頑張る理由②

 それから和葉の家に遊びに行くことが何度かあり、その度に睦月がいた。

 その頃ぐらいまで時間が経つと、和葉と睦月が恋人ではなく幼なじみということも知り、特に気を遣うことなくなっていった。


 睦月がいれば三人で遊び、いなければ二人で遊ぶ。だが、夏休みということもあって、暇潰しの漫画やゲームを漁りにくる睦月との遭遇頻度は多かった。

 だからなのか、二人で遊んだような記憶が殆どない。


「たまには、弥生の家にも遊びに行きたいよね」


「いいね、それ! 私も先輩のお家行ってみたい! 和葉くんの部屋、飽きた!」


「勝手に入り浸っておいて、よくそんなことが言えるね……」


 いつの日か、和葉と睦月とで遊んでいた時にそんな話になった。

 会話通り、いつも和葉の家というのは飽き、俺の部屋を見てみたいという好奇心が湧き上がってしまったらしい。


「別にいいが……特に面白いものなんてないぞ?」


「それは別に気にしてないかな。単なる好奇心だし」


「私も漁りに行きたいですっ!」


「睦月を入れることに抵抗感が出てしまったな」


 当時の俺はまだ、睦月を異性としては見ていなかった気がする。

 単に、和葉の幼なじみ。友達の関係と言われたら否定はしなかったが、それ以上の関係だとは思っておらず、家に上げることもさして抵抗はなかった。


「うわぁ……本ばっかり」


「僕の部屋よりも本があるよね……」


 だから俺は二人を家に───というより、俺の部屋に上げた。

 両親は相変わらずの仕事熱心なお方なので、誰の許可を得ることもなくすんなりと迎え入れた。


「なんか「漫画かなー」って思ったら「小説じゃん!」ってなりました。先輩って、こんなにいっぱい小説読んでいるんですか?」


 睦月は今まで漫画ばかり読んでいたのか、ライトノベルというものは当時知らなかったらしい。

 イラストがついているから漫画だと思って手に取れば───って感じだったのだろう。


「まぁ、読んでるな」


「好きなんですか?」


「好き……というより、参考資料感覚で読んでる」


「参考資料……?」


 出会ってまだ数十日程度。俺は基本的に自分のことを好んで話したりはしない。

 聞かれたら答える。そして、内心で胸を張るのだ───実は俺、凄い奴なんだぞ? って。

 だから、この時の睦月は俺が作家であることを知らなかった。


「俺、作家なんだよ。和葉には言ったけど」


「え!? 作家さんなんですか!?」


 案の定、言えば睦月は当然驚いた。

 作家という職業は確かに凄い。ストーリーを組み立てる力はもちろん、そのストーリーを淀みなく伝えることのできる文章力。奇抜で共感と憧れを抱かせるための発想力など───誰でも簡単に「はい! したいです!」という気持ちではできない。


 ご時世、小説家になりたい人間などごまんといるだろう。加え、ライトノベルというジャンルは徐々に一般的にも広まりつつある。

 娯楽というサブカルチャーに組み込んでいることもあり、志望者は過去よりも多くなっているはずだ。

 そんな職業に、ほぼ同い年の人間がなっているのだ───当然、驚くに決まっている。


 だが、一般的にライトノベルというジャンルは漫画に比べて認知度はまだまだ低い。

 そこに足を踏み入れているということは、サブカルチャーに深く魅入られた者……つまり、オタクなのだと見られてしまってもおかしくない。


(さて……睦月は何て思うかな)


 別にどうとは思わない。己の評価など、勝手に他人が決めつければいい。

 自分の価値は自分だけ認めていれば───例え馬鹿にされようとも、自分はお前らにできないようなことを成し遂げれるだけの才能があるのだ、内心それだけ思えらればそれでよかった。


 しかし、それでもまだ未熟な子供の人間。

 親しくなった者にオタク───それも、仕事にするほどのめり込んでいると知って引かれてしまえば、流石に心が痛む。これからの付き合い方や距離も変わってきてしまうのだから。

 故に、平静を装いつつも内心は不安に駆られていた。

 けど───


「すっごいですね、先輩っ!!!」


 そんな不安は杞憂だった。

 食いつくように輝く琥珀色の双眸が、憧れと尊敬をこれでもかと表していたからだ。


「そうか……?」


「はいっ! だって、私になんて書けませんもん、こういう小説! ね、和葉!?」


「そうだね、確かに弥生は凄いよ。正直、友達であることを自慢したいくらいだ」


 二人の反応に侮蔑はなく、本当に心の底から口にしているようだった。


「だったら、常日頃から自慢してもいいんだぞ?」


 それがつい嬉しくて、思わず自慢混じりの照れ隠しをしてしまった。


「うーん……僕からはいいかな。ほら、言ってほしくない部分とかもあるだろうし、本当に許可を得てから自慢するよ」


「っていうより、先輩の書いた本ってどれですか!? 私、読んでみたいです!」


 両目を輝かせながら並ぶ本棚から宝物でも探すように漁り始める睦月。

 ───自分の本を本心から読みたいと思ってくれる。

 SNSでは書籍が発売した時に「気になります!」や「面白かったです!」という声を多くもらった。

 だけど、そんな存在を実際に見たのは……その時が初めてだったんだ。


 才能がある、いつでも出せる。

 そう余裕ぶっていた心が、この時完全に揺さぶられてしまった。


(……もう一回出版したいな)


 このままではもう書籍は出せない。

 打ち切りはすでに決まっており、最終巻は先月発売してしまっている───故に、新しく筆を取らない限り二人に見せることはもうないのだ。

 けど、せっかくこうして「読みたい」と言ってくれる人を間近で見ることができた。

 だから、もう一度……こんな人達を見てみたい。

 この時、俺は初めて『本を出版する』という本当の意味と報酬を理解できたんだと思う。


 ♦♦♦


「それが、先輩が頑張る理由ですか?」


「んー……確かに、それも理由の一つではあるけど」


「あ、違うんですね」


「違う……と思う。だって、今俺が頑張ろうって気持ちになっているのは正直このせいじゃないからな───」

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