第19話 メイドたちが暗殺未遂の謎解きに挑む

★復活歴2,101年★


 ソフィア様に呼ばれて海賊島で深夜勤をした次の日に、あたしレーラとセルマは特別休暇で、アキバの街へと散歩に出掛けたの。

 ううん。

 深夜勤明けの日は、アタマがボケてお仕事なんか出来っこないから、その日は当然のお休みよ。

 特別休暇は、その次の日に取ることが出来たという訳。

 深夜勤のお手当も特配していただけた上に、特別休暇をいただけるというのは、ハルティア・グループならではの好待遇だわね。

 シモザシの普通の職場では、一週間に一日の休日が一般的で、残業手当となれば給与加算じゃなくて夜食が出れば上等というのが通り相場だと、ご主人様お客様たちが仰っていたわよ。

 あたしたちは、とても恵まれた生活をできて幸運だったということかしら。


 「ちょっと思い出したんだけど、ね」

 あたしレーラはセルマに言ってみたのよ。

 聖都が陥落してから一万年ちょっと、経つけれど。

 「あたしたちのようにソフィア様に従って聖都からカラック船で脱出したグループの他にも、あちらこちらへと脱出して行ったグループの船もあったわねぇ?」

 「うん。それ以前に西方世界など各地に定住していた大耳族のグループや個人もいたけど、その人たちはどうしているのかしら?」

 今更だけど、セルマも思うところがあるようね。

 「みんながみんな、あたしたちのように恵まれた生活を維持して来られたとは限らないのよねぇ?」

 あたしが呟いたら。

 「でもさぁ、逆に大耳族が首長になって、小耳族や立耳族と平和に住んでいる地域というのがあるって聞いたけどね。ほかには、生活に困窮した仲間たちが噂を頼りに時間を掛けてフソウへと渡って来て、保護を求めるという事もあったわねぇ」

 セルマも、思い出した事を口にしたのよ。

 いえ、生活には困っていなくてもソフィア様を慕って世界各地から集まって来る仲間たちは、現在でも続々と増え続けているみたいだわ。

 交通手段の、というのは主に船の事だけど、帆船のような風任せの航海しか出来なかった時代には、目的地へ着けるだけでも良かったねというのが常識だったけど。

 鉄の船にエンジンというモノが載るようになってからは、天候に左右されて長旅になるという不便さが無くなって、世界が狭くなったのよ。

 船賃のほうは距離に応じて高くはなるけど、目的地へ往ったっきりの片道切符ならば、払えないほどでは無い程度には下がって来てるみたいね。

 そして、海賊島という根拠地が出来た今ならば、人手不足は事実だし、上限無しで受け入れ可能な状態になったということらしいのよ。

 外部の住人たちは知らないけれど、この海賊島はソフィア様たちの手による空間魔法で、建物内部の使用可能なスペースを広げてあるからね。

 そういう仲間たちから聞き取れた世界各地の情報は、レオ様が取り纏めて整理しておいでになるみたい。

 あたしたちも含めたハルティア・グループにお勤めしている者たちは業務日報を提出していて、そうした情報の切れ端を繋ぎ合わせると、特定の事態が見えてくるということだけど。

 「ピースの数とか枠が分かっているジグゾーパズルならともかく、雲を掴むような情報から、具体的な形を組み立てるというのは凄いと思わない?」

 「ほんとにレオ様のアタマの中は、どうなっているのかしらねぇ?」

 

 そんなこんなの世間話をセルマとしながら、アキバの街をブラブラしていると、小耳族の若い男性から挨拶をされたの。

 「あねさんがた、ご苦労様っす!」

 ご同業と思われる、黒服の若い男性が片手にチラシを持ちながら、丁寧に上半身を折る挨拶をしてくれるじゃないの。

 「こんにちはぁ~~!あなたもお疲れねぇ~~!」

 同業者は競争相手であるけれど、どこで繋がりがあるか分からないものね。

 営業スマイル満開で、お返事しておいたのよ。

 黒服さんは。

 「おぉ~、大耳族エルフのお姉さんたちと挨拶しちゃったよぉ~」

 なんて呟いてたけど、ちゃぁ~~んと聞こえちゃったわよぉ?

 とっても嬉しそうな顔で、チラシ配りに戻って行ったわ。

 こちらは相手の名前すらも知らないけれど、あちらはあたしたちを知っているご様子で、挨拶だけでも仲間意識が生まれたみたい。

 アキバ界隈で、メイド服を着た大耳族の女性を知らない業者は、モグリだと言われても仕方がないものね。

 数人と挨拶を交わしながら歩いていると、ご同業ではない男性からも挨拶をされたじゃない。

 「やぁ、一昨日おとついの夜はお世話になりました」

 うちのお店にもジモティのご主人様お客様たちがおいでになるけれど、その方たちとは、スーツ姿でも雰囲気が違うの。

 どなたでしたっけ?とは聞くわけにはいかないしねぇ。

 「ほら、海賊島の駐車場でお世話になったコレ・・ですよ」

 内ポケットから取り出したのはシモザシの警察手帳で、顔写真の下に大警部の階級章が立体印刷されている。

 名前の欄には、イチノシンと書いてあるわね。

 「あらぁ、スーツだと感じが違うのでビックリしましたぁ~」

 セルマが、ぶりっ子スマイルで誤魔化そうとしてるけど、あたしも文句は言えないわねぇ。

 パトカーに乗って警察官の制服に制帽まで被っていると、警察官というイメージしか記憶に残らないのよ。

 もしも、相手が魔力を持っていたりすれば、個人ごとに魔力のパターンが異なるから識別できるし記憶にも残るんだけど、小耳族の魔法使いってのは滅多に聞かないわね。

 あたしが顔を知ってる小耳族の魔法使いというか魔技師は、海賊島の病院で薬師として働いている上級魔技師のユーチェンくらいだもん。


 ユーチェンは聖都で上級魔技師の資格を取った後に、中原帝国で公務員として奉職していたらしいのだけど。

 「その帝国の帝都が、天空から降って来た星屑によって殲滅させられた時に、運良く神様のお告げを聞いた黒猫たちの活躍があって、避難することが出来たんですよ」

 なんて話をしていたわ。

 どの神様・・・・かは聞くまでもないわねぇ。

 そんな思い切った事をやれるのは、枢密卿ノア様くらいしか知らないわ。

 中原帝国にいた上級魔技師たちのほとんどは、ペアを組んでいる使い魔の黒猫と共に助かったらしいけど。

 「中級魔技師や下級魔技師たちの末端まで黒猫たちの連絡が間に合ったかどうか?は判らなくてねぇ。あれから顔見知りの下級魔技師たちには会いませんし」

 そう言う顔は、ちょっと寂しそうだったわ。

 「それから一万年の間、世界各地を巡り歩いている時に、ソフィア様がフソウにおいでになるという噂を聞いて、シモザシへ辿り着けたのは幸運でしたねぇ」

 と言ってたけど、他の魔技師たちはどうなったのかしら。

 それに、上級魔技師になれば大耳族並みとまではいかなくても、立耳族並みくらいには魔技も使えるし、寿命も運が良ければ延びるのよね。

 実際に、小耳族のユーチェンは一万年以上も生きているんだし。


 それはそれとして。

 あたしたちはアキバ周辺への外出ならメイド服を着てるから、イチノシン大警部からは見分けが出来たみたいだけど。

 でもねぇ、外部の小耳族であたしたち大耳族のメイドたち個人個人を見分けることができるのは、私設親衛隊を作っておいでのご主人様お客様たちくらいのものよ?

 フソウでは珍しがられる、異国風の顔立ちや大耳などのほうの印象が強いとかで、まとめて大耳族のネエチャン!というイメージになってるらしいの。

 さすがは、人の顔を覚えるのが仕事の一部になっているベテラン警察官だわ。

 「いやぁ。この前はご馳走になりましたので、お礼にお茶をいかがです?」

 イチノシン大警部は、近くにある普通のカフェを指差して、あたしたちの顔を順番に見て来たの。

 「あれはお仕事だったので、そんなお気遣いをいただかなくてもよろしいんですけどぉ?」

 「まぁ、折角の出会いですから。ご遠慮なさらず?」


 そういうことで、セルマとあたしはイチノシン大警部とカフェでお茶することになったのだけど。

 「大警部さんも、シモザシのジモティさんなんですかぁ?」

 「そうですが、私服の時にはイチノシンで結構ですよ」

 たいてい、話のネタと言えば生まれ故郷がどうだらかんだらという事からはじまるわよねぇ。

 イチノシンさんの家は、シモザシのサクラダ地区で代々続く戦士の家系だということも、お話の中で出て来たわ。

 戦士と言っても、戦場に出て敵と斬り合いをする一族もいるし、族長さんの事務官のような立場の一族とか、住民相手に市政と治安維持に当たる一族もいて、職務を世襲していることが多いらしいの。

