時を経て

名前とは裏腹に、月下美人の呪いは恐ろしかったようだ。


「聖様の背中に、月下美人の蕾と枝の刺青が入っています。聖様の生命力を吸い上げる呪い。八岐大蛇の愛した花なんです。」


「花が開いたら、あたしは死ぬって事ね。呪いを解くには?」


「八岐大蛇を滅する事です。」


「親父、八岐大蛇の居場所は?」


「まだ、情報が無いんだ。」


あたしの命が尽きるのが先か、八岐大蛇の命が尽きるのが先か…。


早く、八岐大蛇の居場所を見つけないと。


その前に…。


「もっと強くならないと。八岐大蛇を滅せない。」


「聖様。この本城家一同、貴方様に忠義を誓います。」


克也さんと蓮があたしに跪いた。


それから、あたしは修行を始めた。


あの日から、三日後に蓮の兄である本城総司(ほんじょうそうじ)と名乗る男性が本城家に訪れた。


蓮と同じ顔で、柔らかい茶髪の毛が短い男性だった。


「初めまして聖様。東京で、陰陽師専門の医者をしている本城総司と言います。」


総司さんは、優しい笑顔で挨拶してくれた。


その笑顔が蓮とソックリだった。


バンッ!!


襖が勢いよく開けられ、現れたのは道着を着た蓮だった。


「兄貴!!お嬢の足は!?」


蓮が、総司さんに駆け寄る。


「分かってる。その為に、親父に呼ばれたんだから。」


パカッ。


総司さんは、キャリーバックの中から義足を取り出した。


「聖様の義足をお持ちしました。これを履いてリハビリを始めましょう。リハビリは、俺が付き添いますから。」


「兄貴、暫くこっちに居て、大丈夫なの?」


「あぁ、部隊の連中に話は通してあるから。」


「部隊?」


蓮と総司さんの話を聞いていたが、気になったので尋ねてみた。


「俺は、東京の医療部隊に所属しているんですよ。」



わざわざ、東京から来てくれたのか…。


あたしの足の為に、申し訳ないな…。



「ありがとうございます。東京から来てくれて。」


「お礼なんて、とんでもないですよ。さ、聖様。」


ヒョイッ。


総司さんは、あたしの体を軽く持ち上げ、椅子に座らせてくれた。


蓮の眉がピクッと動いていたのを、あたしは見逃さなかった。


蓮、どうしたんだろう?


「右脚、失礼しますね。」


そう言って、総司さんは手傾れた感じで、義足を嵌めてくれた。


機械を嵌められてる感じだな…。



ガチャンッ。


「立てますか?」


あたしは椅子から腰を上げようとしたら、体がふらついた。


「わわっ!!」


ガシッ!!


「お嬢、大丈夫ですか?」


蓮のガッシリとした腕が、あたしの体を支えてくれた。


トクンッ。


大きな腕…、あたしの体をすっぽり包んでる。


胸が高まるのを感じた。


「お嬢?」


「あ、ありがと…、蓮。」


「無理しないで下さいね。」


蓮の優しい笑顔を見て胸が高まる。


どうして、こんなにドキドキするんだろう。


「蓮の言う通りですよ。焦らずに行きましょう。」


総司さんとのリハビリ生活が始まった。


自分の右脚じゃないから、思うように脚が動かせない。 


思うように動かない事に苛々したりもしたけど、蓮

や総司さんがサポートしてくれた。


そのおかげで、挫けそうになっても、立ち直れた。


蓮も鍛錬を重ねていた。


細身だった体に、程良く筋肉がつき始め、男の子から男の人に変わりつつあった。


義足にも慣れ、克也さんに稽古を付けて貰う日々に明け暮れた。


克也さんは刀の使い手でかなり強かった。



カンカンカンッ!!!


道場の中から、木刀同士が打つかる音が響く。


あたしは木刀を握り直し、克也さんの脇腹を突く。


カンカンッ!!


だが、克也さんは防ぎ、木刀を素早く振り翳しす。


カンカンッ!!


楽しい!!


こんな強い相手と手合わせ出来るなんて!!


「お、おい。嘘だろ…。」


「七歳の女の子が、当主様とやり合ってる…。」


「流石、隔離姫だ。」


克也さんと互角に遣り合っていたので、本城家の人

は唖然としていた。


「聖様、脇腹が空いてますよ。」


そう言って、克也さんは脇腹に向かって、木刀を振り下ろす。


あたしはクルッと回転し、克也さんの首元に木刀の先を向ける。


「ふっ、油断したね。克也さん。」


「一本、取られましたね。」


「「「お、おおおおおお…。」」」


パチパチパチパチ。


いつの間にか、本城家の人達が周りに集まり、拍手

が送られた。


蓮とあたしは、稽古に明け暮れた。


全ては、八岐大蛇を滅する為に。



そして、時は十年流れ、あたしは十七歳になった。


今日も克也さんと稽古をしていた。


「聖様、動きが良くなりましたね。そのまま銃を。」


克也さんが銃の構え方を教えてくれた。


あたしの後ろに手を回し、銃を支える手を固定させる。


的に向けて銃口を向け、引き金を引く。


パンッ!!


