僕の守るべき人は

本城蓮十四歳


二○○X年 四月四日 午後21時00分。


僕は、御子柴の屋敷を警備していた。


「特に、変わりはないな…。」


屋敷の周りを巡回しながら、呟いた。


本城家の者が数人と、御子柴家の護衛隊が、屋敷の周りや中を巡回している。


八岐大蛇が、屋敷の地下に封じられている。


その封印は、もう何百年も守られている。


本城の家は、陰陽師の家系でもあり、体術や護身術を幼い頃に叩き込まれた。


何故なら、御子柴家の人間の護衛が僕達の使命である。


十二歳で正式に顔合わせをし、自分が使える主人と契りを交わす。


そして、命に賭けても守る事を誓う。


僕の主人は、御子柴聖である。



お嬢を初めて見た時、こんな綺麗な人間が居るのかと思った。


その時から、僕はお嬢から目が離せなかったのを覚えてる。

顔合わせをしたのは、お嬢が五歳の時だった。


広い客間に通され、僕は父と聖様を待っていた。


本城家の仕来りに従い、御子柴家の人間を主人とし生きる。


それが、どんな人だろうとだ。


「聖様のご到着です。」


ガラガラ。


僕は、初めて見た聖様に目が離せなかった。


お人形の様な綺麗な顔立ちに、緩い巻き髪はピンクアッシュがベースで黒いメッシュが入っていた。


色白の肌に色素の薄い茶色の瞳。


人間とは思えない程に、お人形みたいな見た目をした少女だった。


「おい、蓮。聖様にご挨拶しろ。」


パシッ!!


父に強く背中を叩かれて僕は、ハッとした。


「は、初めて!!本城蓮と申します。この度は聖様の…。」


「要らないから。」


僕の話を聖様が遮(さえぎ)った。


父と使用人の顔が青ざめた。


聖様の冷たい視線が、僕と父に向けられま。


そして、父が聖様の前に土下座をした。


スッ!!


「うちの者が、何がご無礼を!?」


「違うよ、あたしは誰も要らないから。」


そう言って、聖様は客間を出て行った。


パタンッ。


聖様は、僕の事を一切、見ていなかった。


どこか、遠くを見ていて、悲しい顔をしてた。


使用人は、その後を追って行った。


「親父…。」


「聖様は、誰も側に置かないお方だ。弟君以外は。」


「誰もって…。」


「御子柴家の中でもわ聖様は逸材なんだ。あんな幼い体でわ戦場で1人で戦っておられるのだ。それにな…。」


父は、悲しそうな顔をした。


「聖様の事を妬んでいる者も居るんだ。陽毬様のお気に入りだろ?妬ましいと思っている者も居て、聖様の食事に毒を仕込んだ者も居た。」


「毒を!?」


「その者は、御子柴家を追い出され罰として、両脚を切断された。その件があって、聖様は隔離されてしまった。」


「隔離…って、どういう意味?」


「聖様の存在を外部に漏らさない事。聖様を守る事で、敷地内の別荘地に隔離されている。」


「じゃあ…、聖様が外に出て来れるのは。退治の時だけ…?」


僕が、尋ねると父は頷いた。


御子柴家は聖様を守るって、言っているけど…。


退治以外の時は、必要無いって言っているモノだろ…?


この屋敷の連中は、聖様を利用している?


自分達の手を汚さずに…。


「だから、お前だけは聖様の事を見てやれ。」


「親父…。」


「あのお方には、信頼出来る相手が必要だ。」


きっと、父も不満に思っているのだろう。


五歳の女の子に、とても大きな重圧を、御子柴家は掛けている。


戦う事しか教えてられていない、女の子。


彼女の目には、この世界は…。


地獄と変わらないんじゃないのか?


食べ物に毒を盛られ、妬みの視線を浴びせられ、自由のない生活。


僕は…、あの子を…。



その日をきっかけに、聖様に毎日会いに行った。


初めて、別荘地を見た時は驚いた。


分厚いドアに、何重にも巻かれた鍵が目に入った。


ここまで、頑丈にしないといけないのか?