 「まぁ、うちは戦士と言っても自分で戦隊を持っている騎士クラスでは無くて、太刀を差せるだけの身分という徒士クラスなんですけどね」

 ご先祖のどなたかが、戦場での槍働きよりは後方での治安維持に才能を発揮されたとかで、検非違使とか奉行所とかから警察へと名前が変った現代に至るまで、警察畑の仕事を受け継いでおいでになるのだとか。

 「そんな訳で、生活は保障されてるけど、シモザシの外へ出た事は無いんですわ」

 ナラの都やフサのほうへは、要人警護などで出掛けるけれど、シモザシの内みたいなもので、シモザシと景色や習俗が異なる程では無いんですって。

 「う~~ん、あたしたちもフソウのあちこちへ行ったことは無いわねぇ~?」

 軍人や警察官は、シモザシ地区の外へ個人旅行をすることは出来ない!という、イチノシンさんの言葉にセルマも思うところがあるらしいの。

 メイド服を着てなくたって大耳族の女性が独りで旅なんかしてたら、フソウの何処であろうと目立つこと請け合いだもの。

 そう言えば聖都にいた時だって、ソフィア様やレオ様たちのお世話係がメインの仕事だったあたしたちメイドは、北方世界の外へ出た事なんか無かったわね。

 「海賊島が出来るまでは、川船で一日の距離にあるケヌの人たちだってシモザシへ物見遊山で来るなんてことは無かったですし」

 イチノシンさんのお話は、いろいろと参考になることが入っているのよ。

 ケヌの山岳地帯を源流としてシモザシ一帯を網の目のように流れている大小の川を使えば、川船に座ってるだけで北のケヌからもナラの都を経由して、シモザシへと至る旅が出来るそうなの。

 それでも、家業を持つ人たちにとっては、用事も無いのに出歩くことは考えられない事だったのだとか。

 ましてや、ヤマトゥにいる大王の支配地域からナラの大王の支配地域へ旅行するもの好きは少なかったと、イチノシンさんは断言されるの。

 物流関係で海や川を船で行き来する船乗りや商人以外の一般住民にとって、目的無く旅をするなどということは、昔も今も贅沢と言うよりは無駄遣いの極みとされている感覚なのだそう。

 大きな町には相応の旅館もピンキリで整備はされているけれど、小さな子供を連れた家族で泊まれるようには出来ていないらしいとか。

 それが、観光名所のような場所が出来て泊まり掛けで遊びにも行けるというのは、一般住民も生活に余裕が出てきたという時代の流れなのだそうよ。

 「えぇ。海賊島にはいろんな場所から、いろんな人がおいでになるってメイドの仲間も言ってましたねぇ~」

 セルマが言うのは、要塞のテラスにあるカフェでメイドをしているイーナのことかしら?

 海賊島に施設や店舗が増えたことで、メイドカフェ・ハルティアからも女の子たちが志願制で派遣されているのだけど、イーナは話好きで情報集めが上手なのよ。

 え?

 世界の創世から二万年を生きてる大耳族を女の子と呼ぶのは変だろう?ですって?

 後で、アキバの裏通りで話し合いをするから待っててよね!

 ふんす。

 「ヤマトゥのほうからも大型の観光船が来るようになって、来場者が増えたから忙しくなったって笑ってましたよぉ~」

 きっとチップの額も鰻上りなのねとは、セルマもイチノシンさんには言わないわ。

 海賊島のホテルから土産物屋に至るまで、料金は定価でサービス料は取ってないけど、チップを下さる場合は遠慮しなくてもいい!というお達しが出ているの。

 ささやかな散財をして観光気分を味わってみたいという、お客様の興を削いではいけないということらしいんだけど。

 そうそう。

 鰻上りと意味は違うかも知れないけど。

 鰻と言えば、聖都で見た鰻とフソウで見る鰻とは大きさも色も異なっていて、とても同じ鰻とは思えなかったのよ。

 両方とも食べることは出来るんだけど、シモザシでは開きにして焼いて食べるという習慣があるのよね。

 確か鰻重とか言ってた様な気がするんだけど、高級料理に近いとかで、うちの店ハルティアでも出すようになるのかしら?