放たれた銃弾は、見事に真ん中を貫いた。


「おおお、当たった。」


「お見事です。感覚を掴むのが早いですね。」


「いやいや、克也さんの教え方が上手いんですよ。」


すると、本城家の使用人が稽古場を訪れた。


「親方様、聖様。蓮様がお戻りになりました。」


「蓮が!!?」


蓮は半年ほど前から、東京での任務で京都を離れていた。


「只今、戻りましたお嬢。」


半年ぶりに見た蓮は、大人っぽくなっていた。


黒いスーツがとても似合ってて…。

 

「お帰りなさい、蓮。」


あたしは蓮に駆け寄り、出迎えをした。

 

「お嬢、何も変わりは無かったですか?」


フッと優しい笑みを向け、あたしの髪を優しく撫でた。

 

「うん。こっちは何も。」


「ゴホンッ、それよりも情報は?」


軽く咳払いをし、克也さんが蓮に尋ねた。


「八岐大蛇の居場所を掴んだ。」


「「!!?」」


八岐大蛇の居場所が分かった?


そんなに早く?

 

「場所を変えるぞ。」


克也さんの部屋に、あたし達は移動した。

 

「蓮。八岐大蛇は、何処に居るの?」


「東京です。兄貴の情報だから、確実だと思います。」


「東京か…。」


東京に八岐大蛇が居る。


総司さんと一緒に調べたのかな。


確かに、総司さんが掴んだ情報なら間違いないか。


「そこで、お嬢を学院に入学させようと思う。」


「あの学院にか?」

 

「学院…って?」


蓮が、あたしの方に体を傾けた。


「東京陰陽学院(とうきょうおんみょうがくいん)です。京都にもあるんですが、陰陽師の末裔の子供達が通う学院で、級(きゅう)を貰う為に通う所です。」


「級?」


「俺と蓮は壱級(いっきゅう)陰陽師の級を持っています。八岐大蛇はいわゆる、壱級クラスの妖怪なんです。級の持っていない陰陽師は、退治出来ないんです。」


克也さんが、分かりやすく説明してくれた。


級を取らないと、八岐大蛇を滅せないって事か…。


じゃあ、学院に入った方が良いよね。


「分かった。あたし、学院に入学する。」


「僕も学院の教師として、お嬢と一緒に学院に入ります。これから東京に向かって、学院の理事長と話

を付けましょう。」


「理事長?きょ、教師?蓮、教育免許持ってたの?」


いつの間に?


蓮に問い掛けると、先に克也さんが口を開いた。


「理事長は、僕の知り合いですから、安心して下さい。後で連絡しておきますので。」


克也さんの知り合いなんだ。


なら、少しは安心出来るかな。


「ありがとうございます。」


蓮は教員免許を見せながら、あたしの問いに答えた。


「教員免許は、大人の事情で早く取れました。」

 

「お、大人の事情…。」


きっと、本城家の権限を使ったんだろうな…。


「お嬢、いよいよですね。」


そう言って、蓮があたしの手を優しく握った。


八岐大蛇への第一歩が歩める。


「蓮、東京に行くわよ。」


「御意。」


その日の夜に荷造りをし、明日に備えて眠りに付いた。


翌朝ー


黒い可愛いデザインのワンピースを着て、荷物を持つ。


襖を開ると、スーツを着た蓮が待っていた。


「おはようございます。寝れましたか?」


「おはよう、寝れたよ。」


そう言うと、蓮はあたしの荷物を持った。


「良かった。さ、行きますか。」


「うん。」


あたしは、蓮の後に付いて行った。


門の前に黒い車が止まっていて、周りに蓮の克也さんや使用人達が立っていた。


お母さんの姿は、無かった。


十年前のあの日から…。


お母さんは、あたしに会うのを拒絶した。


理由は分からないけど、会いたく無いのなら、ソッとしておこうと思った。


「お母さんの事、お願いして良いですか?」


「承知しました。」


克也さんはあたしに軽く頭を下げた。


「何かあったらわ連絡しろ。」


「分かってるよ。親父達も他に情報が入ったら教、えてくれ。」


「分かった。」


パカッ。


使用人が、車の後部席のドアを開けた。


「聖様、蓮様。どうぞ、お乗り下さい。」


「お嬢、行きますか。」


「ええ。」


あたし達は、車に乗り込んだ。


御子柴聖 十七歳

本城蓮  二十四歳


あたし達を乗せた車が、走り出した。




「早く終わらせてこの悲劇をー 」


女の子の涙が零れ落ちた。


100年越しの物語が幕を開こうとした。

 

   第壱幕    完

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