頑張る理由

「「つまらない」」


 始まってから三十分。

 俺と睦月は普通に音を上げてしまった。

 何とか互いに無言で頑張ってみていたが……流石に限界である。


「何だよ、この中途半端なコメディは? 最後まで貫けよ、どうしてそこでヒロイン殺したの? シリアスで涙を誘うな、あの流れからはおかしいだろ?」


「何ですか、この中途半端な恋愛は? 最後まで貫きましょうよ、どうしてそこで漫才が始まるんですか? コメディで笑いを誘わないでください、あの流れからはおかしいですよ?」


 要するに、全てが中途半端な作品であった。

 出だしはコメディで走っていたかと思えば、唐突に現れる主人公の妹と姉。そして、伝説のヤシの木を伏線として張った後に姉妹の義理発覚の恋愛移行。

 恋愛に移ったと思いきや、今度は姉妹が何者かに殺され、再びコメディを戻しつつ復讐を───というのが、三十分までの話。

 何言ってるか分からなかっただろ? 俺だってあまり分かんなかったもん。

 この、いい所を詰め込むだけ詰め込んだような感じ───あぁ、そっか。この前出した企画書ってこの映画みたいだったのか。

 そりゃ、ボツくらうに決まってるわ。


「先輩との三十分を無駄にした気分です……」


 そう言って、不貞腐れながら俺の両手をぷにぷにと何が楽しいのか、再び触り続ける。


「俺も創作の参考になるかと思って見ていたが……これは無理だな」


 参考になったといえば『詰め込みすぎはよくない』といったところだろうか?

 ぶっちゃけ、それだけであればすでに槙原さんに教えてもらったので学んだとは言えないな。


「そういえば、先輩?」


 睦月が触る手を止め、俺の顔を見上げる。


「ん?」


「先輩って、どうしてそんなに頑張るんですか?」


「頑張るって、作家業のこと?」


「ですです」


 唐突な質問に思わず頭に疑問符が浮かび上がってしまう。


「今まで「凄いなー」って思ってましたけど、純粋にどうしてそこまで頑張るのか聞いたことなかったですし。ほら、私が先輩のお家に突撃しに行く時、いつも執筆してるじゃないですか? 最近はずっと企画書ですけど」


「言い難いが、金のためだな」


「嘘ですね」


 即答で否定された。槙原さんみたいにツッコミを入れてくれるようなことは、どうやら睦月はしてくれないらしい。

 というよりも、嘘だと否定してくるあたり本当に彼女は何者なのかと、別の疑問が湧き上がってしまう。


「金のためっていうのは嘘じゃないけどな」


「でも、本心じゃないですよね?」


 琥珀色の瞳が真っ直ぐに向けられる。

 その瞳は、並べた言葉の奥底にある全てを見透かしているような……そんな感覚を覚えさせてくる。

 言いたくない───というわけではない。それが分かっているからこそ、睦月は踏み込んで来るのだろう。


「さして面白い話じゃないぞ?」


「多分、この映画よりは面白いと思いますよ?」


 酷い言われようだ。制作費結構かかってそうな感じはするんだけどなぁ……。


「それに、先輩ことを知るのは私にとって超有意義ですっ! それに、好きな人のことを知れた時嬉しくないですか!?」


 好きな人のことを知ることが嬉しいというのは同感だ。

 俺だって、俺の知らない睦月のことを知れた時は嬉しいし、関係が深まった気がして幸せに浸れる。

 故に、睦月も言いたいことも気持ちも大いに理解ができた。


「じゃあ、睦月のスリーサイズを上から───」


「直接測ってみます?」


「おーけー、俺が悪かった」


 この手の話題は危険だ。彼女には乙女らしい恥じらいはあまり存在しないのだから、からかわれてお終いだからな。

 だから、そろそろちゃんと話すとしよう。


「じゃあ、面白くも何でもないけど───」


 俺は、懐かしむように口を開いた。


 ♦♦♦


 睦月と初めて会ったのは、俺がまだ天狗の鼻っ柱を折られてない頃だ。

 打ち切りは決まっていたが、己には才能があるのだと自慢し胸を張っていた───本当の意味での子供の時だった。


 その頃の俺は企画書などという言葉も知らず、本を出したい時に出せるだろうと出版業界が何たるか、本を出すということの大変さを知らず高を括り、今のように企画書を練ることもなく遊び呆けていた。


「和葉くん、この人って誰?」


 蝉の鳴き声がうるさく、身を軽くしないと陽射しに叩かれてしまう夏の時。

 高校で初めてできた友達である和葉の家に突撃訪問した時に、睦月がいたのだ。


「あー……僕の友達だよ」


 和葉の両親に上がらせてもらい、サプライズ精神旺盛だった俺は和葉の部屋にノックなしで訪れのだが、和葉は驚いたのと同時に気まづい表情を浮かべていた。

 それもそうだろう。中に入れば、男の部屋のベッドに寝っ転がる少女がいたのだ。

 今思えば、要らぬ勘ぐりをされてしまうからと、頭を抱えてしまうそうになったのだと分かる。


 だが、当時───何も知らなかった俺は単純に「こいつ……っ!」と、和葉が彼女持ちの裏切り者なのだと思い、妬み嫉みの視線を送っていた。


「あ、そうなんだ。だったら……いいかな? 別に、何とも思われなさそうだし」


 ベッドに寝転がっていた睦月は上半身を起こし、シャツと短パンというラフな格好のまま入口の前で呆然と立ち竦んでいた俺を見上げた。

 初めて目にした時、女の子らしからぬラフな格好ではあったものの、睦月の可愛さに目を惹かれてしまったのを覚えている。


 愛嬌のある顔立ちに、小柄な体躯。手入れの怠っていないと一目で分かる艶のある黒髪にきめ細かな白い肌。

 メッシュが入っていることから「ギャルか!?」と驚きたかったが、睦月の可愛さの前では驚くこともできなかった。


「初めまして、椎名睦月ですっ! 和葉くんと仲良くしてくれてありがとうございます♪」


 ───これが、睦月との出会いである。


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