第17話 不思議な金貨にメイドたちは驚く

★創世歴20,201年★


 「お帰りなさいませぇ~~、ご主人様ぁ~~!」

 「レーラちゃんの可愛い声を聞くと、海賊稼業で緊張していた身体と心の疲労が抜けて行くような気がするんだよなぁ」

 いつものようにという言い方が馴染んでしまったほど、あたしを御贔屓にして下さるヨハン様が、メイドカフェ・ハルティアにになったのよ。

 相棒のジョン様もご一緒で、今日はどんな冒険談を聞かせて下さるのかしら?

 「ほら、セルマもいらっしゃいよぉ~」

 あっちのほうで、あたしたちを横目で睨みながらオシボリでお手玉をしているセルマに、あたしはおいでおいでをしてやったのよ。


          *


 「そいでさぁ。着水と同時に海賊船の甲板に徹甲榴弾の片舷射撃を食らわしてやったんだけどな」

 ヨハン様が身振り手振りで、ハルティア海運の貨客船アケボノを海賊船から救助した時の様子を、教えてくださっているわ。

 まだ、お店は開いたばかりの時間なので、客席はスカスカだから大きな声を出しても大丈夫だけどね。

 それと言うのも。

 今日は、メイドカフェ・ハルティアの在るアキバから南へ行ったシモザシ湾の海岸を埋め立てて建設された、海賊島の開場式があったのよ。

 式典にはナラの都の大王様を筆頭に、シモザシやフサなど周辺地域の族長様たちもご列席になるということで、シモザシの街は開店休業状態で通行人がひとりもいないガラガラ状態になってしまったの。

 いつもならアキバ周辺でメイドカフェ巡りなんかしておいでのご主人様お客様たちもいなければ、そのご主人様たちをご案内客引きしている兎耳や猫耳でメイド服を着ている女の子たちも見えなかったらしいわ。

 あたしたちメイドカフェ・ハルティアのメイドたちも、お店を閉めて!見物に行こうというエリアス店長の一言ひとことで、朝からお店はシャッターを下ろしたまんまという状態で開店時間は日没後。

 表と裏の魔法ドアたちも、臨時休暇を貰えて昼間はどこかへ物見遊山に出掛けていたみたいだけど、また悪さなんかしてたんじゃないわよね?


 そういうことで。

 ゴールデン・ビクセンが海賊船と戦闘をしていたことを、あたしもセルマも知ることなんて出来なくて、ヨハン様やジョン様を応援するチャンスを一つ見逃してしまったという訳なのよ。

 こういうアキバの人通りが途絶えてしまような日は、街ネズミたちや下水ネズミたちが我が物顔で通りを走り回ったりするので、地元の立耳族の中でもネコ族のみなさんが小遣い稼ぎをされるのだけれど。

 誰だって一生に一度の祭典を見逃したくは無いということで、ネコ族さんたちのバイトもお休みという次第。

 アキバの大通りはスリバチ下からタケシバ港まで人影は無くて、ネズミたちや閑古鳥たちと貧乏神の一族だけがホコ天歩行者天国していたと、夕方近くのシモザシ電影ニュースで何か言いたそうな顔つきのレポーター嬢がやってたわ。

 あの娘だって、アキバ界隈の貧乏神と知り合いになるよりは、海賊島のほうのレポーターに回りたかったと思うのよ。

 貧乏神と言ったって、あたしたちのトップを務めておいでのソフィア様のような正規の神族じゃなくて、土地の付喪神のうちでも訳アリのあやかしあたりがそれらしい格好をして散歩しているだけなんだけどね。

 あいつらよりは、あたしたち大耳族のほうが遥かに魔力が高いから、街では避けられていて出会うチャンスは少ないのよ。


 え、なんですって?

 「うちの航海長が手加減を間違えたらしくて、海賊船の甲板から上を吹き飛ばしてアケボノにまで弾片が当たっちゃったのさ」

 ヨハン様が両手の平を上にして、ニヤリとされてるわ。

 お店においでになる時にはソフィア様でさえお気遣いをされて、レオ様やエリアス店長たちに至っては畏怖しておいでの神様である、ノア様が計算間違いをされるとは珍しいことよねぇ。

 「そういうことで、アケボノの修理をしてたから、帰って来る時間が少し多めに掛かったというあたりだな」

 ジョン様も状況説明の付け足しで、含み笑いをしておいでなのよ。

 「まぁ~~!」

 此処は両手を口元へ揃えて、ブリッコモードを見せておこうかしら。

 ほらセルマ、そこは天井を仰がないで一緒にやってくれなきゃダメじゃないのよ。

 「海賊船のほうへは、いつものとおりに、艦長が真っ先切って斬り込みされてさ」

 ヨハン様は、感嘆半分での苦笑いなの。

 ほんとに。

 「ミニスカの艦長服というコスチュームだけでもメイド服の上を行く悩殺モードと言うのに、その上に美少女という艦長さんに先陣で斬り込みをされたら、水兵さんは大変よねぇ~」

 海賊島に置いてある?フリゲート艦を乗っ取った時も、凄かったものねぇ。

 あたしの感想に、ヨハン様は大きく頷かれたのよ。

 「甲板はズタボロだから、海賊船の船長とか海賊たちは隠れる場所が無くて、捕まえるのは簡単だったんだけどさ」

 海賊に退治されてる海賊、ねぇ?

