彼女と昼食(※おまけ一人)
「せ〜んぱいっ! お昼一緒に食べましょう!」
辛い、眠い、かったるいの三拍子揃った午前中の授業が終わり、俺達の教室に元気のいい声が響く。
声のする方を向けば、小さな弁当袋を片手にぶら下げながら手を振る愛くるしい睦月の姿があった。
「おう」
授業中爆睡していたため、どうにも重い瞼と腰を持ち上げる。
涎が口元に残っていないか、手を触れて確認するのも決して忘れない。
そして、とりあえずの準備をすると同じく弁当袋を持って睦月の元に向かう。
「「「…………」」」
周囲の空気が変わる。
睦月が現れ、一緒にご飯を食べようと腰を持ち上げただけなのに、教室中が一瞬の静寂に包まれてしまう。
確かに睦月は可愛い。そんな少女が元気よく男目的で現れるとなれば、皆の興味を惹いてしまうのも理解できる。
(けど、ほぼ毎日なんだからいい加減慣れてほしいなぁ……)
睦月がこうして俺達の教室に訪れるのは一回二回ではなく、付き合ってからほぼ毎日だ。
妬み嫉みの視線ならまだ理解できるが、興味と好奇心を孕んだ視線はどうにかならないかと思ってしまう。
こっちも君達の視線には慣れたんだからさ。君達も頑張ろう、ね?
「あ、僕も一緒に食べていい?」
そんな視線を一身に浴びていると、近くに座る和葉までもが立ち上がった。
「俺は別にいいが……」
「帰れ、和葉くん」
いつの間にか俺の側まで寄ってきた睦月が幼なじみを一蹴してしまう。
「別にいいじゃん、睦月。弥生もいいって言ってるし───」
「俺の彼女を名前呼びしている男なぞ帰れ」
「二人共、そろそろ僕を慮ってほしいんだけど」
慮ってほしいなら、それ相応の態度を示しやがれ。
例えば、苗字呼びに変えるとか。
「ちっちっちー、分かってないね和葉くん。私は和葉くんを慮っているからこそ「帰れ」って言ったんだよ?」
腰に片手を当て、指を横に振る睦月。
やばい、どうしよう───普通に可愛い。頭を撫でたくなる。
「どういうこと?」
「だって、私と先輩はこれからイチャイチャするの! 午前中に会えなかった先輩成分を存分に堪能するんだよ! 例えば───」
「よし、和葉。一緒に食べてもいいからさっさと行こう」
睦月の言葉を遮り、俺は和葉を促して教室の外へ出る。
これ以上口にさせたら何を言い出すか分からんからな───俺達が付き合っていることを隠すつもりはないが、皆が集まる教室で「イチャイチャしますっ!」と公言されてしまえば流石の俺でも恥ずかしい。
「あ、先輩っ! 待ってくださいよー!」
遮ることに成功したのか、俺の後ろを睦月が追いかけてくる。
そして、和葉も苦笑いを浮かべながらついてきてしまった。
ついでに言うと、教室の視線がより一層強まっているような気がしたが……逃げるが勝ち。教室を出た俺には突き刺さらなかった。
♦♦♦
「……なぁ、睦月?」
「どうかしたんですか、先輩?」
教室を出た俺達は、昼休みのみ解放されている屋上へと足を運んでいた。
周囲には落下防止のためのフェンスが設置されているものの、四階建ての校舎から見える景色は解放感があってとても気持ちがいい。
こんな景色を見ながら昼食を食べるのは、弁当勢の特権でもあるだろう。
だが、同じ考えは他の生徒も同じで、屋上には他の生徒の姿が何人もあった。
故に───
「……何故、箸を俺の方に向ける」
「あーん、をしようかと思って」
「恥ずかしい」
こんな行為を、人様に見せるわけにはいけない。
普通に恥ずかしい。家でやろうぜ、家で。いつも家でやってるじゃん。
「今日の卵焼きは自信作なんですっ! 見事な味付けに成功したんですから!」
睦月が手にしている箸の先には、綺麗に切り分けられた少し色がついている卵焼きがある。
その卵焼きはとても美味しそうに見える。事実、睦月の作る料理は美味しいので、きっと本人が言っている言葉を合わせれば本当に美味しいものなのだと分かる。
食べてみたい……という気持ちは強い。
だが───
「睦月はいい加減、人様の目を気にしなさい。ここには和葉もいるだろう」
「あ、僕はお気になさらず」
「だそうですよ?」
他にもいるだろうが、と。思わず嘆息ついてしまう。
彼女ができるということは素晴らしい。毎日を色鮮やかにしてくれる。
だが、メリットだけではないというのは彼女ができた人間であれば理解してくれるだろう。
触れ合いたい、ずっと一緒にいたい───だが、時と場所を考えなくてはならなくなる。
人前で堂々とすれば視線が突き刺さるし、人によっては不快だと思う人間もいるだろう。
これこそ、彼女ができた弊害───槙原さん、付き合ってからのラブコメでこんな弊害があったらストーリーなんてどっかで躓きますよ。
「でも、先輩? これも『付き合ってからしてみたかったこと』の一つですよ?」
【付き合ってからしてみたかったこと】
✖手を繋いでみたい
・一緒にご飯を食べたい
・食べさせ合いっこをしてみたい←
・一緒に水族館に行きたい
・たまにでいいからハグしてみたい
「…………」
確かにしてみたかったが、まさかここで実行してくるとは……ッ!
「先輩、人目なんて気にしてたらお互いに満足できないですよ? 私は先輩と終始イチャイチャしたい、先輩は私に終始欲望をぶちまけたい───溜め込むのはよくないって、色んなお医者さんも言ってます」
「待て、どうして俺は発情男みたいに言われる?」
普通に睦月とイチャイチャしたいだけだ。断じて、欲望をぶちまけないと満足しない変態ではない。
「『付き合ってからしてみたかったこと』って何の話?」
「あれだよ、和葉くん。先輩の小説の話」
「あー、なるほどね」
どうしてそのやり取りだけで理解できるのか……くそっ、並大抵の関係値じゃ生み出せない所業だな。
彼氏として、普通に嫉妬心が湧き上がってしまう。
「先輩……私は『付き合ってから』のラブコメを先輩に叩き込みたいんです。絶対、先輩のためになりますからっ!」
睦月がキラキラしたような眼差しで見つめてくる。
元はと言えば俺の問題なのに、睦月にここまで言わせてしまっている。
嬉しいという気持ちもあるが、情けないという気持ちが湧き上がってしまう。
彼氏として、一人の男として彼女にここまでさせて拒否をするのか? ……否。それは断じて認めない。
男としてのプライドが許せないのだ。
「俺が悪かった、睦月……俺は腹をくくる! さぁ、存分に食べさせ合いっこしようじゃないか!」
「流石ですっ、先輩!」
「あれ? ここまで気合いを入れるようなことかな?」
人が勇気ある決断をしたというのに茶々を入れるな。
普通にこいつは教室に置いてきた方がよかったかもしれん―――普通にそう思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます