小悪魔系な彼女
「うーん……」
槙原さんとの打ち合わせが終わってから早速、巨大な本棚が鎮座する以外は簡素な自室の机の前で何度目かの唸り声をあげる。
善は急げ、時間があるならやれ───それが、俺のポリシーだ。
槙原さんと打ち合わせを入れるのは基本的に休日のみ。学生だから基本的に平日はNG、放課後を使うこともできるのだがそれは槙原さんがNG。
休日出勤ごめんなさいの気持ちにはなるが、それはいつか作品を当てて恩返しをしていこう。
というわけで、特に予定もない俺は自室で新たな企画書作成に取り掛かっていた。
ただ、『付き合うまで』以外のラブコメという中々見かけない企画書を考えているため───
「付き合ってからかぁ……」
パソコンの画面に映るワードが白紙のまま動かない。
腕を組み頭を回しているものの、どうしても『付き合ってから』のラブコメというのが思いつかないのだ。
それは当然、俺自身の中でも『付き合ってから』のラブコメが根強いから。
故に、それを覆すようなイメージがまったくをもって湧かないのだ。
早速前途多難すぎて泣けてくる。「助けてドラ〇も〜ん」と涙を流しながら叫べば万能ロボットさんは現れてくれるだろうか?
「せ〜んぱいっ♪ さっきから何を唸ってるんですか?」
椅子に座る俺の背中に突然何かがのしかかるような重さを感じる。
それと同時にほのかな甘いかおりと、背中上部に伝わる柔らかい感触までもが唸っていた俺に襲いかかった。
「……いつの間に現れた、睦月?」
おかしい。我が家は両親が仕事熱心な社畜故、現在お仕事先で泣きっ面を浮かべているはずなので不在。
俺以外の誰かが家にあげることが不可能なはずなのだが……どうして彼女がいるのだろうか?
「十分ほど前ですかね」
「不法侵入に伴って、野生のポリスメンを呼んでもいいか?」
「インターホンを押して、ドアのノックをしたのにもかかわらず先輩は野生のポリスメンを呼ぶんですか?」
どうやら、大部分の非は俺にあるらしい。
おかしいな……そこまで気が付かないほど考え込んでいたっけ?
「そもそも、
警察を呼ぶ以上の行為が四つもあることに驚きしかない。
「おう、分かった俺が悪かった。だからほれ、ちょっとだけ背中から離れろ」
首に負荷がかかりすぎて地味に辛いんだよ、この体勢。
俺が離れるように促すと、少女は文句を言うことなく離れそのまま隅に置いてあるベッドの上に腰を下ろした。
艶のある長い黒髪にメッシュを入れ、サイドに髪を纏めた少女。
透き通った琥珀色の双眸に愛嬌のある顔立ち、化粧をしているのかほんのり頬に赤みがさしており、潤いを見せる桜色の唇は思わず視線を引き寄せられてしまう。
黒のスカートとグレーのニットが大人っぽさを醸し出しているが、少しばかりニットのサイズが大きいため小柄な体躯と相まって庇護欲を唆られる。
しかし、浮かべられている笑みにはいたずらめいたものを感じ、その雰囲気はどことなく可愛らしい小悪魔を連想させた。
「先輩は相変わらず、素っ気ないですね〜! もうちょっと、私のスキンシップを受け入れてくれてもいいと思いますっ!」
「時と場所を考えてくれたら、俺はいつでもウェルカムだ」
「場所は考えましたよ?」
「あと一歩はどこ行った?」
そこまで来たら時も考えてもいいだろうが。
「いいか、睦月? 親しき仲にも礼儀ありという大切なことわざが世にあってだな───」
「礼儀正しくしてなきゃ、私……先輩に嫌われちゃいますか?」
「そんなことはない」
「だったら、礼儀正しくする必要ないですね!」
「そういうことを言いたかったんじゃねぇよ、馬鹿野郎」
そう口にするものの、目の前の少女はベッドの上から腰を上げ、椅子に座る俺の膝の上へと移動してきた。
再び甘い香りと柔らかい感触が場所を移動し膝の上へと伝わるが、特段何か男の色欲的欲求が刺激されることはなかった。
「はぁ……まぁ、行き詰まってたし別にいっか」
「わーい♪」
彼女───
