付き合ったらしてみたかったこと
ドドンッ! と効果音が聞こえてしまいそうなほど胸を張り、強く口にした睦月。
さも当然でしょうにという気持ちがありありと伝わってくる。
だが───
「……そうか?」
俺自身は、そんなにピンとこなかった。
「……マジで言ってます?」
「マジもんのマジ」
告白された時は超嬉しかった。エンドロールみたいにあの時にキャストの名前がズラっと流れて『END』の文字が浮かんでもおかしくないぐらいには嬉しく、ハッピーな気持ちになっていたのを覚えている。
だからこそ、俺の中ではどうしても『付き合うまで』が楽しいという印象が強い。
だからこそ、ピンとこなかったのだろう。
「だったら、先輩。私と付き合ってからは楽しくなかったですか?」
「む……!」
その言葉に、新たな引っかかりを覚えてしまう。
「私と一緒にいて「幸せだなー」とか「こんな時間が続いてほしいなー」とか思わなかったですか?」
「むむむ……!」
「ちなみに、私は常日頃そう思っていますよ? 先輩は違うんですか?」
言われてみればそんなことを思っていたような気がする……!
今の時間が楽しくないか、楽しいか。そう問われたら、間違いなく睦月と過ごす一時は楽しいし幸せだと答える。それを、睦月に言われて初めて気がついてしまった。
いまいち印象に残っていないのは、この幸せが順応しすぎた結果なのかもしれない。
「先輩の思っていることも理解できます。確かに、私も先輩と付き合うまでは確かに楽しかったですし、思い出深いものでした。あの勇気を出して告白をし、先輩からおーけーをもらった時はもうっ最高でしたよ。帰ったらお母さんと一葉くんに泣きながら報告してましたからね───ですがっ! 先輩と付き合った今という日々は、あの頃の私よりも確実に充実しているんです! ラブが溢れています! 前より先輩が大好きになりました! だから、ラブコメとして扱っても問題ありません!」
そう考えてみれば、付き合ってからのラブコメは存在しないというわけではないというのが分かる。
愛はちゃんとここにある。付き合うまでが楽しいというのも間違ってはいないが、付き合ってからが楽しいというのも紛れもない事実。
だが、同時に思う───ストーリーどうすんの? って。
これが『付き合うまで』のラブコメであれば出会いから距離を縮めるまでの過程、更には関係値をより深めるイベントや事件が起きて、最後に告白というプロセスが作れる。
けど、もはや俺達はそのプロセスは全てクリアしているのだ───いくら今が楽しいからといって、ストーリーが成り立つのかは疑問である。
「ふふっ……どうやら先輩は『ストーリー』にお困りのご様子」
「そろそろ、察しがよすぎて怖いな」
「だから、今思いついたんですけど───『付き合ってからしてみたかったこと』を題材にして書けば、ストーリー問題って解決しませんか?」
古今東西、全世界男女問わず若者の心の中には付き合ってからしたいことの一つや二つはきっと誰しもあるだろう。
事実、俺も睦月を好きになってから『あんなことを付き合ってからしてみたいなー』なんて思ったことも何度かある。
だからこそ、これを題材にしてみればストーリーは成り立つのではないか? そう、睦月は言いたいのだろう。
ストーリーが思いつかなかったのはラブコメのゴール地点に辿り着いてしまったから。
だが、『付き合ってしてみたいこと』をしていけば『全てをやり遂げる』というゴールを代わりにセッティングすることが可能。
ストーリーも、これであれば問題なく解決できるだろう。
しかし───
「うーむ……」
「どうかしたんですか、先輩?」
「いや、それでいいのかなー、と」
確かにストーリーは成り立つかもしれないが、果たしてそれはラブコメとしては成り立つのだろうか?
作品では読者に『何を伝えたいか』というのが肝になってくる。
例えば、甘い砂糖を味合わせたいのか、枕を濡らすほど涙を流させたいのか、腹を抱えて爆笑させたいのか、ムラムラ悶々とさせたいのか。
色々作品によってあるが、作者の伝えたいことをちゃんと読者に伝わることによって、その作品の面白さが伝わる。
結局、そこがあやふやになってしまえば作品が面白くなくなってしまうのだ。
だから、睦月のアイデアがストーリーとして成り立ったとしても『何を伝えたい』かが伝わらなければ意味がないし、作品として成り立つのかも分からない。
体裁だけ整えた作品は、絶対にウケないのだ。
とはいいつつ、ストーリーとしては成り立っているし展開も想像しやすいとは思ってしまう。
難しいな、と。唸らざるを得なかった。
「まぁ、任せてください───私が、先輩に『付き合ってから』のラブコメが何たるかを教えてさしあげましょう!」
だが、そんな俺とは裏腹に何故か俺以上に意気込んでいる睦月。
どうしてそこまでやる気なのか? 普通に疑問である。
好奇心故か、はたまた応援してくれているだけなのか、それは分からないが───
「じゃあ先輩、さっそく『付き合ったらしてみたかった』こと、考えていきましょうか!」
とりあえず、俺は企画書の前に『付き合ったらしてみたかった』ことを考えることになった。
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