本城家へ


二○○X年 四月五日 午後00時18分。


「ヒヒィィィン!!」


式神の馬が、大きな鳴き声を上げた。


「蓮!!聖様は?」


「親父、早くお嬢を本城家に!!」


父は、お嬢の様子を見て驚いた。


お嬢の顔は青白く、切断された部分からは血が流れ

ていた。


ギュッと強く結んだ布は、真っ赤に染まり、意味のない状態だった。


呼吸も小さくなって来ている、急いで治療をしないと…。


父は瞬時に状況を理解し、冷静な判断をした。


「息はしてるのか?」


「してる…。だけど、段々弱くなって来てる。」


「分かった。、医療班は用意してある。」


医療班とは、本城家専用の医療班だ。


父にお嬢を預け、僕も馬に跨った。


「行くぞ!!」


そう言って、父は馬を走らせた。


ドコドコドコドコドコ!!!


本城家に着くと、門の前には医療班が立っていた。


「親方様!!」


「聖様の手当てを!」


「了解致しました。」


医療班は聖様を馬から下ろし、奥の部屋に消えて行った。


ホッと息を吐くと、全身に強い痛みが走った。


「ッ!?」


ガクッと膝が崩れ落ちた。


ガシッ!!


父は僕の腕を掴み、立ち上がらせた。


「蓮、お前の体もボロボロだ。手当てをしてから話を聞く。」


「僕はっ、大丈夫だ。お嬢の所に行く。」


「お前が行っても、何も出来ないだろ。」


「でも、お嬢が!!」


「蓮の怪我の手当てを。」


僕の言葉を静止させ、父は近くに居た医療班の人に声を掛けた。


医療班の数人が、僕の体を見て驚いていた。


「蓮様っ、肋が何本か折れています。左肩にはもヒビが入っております。出血もかなり多いですし、絶対安静にして貰わないと…。」


僕の体を見て、驚いていた。


「僕の事は、どうで…っ、ゔ!?」


父に強く首を叩かれ、僕の意識は遠のいた。



ドサッ!!


意識を失った本城蓮を抱え、本城克也は医療室に向かった。


本城克也の後ろは、数人の本城家の陰陽達、医療班が歩いていた。


「聖様の容態は?」


近くにいた医療班の1人に、本城克也は尋ねた。


「意識が戻りません、精神的ショックが多いのと、右脚が切断されています。出血もかなり多いです。」


「輸血パックをあるだけ用意をしろ。お前達は引き続き、八岐大蛇の動向を探れ。」


「分かりました。」


「動き出しやがったな、八岐大蛇…。」


八岐大蛇の封印が解かれた事、御子柴家の殆どが死んだ事が本城克也の耳にすぐに入った。


それと同時に、次々に大妖怪達の封印が解かれていた。


誰が封印を解いたかは、不明である。


本城克也は、本城家総出で捜査を行なっていた。


「親方様!!坊ちゃんを止めて下さい!!!」


「離せ!!!」


医療室から、本城蓮の怒鳴り声が響いた。


ガラッ。


本城克也が襖を開けると、治療途中の本城蓮が部屋を出て行こうとしていた。


「お前、気絶させたのに起きたのか?」


「お嬢の側に居ないといけないんだ。寝てられるかよ、お嬢は何処だ?」


「今のお前が行っても、何にもならん。大人しく、治療を受けろ。」


ドンッ!!!


