阿修羅王の札

何で、阿修羅がここにいるの!


「あ…しゅら…おう?」


「やっと、目を開けたか。」


そう言って、阿修羅王は太々しく手に顎を置いて、あぐらをかいた。


本で見たままだ。


仏像の見た目は、本当の物だったんだ。


想像上の人物ではなくて…。


目の前で起きている事に、理解が追い付かない。


どう言う事…?


「お前、死が迎えに来るぞ?」


「迎え…?」


「死が近い事だ。」


死ぬって事…?


あたし…、死んじゃうんだ…。


だから、なのかな…。


「だから…、あたしに会いに来たの?」


「我は、汝を救う為に来たのだ。」

 

「救う?どう…して?」


神である阿修羅王が何故、あたしを助けるの?


「我は元は太陽神として、この地を太陽で照らしていた。だが、戦がこの世を支配する中で、我は帝釈天(たいしゃくてん)に我の戦闘力が高く買われてな。いつの間にか鬼神(きしん)と呼ばれてしまった。我は戦を止めたかったのだがな。」


阿修羅王の目は遠くを見つめた。


その姿が自分とリンクして見えた。


阿修羅王も、あたしと同じで戦をさせられていた?


神と言う事を利用され、戦わされていたのかな。


「だからな。汝の事を上から見ていたら、我と似ているなと思ったのだ。」


「阿修羅王…。」


体がポカポカして、暖かい…。


「汝の命が尽きるまで、我は汝を守ろう。」


「え…?」


そう言って、阿修羅王はあたしの額に手を当てた。


え、え?


さっきよりも、体が熱くなって…。


体の中が燃えるみたいに、熱い。


何が、どうなってるの?


阿修羅王の周りから炎が…、燃えたぎる炎が…。


あたし、死ぬのかな。


蓮を残したまま、死ぬのかな…。


死にたくないな…。


頭の中に蓮の顔が浮かんで来た。


「蓮に会いたい…。」


「蓮とは…、其方の何だ?」


蓮は、あたしの…、何だろう。


あたしの孤独を埋めてくる人。


あたしの事を好きと言ってくれる人。


あたしに花を送ってくれて、守ろうとしてくれる人。


蓮を守りたい、蓮の力になりたい。


蓮の…、蓮の。


「あたしの…、大切な人。会いたい、会いたいよ。」


ポロポロと、瞳から涙が溢れた。


阿修羅王は静かな眼差しを向け、口を開いた。


「お前の幸せを壊させないよ。」


そこで意識が無くなった。




「お嬢、お嬢!!」


誰がが、あたしの事を呼んでいる。


誰…?


「ん…?」


重たい瞼をゆっくり開くと、泣きそうな顔をしている蓮が見えた。

 

「れ…ん?」


「っ!?お嬢!!!」


ガバッ!!!


蓮が、あたしの体を強く抱き締めた。


「良かった…、目を覚まして…!!本当に良かった…。」


蓮の体が震えてる…。


こんな蓮、初めて見た。


「蓮…。」


あたしは、蓮の名前を呼び、抱き締め返した。


「お嬢、その札は…。」


「え?」


布団の上に赤い札が置かれていた。


「何だろ….、あ。」


赤い札には、阿修羅王の絵柄が描かれていた。


本当に、阿修羅王が助けてくれたの?


札を拾い上げ、ジッと見つめた。


夢じゃなくて、現実に起きたって事なの?


「聖様。宜しいですか?」


蓮の後ろから、茶髪の短い髪に、顔には大きな傷のある男の人が現れた。


よく見ると、蓮に似ていた。


「親父。」


蓮のお父さん?


