなるでしょう。髪の毛、大丈夫でしたか?早乙女隼人に引っ張られてましたけど…。すいません、止めに入りたかったのですが…。」


蓮はそう言って、優しく髪の毛に触れた。


早乙女隼人に掴まれた所を優しく、指で撫でた。


「大丈夫だよ、蓮。」


「お嬢の大事な髪ですよ、許せません。」


「ふふっ、蓮がそう言ってくれるだけで、嬉しいよ。」


蓮があたしの事を気にしてくれるだけで、嬉しいんだから。


そう思いながら、卵焼きを口に運んだ時だった。



ピンポンパンポーン♪


「えーっと。二年零組の鬼頭聖さんと早乙女隼人君は、至急体育館に集まって下さーい。」


佐和先生の声が、学院中に響き渡った。


どうやら、決闘の時間が始まったようだ。


「楽しみですねー。久々にお嬢の戦いぶりが見れます。」


「買い被り過ぎだよ、蓮は。」


「そんな事ないです!!」


そんな話をしながら、あたし達は体育館に向かった。


体育館は、かなり広い作りになっていた。


入り口が、人で溢れかえっていた。


「おい!!来たぞ!!」


ザワザワザワ…。


ギャラリーの一人が、あたしと蓮を見て声を上げた。


「この人の量は…?」


「皆んな決闘の噂を聞いて見に来たようだねー。」

あ、蓮の口調が先生モードに切り替わった。


本当に切り替えが早いな…、蓮は。


「退け。」


早乙女隼人の低い声が、体育館に響いた。


ギャラリー達の話し声が止んだ。


それ程に、この早乙女隼人の威圧感が凄いのだろう。


あたしから見ても、オーラが他の生徒達と違う。


それに戦闘慣れしている。


早乙女隼人は、大介と一緒に中に入って行った。


あたし達も続けて、体育館の中に入り中央に向かった。


中央には、智也さんと佐和先生が立っていた。


「よし、二人は前に出ろー。後ろの二人は下がってろ。」


佐和先生に言われ、あたしは前に出た。


早乙女隼人と対面する体勢になった。


「これより決闘を行う!式神の使用は二回まで。武器は木刀を使って貰う。相手から一本取った方が勝ちとする。また、勝者には級の昇格がある。」


木刀で戦うのか…。


佐和先生から木刀を貰い、構えた。


パシッ。


ブンッ。


木刀を一振いし、体の感覚を呼び覚ます。


うん、体が覚えてるみたい。


「俺が勝ったら、お前の正体を教えて貰うからな。」


早乙女隼人は睨みを効かせた。


「普通の人なんだけどな。じゃあ…、あたしが勝った

らあたしの犬になって貰う。」


ザワザワザワザワッ。


あたしの爆弾発言で、ギャラリーが騒ぎ立てた。


「あははは!面白いなぁ!隼人に勝てたら凄いよ?」


そう言って、大介はお腹を抱えて笑った。


「ハッ、上等だ!!犬でも何でもなってやる!」


「それでは、両者構え!」


佐和先生の号令で、あたしと早乙女隼人は木刀を構えた。

周りが静まるのを確認してから、佐和先生は手を挙げた。

「始め!」

先に動いたのは、早乙女隼人だった。

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