家が近所というわけでもないし、部活動に所属していない俺にとって本来接点すら生まれなかった少女。
俺のよく絡む友達の幼なじみということで接点が生まれ、何度か遊んだり食事したことによって気の知れた仲へと変わっていった。
そして───
「先輩は甘やかし上手ですね〜♪ そういうところ、本当に大好きですっ!」
───高校二年になった俺に初めてできた恋人でもある。
「どこぞの誰かが甘やかされ上手だからなぁ……」
「むふんっ! もっと褒めてください!」
「あいよ」
ご要望通り、小さい睦月の頭を優しく撫でた。
撫でる度に「ふにゃぁ……」などと言った甘えた声を出してくるものだから、ついつい撫でる手が止まらない。
こういう仕草がいちいち可愛い。自分の彼女ではあるが、本当に困ったものだと思ってしまう。
「……今日は何の用でおいでなさったので、睦月さん?」
「んー……特に用事はないですよ? 先輩の打ち合わせがそろそろ終わるだろうなーっていう予感がしたので参上しました!」
睦月には、俺が作家であるということは話している。
というより、俺自身そんなに隠す気もなくオープンであるため、聞かれれば答えるし、誰の目を気にすることもなく作業をしたりしていたから普通に知っている人もいる。
ただ、流石に学校にはパソコンを持っていけないので、精々ノートにネタを集めるぐらいだから、学校の連中は知らない人間は多いだろう。
睦月だって、俺の家に突貫しに来るまでは知らなかったしな。
というわけで、作家業に勤しんでいる俺は伝えないと後でブーたれる睦月に、今日という日に打ち合わせすることを事前に伝えていた。
だから、こうして不法侵入手前の行為で部屋へとやって来たのだろう。
……おかしいな? 今思えば玄関にはちゃんと鍵をかけてあったはずなのに。
「っていうか、そろそろ先輩も私のお家に遊びに来てくださいよ〜! 地味に先輩のお家から私のお家まで距離あるんですから〜」
「そう言うが……どうにも睦月の両親のテンションについていけなくてな」
いけない、脳裏に「ほっっっっんとうに、睦月の彼氏さんは可愛いわね〜!」と抱き着き頭を撫で回す睦月の母親の姿が浮かんでしまった。
どうにもキャラの濃い人間は印象深くて困る……背筋に悪寒が走りまくるから。
「私も同じようにハグして頭を撫で回してちゅーしてもいいですかね?」
「後半一つが捏造されたな」
だが、睦月であればばっちこいという気持ちが強い。
というより、いつも甘やかす立場だからたまには甘えてみたい。
「そういえば先輩、今更聞くんですけど───何唸ってたんですか?」
「本当に今更だな。お前に言われるまで普通に忘れてたわ」
「それは、私との時間が悩みを吹き飛ばすほど幸せだったってことですね!」
「どちらかといえば、ツッコミすぎて忘れざるを得なかった感じだな」
睦月が机に置いてあるパソコンの画面を見る。
そして、察してしまったのか表情に陰りが浮かんでしまった。
「またダメだったんですね……」
「毎度のことだ、気にすんな」
別に落ち込んでいるわけでもない。ただ単に思いつかなくて行き詰まっていただけだからな。
気にしてほしくなかったため、俺は同じような言葉を口にしようとした。
しかし、睦月は俺の顔を覗くと眉を顰めまたしても何かを察してくれた。
「その顔は本当に気にしてほしくなさそうな顔ですね……分かりました! 先輩が気にしてほしくないのなら、私は気にしませんっ!」
睦月は陰りのあった表情からいつもの明るい顔に戻り、俺の胸へと頬ずりをし始める。
こういう、察して理解してくれる存在は本当にありがたい。流石は彼女、といったところだろうか?
「おい、これ見よがしに甘えるな」
「ふへへ……幸せぇ……」
幸せそうにする彼女を見て、不思議と感謝の気持ちが湧き上がってきてしまった。
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