蕾の進行弐
本城蓮 二十四歳
トントントンッ。
ハクが次々とビルの屋上に飛び移り、空を駆け抜ける。
お嬢を抱きしめたまま、片手でスマホを取り出し、
兄貴に連絡を入れた。
プルルッ、プルルッ、プルルッ。
プッ。
3コール目で、スマホから兄貴の声が聞こえた。
「もしもし?どうした蓮?」
「兄貴!?お嬢が…!!」
「今、何処にいる?車を向かわせる。」
「いや、それは大丈夫。ハクで向かってる。あと10分で着く。」
「了解。診察の準備をしておくから。」
「主人よ、もう着くぞ。」
目の前に大きな病院が現れ、屋上に着地した。
タンッ。
表向きは普通の病院だが、陰陽師や呪いを受けた者の診察をしてくれる。
バン!
ドタドダドタドタ!!!
扉を乱暴に開けて、こちらに向かって来る兄貴が目に入った。
「兄貴!!」
「診察室に連れて行くぞ!!」
僕はハクを札に戻し、急いで階段を降り、診察に入った。
病室のベットにお嬢をうつ伏せの状態にさせ、上着を剥いだ。
「聖様、失礼します。」
兄貴はお嬢の背中をはだけさせ、入れ墨の所をライトに当てる。
「これは…、蕾が進行してる。」
「十年間、何も無かったのに…、いきなり何で?」
「恐らくだが…。聖様は、京都で過ごされいただろ?それは、八岐大蛇との距離が遠かったからだ。」
「距離?」
そう言って、お嬢の背中の入れ墨を見た。
萎れていた蕾が、膨らみを帯びていた。
「聖様の体と八岐大蛇の体が、共鳴を起こしたのだろう。東京に来た事で距離が縮まり、月下美人の枝
が聖様の生気を吸い上げたんだろう。」
「じゃあ…、お嬢は…。」
「八岐大蛇と会ってしまったら、どちらかが、確実に死ぬ。」
「!?」
その言葉を聞いて、全身の血がサッと引いた。
死ぬ?
お嬢が…?
「蓮。」
兄貴が、僕の顔をジッと見つめた。
「大きな戦になるぞ、情も涙も無い戦だ。覚悟しといた方が良いぞ。」
その言葉は、とても重かった。
きっと、八岐大蛇と戦う事は大きな戦争になる。
そうなる事は、最初から分かっていた。
お嬢を助けたい。
お嬢を呪いから解放したい。
十年間、忘れた事なんてない。
僕の生きる理由は、お嬢を守る為だ。
「兄貴…、覚悟ならとっくに出来てるよ。命懸けでお嬢を守るだけだ。それが、僕の生きる意味だ。」
「お前は使命を果たす為に、命を捨てるのか?」
兄貴はそう言って、真剣な眼差しを向けた。
「使命じゃないよ。僕のやりたい事だから、だ。」
僕は本城家の式たりで、お嬢の事を守って来たんじゃない。
僕の意思で、東京に一緒に来たんだ。
「お嬢のいない世界で、生きるつもりはないよ。兄貴、お嬢は…、僕の光なんだ。」
「蓮、俺はお前の事も心配なんだ。」
「兄貴…、ありがとう。でも、お嬢が1番なんだ。」
そう言って、お嬢の小さな手を握った。
御子柴聖 十七歳
「貴方の事を、ずっと愛しています。」
「俺も君を愛してる。この先も、たとえ生まれ変わっても。俺は、君に会う為に生まれたんだ。」
枝垂れ桜が舞う中、2人の男女がいた。
軍服を身に纏っている黒髪の男性、フリルの袴を着ていて、薄い黄色のフワフワの髪の女性が抱き合っていた。
誰なの…。
どうして、あたしは…。
ふと、その女性と目があった。
あたしと顔が、ソックリだ。
寧ろ、瓜二つ。
女性はあたしに向かって、口を開いた。
ブォォォォォォォ!!
言葉と共に、大きな風が吹いた。
「声が聞こえない!!」
「私達の想いを背負って。」
「思いってっ、何!?貴方は誰なの!!!」
「私は…。」
ブォォォォォォォ!!!
暴風はあたしの体を包み、空へと連れ出した。
目を開けると、見慣れない天井が見えた。
昨日、引っ越して来た部屋…?
手を握られている感触がした。
ベットの端に目を向けると、蓮が手を握ったまま眠っていた。
ピクッと、蓮の指が動いた。
目を覚ました蓮は、体をゆっくり起こした。
「お嬢!!目が覚めましたか?」
「蓮…?」
あたしは、いつの間にか寝ていたらしい。
「良かった…、目が覚めて…。体、平気ですか?」
「あたし、どれぐらい寝てた?」
「二日です。」
「そっか…。ねぇ…、蓮。あたし変な夢を見たの。」
「夢?」
あたしは、蓮に夢の話をした。
「もしかしたら…。お嬢は、前世の夢を見たのかもしれません。」
「前世?」
「前世の記憶が夢になって、現れると親父に聞いた事があります。それと…、お嬢。蕾の進行が始まったようです。」
「詳しく教えて。」
あたしは蓮に、二日の間に起こった事を聞いた。
お風呂場で倒れたのは、八岐大蛇と共鳴したからだ
そうだ。
そして、八岐大蛇との距離が近くなった事で、蕾の進行が早まった。
今、月下美人の蕾が膨らんでしまってるらしい。
1番重要なのは、八岐大蛇と会えば…。
あたしか八岐大蛇のどちらかが、必ず死ぬ事だ。
「総司さんがそう言うなら、確かね…。あたしが八 岐大蛇を滅せれば良い話よね。」
「お嬢のそう言う所、尊敬しますよ。」
蓮はそう言って、ベットにへたり込む。
「そう?クヨクヨしたって、しょうがないしね。」
「お嬢は、本当に男前だなぁ。」
「え、お、男?」
「変な意味じゃないですよ。サッパリしてて、良いって事です。」
楽しそうに笑いながら、蓮はあたしの頭を撫でる。
「お嬢、明日から学校に登校になるんですけど…。」
「問題無いよ。」
明日から、学校に行くのか…。
「お嬢のクラスは、二年零(ゼロ)組になりましたよ。」
「零組?」
「任務で授業に出られなくても単位が取れるクラスです。僕は副担任として、零組に配属されましたから。」
「そうなんだ。と言うかさ、あたしどうやって、級を取れるの?」
あたしは蓮に尋ねた。
「そうですね…。明日の放課後にシュミレーション部屋で、自分が何級なのかを計ります。それから、実際に本物の妖怪と戦って決めます。」
「ふぅん。壱級を取らないと話しにならないよね。」
「お嬢なら、余裕ですよ。」
そう言いながら、蓮は軽く笑った。
「今日は、ゆっくり休んで下さいね。僕は部屋に戻ります。」
「側に居てくれて、ありがとう。お休み。」
「お休みなさい、お嬢。」
部屋から出て行く蓮を見送ったのを確認して、目を閉じた。
「ん?どーした大蛇。」
「月下美人の蕾が膨らんだ。」
「大蛇様。嬉しそうね。」
「あぁ。」
酒呑童子と玉藻前、大嶽丸が八岐大蛇を囲んでいた。
「時は動くよ。君の意識を置いてでもね…。」
大妖怪達が姿を変え人の姿を身に纏った。
少しずつ歯車が廻ろうとしていた。
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