外側から開けないと、出られないじゃないか。


父に頼んで、部屋の鍵を貰って来て良かったな。


僕は深呼吸をし、扉をノックした。


コンコンッ。


「誰?」


「本城蓮です、昨日挨拶した者です。」


「あっ…。」


「開けても、宜しいですか?」


「うん。」


僕は聖様の返事を聞いてから、鍵を差し扉を開けた。


ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ。


キィィィ…。


部屋を覗くと、家具が一つも無かった。


置かれていたのは、妖怪退治専用の武器と札だけ。


あとは、大きめの敷布団だけだった。


何だ…、この部屋。


守ると言う割には、部屋に何も置いていない。


これじゃあ…、まるで監禁じゃないか。


聖様が部屋の隅で、蹲っていた。


僕には、人を拒絶してる姿勢に見えた。


「聖様…。」


「あたしは、人の事を信じられないの。怖いの…、本心は、何を考えているか分からないから。」


彼女は人を信じるのが怖いだけだ。


五歳の女の子が、妖怪を一人で退治して、食事に毒を盛られたら、精神的にダメージが大きいだろう。


御子柴家は、この子を戦闘用の道具にしか思ってい

ないのか?


聖様の前で屈み、目を合わせる。


「お嬢とお呼びしても、宜しいですか?」


「え?」


「僕は、貴方に信じて貰いたい。だから、毎日会いに来ます。」


「どうして?そこまでするの…?」


お嬢は、不安そうに僕を見つめた。


胸が締め付けられた。


僕はこの子を守りたい、守ってあげなきゃ。


聖様には…、もう悲しい思いをさせたくない。


「僕が、お嬢の事を守りたいんですよ。」


「変な人。」


お嬢は小さく笑った。


この笑顔を守りたいと思った。


それから、毎日会いに行った。


お嬢も段々と僕に心を開いてくれた。

もっと、お嬢には綺麗なものを見て欲しい。


血生臭い世界なんかじゃなくて、普通な世界を…。


子供らしい事をさせてあげたい。


この子を…、笑顔にせたい。


僕は、この子を守らないと。


この世界からも、御子柴家からも。



数週間後


お嬢が妖怪退治をすると聞いて、僕は屋敷の前で待っていた。


お嬢に渡したい物があったからだ。


これを渡したら、どうな反応をしてくれるかな?


我ながら、恥ずかしい物を用意したと思う。


喜んでくれるだろうか。


そんな事を思いながら、お嬢を待っていた。


まだ僕は、お嬢専用の僕(しもべ)になっていないから、お嬢の仕事に同行出来ない。


待っていると、お嬢の乗った車が戻って来た。


あ、戻って来た。


パタパタッ!!


「お嬢!!」


僕は、車に駆け寄った。


「蓮…。」


お嬢の着ていた巫女服が、返り血で赤く染まっていた。


そして、目の中に光が無かった。


感情を殺していた。


使用人が居る前では、歳候(としそうろう)の態度をしない。


お嬢は僕に顔を見られたくないのか、下を向いた。


「大丈夫です。」


グイッ。


僕は、お嬢の手を軽く引き僕の背中に隠した。


親父の言っていた言葉の意味が分かった。


このままだと、お嬢の心が死んでしまう。


そんなのダメだ。


そんな事をさせない。


「蓮っ…。」


「お嬢の事は、僕が送りますので。」


「で、ですが…。」


使用人達が慌てながら、僕の前に立つ。


「蓮に送って貰うから、下がって。」


お嬢がそう言うと、使用人達は頭を下げてその場を去った。


「待ってて、くれたの?」


「はい。お嬢に渡したい物が…、ありまして。」

僕は、お嬢の手を引き歩きながら話した。


「渡したい物って、なぁに?」


お嬢は不思議そうな顔をしながら、僕に尋ねた。


部屋の前に着き、僕はお嬢の前に膝まづいた。

 