 って、話が逸れたわ。

 「この前の海賊騒ぎの時だって、定期船のアケボノにはボニン諸島の族長ご一行だけでなくて、島民の観光客が乗ってたってことでしたしぃ~」

 セルマの話に、あたしレーラも情報を付け足しちゃったのだけど。

 往復で考えれば結構な日数と料金が必要だから、それだけの余裕のある人が多数おいでになるということは、大きな社会変化が起きてるのよね?

 「シモザシでもフサでも漁師さんはいるけど、ヤマトゥやボニンの漁師さんたちは素潜りが上手なんですってねぇ~?」

 重ねてセルマが言った情報を聞いて、イチノシンさんは少し驚いたような顔をされたのよ。

 「へぇ~~?俺たちシモザシ生まれの者なら、十尋くらいは潜れるけどね?」

 まぁ、海辺の育ちか戦士でもなければ、泳げても素潜りの練習なんかすることは無いと付け足されたのだけれど。

 「えぇ。でも二十尋も潜れて三十分以上も息が続く漁師さんがいるんですって?」

 「そいつは、たいしたもんだ!」

 素潜りの漁師さんたちは。

 深く潜れば呼吸の問題もあるし、浮上の仕方を間違えると手足が痺れたり死亡したりすることもある危険なお仕事なんですって。

 それが出来るなら、岩場に隠れている珍しい海老とか貝とか、海面から網を垂らした程度では掛からない魚とかを獲ることが出来るだろうなどと。

 セルマとイチノシンさんの話は、漁業なのか民俗学なのか判らない処まで行きそうな感じになってきちゃったの。

 今日の話をレオ様に読んでいただく日報に纏めるには、どうやって書いたものかしらん?

 休日とは言っても、大警部さんほどの高い階級を持つ警察官と出会った事は報告しておかなければ、隠れ情報員としての職務放棄になっちゃうものねぇ。

 あたしはアタマを悩ますことになったのよ。


          *****


 「ほう。街歩きというのも、してみる価値はあるってことか?」

 大耳族のメイドたちとお茶をして、サクラダ警察署へと戻ったイチノシン大警部の報告を聞いて、上司のハルノジョウ少警視が感想を口にする。

 公安部や探索部ではない警備部のイチノシンに、市井の情報集めという職務は無いのだけれど。

 海賊島へドクターカーを護衛する任務を済ませたイチノシンが、大耳族のメイドたちから茶菓の接待を受けたと言う話を聞いたハルノジョウが、思い付きで命令したのがメイドたちとのコネ作りだった。

 客商売であれば、警察官では聞けない話も耳に入ることがあるだろうことは想像がつく。

 たとえ茶飲み話の与太であろうと、情報の断片くらいは引っ掛かるかもしれないからには、無視は出来ない。

 ご丁寧にもナラの大王様に一服盛った不埒者がいるというのは、シモザシ一帯の族長たちや警察幹部にとっての一大事。

 公安部あたりと縄張り争いをしている場合では無くて、耳に入る情報は部署に関係なく集めて上げろと命令が出ている。

 幸いにも。

 大耳族を率いる女神様の思し召しで、海賊島の病院を手配していただいたお陰で、大王様は一命を取り留めることが出来たけれども犯人の目星は皆目付かないのだ。

 海月料理に中ったあたったと言われているけれど、それが原因だとしても手口のほうもさっぱり判らないときた。

 大王家専属の包丁人は先祖代々仕えている譜代の家柄で、地位は貴族クラスのすぐ下あたりと庶民としては上位であるし、俸給や役得で懐は温かく他地域の諜報員あたりが買収できるようなものではない。

 仮に仕入れ係を買収できるか誤魔化すかしても、大王家への暗殺対策に精通している包丁人が、群体海月の混入を見逃すなどとは考えられない。

 「だがな」

 ハルノジョウ少警視は、自分の推測を組み立てて行く。


         *****


 「だがな。素潜りだろうと海底まで潜れるとなれば海月クラゲのポリプを採取出来るということだな、エリアス?」

 ビッキーが、海についての知識と経験が豊富なエリアスに訊いている。

 エリアスによれば。

 海月は海中を浮遊している生物で、タマゴから孵ったら海月の形になって海中を漂いながら成長していくと思われているけれど。

 メデューサと呼ばれる成体クラゲが卵を産む

    ↓

 プラヌラと呼ばれる幼生が卵から孵る

    ↓

 ポリプと呼ばれる海底などに定着する形態にプラヌラが変化する

    ↓

 ストロビラと呼ばれる海月が重なる形態にポリプが成長する

    ↓

 エフィラと呼ばれる幼生海月に分裂して海中に泳ぎ出す

 ・・・などという過程で姿が変わる時がある。

 推論としては。

 「はい。ポリプの形であれば、素人目には海月だとは思えないでしょう」

 群体海月も同じように暮らしているのかは知りませんけどと言う、エリアスの説明を聞いていたビッキーが、端緒が掴めたかという表情でソフィアやレオの顔を見回している。

 「あたしもポリプの実物なんて見た事が無いし、包丁人だって内陸の生まれならば知ってるヤツなんかいないんじゃないか?」

 女神様だって万能じゃないんだとは、ビッキーは口にしない。

 口にしなくたって、此処にいるのはその神々たちと、ランクは下がるが下級神クラスの面々なのだから。

 海賊島の管理事務所とは表向きの名前の政庁で首脳会議が開かれているのは、レオがレーラたちから提出された日報の記述内容について、気になる点があると言い出した事が発端だ。

 「イチノシン大警部とレーラやセルマとの会話自体は、毒にも薬にもならない世間話の範囲なんですけどね」

 たまたま、大王の救急搬送という現場に職務で居合わせたという関係だけの相手にアキバの街で出会ったとしても、おかしな話では無いようには思えるのだけれど。

 「深夜勤務明けの翌日に警察官が代休を貰えるというのも、理屈には合っているのですが」

 「警備部の大警部殿が、そんな日に私服でアキバの街をブラブラしてるって?」

 公安部や刑事部なら私服で出歩くのが普通だけれど、警備部は制服を見せるのが仕事の一部みたいなものだ。

 「休日に私服でブラブラしててもいいけれど、大耳族のメイドたちをお茶に誘うというのは、普通の行為と言えるのですかねぇ?」

 レオの言葉に、ビッキーだけでなく全員が首を傾げる。

 神々は。

 自分が創り出して行く未来のことなら、当然ながら予測も予想も預言だって出来るけれども。

 それ自身が勝手に進行して行く時間軸の内容にまでは、介入は出来ないし予測も出来ない。

 同じように、既に起きてしまった事態については、分析してみなければ何がどうなっているのかは判らないという結論になる。

 「まぁ、大警部殿はともかく。上のほうにアタマの回るヤツがいるという事か?」

 「はい。うちでも同じような事をやってますからねぇ」

 細かな情報のひとつひとつを、空中にぶら下げておく。

 類似の情報が入って来たら、前の情報に付け足していく。

 無関係に見えても気になれば、紐を付けて隣あたりにブラブラさせる。

 そんなことを繰り返していると、細切れだった情報に肉が付き骨が増えて行く。

 やり方を間違えれば、意味を成さない屑肉の山が出来てしまうけれども、そこは千年単位で積み上げて来た経験を信じるしかない。

 「海賊島のホテルに宿泊しているヤマトゥからの客と、アケボノの乗客あたりから確かめてみますか?」

 「うん。こっちの縄張りに潜り込んでるヤツがいたら、しょっ引いてしまえ」

 警備隊の情報部と特殊部隊ならば、戦闘になったとしても小耳族や立耳族の工作員如きは敵とさえ言えない。

 運良く生け捕りに出来ればシモザシの族長たちは喜ぶだろうし、ナラの大王にも治療とのダブルで貸しを作れるというものだ。

 外交使節を捕まえるとなれば面倒事になるけれど、ただの観光客に偽装しているのならば居なかった事・・・・・・にだって出来ないことは無い。

 とは言え。

 シモザシやフサだけでなくフソウ全体でも各地の警察は、一般住民に対してそんな荒っぽい真似はしない。

 族長たちの思惑があるとしても、警察と裁判所は法に則って仕事を進める事になっている。

 ただ。

 正確な戸籍制度が無い世界においては、誰かが消えても家族や関係者が騒いだところで、有耶無耶になるのが関の山だとされているのも嘘ではない。

 逆を言えば、誰かの身元調査をするとなると曖昧さが混入して来るということで、間者や諜報員や工作員が紛れ込める余地も十分にあるのが、シモザシなどの当局にとっては頭痛のタネだとも言われている。

