突然の電話
結局、サイズを確かめるために試着をすることになった。
もちろん俺は店の外で待機し、睦月が試着をして購入するのを待つような形だ。
……流石に、冷静になってくれた睦月は試着室へ俺を連れて行こうとはしなかった。
本人も「し、下着を見せるのは……初めての時にします」と、己の暴走っぷりを認めて落ち着いてくれた。
よく考えなくとも、俺の想像していたカップルの洋服選びとはかなりかけ離れているような一幕だったのでは? そう思わずにはいられない。
だけど、どこか『付き合ってから』のラブコメのインスピレーションが湧いてきたような気もする。
睦月のした行動でヒントを得たのだが、『付き合う前』と『付き合った後』とでは決定的に距離感が違う。
当然、それによって起きるイベントの盛り上がり具合も違うわけで、劇的な変化がない分、付き合ってからでは一つのイベントに対しての盛り上がりが少なく起伏がない。
だが、距離感が近いということは普段起きるイベントのランクは付き合う前に比べて高い場所に存在する。
であれば、ラブコメでよく見かけるようなイベントのランクを上げ、なおかつカップルらしい距離感と甘々な行動、それぞれの悩みや馴れ初めを描くことができれば、ストーリーとして成り立つのではないだろうか?
『付き合ってからしてみたかったこと』も残すところ後一つ。
その一つも、ハグといった今の俺達ではいつでもできるような行為。すぐにでも実践可能だ。
そして、どうせならこの行為もランクが上がったイベントとして実践してみたい。
(ただ、問題は読者に何を伝えたいか……なんだよな)
ランジェリーショップ前の手すりに尻を預け、腕を組み少しだけ考える。
ヒロイン像や主人公像も想像が付いた。イベントも、色々なラノベを参考にしてランクを上げられそうなものを見つけてアレンジすれば日常回として流用できる。
盛り上がりの部分は、ヒロインや主人公の悩みと馴れ初めで問題なく作れるだろう。
しかし、ストーリーを問題なく作れたとしても、問題はそのストーリーで『何を伝えたいか』だ。
ランクが上がったイベントを見せ、二人のイチャイチャっぷりを読者に見せる……それはいい。
だが、見せたからといってその先はどうなのだろうか?
糖分過多な作品に持っていくのはいいが、糖分を与えすぎるだけでは読者の興味は惹かれない。
その先にある明確な何か───それを見せられないと、読者はどこかで飽きが出てしまう。
(せっかく協力してもらったのに何か悪いな……)
一朝一夕でパッと閃かないのは重々承知していたが、それでもどこか睦月に対して申し訳なさが湧き上がってくる。
己の才能のなさに少し嘆いてしまいそうだ。
などと嘆息していた時───不意にポケットにあるスマホが震えた。
取り出し画面を開くと、わりかし見かける相手の電話番号が映っていた。
「はい、もしもし如月です」
電話を取り、自分の名前ではなくペンネームを口にする。
ペンネームを口にするということは───
『もしもし、槇原です』
相手は、俺の担当編集さんだ。
『如月先生、今少しお電話よろしかったでしょうか?』
「愛しいお相手とのお出かけ最中ですが、それでもよろしければ」
『……かけ直しましょうか?』
「いえ、ちょうど会計と試着してて絶賛放置状態なので少しであれば」
『では続けますね』
どうやら要件はすぐ済む話らしい。
(それにしても、槇原さんからかけてくるなんて珍しい……)
企画書を書き始めてから、槇原さんから電話することなどほとんどない。
俺が企画書を作って編集部に持っていく時の時間調整と、企画書や現在の市場等の質問をするためにいつも俺の方からするぐらいで、その逆など予定のキャンセルぐらいだ。
だから、今回槇原さんの方から電話をしてきたことに少し驚いてしまう。
『気合い、という言葉をご存じですか?』
「馬鹿にしてます?」
驚いたと思えば、開口一番に小学生でも答えられることを言いやがって……切るぞ、コラ?
『違いますよ、別に辞書を引いて出てくる解答など求めていない質問です』
電話越しに悪びれる様子もない淡々とした声が耳に響く。
「生憎と哲学は高校生には難しいものでして、うちの両親がしょっちゅう聞かされるブラック企業特有の魔法の言葉という意味なら知ってます」
『素晴らしいです、流石は如月先生』
……今のどこに褒められる要素などあっただろうか?
今日の槇原さんはどこか変だなと、思わず首を傾げてしまう。
『まぁ、如月先生のデート時間を邪魔してしまうのも申し訳ありませんし、早速本題に入りましょう───実は、私の方で一つ、出版枠が確保できました』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます