睦月の部屋へレッツゴー

 認めよう。昨今、若者は貞操観念というものが希薄になりつつある。

 もちろん、そうでない若者もいるという前提でお話はさせてもらうが、現実を見れば貞操観念が昔に比べれば著しく低下したのは事実だ。

 初めてという言葉は貴重だ、人生で一度しか味わえない。


 しかし、現実をフィクションや美麗というフィルターなしで見てみれば、その概念も貴重という概念からかけ離れていっているように思える。

 行為に及ぶのは好きな人と。それは変わらない。

 だが、その初めての行為はもはや十八という基準、もしくは結婚という時間を待たずして行われるのが現状である。


 責任、深い愛、それ全てを小さなものとして考え、若いうちから行為に及ぶ。

 皆も周囲から聞いたことはないだろうか? 


 Q.初体験はいつですか?

 A.高校生です。


 早いわ。そう思わずにはいられない。

 ただ、それが現実。昨今の若者はすでに、高校生という教育の枠に縛られた状態であるにもかかわらず行為に及んでいる。

 更に、もはや『早く済ませた』が凄いというマウントが何故か存在するようになった。


 その方が女にモテるから、と。

 世の中、できちゃった婚が増えてしまったのはこの若者の貞操観念のなさが如実に現れているからだろう。

 しかし、法で縛られているとはいえこれは時代の流れだ。逆らえようのない、時の力。

 作家も、時代の流れには敏感に反応しなければならない職業だ。

 時代の流れにしがみつき、過去の決まりを捨て、流行りを見つけ流行りに乗っかる。


 そうすることで、市場で戦い抜けるだけの力を身につける。

 事実、俺も流行りに乗っかろうとするからこそラブコメを書こうと編集に促され決意したのだ。

 つまり、これこそ時代の流れというのであれば流行りを追い求める作家としては受け入れなくてはならない。

 故に───


(……マジで、やんの?)


 ベッドの上にある『YES/NO』枕を見て、そんなことを思ってしまった。

 睦月に手を引かれやってきたのは、二度目に訪れる睦月の部屋。

 白一色の綺麗なクロスが貼られているものの、ピンクを基調としたインテリアが女の子らしい雰囲気を与え、隅に並べられた大きなぬいぐるみの列が睦月の可愛らしい部分を表している。


 そんな場所。可愛らしいよりベッドの上に置かれた『YES/NO』枕がどうしても気になる。

 先程のやり取りに信憑性を与えてしまったような気がしてならないからだ。


「やんないですからね?」

 呆然と部屋の入り口で立ち竦んでいる俺に向かって、心の声を読んだ睦月の声が聞こえてくる。


「……じゃあ、あれ何?」


「お母さんが持ってたんですよ」


 本当に、娘に何をさせたいのだろうか? 結婚後の夫婦じゃないんだからさ、俺達。


「先輩が嫌がることは基本的にしません! 先輩が十八まで待てっていうなら待ちますよ───それ、前にも言いましたよね?」


「いや、そうだが……流石にあれが置いてあったら身構えるだろ? さっきのやり取りもあったし」


「冗談に決まってるじゃないですか!」


「……じゃあ、何で置きっぱなの?」


「…………」


  おいコラ、さっきの彼氏を気遣う発言の信憑性が一気になくなったじゃねぇか。


「で、でもっ! 今まで私から誘ったことはないじゃないですか! それが、先輩のことを気遣っている証拠だと思うんです!」


「めちゃくちゃ迫られた気がするけどな」


 具体的には直接的な言葉と過激なスキンシップで迫られたよ。

 今でも脳裏に浮かべることが可能なレベルの頻度だったよ。


「……言っときますけど、私が本気で迫ったらあんなものじゃないですよ?」


「……例えば?」


「そうですね……」


 睦月は一瞬だけ考え込むと、すぐさま顔を上げた。

 そして、制服のスカートに手を伸ばし、徐に持ち上げ、きめ細やかなな白い肌と程よく肉付いた太ももが───


「分かった! 俺が悪かった!」


「はいっ! 私の勝ちです♪」


 俺が顔を逸らしながら白旗を上げると、勝ち誇った笑みを浮かべながらスカートから手を離した。

 な、なんて強硬手段かつ有効的手段何だろうか……! 下着を見せようとするなんて、そ、そんな……破廉恥だぞ!?