「お久しぶりです。改めてまして、本城克也です。

お加減はいかがですか?」


「体が、痛いだけ。」


「そうですか。聖様にお話しがあるのですが…、宜しいですかって…。聖様!?その札は…、まさか。」


「!?」


克也さんは赤い札を見て、驚いていた。


「阿修羅王が夢に出て来たの。そして…、あたしの命が尽きるまで守ってくれるって。」


「蓮と同じだな。」


「え…。蓮も?」


蓮はポケットから赤い札を出して、あたしに見せてくれた。


赤い札には、毘沙門天の絵柄が描かれていた。


「毘沙門天が目の前に現れたんです。僕の事を事を気に入ったみたいで…、よく分からないんですけどね。」


「蓮も…。」


あたしと蓮の会話を聞いていた克也さんが、口を開いた。


「聖様と蓮の札は、式神血晶(しきがみけっしょう)と言う物です。」


「式神血晶?」


聞いた事があるような…。


「陰陽師の中で禁忌と言われる式神です。神の力を借りると同時に、術師は自分の血液を対価として、赤い札に染み込ませ、神を召喚させる事を式神血晶と言います。」


「神の力を借りる…って、事?」


「その通りでございます。神が夢の中に現れる陰陽

師は、中々居ません。」


阿修羅王は、あたしを選んで会いに来てくれたんだ…。


それって、蓮もあたしも凄い事なんじゃ…。


「流石です、お嬢。」


「蓮だって、凄い事じゃん。」

 

あたしと蓮は、軽く笑い合った。


「聖様、本題に入らせて頂きます。」


「お話って、何?」


「聖様は、月下美人の器に選ばれてしまいました。」


「何…、それ?月下美人の器?」


克也さんがあたしを見つめて、ゆっくりと口を開いた。


「八岐大蛇の呪いで御座います。聖様の右脚を喰らい呪いを掛けたのです。」


「あたしの右脚…?」


あたしは布団を捲り、右脚に目を向けた。


パサッ。


右脚の感覚はあるのに、太腿から下が無くなっていた。


「う、うそ…、あたしの脚が!?」


ズキッ!!


切断された部分から、急に激痛が走った。


無い事を意識した途端に、痛みが…。


「お嬢!!」


グラッと、体が大きく揺れ、布団に倒れそうになった。


蓮が優しく体を押さえてくれた。


「僕の所為なんです。」


「蓮…?」


「お嬢が僕を庇った衝撃で、八岐大蛇に…。謝っても許されない事を、僕はしたんです。」

 

そう言って、蓮はあたしの前で土下座した。


蓮の言葉を聞いて、頭の中に記憶が蘇る。


そうだ…、あたし蓮を庇って…。


蓮を助けた事を後悔していない。


だけど、蓮は自分の所為で脚を失ったと思っている。


自分の脚が無くなった事は、凄くショックだ。


だけど…あたしは…。


「あたしは…、蓮のこんな姿を見たくて、助けたんじゃ無い!!」


自分を責めて欲しくなんてない。


あたしはただ、蓮を失いたくなかっただけなの。


死んで欲しくなかったの。


いなくなって欲しくなかったの。


あたしの前から…、消えて欲しくなかった。


「!?」


あたしは大声を上げ、蓮に近寄った。


「蓮の事が大事だったから、助けたの。蓮は悪くない。悪いのは、八岐大蛇の封印を解いた奴だよ。」


「お嬢…、だけど!!」


そうだ、封印を解いた奴を見つけないと…。


八岐大蛇を野放しにしておけない。

 

あたし1人じゃ…、八岐大蛇を倒せない。


「蓮。あたしと何処までも、堕ちる気はある?」


「お嬢?」


「蓮が自分の事を攻めるのなら、あたしの為に側に居て。」


そう言って、蓮の手を握った。


ギュッ。


蓮は力強く、あたしの手を握り返した。


「そんなの…、初めて会った時から思っています。お嬢と何処までも、堕ちる覚悟はとっくに出来ています。こんな僕をいつまでも、お嬢の側に居させて下さい。」


蓮はジッと、あたしの目を見つめた。


そんな光景を克也さんは黙って見つめていた。


とにかく、どれだけ強力な呪いなのか聞かないと。


「それで…、その呪いの事を詳しく教えて。」


「承知しました。」


克也さんはあたしに頭を下げて、腰を下ろした。


そして、ゆっくりと呪について語られた。

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