睦月の幼馴染
俺の家から通う学校までは徒歩十数分。
そんなに遅い時間に登校したわけではないため、校門に辿り着くまでには多くの姿が校門の中へと入っていく姿が見えた。
そんな中、手を繋いで登校する生徒など俺達と同じように生徒同士のカップル以外にはありえない。
前提として学生全てに恋人がいるわけではなく、個人的主観とイメージで弾き出した結果によるとこの学園でカップルとして成立している生徒は約三割───その内、一緒に登校するようなカップルは約一割。
故に、時間帯も考慮すれば校門を潜る生徒の中にはほとんどカップルはおらず、手を繋ぎながら登校などしようものなら目立ちまくるのは必然。
加え、睦月は彼女贔屓なしに可愛い少女だ。それこそ、学校で『美少女ランキング』トップ5に入るぐらいの美少女さん。
そんな彼女が歩けば普通に注目される。
今でこそ慣れてしまったものの、当時は突き刺さる視線の痛みに耐えながら登校することが毎朝の憂鬱であった。
『じゃあ、先輩っ! またお昼休みに!』
そして、という言葉を残し、俺と睦月は玄関の入口で別れそのまま教室へと向かった。
いつも浮かべる笑顔が少しの間ではあるものの見られなくなるというのは実に寂しいもので、それほどまでに睦月のことが好きなんだなと、このやり取りをする度に思ってしまう。
「おっす」
「うん、おはよう弥生」
自分の教室に入ると、俺の席の近くに座っていた男に挨拶を送った。
髪は茶色に染め、顔は文句なしの美形。それでいて優しい声音は抱擁力を抱かせ、時折見せる笑顔に毎度男として号泣し、下唇を噛み締めながら白旗を上げてしまうような───そんな男。
「今日も、睦月と一緒に登校して来たの?」
「まぁ、それがルールだしな」
「ふぅん……律儀に睦月のルール守ってるんだ」
含みのあるような瞳を向けながら、男───
その目といい、コロッと落としそうな笑顔といいどうにも朝から苛立ちが湧いてくる。
言いたいことがあるならちゃんと言えってーの。そこら辺は、まだ睦月の方が上だぞ。あいつ、めちゃんこ素直だからな。
「うんうん、睦月が上手くいっているようで何よりだね。幼なじみとして、そこは嬉しいかな」
「俺の反応を見て判断するな。っていうか、俺を見て何が分かる?」
「睦月は、出会った時から弥生にぞっこんだったからね。弥生が嫌がってないってことは、それなりに上手くいっているって証拠だと思って。ほら、睦月が弥生のことに対して不満を持つわけがないし」
俺と睦月が接点を作るきっかけとなった男こそ、俺の横に座るイケてるメンズだ。
睦月の幼なじみであり、二人はしょっちゅう遊んだり遊ばれていたりする仲である。
何でも家がご近所さんで、親同士が中学時代からのお友達なんだとか(羨ましい)。
それ故、俺がたまに和葉の家に遊びに行くとだいたいの確率で睦月がいた。
そこから、俺は睦月と接点を持ち始めたのだ。
つまり、俺が睦月と出会えたのは和葉がいたからこそ。加え、後から聞いた話によると、睦月が俺と付き合うために恋のキューピットを買って出てくれたらしい。
……間違いなく、俺達の関係は和葉のおかげだ。感謝はしている。
だが───
「俺より睦月のことを知っているという口振りは腹立たしい」
「あ、そこ怒るポイントなんだ」
いいか、睦月の生みの親を除けば全世界で一番睦月を理解しているのは俺なんだ。覚えとけ。
「それに、誰が人の彼女を呼び捨てにしている? キャットフード食べさすぞ」
「それぐらい別によくないかな!?」
よくない。女友達であればいいが、男はよくない。
「はぁ……睦月も大概だと思ったけど、やっぱり弥生も弥生で大概だよね」
大きくため息を吐き、背もたれにもたれ掛かる和葉。顔には若干の疲れが浮かんでおり、十中八九俺との会話によるものだろう。
そんな姿ですら様になっている───イケメン税を徴収しても文句は言われなさそうだ。
「そういえば、菜々花さんが弥生に会いたいって言ってたよ?」
「大丈夫。俺はまだ会わない」
「どういう返答?」
いくら向こうが会いたいと言っていようが、俺が次に会うのは「娘さんを俺にください!」って土下座しに行く時だ。
菜々花さん───睦月の母親に会うのは極力避けたい。俺、まだ心の準備とかできてないから。
「でもさ、今日も一人なんでしょ?」
「俺がボッチだってか? 馬鹿にしてんのか睦月がいるんだぞこんちくしょう」
「そうじゃなくて、家に帰っても弥生のご両親は仕事でしょって意味」
なんだ、そっちか。
「まぁ、そうだな」
そういえば、今日の夜飯どうしよう? 無難に冷奴と枝豆でいいかな?