「でも先輩? 今更下着で音を上げるって……うぶすぎません?」


「いいか、睦月───俺は女性に対してかなり免疫がないんだ」


「自信満々に言うセリフじゃないですよね」


 その割に私は平気じゃないですか、と。睦月は小さくため息を吐きながら肩を竦める。

 勘違いしてもらっては困るが、睦月だから特別なんだ。睦月はセーフ、一定ラインまでは。


「まぁ、いいです。それより先輩! 映画見ましょ、映画!」


 いつまでも立ったままなのはよろしくないと、睦月は俺の手を引っ張ってカーペットの敷かれた床へと腰を下ろさせる。


「別にいいぞ」


「わーい♪」


 睦月は俺の返事を聞くと、すぐさまテレビの下に収納されてあったDVDのケースを取り出した。

 鼻歌混じりに何を見ようかと吟味している姿は、どこか微笑ましい。


(よく考えてみれば、これって普通にお家デートだよな……)


『付き合ってからしてみたかったこと』の一つ───お家デート。

 付き合った人間と同じ屋根の下で自由という時間をめいいっぱい幸せで埋める行為こそ、お家デートと呼べるものだろう。

 お家ですることは何でもありの何でもルール。本を読もうが、ドラマや映画を見ようが、ゲームに興じようが、一緒の相手が恋人であればルールに抵触しない。


 今、この瞬間───睦月という恋人が同じ空間にいて、これから映画を見ようとしている。

 これこそ、ルールに抵触しない紛うことなきお家デートだろう。


「先輩、これでいいですか!?」


 しばらくの吟味が続いた後、睦月が見せてきたのは『伝説のヤシの木の下で』という、水着姿の男女が夕日をバックに見つめ合っているパッケージのDVDであった。


「それ面白いの? 別に俺は何でもいいが……」


「私見てないんですよね! 面白そうかなー? って思って借りて積んでましたから!」


「じゃあ、互いに初見だな」


 俺は別に構わんぞ、と。親指を立てて睦月にGOサインを出す。

 すると、睦月はビシッ! と敬礼のポーズを見せてプレイヤーにDVDをセットし始めた。

 やだ、この子可愛い。誰か、一眼レフ持ってきて。


「それにしても、どうしてヤシの木にしたんですかね? 桜とか他にも色んな木があったはずなのに」


 睦月はセットし終わるとそのまま俺の下まで近づいてきて、胡座をかく俺の間にそのまま腰を下ろした。

 柔らかい感触が下半身にのしかかり、女の子特有の甘い香りが鼻腔を刺激する。

 加え、こうした触れ合っているという行為が、胸を温かい幸福感で包んでくれた。


「これってコメディ系の話じゃないの?」


「どうやったら、あのパッケージでコメディだと思うんですか? 明らかに恋愛系の作品ですよ」


「いや、明らかの中にコメディをぶっ込んできてるだろ? だって、ヤシの木って……ロマンチック台無しになりそうじゃない?」


「まぁ、そうですけど……えー、恋愛じゃないのー」


 睦月の座るポジションについてはもはや何も言うまい。

 というか、今更すぎてとても指摘ができないし、指摘したくない。


「ちぇー……恋愛映画を見て、いい感じのムードの流れ作ってちゅーしようと思ったのに」


「策士の小悪魔ちゃんめ」


 映画を見るだけで、どうしてそこまで考えているのか分からない。

 普通に頼めば普通にするのになぁ?

 そんなことを思いつつも、睦月が再生ボタンを押したことによって映画が始まっていく。

 まだ始まったばかりだというのに睦月の体勢が徐々に崩れ、俺の腹を枕代わり、両腕を顔の横にセットして両手をムニムニとし始めた。

 これでは都合のいいソファー兼枕だと、苦笑いを浮かべてしまった。

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