緊張するな…。


ポケットから、すみれの小さな花束を出した。


「わぁ、すみれの花だ!!可愛い!!」


「すみれの花言葉は分かりますか?」


「え?花言葉…?ごめんね、分かんないや。」

 

そう言って、お嬢はしょんぼりしてしまった。


「すみれの花言葉は、"誠実な人"。僕は、お嬢の事を裏切らない。お嬢に僕の事を信じて欲しい。」


お嬢の顔を見ると、泣きそうになっていた。


「あたしに…、そんな言葉を言ってくれたのは…。蓮が初めて…、あたしで良いの?」


「僕はお嬢だから、言っているんですよ。」


僕は優しく手を握った。


お嬢の大きな瞳から、涙がポロポロと流れ落ちた。

 

「嬉しい…、ありがとう蓮。あたし、今まで生きて来た中で、1番幸せ。」


「これから、僕と普通の生活をしよう。お嬢は、幸せになるべきだ。」


「幸せ…。そんな事、考えた事なかったな。」


考える事さえ、許されてなかったのか。

 

思わず、握っている手に力が籠る。


「お嬢はさ?まだ、五歳なんだ。これから先、色んな事が出来るようになる。」


「そうなっても、蓮は側に居てくれる?ずっと、ずっと、側に居てくれる?」


不安な顔をしなくて良いのに。


お嬢は不安なんだ。


僕が、お嬢の側から離れていかないか。


「側にいるよ。お嬢がいる限り、僕はいるよ。お嬢が、不安に駆られてしまう時は、ずっと側にいる。安心してくれるまで、話をしよう。大丈夫、僕はお嬢の味方ですよ。」


「お話、楽しそう。ありがとう、蓮。」

 

そして、僕はお嬢と契りを交わした。



二○○X年 四月四日 午後23時59分。


「ん…。」


酒呑童子に殴られた衝撃で、気を失っていたらしい。


目の前にお嬢が倒れていた。


「お嬢!!?」


ズキンッ!!!

 

背中に強烈な痛みが走った。


岩にぶつかった衝撃で、骨が折れたか…?


重たい体を、起こしお嬢に近寄った。


「っ!?あ、あ、あ…っ。」

 

お嬢の右脚が無くなっていて、ピクリとも動いていなかった。


「嘘だ…。お嬢!?」


僕は、お嬢の首元に指を当てた。


ドクンドクンッ…。


良かった…、脈はある…。


早く…、早く止血しないと!!!


ビリッ!!


僕は自分の服を破き、お嬢の右脚の太ももを強く縛った。


ギュッ!!


お嬢を背中に背負い、屋敷を出た。


体や背中の痛みなんて、どうだって良い。


守ると言ったのに、守れなかった。


早く、早く!!


本城家に戻らないと、お嬢が死んでしまう!!!


僕の頭の中で、色んな思考が回った。


御子柴の人間がほぼ惨殺された。


八岐大蛇の封印が解かれてしまった。


この事態を、どうしたら良いのか分からない。


だけど、そんな事よりも…。


「死なせない、お嬢の事は死なせない!!!」


目に涙が溜まる。


喉の奥が痛い、鼻が詰まって息がし辛い。


ただ、走り続けた。


御子柴家から本城家は、それほど距離は遠く無い。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


お嬢、嫌だ。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。


居なくならないでくれ。


僕の側から、僕の目の前から居なくならないでくれ。


お願いだから、お嬢を…。


神様、居るならお嬢を助けてくれ。


まだ、お嬢を連れて行かないで…。


僕から、お嬢を奪わないでくれ。


自分の事よりも、大事な人が居る。


僕の守るべき人は、お嬢だけだ。


お嬢だけなんだ。


こんなに、守りたいと思った人と出会えたのは…。


初めてなんだ。


ドコドコドコドコドコ!!


目の前から、何かが走ってくる音がした。


「はぁ、はぁっ…。」


「蓮!!!」


「っ!?お、親父っ?」


式神の馬に乗って現れたのは、僕の父だった。

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