 土地の警察にとってはハンデもあるが、海賊島の警備隊と情報部にとっては、縄張り内であれば何でも出来るということになるかもしれない。


          *****


 「でだなぁ、海月クラゲにもいろんなヤツがいるってわけよぉ」

 「海月って、プカプカ浮いているのだけじゃないんですねぇ~~?」 

 今夜、あたしレーラたちは新顔のご主人様お客様ご帰宅ご来店をお迎えしたの。

 この新顔のご主人様は、ボニン諸島から族長様のお供をしてきたヒロ様というお名前の素潜り漁師さんで、マイカイ様やワレア様とおっしゃるお仲間とのグループでおいでだわ。

 漁師さんと言っても、数隻の漁船をお持ちで、フソウで言えば網元さんみたいな立場のお大尽らしいわ。

 いわば公務での出張みたいな感じらしいけど、海賊島にある要塞のテラスでメイドをしているイーナたちを見て感激したのが、メイドカフェ・ハルティアを知るきっかけになったみたい。

 「海賊島も大したもんだったけど、噂に聞く美人揃いのメイドさんたちを拝んで帰らなければ一生の不覚だかんな」

 それがヒロ様の第一声!だったのよ。

 うん!

 あたしたちは美人揃いだから、その判断に間違いは無いわよ~。

 なんて、ハシタナイ事は口には出さないわ。

 思っているけど、思っていても口には出さないのが、メイドカフェ・ハルティアに勤務する大耳族女性たちのメイド道!

 「いいぇ~~!ご主人様のお帰りをお待ちの奥様のほうが、あたしたちよりお美しいに決まってますよぉ~~?」

 「う~~ん?いい勝負かなぁ?」

 「わぁ~!飛び切りの美人さんじゃないですかぁ~~!」 

 ったく、セルマも良い根性してるわよ?

 そこからは、セルマのペースでアレコレとご主人様たちの個人情報を引っ張り出しての、情報露店市が開かれちゃったの。

 ほら、クリスタ!

 あんたもセルマのいいようにさせてちゃ、ダメじゃないのよぉ?

 「あたしたち、南の海へは行ったことがないんですよぉ~~?」

 「綺麗なお花が咲いてたり、珍しいお魚もいっぱいいるんでしょうねぇ~~?」

 ご主人様たちが注文された料理や飲み物が出て来るまでの間、いかに退屈させないでお相手をするかに、メイドとしての手腕が問われるというのは大袈裟にしても。

 ご主人様がお持ちのバックグラウンドを知っておくのは、これからの関係をスムーズに維持するための基本だもの。

 絶対にくノ一・・・紛いの諜報活動なんかじゃないからね?

 そこから話がアチラコチラへと彷徨って、海月の話が出て来たという訳。


 「その海月って、美味しいんですかぁ~?ご主人様ぁ~~?」

 そうそう、そこなのよ。

 クリスタも、だんだん分かって来てるみたいねぇ?

 「う~~ん?俺たちは、海月はあんまり食わないけどさぁ」

 「アーリィトウ帝国の連中は、乾燥させた海月クラゲ海鼠ナマコを食うけどな?」

 マイカイ様やワレア様もお話に乗って来て下さってるわ。

 「海月や海鼠を乾燥させたらパリパリカチコチになっちゃって、食べられないんじゃないですかぁ~?」

 出たわね、クリスタの必殺カマトトパンチ!

 乾燥食材をマンマで食べるのか?という常識外の台詞を聞いて、ヒロ様は口元まで運んでいたオックステールシチューの肉片を取り落としそうになっておいでよ。

 そう。

 なんでも、ボニン諸島では広い牧草地は確保が出来ないらしくて、牛肉料理は高級品扱いというよりも貴重品扱いをされていると仰ったのよ。

 それもそうだし、オックステールをシチューにするのには手間暇が掛かりそうだから、料理人だって大変だものねぇ。

 うちのシェフに訊いてみたけど、手順はともかく味付けや火加減といった感覚がモノを言う塩梅のほうが難しいんですって?

