ラブコメは付き合ったらお終い

「あれ? いつもの具体的でためになるようなアドバイスや改善点は?」


「言い難いのですが、それ以前の問題です」


「言い難いのなら、一瞬でも言葉に詰まってくださいって言ってなかったでしたっけ?」


 ボツにされた時よりも心を抉る言葉と反応である。


「まぁ、如月先生はラブコメを初めて書くのでこうなることは若干予想していましたが……」


 苦笑いで、涙を浮かべる俺の頭を優しく撫でる槙原さん。

 確かに、今までの企画書やデビュー作は全てが現代異世界問わずのファンタジーもの。

 そして、今回出した企画書は初めて挑戦したラブコメである。

 というのも、前回の打ち合わせで「今、ラブコメブームが来ているんですよ。だから如月先生……次はラブコメにしませんか?」というお言葉を頂いたからこそラブコメに挑戦したのだ。


 もちろん、ラブコメは書いてはこなかったものの読んだことはある。

 しかしながら、読んだからといって書けるというのは別の話。故に、最近のラブコメの流行りを自分なりに研究し、読破し、出禁になるほど書店に入り浸ったり、この一ヶ月間寝る間も惜しんで企画書を作り上げてきた。


 それなのに───


「面白くない……そうですか。所詮は、タイタ〇ック級の企画書程度じゃ無理だってことだったんですね……」


「とりあえず、タイタ〇ックを作成した関係各所に謝りに行った方がいいですよ」


 失敬な。俺はタイ〇ニックと同じくらいの面白く感動する企画書を提案したつもりなのに。


「まぁ、真面目な話をしましょう。前提として面白くないというのは、承知しながら聞いてくださいね」


 どうして、優しく頭を撫でて慰めようとしてくれたのにこの人は追い打ちをかけるようなことを言うのだろうか? ムチの割合が高い気がする。


「今回、如月先生が提出してくれた企画書は『学園で人気がある美少女との同棲もの』ですよね」


「えぇ、まぁ……同棲ものは、今の流行りでしたから」


 瓦解した心の破片を掻き集め、どうにか真面目な路線に戻った槙原さんの言葉に耳を傾ける。


「流行りというのは間違いないですよ。事実、今は同棲ものはラブコメの中で売れているファクターでもあります。着眼点としては悪くありません」


 ですが、と。槙原さんは言葉を続けた。


「だからこそ、多くの作家はそこに目をつけるのです。目をつけてしまえば、作品が溢れるのも必然───そうなれば、埋もれてしまいやすくなるでしょう」


 確かに、書店や槙原さんの話を聞いていて同棲ものというラブコメの中のジャンルは流行り、人気ではあるものの多くの作品が存在している。

 多くの作品があるということは、埋もれる可能性も高くなる。読者が「あ、また同じようなものかー」などと思ってしまわれればお終い。

 埋もれる、というのはそういうことだ。要は「見たことのある作品だから飽きた」と思ってくれれば分かりやすいだろう。


「同棲ものというファクターに限らず、そもそも今はラブコメというジャンルそのものが飽和してきています。飽和しているということは、同棲ものの他にも色んなファクターがありふれている証左───だからこそ、在り来りな作品をよしとはしません。オーケーが出せないんです」


「……つまり、俺の企画書はありふれていると?」


「そういうことです」


 槙原さんはコーヒー口に含み、一つ間を置いた。


「同棲だけでなく、学園の美少女や不良に絡まれているところから距離を縮めていくこと、学園の美少女が素っ気ないが主人公にだけはベタベタ……確かに今のラブコメの中、そういった要素が入った作品が人気を博してはいますが、それは『先手』を取ったからに他ありません。後出しの作品が跳ねた事例は少ないんですよ。あったとしても、それは今挙げたファクターに別の『オリジナリティ』が含まれたファクターがあってからこそです」


 昨今、突出した作品は作者なりの『オリジナリティ』があってこその作品が多い。

 もちろん読者に受け入れられるという前提ではあるが、読者が「おぉ……」と思えるような意外性と興味をそそられる作品が伸びてきているのは間違いない。

 これはきっと、ラブコメに限らずファンタジーでも同じことが言えるだろう。


「如月先生はファンタジーではそういった作者の『オリジナリティ』をしっかりと持っていました。多分、ラブコメという不慣れで新しいジャンルに挑戦したからこそ『オリジナリティ』が消えたのでしょうね。読んでいる時『流行っているものを詰め込んだ』感が凄かったです」


「……うっす」


 正にその通りでしかなかったため、体を縮こませながら頷くことしかできない。


「ですが、基本読者層は十代から二十代───オリジナリティを出そうとし過ぎて読者の需要から外れるのはよろしくありません」


「例えば?」


「そうですね……同棲や高校生というファクターはあってもいいでしょう。何せ、『共感』と『憧れ』を与えるにはその部分は必要不可欠です。美少女だというファクターも必要ですね」


 槙原さんの言葉に小さく唸ってしまう。

 今挙げられた要素はほぼ全てこの企画書に入っている。であれば、どこを削ってどの部分にオリジナリティを加えるか───そこが見えてこなかったからだ。


「だから、前提を覆してみましょう」


 企画書の紙を俺に戻し、真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。


「前提……何の前提ですか?」


「この作品の前提ですよ。分かりませんか?」


 具体性も何もない言葉を理解しろというのが難しい、というツッコミはしても大丈夫なのだろうか?


「まぁ、その顔を見ると理解していただけていないというのは分かりました……では、ちゃんと説明しましょうか」


 やれやれ、と。肩を竦める槙原さんを見てどこか苛立ちが湧いてくる。

 だが、ここはグッと堪えてメモに集中しなければ。というより、今日は当たりが強いですね。


「私が言う前提というのは、この作品の根本───二人の距離が縮まって恋愛に発展するというコンセプトの部分です」


 だいぶ、ラブコメの根本を覆そうとしてますね、槙原さん。


「編集界隈では『ラブコメは付き合ったらお終い』だと言われています。確かに、昨今ありふれているラブコメは『付き合う過程』を描いているものばかり……そして、私としても理解できる部分はあります」


 ラブコメというジャンルにおいて、『付き合う』という行為は作品のゴール地点に設定される。

 どの物語でもヒロインとの出会いから始まり、様々な苦難やイベントを乗り越えて距離が縮まり、二人の関係性が深まる。

 読者はその過程こそ楽しみにしており、作者や編集サイドもその欲求を提供しようと『付き合うまでの過程』を作るのだ。


 故に、『付き合ってしまえばお終い』というのは、ストーリーにおけるゴール地点に辿り着いてしまうから言っているのだろう。

 界隈で言われている言葉は理解できるし共感もする。

 俺自身、ラブコメは『付き合う』という行為を求めることの方がイメージが強い。

 だからこそ、覆すものが大きすぎて驚きしかない。


「ですが、本当に付き合うまでが恋愛でしょうか? 付き合ってしまえば、恋愛は終わってしまうのでしょうか?」


「……ググれば広義的な結果が出てきますけどね」


「その通りです、如月先生。結局は『付き合うまで』だけが恋愛ではありません───付き合ってから、結婚してからも恋愛という意味の捉えられます」


 ふむ……そう言われたらそうだなと言わざるを得ない。

 創作ではなく、現実で恋愛というものは幅広く存在し、「付き合ってからは恋愛をしないのか?」と言われれば即座に否定が入る。


 付き合っても結婚してからも恋愛をしなければ、それこそ破局か愛のない関係と都合のいい相手しか残らなくなってしまうし、昨今のカップルが恋愛をしないまま終わるとは到底思えないしありえない。

 何のために昔「リア充爆発しろ」なんて言ったと思うんだよ、と。イチャイチャしている時点で恋愛をしていると言ってもいいだろう。


 俺自身も、確かに恋愛をしていると普通に自負ができる。

 だから、『付き合うまで』だけが恋愛ではないという言葉は普通に肯定してしまうのだ。


「けど、結局は読者の固定概念の問題ですよね? いくら俺達がそう思っていても、読者がそう思わなかったら意味ないですし」


 読者がラブコメにどういうイメージを持っているか?

 辞書を引っ張ってくれば『付き合うまで』が恋愛じゃないのかもしれないが、今のご時世は読者の大半が『付き合うまで』をライトノベルという娯楽の中では恋愛だと当て嵌めているだろう。


 だからこそ、イメージと違う作品は手に取られ難い。

 イメージ通りの作品が世に出回っているのは、そのイメージは需要があることの証左。

 イメージから外れて「おっ!」と気になってくれる読者がいればいいが、根本的な部分が違うオリジナリティは果たしてウケるだろうか?


 つまり───


「博打を打てと?」


「その通りです」


 ギャンブル精神が備わっていない俺にとっては、何とも頷き難い提案だ。

 俺、将来はパチンコをしない人間のまま過ごそうって思ってるんだよね。


「でも、可能性がないわけではありませんよ? ありふれているのは飽和しているから───違う視点に重きを置くと、飽き飽きした読者が手に取ってくれる可能性がありますからね。それに、『付き合うまで』を描いていない作品もあるわけですし」


「言わんとしていることは分かりますが……」


 俺は腕を組み、少しだけ頭を悩ます。

 このまま企画書を作っても、オリジナリティが見つかりそうにもない俺は再びボツを食らい、見た目優しい槙原さんに心を抉られるだろう。

 ならば、挑戦してみるのもいいかもしれない。すぐ出版するというわけでもないし、前段階で企画書から始めるのだ───よっぽど面白くなければ槙原さんがストップをかけるから恥をかいたり作者イメージが損なわれることはない。


 どうせ、何本もボツを食らってるんだ。今更一つや二つ追加でボツを食らったところで、瓦解した心がシュレッダーにかけられるだけ。やってみてもいいのかもしれない。

 ……ただ、まったくインスピレーションが湧かないが。


「ちなみに、如月先生には恋人はいらっしゃいますか?」


「まぁ、いますけど……」


 突然、どうしてそんな質問をしたのだろうか? 脈絡が微妙にあったようなないような気がしてならない。

 そんな疑問を浮かべていると、槙原さんは今日初めての笑顔を浮かべて───


「ならよかったです。次はそれでいきましょう───つきましては『付き合うまで』ではなく『付き合ってから』のラブコメでお願いします」


 一方的に言い放ち、打ち合わせを終わらせた……ぐすん。

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