ボツです、面白くないそうです
初雪を、今か今かと待ち構えてしまう十二月のこの頃。
窓を覗けば、まるで外敵から身を守らんとするかのように服を重ねて温もりを維持する人々の姿が視界に入る。
高層ビル五階の窓際だからか、そんな人々の姿がこれでもかとよく見えてしまう。
人々の姿や街並みは冬一色。ビルに並ぶ広告看板にはクリスマスを迎えるための美容商品やイルミに染まった植物園の案内が主張し始めていた。
春夏秋冬の中で最も綺麗で、ロマンチックな季節はやはり冬ではないのだろうか?
聖夜に降る雪。暗く静まった街並みにイルミという彩り溢れた光が多くの人々の心に光を照らす。
まだ上旬だからイルミの気配はないが、これが中旬に差し掛かってくれば、きっとロマンチックな雰囲気が滲み始めるのだなと、そう思わずにはいられない。
(今年は睦月と行くかな……)
そんなことを思いながら、俺───
入れてくれたホットコーヒーが疲れた体を癒してくれるようだ。
口に含んだだけで、体の芯から温かくなっていくのを実感する。
そして───
「ボツですね」
……急激に冷めてしまったようにも感じてしまった。
「……Really?」
「こんなところで嘘をついてどうするんですか」
逃避のために向けていた視線が、声のする方へと戻っていく。
紺色のカジュアルスーツを着こなし、手入れの怠っていなさそうなサラリとした黒髪が肩口で揺らし、美しく凛とした顔立ちがため息で歪んでいる女性。
社内を歩けば誰もが目を惹きそうな存在だなと思ってしまうのは気のせいではないだろう。
事実、前回の打ち合わせで「飲みに誘われすぎてクタクタですよ……弥生くんとの打ち合わせが唯一の逃げ場です」などと言っていたので間違いはない。
いいですか、あなたにとっては逃げ場かもしれませんけども、俺にとっては地獄ですよ、地獄。
「……またかぁ」
心がポッキリと折れてしまいそうな音が脳内に響き渡る。
机に置かれたのは、丹精込めて作り上げた企画書が一つ。そして、当初俺が知っていた企画書にはなかったであろうバツ印が、表紙に堂々と描かれてあった。
作成期間、一ヶ月。我が子のように作り上げたこの企画書が、経った一時間弱で捨てられた。努力と涙も共に捨てられた。
努力が否定される───これを地獄と言わずに何て呼ぼうか?
「槙原さんって、完全に俺の心を折りに来てますよね? 若者を大事に育てないと、今後の社会が荒んでいく原因になりますよ」
「作家志望など、そこら辺に転がっていますから替えが効きます」
「ねぇ? それ絶対に本音でしょ? 作家に聞かせちゃいけない本音ですよね?」
何てことを言い出すんだ、この女は? などと口にしてしまいそうになった。
上下関係は圧倒的にこの女の方が上───ここは甘んじて受け止めるしか……ッ! まだ、高二なのに社会に足を踏み込んでしまったような気分を味わってしまった!
