食べさせあいっこ

「じゃ、先輩───あーん♪」


 腹をくくったのもつかの間。俺の口元に睦月の卵焼きが差し出される。


「「「…………」」」


 先程少し騒ぎすぎてしまったからか、教室と似たような視線が注がれる。

 加え、ヒソヒソと話すわけではなく何故か無言で顔を逸らしてくれない───それが些か、気恥しさを増長させてくる。

 ……だがしかしっ! 今の俺は腹をくくった誠の武士! 今なら、関ヶ原にタイムスリップしても迷わず信長に突貫できる自信がある!

 小説のため、睦月のためであるのなら───こんな状況、屁でもない!


(そう、想像するんだ……ここは我が家、睦月と二人っきり───つまり、周囲のじゃがいもなど存在せず、思う存分イチャイチャできる環境である)


 神経を箸と睦月に集中するんだ……そうすればほら───あっという間に、睦月と俺とだけの空間である。

 じゃがいも……今度、カレー食べたい。


「あーん」


 気恥しさも消え、俺は差し出された卵焼きを口にする。

 甘くなく、そして程よい塩っぽさが俺のどストライク。好みを熟知してくれたからこその旨みが口の中を滑り、徐々に全体へと広がっていった。


「……やはり、睦月の手作りは美味い」


「ふふっ、先輩は美味しそうに食べてくれるから嬉しいですっ!」


 事実、美味しいのだから仕方ない。

 俺以外の誰であろうとも、きっと睦月の料理を食べれば同じような反応を───いや、ダメだ。睦月の手料理を誰かに食べさせたくない。

 それは……なんかやだ。


「……睦月、お願いが」


「もう一個ほしいんですか?」


「いや、睦月の手料理は誰にも食べさせないでくれ」


 俺は真剣に訴える。

 唐突な俺の言葉に睦月は一瞬だけ目を丸くさせるものの、すぐに察してくれたのか、少しだけ視線を外して頬を朱に染めた。


「そ、それは……独占欲からですかね? 俺だけが食べていたいっていう───」


「多分、その通りだ」


「……はぅ」


 睦月は頬を朱に染めるどころか顔全体を真っ赤にしてしまうと、空いた方の手でペシペシと俺の太ももを叩いてくる。

 何恥ずかしいこと言ってんだ、と。嬉しさと照れを隠す時の反応とみて間違いないだろう。

 冷静になると、俺も随分ストレートに言ったものだなと恥ずかしくなってしまう。


「じゃ、じゃあ睦月……あーん」


 恥ずかしさを紛らわせるために、俺は自分の弁当にある唐揚げをつまみ睦月へと差し出す。

 生憎、俺は睦月みたいに料理ができるわけでもないので全てが冷凍食品だ。そこだけは申し訳ない。


「あ、あーん……」


 いつもなら語尾に『♪』でも付きそうな笑みを浮かべながら食べる睦月だが、今は照れを残したまま差し出した唐揚げを口にする。

 何コレ可愛い───そう思ってしまった俺を許してほしい。いつもの睦月も可愛いのだが、今の睦月はレア睦月。小悪魔な彼女とのギャップがハート型の心臓を射抜いてしまうのだ。


「ど、どうですか……? 今日はいつもと違いますけど……満足しましたか?」


「……これはこれでいいと思う」


「……言っておきますけど、先輩があんな小っ恥ずかしい台詞を言わなければ、私だってこんなに恥ずかしい気持ちにならなかったんですからね」


 そう言って、睦月は小さく愚痴を零しながら自分のご飯を口に入れる。

 その箸は、先程俺が加えたもの。いわば関節キス───なのだが、今更気にすることもない。

 というより、普通にキスをしている野郎が何言ってんだ? ってなるからな。


「本心なんだが……」


「『美味しい』も確かに嬉しいですけど、彼女としては『独占欲』を見せられた方がドキッてするんです! 本心なら、なおさらドキッ! ですよ!」


「おう、とりあえず俺が悪かったってのは分かった」


「そうなんです!」


 文句を言い終わったかと思えば睦月は俺の隣まで寄ってきて、そっと俺の肩に自分の頭を置いてきた。

 どこからどういう流れでくっついてきたか分からんが……甘えたいというなら甘えさせよう。

 そう思い、俺は優しく睦月の頭を撫でる。

 そして───


「……ねぇ、弥生?」


 思わず肩が跳ねてしまう。

 そのせいで、睦月の頭が肩の部分でバウンドしてしまい「きゃっ!」という可愛らしい声と骨同士がぶつかる鈍い音が聞こえた。


「……あ、ごめん。声をかけるつもりはなかったんだけど」


 二人の世界に入り込んでしまったからか、唐突にかけられた和葉の声で現実に戻されたような感覚に陥ってしまう。

 けど、その表現もあながち間違いではないだろう。


「……そろそろさ、僕も他の人の視線が痛いからやめない?」


 その言葉で、俺は思わず周囲を見渡す。


「「「…………」」」


 変わらずの無言。

 しかし、今度は皆一様に居心地の悪さをこれでもかと表しているような引き攣った顔を見せていた。

 罵倒や舌打ち、妬みの視線なら甘んじて受け止めることができるが……この『気を遣わせてしまった感』は流石に罪悪感と羞恥が湧き上がってくる。

 そのせいで、これでもかと俺の顔が真っ赤に染まってしまった。多分、鏡を見たらザクロと同じぐらいの色をしているのではないだろうか?


「もうっ、この屋上使えないっ!」


「先輩! 泣く前に私の頭を痛くした謝罪を要求します!」


「僕も、次からは屋上来れないかもね……」



 ───それから、「恥ずかしい場面もありましたけど、先輩との関係をアピールできたのでいいですねっ!」と呑気にしている睦月以外、これ以上ない居心地の悪さを感じつつ昼食を食べ終わった。

 今日、この日───付き合うことは確かに幸せだが、時と場所はちゃんと考えた方がいいのだと、俺は改めて学んだ。

 でないと、周囲の空気によって己が恥ずかしい思いをしてしまうから。

 もしかして……睦月はこれを教えたかったのだろうか?

 だけど、一番時と場所を考えないのは、間違いなく睦月だと思う。


 とりあえず、『付き合ってから』のラブコメの前に彼女がいる弊害を改めて教えられた気分だ。

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