「坊ちゃん!!?傷口が開きます!!おやめ下さい!!」


本城蓮は壁を叩き、本城克也を睨み付けた。


「お嬢を守れなかったっ、僕の責任だ。」


「分かってるなら、大人しく治療を受けろ。御子柴家で起きた事を説明しろ。」


「…、分かった。」


「失礼します。」


医療班は手早く、本城蓮の体の治療を始めた。


普通の医学ではなく、陰陽術にある医療班を使い、傷の治りを早める効果を持たせる。


本城蓮の体には、医療術の札があちこちに貼られている状態だ。


「酒呑童子が御子柴家に現れ、陽毬様と大西様を殺めた。その後の事は…、分からない。」


「成る程、陽毬様や大西殿も…。実はさっき、大阪の鬼頭(きとう)家から連絡があったんだ。酒呑童子の封印も解かれたって聞いてな?」


鬼頭家は大坂で、最も大きい陰陽師家である。


御子柴家の傘下にある1つの家系で、他にも2つの家系がある。


酒呑童子の封印を鬼頭家が行っていたが、八岐大蛇の復活と同時に、封印が解かれてしまったのだった。


「東京で眠る玉藻前(たまものまえ)や、京都の大嶽丸(おおたけまる)、名古屋のだいだらぼっちの封印が、解かれた。」


「う、嘘でしょ…?大妖怪の殆どの封印が、解かれたの?」


本城克也の言葉を聞いた本城蓮は、絶句した。


「残念ながら…、嘘じゃ無い。もしかしたら、100年前の悲劇がわ起ころうとしている。」


「100年前?」


「この話は、聖様が目を覚ましてからにしよう。もしかしたら…、聖様は選ばれてしまったかもしれない。」


本城克也は、とある考えに至っていた。


「選ばれたって…?」


「月下美人の器に。」


「八岐大蛇と関係があるのか?100年前の悲劇って…。」


本城蓮は本城克也に尋ねたが、答えてくれなかった。


「お嬢が起きたら、話してくれよ。」


「分かってるよ、今は…。聖様が無事に目覚める事を祈ろう。」


「もう、あんな思いはごめんだ。」


「蓮?」


本城克也の問い掛けには答えずに、部屋を出て行った。


パタンッ。


「八岐大蛇と聖様…、2人には共通点があるのか?調べてみる必要があるな…。アイツに連絡しておくか。」


そう言って、本城克也はスマホを取り出し、とある人物に電話を掛けた。



本城蓮 十四歳


お嬢の眠っている部屋に向かった。


ガラッ。


部屋を訪れると、沢山の器具に繋がれた痛々しいお嬢が眠っていた。


ツー、ツー、ツー。


呼吸器の音が部屋に響く。


僕がもっと、強かったら…。


お嬢が、右脚を失う事が無かったのに…。


あの時、僕が代わりに斬られていれば…。


僕は、お嬢の寝ている横に腰を下ろし、右手を握った。


ギュッ。


お嬢の小さな手の甲に、額を付ける。


こんなに苦しい想いをするのも、胸が締め付けらる思いも、懲り懲りだ。


「ごめん、守るって約束したのに…。守れなかった、本当に….、ごめん。」


お嬢は眠ったままになったら、どうしよう…。


二度と目覚めなくて、死んでしまったら…。


お嬢が死んだら、僕は生きていけない。


嫌だ、それだけは嫌だ。


「お嬢…、早く目を覚ましてください。」


「お前、力が欲しいか?」


「っ!?」


僕は勢いよく、声のした方に顔を向けた。


だが、部屋の中には誰も居なく、不気味な空気が流れた。


「誰か…、居るのか?」


「よう、坊主。」


僕の目の前に現れたのは、伝承で見た毘沙門天そのものだった。


「毘沙門天…、なのか?」


「俺の姿が見えるって事はぁ、合格だな。」


「一体、何の話をして…。」


どう言う事だ?


何で、毘沙門天が現れて、普通に会話してるんだ…?


頭が追い付かない。


「その子もまた、選べるぞ。」


「お嬢に、何する気だ。」


「そんなに睨むな。阿修羅だよ、阿修羅。阿修羅の野郎、その子を選んだんだぜ?」


「だから、選んだって…、何だよ。」


毘沙門天も睨みながら、問いを投げかけた。


「守護する人間をさ。そして、俺はお前を選んだ。」


「え?」


「なぁ、その子を守るには俺の力が必要になる。どうだ?」


僕を選んだ?


毘沙門天が何で…。


「僕を選んだ理由が分からない。」


「理由?そんなものがいるのか?」


「はい?」


「強いて言えば…、そうだなぁ。お前への恋の行く末を見たくなった。」


毘沙門天の言葉を聞いて、思わず顔が赤くなる。


「なっ!?な、な、な、な、な!?」


「あははは!!!良いではないか、若い証だ。さて

と、そろそろ札に戻るとしよう。」


「札?」


「案ずるな、お前が必要な時に出て来る。」


ボンッ!!


「ゴホッ、ゴホッ!!」


目の前に白い煙が立ち込み、手のひらに何か落ちて来た。


「何だ…、これ?赤札?」




御子柴聖 二○○X年 四月五日 午後1時00分。


体が熱い…。


痛くて、重くて、辛い。


真っ暗で、何も見えなくて、怖い。


蓮…、蓮…。


どこ?


どこにいるの?


「汝(なんじ)よ。」

誰…?


「目を開けろ。」


声の主に言われ、通りに目を開けた。


目の前に居たのは、神々しい輝きを放ってる阿修羅王だった。

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