 ・・・。

 解体職人さんが肉の状態にしたオックステールを、香草と一緒に軽く煮込んで臭みを取って、笊に上げて水気を切って。

 味の好みに応じて、バターかオリーブオイルを引いたフライパンを熱して、小麦粉を叩いたオックステールを焼き上げる。

 玉葱や人参などのコク出し野菜はカットしたものを炒めておく。

 オックステールと野菜を深鍋に入れて赤ワインとブイヨンを加えて煮込む。

 簡単に言えば、そんなところらしいんだけど。

 トマトピューレを加えたり、産地を吟味した甘味系加工ワインを加えたり、腕の見せ所があるそうなのよ。

 ・・・。

 「そうだよなぁ。俺も聞いただけの話なんだけどな、オックステールシチューと同じくらいの手間暇をかけて、乾燥海月や乾燥海鼠を料理して食うんだってよ?」

 オックステールの肉片を飲み込んで、ヒロ様がクリスタにアーリィトウ帝国風の料理についてお話をして下さったの。

 あたしだって、隣でボォ~っとなんかしてないで耳を傾けたわよぉ。

 本当よぉ~。

 「なんでもなぁ、大き目の器に乾燥海鼠を入れて沸騰した熱湯をかけて蓋をしておくんだとさ」

 そこから始まって四~五日の間、熱湯を入れ替えながら海鼠が柔らかくなるまで繰り返す。

 柔らかくなったら海鼠の腹を裂いて内臓などを取り払う。

 料理の内容に応じて適当な大きさにカットして食材にする。

 「それでなぁ。俺たちの処ボニン諸島では大きなものが獲れないから作れないんだけどさ」

 ヤマトゥの支配下にある内海辺りでは大きな身が入った牡蠣が獲れるそうなのよ。

 その牡蠣の身と海鼠を煮込んだ料理は独特のコクがあって、アーリィトウ帝国風の料理に近いものが味わえるらしいの。

 うん。

 アーリィトウ帝国でも高級料理に数えられているらしくて、ヤマトゥからはアーリィトウ帝国へ向けて、生きたままの牡蠣も輸出しているのだとヒロ様が仰ったのよ。

  ふ~~ん?

 素潜りの漁師さんが、魚介を素材にした料理の仕方を知ってても不思議な事じゃないけれど?

 それに、同じフソウの内とは言ってもボニン諸島はヤマトゥに従属している訳でも無いというのに。

 随分とヤマトゥやアーリィトウ帝国の料理に詳しいわよねぇ?

 此処は深追いなんかしないでおいて、レオ様にお知らせしといた方がいいのかしらと思ったの。

 なのにさぁ。

 「あらぁ~~。ご主人様は珍しい料理をご存じなんですねぇ~~?」

 もう、セルマの間抜け!

 そこら辺は惚けておかなくちゃぁ、ダメじゃないのよぉ~?

 「うん。フラフト島にはアーリィトゥから来た料理人が店を開いているからな」

 フラフト島というのは、ボニン諸島の中でも最大の面積と人口を持つ島のことだと解説付きよ。

 ヒロ様とご一緒においでになった、お仲間のマイカイ様がドヤ顔で貴重な情報を放り投げて下さったじゃないの!

 はぁ~、セルマもたまには役に立つこともあるのねぇ?

 あ!

 あたしたちに気付かれていないと思っておいでの様子でヒロ様が、マイカイ様のお顔に目線を飛ばしておいでだわ。

 えい、此処は押しちゃえ!

 「うわぁ~、シモザシではアーリィトゥの料理を出すお店は無いんですよぉ~!」

 「ご主人様たちは、あたしたちが見た事も無いような料理を召し上がっておいでなんでしょうねぇ~?」

 そうそう、クリスタも一緒に押してちょうだいねぇ。

 「そうだなぁ?ヤンジョウチャオファンなんか人気があるかもなぁ?」

 「はい?クリスタは知らないんですけどぉ~、どういう料理なんですかぁ~~?」

 うん、もうちょっと乗り出して胸元を見せて上げていいかもよ。

 

 「ヤンジョウチャオファンってのは、炊いたコメを魚介や肉などの具材と一緒に油で炒める料理なんだけどな」

 ヒロ様は、物知りでいらっしゃるのよねぇ?

 でも、ボニン諸島でコメが栽培されているとは知らなかったわ。

 「あらぁ~~、ボニン諸島でもコメを栽培してるんですかぁ~~?」

 出たわね?セルマの必殺カマトト・クネクネ!

 「いやぁ、俺らが住んでるフラフト島が一番大きな島だけど、水田を作れるほどの場所も無ければ水も無いしな」

 「そうだよな。陸稲おかぼも作れないこたぁないけど収量が少ないし、味はイマイチだしなぁ?」

 本当に、今夜のご主人様たちは物知りでいらっしゃるのよね。

 「特にヤンジョウチャオファンを作るにはシモザシのコメは向いてないしな?」

 ふぅ~~ん。

 「シモザシのコメだと、使えないんですか?」

 「うん。コメの質が違うみたいなんだ」

 どんなところが、違うのかしらねぇ?

