調査

 私───椎名睦月には好きな人がいます。

 その人の名前は東堂弥生という一つ上の先輩で、私の彼氏です。

 優しくて、かっこよくて、奥手で、ピュアで、とても頑張り屋さん。それに、高校生ながらに作家でもある自慢の彼氏。


 そんな先輩が───今日、付き合ってから初めて私以外の女の子と会う。

 正確に言えば前々から会っていたらしいけど……そこはすでに私の中では許してます、だけど次はない。

 先輩は凄く奥手なのは述べた通り。何せ、私と付き合うまでは誰とも付き合ったことがなく、私が初めて……そう、初めて! 私が!


 そんな先輩は絶対に浮気はしないはず。女の子と会うって言ってたけど、本当に同期と会うだけで浮気とか好意を抱いているとか、そんなことはないに決まっている。先輩が好きなのは私だけ!


 だけど……相手は分からない。

 先輩の魅力は嫌というほど理解してる───その魅力にあてられた泥棒狐が現れないとは限らないから、先輩は大丈夫でも向こうがアウトな可能性がある。

 だから───


(今日は先輩を尾行する……!)


 私の心の平穏のためにも、泥棒狐かどうか見定めなければいけない!

 とりあえず、学校を出てからずっとバレないように後ろからついて行った。

 電車を二本乗り換え、真っ直ぐと向かった先は見るからに寂れていそうなレトロな喫茶店。


 今、先輩は店内に入って外の景色をボーッと眺めている。


(かっこいい……っ! 後ろから抱きつきたい!)


 やっぱり、先輩って凄く私好みの顔! あんな顔されたら、私もう一回告白してちゅーしたくなっちゃう! なんで今日は私が先輩の隣にいないの!? すっごく先輩の隣に行きたいっ!


 なんて悶えながら、先輩の姿を物陰から覗く。

 まだ、待ち合わせしている泥棒狐らしき人物は見当たらない。


「このまま先輩が一人でいてくれればいいのに……」


 そしたら、私は今からでも先輩のところに行くのになぁ……。


「ねぇ……これ、僕もついて来る必要あったの?」


 背中から聞き慣れた声が聞こえる。

 振り返ると、そこには私と同じように物陰から先輩の姿を覗く幼なじみの姿があった。


「いいじゃん、どうせ暇だったんだよね?」


「それはそうなんだけどね……」


 やつれた表情を見せる和葉くん。

 別に暇だったんなら幼なじみのためについて来てくれてもいいじゃんって思う。先輩なら絶対について来てくれるのに。


「弥生は浮気しないと思うよ? ほら、睦月のことちゃんと好きなのは普段の様子で分かるでしょ?」


「うん、それは分かってる」


「だったら───」


「だけど、相手は分かんないもん」


 もし相手が泥棒狐だったら……先輩が好きなのは私って決まってるけど、早々にケリをつけなきゃいけないから。

 先輩の隣は私以外にあり得ないんだって言っておかないと。


「弥生は別に何も言ってなかったんでしょ? だったら大丈夫じゃない?」


「先輩ってほら、結構な朴念仁さんだから気づいていない可能性もあると思うんだよ。私もそれで苦労したし」


「あ、あぁー……なるほど」


「だから、ワンチャン気づいてない可能性があると思わない?」


 先輩は一応昼休憩に「あいつら? ないない、俺のことが好きなんてあり得ないよ。本当に作家仲間で同期ってだけ」って言ってたけど───朴念仁さんの発言は不安しかない。


「まぁ、睦月の言いたいことは分かったよ……仕方ないから、最後まで付き合うさ」


「ありがとう、和葉くん。お礼に今度好きな漫画買ってあげるね」


 そう言って、再び視線を喫茶店にいる先輩へと戻した。

 話している間も、先輩の格好は変わっていなかった───スマホで写真撮ってもいいかな?


「ねぇ、睦月?」


「何、和葉くん?」


「もしかして、あの人達が待ち合わせの人かな?」


 和葉くんが喫茶店前の路地の先を指さす。

 そこには、喫茶店の方へと向かっていく二人の女性の姿があった。

 一人は黒を基調としたボーイッシュな格好をしている人。

 ボーイッシュな格好をしているけど、顔が凄く綺麗。格好いいっていうより、美しいって印象が強かった。

 明るい赤髪が特徴的で、美しく整った顔と相まってとても目立っている。


 もう一人は、常に表情に笑みを浮かべているおっとりとした女性。

 瞳には優しさを感じさせ、纏う雰囲気が『The・お姉さん』ってような包容力を醸し出している。


 隣の人と遜色ないほど顔が整っているけど、何といっても服越しからでも分かる抜群のプロポーションが自然と目を惹いてしまう。

 二人共、大人な感じがする……けど、見るからに若々しいから多分大学生くらいだと思う。


「可能性は高い……ッ!」


「どうしてそんなに悔しそうなの?」


 だって、私には持ってない魅力ばかりなんだもん! あんな大人な魅力がほしいっ! 少しでも私に先輩の目を惹くようなプロポーションを分けてほしいっ!

 私が悔しさのあまり下唇を噛んでいると───不意に二人の視線がこちらに向いた。


(まずいっ!)


「へぶっ!?」


 私は和葉くんの頭を物陰に押し込み、私も視線から外れるように物陰へと隠れた。

 そして、気づかれていないかそーっと二人の姿を覗く。

 二人は首を傾げ、未だにこちらの方を見ていたけど……やがて興味を失ったのか、そのまま歩き出して喫茶店へと向かっていく。


 そして、先輩のいる喫茶店へと入っていった。


「やっぱり、あの人達が先輩の待ち合わせ相手……ッ!」


 まさか、先輩の同期さんがあんなにハイスペックな女性のだったなんて!

 ……これはいよいよ不味いことになった気がする。

 もし、二人のどちらかが先輩のことが好きだった場合───果たして、私はどちらかに勝てるのだろうか?


 ……い、今のままだったら私は負けちゃいそうな気がするんだよ!


「事態は深刻になったよ!」


「僕の頭も深刻になった可能性があるよ……」


 和葉くんが顔を上げて体を起こした。

 額をさすっていることから、多分私が押し込んだ時にどこかぶつけてしまったのかもしれない。


「ご、ごめんなさい……」


「別に大丈夫……とりあえず、血が出てない?」


「出てない出てない! で、でも、一応冷やすもの持ってくる!」


 ついて来てもらったのに、わざとではないとはいえ酷いことをしてしまったと、私は罪悪感が芽生えてしまう。

 だから、氷を持ってくるために大急ぎで近くのコンビニまで向かった。

 後ろから「大丈夫だから!」という声が聞こえたけど───流石に何かあったら嫌だから無視をした。


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