「まぁ、本音ではありますけど……単に、如月先生には頑張ってほしいんですよ。要は危機感を持ってほしかっただけです」
そう言って、手元にあるコーヒーを啜る
彼女は、作家デビューを果たした俺の担当編集者である。
「危機感持ってるから、何度も企画書持ってきてるんですけどね……もう両手では数え切れないですよ」
「残念ながら、ギリギリ両手で数えれます」
「つまり、ほぼ十回は持ってきたということですよね? 頑張ってません?」
「はいはい、頑張りましたね。偉いですよ」
「唐突な子供扱いに、俺は涙を禁じえませんよ」
そんな軽口を叩きながら、俺は白一色に染まった天井を仰ぐ。
俺は高校一年で新人賞を受賞し、ライトノベルという娯楽小説の一つを提供する作家として、
その期の受賞作家は俺含めて三人。その三人は例年に比べて年齢が全員低く、関係各所から『若手の豊年』とまで言われてしまったほど。
そして、三人の中で最も年齢が低かった俺は当然のように嬉しさと色々なものが入り混じり、天狗になっていた。
事実、高校一年でデビューした事例は少ないらしい。子供な俺が「俺には才能がある」のだと、天狗になってしまうのも無理はないだろう。
だが、蓋を開けてみれば───
「打ち切りから、もうすぐ一年……か」
デビュー作は見事に二巻で打ち切り。一巻で打ち切りにならないよりかはマシなのかもしれないが、それでも打ち切りは打ち切り。
他の二人は順調に続刊を出し続け、一人はすでにコミカライズ化を果たし、もう一人は重版をして勢いに乗っている。
これが、長く伸びた天狗の鼻っ柱を折る原因にもなったのだろう。今では「高校生だから」とかなどといった甘えたことは言わない。
俺が戦っているのは、学生という枠を飛び越えた場所にあるのだから、と。
(なんて、格好つけてはいるけど……こうもボツが続くとなぁ)
打ち切りが決まってから、企画書を出してはボツを言い渡される。
それが両手で数えるギリギリまで続くとなると、未熟な若造のメンタルはいい感じに瓦解してしまいそうだ。
「一年何てざらにいるんですけどね。そこで挫折する先生もいますが、如月先生はこうして何度も企画書を出してきている……頑張っている方だと思いますよ」
「実を結んでいなきゃ意味ないですよ。その言葉は、いい感じに心を抉っています」
「どうにも、若者の心というのは難しいものです」
「槙原さんだって、十分に若い年齢でしょうに」
「如月先生に比べたら、私なんてオバサンですよ」
自嘲気味に笑う槙原さん。
正直槙原さんの年齢は知らないが、見た目だけなら二十代前半のように見える。大学生だと言い張っても頑張ればいけそうな気さえしてしまう。
「高校生の時なんて、いっぱい遊びたい歳頃ですのにね。それでもこうして頻繁に企画書を持ってくるのは、一人の編集としては凄いと思っています。これは、嫌味なしの本音です。どうしてそこまで頑張るのか、疑問ではありますけども」
「言い難いですが、金のためですね」
「言い難いなら、一瞬でも言葉に詰まってください」
まったくもう、と。槙原さんは改めて企画書の束をペラペラと捲り直す。
「逸れてしまったので、本題に入りましょう。今回の企画書の件ですが───」
槙原さんは企画書を俺が何度も持ち込んでもしっかりと目を通してくれる。
雑に扱わず、真剣に読んでくれて、なおかつ具体的なアドバイスをくれたり、懇切丁寧に「何がダメだったのか」を教えてくれる素晴らしい人だ。
作家にとって、作品を世に出す行為は常に未知との戦いである。
売れる本という答えが出るのは、結局は出版してから。作者は、現時点では何が売れるか分からない。
この作品が「くっそつまんねー」などと思っていても、出版してみれば重版やコミカライズ、果てにはアニメ化することだってあるのだ。
どうすれば面白くなるのか、どれが読者にウケるか、今の流行りは一体何か。常に答えがないものを追い求めなければならない。
だからこそ、作家以上に本に触れてきた編集の意見というものは貴重なのだ。
答えを探る作者にとっては、正に天啓とも呼べるお言葉。
しかし、同期の作家に聞いたところによると、別の作家の担当はあまり具体的なところや改善点を教えてくれない人もいるらしい。
もちろん、編集とて結局は売れなければ何が売れるか分からない。けど、自分なりの考えを言ってくれない、ほぼ作者に委ねる───そんな担当さんもいる。
比べるのも失礼な話だが、槙原さんはそういう担当さんとは雲泥の差だ。ちゃんと向き合ってくれているのだと伝わってくるから。
そう接してくれているにもかかわらず活かせない自分が恥ずかしくなってきてしまうが、今回もしっかり聞くことにしよう。
そうすれば、改善点も見つかり次に活かせると思う。きっと今回もそうに違いない。
だから、槙原さんから出てくる言葉は───
「面白くないですね」
飾りっけも具体性も何一つない酷評であった。
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