俺は睦月を信じない

 俺は睦月を信じない。

 間違いなく、彼氏としては失格と言われる発言だろう。

 言っておくが、信じないと言っても全てを信じないわけではなくて、大丈夫・・・という言葉を信じないだけだ。


 だから俺は睦月にはこれ以上自分から踏み込むようなことはしないし、睦月が何かを悩んでいるのであれば自分で答えを探す手伝いは睦月が言い出すまでは手伝わない。

 けど、睦月の限界が近づいているのであれば―――俺は無理やりにでも踏み込む。

 それが、俺の中での信じない《・・・・》だ。


「すみません、お邪魔しちゃって」


「いいのよ~! 弥生くんだったらお母さん、大歓迎♪」


 ───遡ること数十分前。俺は、睦月に内緒で睦月の家へとお邪魔していた。


「弥生くんはもう我が子のようなもの! お母さんに会いに来てくれたのなら、歓迎しないわけないわ~! というより、もっと遊びに来てちょうだい!」


「ははは……」


 夕食の準備をしながら手をにぎにぎと見せてくる菜々花さんに苦笑いが止まらない。

 圧が凄い。思わず腰を上げてしまいそうだ。


「―――という冗談は置いておいて。本当に、弥生くんが来てくれてよかったわ」


 先ほどとは違い、少し陰りを見せる菜々花さん。

 トントン、と包丁の音が静かになったリビングに響き渡る。


「あの子ったら、今何か頑張ってるでしょ? 親として頑張ること自体は褒めてあげたいの……けど、頑張りすぎちゃってる。それは、見たらすぐに分かるわ」


 見える隈だけではない。菜々花さんは、多分俺と同じように異変に気が付いているのだろう。


「頑張ると無茶を履き違えてる。今のあの子は完全にその状態……心配にならないわけがないわ」


「……そうですね」


「だから来てくれたのでしょう? それなら私は歓迎するわ」


 大人というのは末恐ろしいものだ。

 来訪目的も何も口にしていないにもかかわらず、こうして目的を見透かしてくる。

 ……大人になれば、子供ができれば、こんな風になれるのだろうか?


「まぁ、俺は娘さんの彼氏ですし……心配しないわけがないですよ」


「本当に、弥生くんはいい子ねぇ〜」


 俺だけでなく和葉も心配しているみたいだったし、別に俺が特別いい子ではないと思うが……。


「いい子って言うのはね、睦月を心配してくれているからじゃないのよ?」


 そんな俺の考えを見透かしたのか、菜々花さんは俺の言葉を否定した。

 手を拭いて、リビングの椅子に座る俺の対面へと腰を下ろす。


「心配だったらきっと誰だってするわ。それは母親としてとても喜ばしいし嬉しいけど、睦月をちゃんと見て理解してくれて……その上で心配してくれる子の方が私にとってはいい子なの」


「はぁ……?」


「ただ「大丈夫?」って聞くだけなら誰にもできること。もちろん、それが悪いことじゃないわよ? けど、実際に行動に移して心配してくれる子は中々いないわ。それに、大事になる前に支えようとしてくれる子は特に、ね?」


 どうして、この人は俺の考えをここまで分かってくれているのだろうか?

 そう思わずにはいられない。けど―――


「……やっぱり、俺はいい子じゃないですよ菜々花さん」


 心配という部分は理解してくれてないみたいだ。

 だって―――


「俺は心優しい青年でも、聖人君子でも赤穂浪士でもないです。自分に貪欲で、薄情で、正直他の誰かだったらここまで心配をしてないかもしれない。でも、相手が睦月であれば―――俺はどんな些細なことでも心配します」


 結局は『睦月だから』心配しているのだ。

 大事になる前に足を運んで、睦月に対する信頼を裏切ってまで睦月の心配をしに来たのは、睦月が俺にとって誰よりも大切で愛おしい存在だから。

 それ以外の善意悪意など勘定に入っていない。だから、いい子という言葉は否定してしまう。


 どこまでいっても、俺は睦月のことしか考えない『我儘野郎』なのだから。


「はぁ……本当に、睦月はいい子を見つけたわね~」


 そう言って、口元を綻ばせた菜々花さんが立ち上がる。


「私は睦月を呼んでくるわ。ご飯ができそうって言ったのにいつまで経っても降りてこないんだもの。心配だから行ってくるわね」


「じゃあ、俺はサプライズの準備でもしておきますよ」


「ふふっ、いきなり弥生くんがいれば睦月は驚きながら喜ぶかもしれないわ~」


 リビングから菜々花さんの姿が消える。

 今日の菜々花さんからは、気疲れするようなテンションは感じられなかった。

 まぁ、始めは多少気疲れしたが……もしかしなくとも、ずっと睦月が心配だったのだろう。


「本当に、いい子じゃないんだよな……」


 いい子であればお見舞い程度にここに顔を出し、心配そうな顔を向けて去っていくだろう。

 けど、俺の場合はそうじゃない。

 もう、心配そうな顔をするのはやめた。限界が来れば無理やりにでも介入するつもりで足を運んだ。

 心配こそしているものの、今日来たのは『睦月が限界を迎えていないか』を確認するためだ。


「……大丈夫、だといいなぁ」


 ───そんな一人零した言葉は菜々花さんが戻ってきてすぐに否定された。

 それは後に俺の腕の中で力なく抱えられてしまった睦月が、否応なしに答え合わせをさせたからだ。

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