唸っていた理由(※右手じゃありません)

「よく考えれば、先輩がボツばっかなのは今に始まったことじゃないですもんね!」


「ここまで気にされないのもそれはそれで腹立つな」


「いいじゃないですか〜! その感じだと、ボツされたから唸っていたわけじゃなさそうですし、ボツは本当に気にしてないみたいですし!」


「それも事実なんだが……」


 本当に地味に腹が立つな。ここまで察するのであれば少しは気を遣ってほしいと思う。


「それで、結局どうして唸ってたんですか? も、もしかして……プロポーズに悩んでいたとかっ!?」


「すげぇよ。ここまで脈絡がなさすぎる会話のキャッチボールができた睦月に脱帽だわ。もうどこからツッコめばいいか分かんねぇ」


「ツッコむ!?」


「そこだけ切り取るな、君はレディーだろうが?」


「はいっ! 先輩だけのレディーです♪」


 睦月は体ごと俺に向けると、そのまま首に手を回して抱き着いてくる。

 可愛い嬉しいこの上ないのだが、一向に話が進まなすぎて時間の浪費に泣けてしまう。


「先輩がそろそろ本気で話を進めたそうにしているので、そろそろ真面目に聞きますね」


 またしても顔を見て察した睦月が、一度膝の上から離れもう一度ベッドに腰を下ろした。


 完全に「今からちゃんと聞きますよ」みたいな体勢に入ってしまったので文句が言えない。悲しい、怒る場所を見失った。先程までの苛立ちは何処に持って行けば?

 そんなモヤモヤとした感情を胸に残しつつ、俺は小さくため息を吐きながら口を開いた。


「実は───」


 ♦♦♦


「ふむふむなるほど……先輩の右手が唸っていた理由はそれですか」


「やめろ、この部屋に厨二病患者は存在しない」


 主語が加わるだけでここまで意味合いが変わってしまう日本語に涙ものである。

 ───というわけで、やっと話が進んだことにより睦月に今日あった打ち合わせのことを話すことができた。


 しかし「俺、ラブコメ書くんだ!」と、ちゃんとこの前話してはいるので、そんなに深い話はしなかった。


 話したのはまたしてもボツになったこと、そして───


「付き合ってからのラブコメ……うーん」


 睦月は、俺が悩んでいた話を聞いて腕を組んで悩み始める。

 やはり、これは俺だけでなく他の人が聞いても悩んでしまうような話なのだ。


 昨今、どうして『付き合うまで』のラブコメが主流となっているのか? これはあくまで個人的解釈&見解だが、『付き合うまで』と『付き合ってから』ではストーリーの幅が違うからではないかと思っている。


 例えば、付き合っていないからこそ『ライバルヒロイン』を出してストーリーを盛り上げたり、素直に口にできない嫉妬の描写も『付き合うまで』のラブコメであれば可能。更に、他のヒロインの好感度を上げたところでメインヒロインと付き合っていないため誰からも咎められることはない。


 逆に付き合った後のラブコメは、恋人以外のヒロインが登場させるとあくまでストーリーを進行させるだけの『ただのキャラ』でしか置けなくなってしまう。

 無理にそのキャラを恋路に置こうものなら完全なる浮気───普通に創作においても咎められる対象である。


 もちろん、ドロッドロなラブコメであればそういうチョイスも問題はないかもしれないが……残念、俺には書けない。今から昼ドラ見ても書けやしない。


 つまり、ストーリーの幅が違うことによって昨今ラブコメは『付き合うまで』が主流となっているのだろう。

 本当に、『ラブコメは付き合ったらお終い』という編集の言葉が地味に真理に聞こえる。


「ヤバいですね……」


「ヤバいだろ?」


「はい、ヤバいです……」


「やっぱり、睦月も思いつかねぇよな……」


 俺とは違い、最近ようやく俺の家にあるラノベを読み始めた睦月。

 そんな彼女も、『付き合ってから』のラブコメというのは想像し難いようだ。


 ……仕方ないもんな。ラノベ作家である俺ですら分からないんだもん。インスピレーションさんやいどこ行ったって感じで───


「先輩がどうして悩んでいるのか……マジで理解できませんっ!」


「あれ? そっちなの?」


「私……先輩のことは何でも理解できる可愛い彼女としての自負があったのに……ッ!」


「本気でそっちなの!?」


 睦月の衝撃発言に思わず立ち上がってしまう。

 まさか、現役ギリギリ作家であるこの俺ですらイメージが湧かなかったのに、ラノベに触れたのが最近の少女が分かってしまうなんて……そこはかとなくプライドが傷つけられた気分っ!


 だ、だが……ッ!


「睦月さんっ! 是非、このわたくしめにご教授を!」


 睦月が本当に『付き合ってから』のラブコメが理解できているというのなら、教えてもらわないといけない。


 ここは、恥を忍んで土下座することも厭わない。

 甘えたプライドはドブに捨ててやる! 男として、彼氏として、年上としての尊厳を捨ててまでも!


「えー、どうしよっかなー」


「そこをなんとかっ!」


「じゃあ、私のお願い……聞いてくれますか?」


「靴を舐めればいいのか!?」


「どうして私のお願いが靴を舐めるに捏造されたんですか!?」


 まったくもう、と。睦月は土下座する俺の姿を見て嘆息する。


「じゃあ、今度私の買い物に付き合ってください。それで教えてあげますよ」


「それでいいのか……? それって、いつものデートと変わらない気が───」


「私、ちょっと胸が苦しいくなってきたので新しい下着を買いに行きたいんです」


 いかん、行き慣れているデートのハードルが上がった気がする。

 ま、まぁ……これも企画書のためだ、甘んじて受け入れよう。入口付近で待機していれば問題ないからな。

 それにしてもそっか……胸、大きくなったんだな。きっとAAからAにランクアップしたのだろう。


「……何故か無性に教えたくなくなりました」


 これだから察しのいい子は困る。


「それで、結局何が分かったんだ?」


「教えたくなくなったって言いましたけどね?」


「安心しろ! まだ高一だから!」


「本気で教えませんよ?」


 話が進まないじゃないですか、と。もう一度睦月は嘆息してしまった。

 初めに話を逸らしまくっていたのは睦月な気もするが、これ以上のツッコミはやめておこう。


「っていうよりですね、先輩。私、本気で理解ができないんですよ───」


 睦月は立ち上がり力一杯に拳を握りしめる。

 そして───


「普通、付き合ってからが一番楽しいに決まってるじゃないですか! つまり、付き合ってからが本当のラブコメなんですっ!」

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