「だったら、今日は睦月の家でご飯食べてきたら? 菜々花さん、喜ぶと思うし」
確かに、自分で言うのもなんだが自炊が得意ではなく、栄養面はかなり心配がある。このままではいつか俺の両親諸共栄養失調で倒れるかもしれない。
睦月の母親の料理は以前食べさせてもらったことがあり、もう舌が唸るほどの絶品であった。
栄養面踏まえ、ご相伴に預かりに行くのは全然アリな話だ。それに、そろそろ睦月の家に行かないと睦月が拗ねそうだからな。
けど、あのテンションについていけるぐらいの体力が果たしてあるだろうか……?
「その顔はおっけーってことだね」
和葉は懐からスマホを取り出し、文字を打ち込み始め───
「待て、俺はまだ心の準備ができていない」
俺は、スマホを操作する和葉の腕を握る。
「大丈夫。心の準備なんて弥生には必要ないから」
「貴様……あのテンションを知っていての戯言か?」
「もちろん……今日の朝から味わってきたからね。僕だって心の準備なんかしてなかったんだからさ」
そう言って、和葉はどこか遠い目で窓の外を眺め始めた。
今の和葉の顔には、ヘラクレスが神々の試練を乗り越えた時のような……武士の形相が浮かんでいた。
何があったのか……今は聞くまい。
だが───
「俺、絶対に今日は行かない」
「僕達……友達じゃないか」
「やめろ、都合のいい時だけ苦悩を味わそうとするなっ! っていうか、今日は家に誰もいないって睦月が言ってたぞ!?」
「一瞬家を空けることぐらい誰だってあるじゃないか」
「つまり、睦月の「今日、誰もいません」発言はただのからかいだったと!?」
頑なに俺を連れて行きたがる和葉の腕を必死に掴む。
一度力を抜けばすぐさまに和葉は睦月の母親に「今日、弥生がそっちに行くよ」と伝えかねん。
事実、すでに「今日、弥生がそっちに行く」まで打たれてある。何なら、このまま送信しても同じ意味合いでちゃんと伝わってしまう。
───勘違いしてもらっては困るが、俺も和葉も決して睦月の母親が嫌いなわけではない。
ただ、本当にテンションについて行き難いというだけなのだ。
だから───
ブー、ブー。
「ちょっと待て、睦月からだ」
「スマホが鳴っただけで、相手がよく分かるね……」
馬鹿言え、これは単に愛の成せる技だからに決まっているじゃないか。
一時休戦と言わんばかりに、俺達はそれぞれ椅子に座り直す。
机の上に置いてあったスマホを手に取り画面を確認すると、案の定睦月からの通知が来ていた。
『先輩! 今日は私のお家に来てくれるんですね! 超嬉しくて超楽しみですっ❤』
「……行くって言っといて」
「ほんと、睦月と上手くいっているようで何よりだよ」
睦月から「楽しみです」と言われただけでこうもすんなり折れてしまうとは……俺もかなり睦月に心酔してしまったようだ。
とりあえず───今日は爆睡して体力を温存しておこうかな。
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