 首を捻っているあたしに笑い掛けながら、ヒロ様が知識を披露されたのよ。

 「シモザシのコメだと粘り気が多くて、米粒がバラバラにならないんだよな」

 シモザシ産のコメがダメなら、何処で獲れたコメなら向いているのかしら?

 「だから、フラフト島ではアーリィトゥ産のコメを輸入してるのさ」

 聖都ではコメなんて採れないし食べる事も無かったから、シモザシへ来てから栽培されているコメだけがコメなのだと思っていたけど。

 「フソウで栽培してるのは、アーリィトゥのと違ってコメ粒の長さが違うしなぁ」

 ワレア様まで、コメ談議に参戦されておいでだわ。

 「フラフト島でコメと言えば、米粒が長いほうのコメしか思い浮かばないくらいだしな。シモザシへ来て粘り気のあるコメを出されて面食らったもんな?」

 「あらぁ、教えて頂かなくちゃ分からないこともあるんですねぇ~~?」

 セルマのザァとらしい声に、ご主人様たちは大笑いをされたのよ。


          *****


 「ふ~~ん?」

 レーラが提出していった日報を読みながら、レオが思案顔をしている。

 「何か面白い事でも?」

 テーブルの向かいに座っているソフィアの問いに、黙ってレオが日報を手渡すと。

 「ふ~~ん?」

 ソフィアも同じような思案顔になったのだった。

 「コレはうち・・の仕事なんですかねぇ?」

 エリアスも、ソフィアから回されたレーラの日報に目を通して小首を傾げている。

 「そこなのよ、ねぇ?」

 ソフィアが、エリアスへの疑問に対する答えになるかどうか判らない調子の応答を口に出す。

 「ノア様にお願いすると解決は簡単ですが、アーリィトゥ帝国が丸ごと消えちゃいますし?」

 まさか、もう一度ノアに一万年の謹慎を食らわせるようなことには出来ないというのは、口に出すまでも無い事だ。

 「フラフト島で店を開いているというアーリィトゥ出身の料理人には、シモザシの警察だって手出しは出来ないでしょうし」

 ボニン諸島はシモザシと別個の独立した政治組織だし、偵察に行くだけでも船で片道一週間が掛かる遠い世界だ。

 そんな所へ見慣れない人間が入り込んだところで相手になんかしてもらえないだろうし、無事に帰って来られれば万々歳というあたりだろう。

 遥々と船旅をしてフラフト島まで行ったはいいけど、その料理人が無関係だということだって有り得る話だ。

 確たる証拠を握っている訳でも無いので、正面切っての話など持ち込もうというのが無理筋なのは判り切っている。

 「イチノシン大警部殿に、吹き込んでみるというあたりが穏当な線ですか?」

 「そうねぇ?レーラとセルマに特別休暇でも出してみましょうか?」

 公安部でも探索部でも無い警備部の警察官が私服で歩き回っているのなら、こちらも乗せさせて貰っても構わないか?という話に落ち着いたのだった。


          *****


 「ふ~~ん?」

 ハルノジョウ少警視がデスクを挟んでイチノシン大警部の話を聞きながら、何やら思案の最中だ。

 「で、大耳族エルフのお姉さんたちはどう見てるって?」

 「いえ、結論は持ってないらしいんですよ?」

 今回は。

 たまたま・・・・イチノシンがアキバの街を歩いていたら、たまたま・・・・非番でぶらぶら歩きをしていたレーラたちから挨拶をされたというのが発端らしいが。

 アキバの街ではたまたま・・・・の大売り出しでもやっているのか?とハルノジョウはタメ息交じりで天井の染みへ見るでもない視線を彷徨わせて、考えを纏めるための時間を稼ぐ。

 あっちにも・・・・・知恵者がいて、何やら押し込んでくれようとしているらしい。

 まぁ。

 大王様の暗殺未遂なんてのは大事件には違いが無いが、犯人捜しとなるとハルティア・グループを仕切っているソフィアという女神様にとっては人間同士の争いの範囲内だということか。

 それでも遠回しではあるけれど情報を提供してくれるというのは、友好的というか好意的というか判らないけれど、相応の態度表明ではあるのだろう。

 今夜もハルノジョウは、何処かの料亭で開かれる会議とやらに招かれている。

 手札に使えるようであれば切って見せるかと、顔には出さずに計算をしてみる。

 「ご苦労だったな、イチノシン。これで、嫁さんと美味い飯でも食べてくれ」

 ハルノジョウはイチノシンに向けて金貨をテーブルの上に滑らせたのだった。

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