同期
いつものように訪れた昼休憩に、睦月の好きな抹茶たっぷりの抹茶ミルクを献上した俺は砂糖多めの平穏を手に入れた。
という言い方には語弊があるかもしれない、少し言葉を訂正する。
昼休憩、いつものようにご飯を屋上で食べる際、予め俺はお詫びと無視することをやめてほしいという願いを込めて抹茶ミルクを購入。
だが、睦月は昼休憩になると普段の睦月に戻っており、抹茶ミルクをあげたら余計に喜んだ。
朝のテンションがまるで嘘のようにハイだった。一安心しすぎて、その時だけ睦月にベッタリしてしまったのは反省している。周りの目がかなり痛かった。
(ここでいいよな……?)
そして放課後。電車を二本乗り換えてやって来た都内の喫茶店。
駅から少し離れているため、住宅街が広がっており閑静なものだった。
店内に入ると同い歳ぐらいの学生が二組いるぐらいで、店内の広さには見合わないぐらいの客の少なさであった。
それがこの喫茶店のレトロな内装をより深くさせているように思える。
(制服で来たのは不味ったかな……?)
カウンターでブレンド頼むと、コーヒーを持って広めの席に移動する。
これから来る相手のことを考えれば、制服というのはどこか浮いて見える。かといって一度帰宅し着替えて来ようものなら確実に遅刻する。
どちらにせよ制服で来なければならないんだなと、小さく嘆息してしまう。
(……この様子じゃ、席を確保する必要もなかったな)
余裕で座れるぐらい閑散としているのだ、本屋に立ち寄って時間を潰してから来てもよかったと思う。
時刻は五時二十分前。多分、あいつらはギリギリぐらいに来そうだし、普通に時間が余ってしまった。
仕方ないと、コーヒーを啜りながら外の景色を眺めて時間を潰す。
外の景色は変化することなく一軒家の庭園が映るだけ。人が行き交う様子など皆無で少し寂しく思ってしまう。
都心でも、一歩離れれば田舎とは正にこのことだろう。
───そうしてボーッとすること十分ぐらい。不意に、来店を知らせる小さなベルの音が鳴り響いた。
現れたのは二人組の女性。談笑し、笑みを浮かべながらカウンターへと向かい、それぞれ注文をして飲み物を手にする。
そして、そのままこちらへと向かって来て───
「遅くね?」
「あら、これでも待ち合わせ時間より前に来たと思うのだけれど?」
「如月くん、やっほ〜」
そのまま俺の対面の席へと腰を下ろした。
一人は明るい赤髪を背中まで伸ばした女性。凛々しく、どこか気品すらも感じさせるような雰囲気を身に纏っている。
間違いなく、往来を歩けば誰もが一度は視線を奪われてしまう。
その理由は目立つ赤髪もあるのだが、やはり美しく整った顔立ちだろう。
長く伸びたまつ毛に、赤髪に見合わぬ澄んだ黒い瞳。少し目付きが鋭いように思うが、窓に向かって儚げな表情を浮かべていればそんな目付きの鋭さなど気にしないだろう。
もう一人はおっとりとした雰囲気を醸し出す茶髪の女性。
顔はもちろんのこと、優しい口調はどこか耳を傾けてしまう。カラーコンタクトをしているのか瞳には明るい赤が浮かんでおり、その瞳を細め柔らかく微笑まれてしまえばきっと誰もが溢れる母性に殺られてしまうはず。
加え、着痩せという言葉を知らない抜群のプロポーションが溢れる母性に拍車をかけていた。
「おう、姉崎さん久しぶり」
といってもたった一ヶ月ぶりなのだが。
「あら? 私には言ってくれないのかしら?」
「桜は挨拶してくれてねぇだろ? 俺は挨拶されたらちゃんと返すだけだし」
「遅くない? って如月が言ったから返しただけじゃない」
嫌になっちゃうわね、と。早速買った紅茶を啜る『桜』こと『ガチ桜』。この赤髪の女性が、俺に急に呼び出した湘南でタオルを振っていそうなペンネームの同期である。
「まぁまぁ、如月くんはそういう子なんだし、もっと大人な対応しなきゃダメだよ〜? 例えば、お姉ちゃんみたいに! 如月くんを弟くんだと思って!」
「すいませーん。俺、一人っ子なので弟は遠慮したいでーす」
「実姉がいないのなら、義姉になっても問題ないよね!?」
「そんなタイトルのラノベがあったら嫌だなー」
おっとりとした雰囲気から一変して凄い剣幕で姉になりたいと口にする女性。
お姉ちゃんになりたいからといってペンネームに『姉』とつけた……ちょっと変な同期である。
しかし、ちょっと変な同期ではあるが───一応、彼氏持ちである。そして、年下。
まぁ、こんなに美人であれば彼氏がいない方がおかしい話なのだ……故に、桜に彼氏がいないことが未だに不思議だ。
「はいはい、姉崎さん落ち着いて。一応、ここ店内だから」
「え〜! 桜ちゃんは如月くんを弟にしたくないの!?」
「年上なのにさん付けをしない弟なんていらないわ」
「弟であればさん付けはしないものでは?」
「要は、礼儀知らずはいらないってことよ」
「桜が呼び捨てでいいって言ったんじゃん。何で俺が悪いみたいに言われんの?」
「そういう言い訳はいいから」
言い訳って……呼べって言ったから呼び捨てにしてるのに……解せぬ。
二人共年上だからこんなに言いたい放題なのだろうか? まぁ、俺も大概敬語使ってないから今更なんだけどさぁ。
「そういえば、さっきあんたと同じ制服を着た二人を見たわ」
もう一度紅茶を啜った桜が話を切り替える。
「え? どこで?」
「ここの喫茶店の近くよ───ねぇ、姉崎さん?」
「私も見たよ〜。男の子と女の子だった〜。カップルさんかな?」
「それにしては、地味に怪しい動きだったけどね」
「ふーん……」
二人の話を聞いて、思わず「珍しい」と思ってしまう。
この喫茶店は地元の高校から二回も乗り換えなければ辿り着かない場所にある。
それに、駅前ならともかくこの喫茶店は少し離れた場所に存在しており、この地元の人間なら分かるが、俺の地元の高校の生徒がわざわざ訪れるとは考え難い。
といっても、電車通学で近辺に家がある生徒ならあり得る話をなのだが。
「あーいう高校生見てると懐かしくなるよね〜。私達もこんな時期があったなーって」
「あー、分かるわ。ちょっと懐かしいって思っちゃうわね」
「そんなもんなの?」
「そんなものよ。大学生なんて、思っている以上に楽しくなんてないもの」
俺は大学生活って楽しいイメージがあるのだが……どうやら実際に通っている人間からしてみればこっちの生活の方が楽しいのかもしれない。
これが俗に言う『隣の芝は青く見える』というものだろう。
「まぁ、桜ちゃんの気持ちも分かるな〜。じゃなきゃ、今頃こうして本気で作家やってないからね〜」
「楽しかったら確実に作家なんてやめてるわ」
「おいコラ、今時のイケイケ作家がなにを言い出すんだ」
新手の嫌味か? それとも俺を馬鹿にしてんのか?
「そうは言うけどね、これって普通の考え方だと思うわよ?」
桜は少し口元を緩めるものの、表情に若干の陰りを浮かべた。
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