 「砲撃が利き過ぎて、船内へ降りる入り口のハッチが曲がっちゃってたりしてな」

 ヨハン様の説明に、ジョン様も合いの手を入れておいでになるのは、よっぽど面白かったに違いないわ。

 「なんだか、楽しそうな展開だったんですねぇ?」

 こら、セルマ。

 ドサクサ紛れにジョン様の手を握ったりするんじゃないわよ、規則違反でしょ?

 「まぁなぁ。でも一番手柄は艦長とジャミーレたちだぜ」

 ゴールデン・ビクセンからの砲撃に生き残った、海賊船の船長と航海長が船長室の金庫から重要書類を持ち出そうとしたところを、女性の妖狐族たちが取り押さえて証拠を握ってしまったというの。

 「書類の中身は、俺たち如きにゃ見せて貰えないけどな?」

 「はい。?」

 そう言いながらヨハン様は、ご自分では悪党の笑い顔と思っておいでの口角を上げる表情をされたのよ。

 何だか、含みを持たせたお話が始まりそうな予感がするのは、大耳族の予知能力が無くても分かるから、スルーして先を促しておこうかしら。

 「でもさぁ。乗組員たちの船室なんかを隅々まで調べれば、隠しているつもりでもいろんなモノが出てくるもんだぜ?」

 ヨハン様がポケットから取り出されたのは、刀の形をした金色に光る工芸品なの。

 シモザシの戦士たちが持ち歩いている細身の片刃ではなくて、厨房で見た大型の包丁みたいにずんぐりした形をしてる刃物のミニチュア判ね。

 「こんなモノ、見た事あるかい?レーラちゃん?」

 「う~~ん?綺麗なアクセサリーだけどぉ~?レーラ、何だか判んなぁ~い!」

 こらぁ!そこで床を睨んで悶えるんじゃないわよ、セルマ!

 メイド服の短いスカートがめくれて、ジョン様が嬉しそうなお顔になっちゃてるじゃないのさぁ。

 ほんと、あんたは友情というモノをどっかに置いてきちゃったみたいねぇ?

 確かに、此の星が創造されてから二万年は経っているから、純情可憐な乙女とは主張できないかもしれない?あたしたちだけどさぁ。

 乙女心は色褪せないし、ご主人様たちだって美少女メイドを見に、ご来店されてるんだからさぁ。

 閉店後に、じっくりと話し合いをしなくちゃぁ。

 「これなぁ、アーリィトウ帝国で使われている金貨なんだとさ」

 ずっと悶えているセルマに具合が悪いのか?と訊きながら、スカートがめくれた太腿に目を注いでおいでのジョン様をスルーされて、ヨハン様はあたしに教えて下さったのよ。

 う~~ん、こういうところがヨハン様の優しいところなのよねぇ。


 アーリィトゥ帝国と言えば、一万年前に同じ地域に在ったという伝説の中原帝国の再来か?と言われている新興の帝国よねぇ?

 あたしたちが聖都を捨ててフソウへと旅をするきっかけになった中原帝国の帝都がノア様によって殲滅された後の時代、というか同時代というか。

 枢密卿ノア様から地元のクロネコ経由で通知された魔技師ギルドからの警報で帝都殲滅から逃げ延びることが出来たという、中原帝国の魔技師ギルドに所属していた女性の上級魔技師が、フソウへ渡って来て話していたことがあったような気がするけれど?

 あの娘の名前はユーチェンと言ったかしら?

 そんな記憶を掘り起こしてくれるような、既視感に似た事態の再来が起こりつつあるような感じがするの。

 このところ。

 昔の中原帝国とは少し離れた地域で勃興した族長が、近隣の邑々を一つの文化圏へと統合して中原帝国の再来と言われているのが、フソウの西側に在るヤマトゥから更に西へ海を渡った先の大陸にあるアーリィトウ帝国よ。

 現在の帝国という形態に至るまでには、フソウでもそうであるように地域ごとの部族連合や王国の離合集散を繰り返してきたと聞いているけどねぇ。

 それが。

 近年は集団指導体制による疑似共和制という姿から、強力な指導力を持つ小耳族の男性を押し上げて、帝国という姿へ変貌を遂げているとソフィア様主宰の勉強会で講義を受けたばかり。

 実際の処は、押し上げられたというよりは、強引な手法で競争相手を粛清して伸し上がったといういうほうが正しいらしいんだけど。

 でも。

 ゴールデン・ビクセンの乗組員の皆様はヨハン様も含めて、そういう事情には疎いらしいのよ。

 うぅん、不勉強というんじゃなくてね。

 ゴールデン・ビクセンは、此の時代だけじゃなくて、多くの時間と空間と異世界も巡って海賊をしているから、特定の場所の事情だけに頓着するいう事は無いらしいのよ。

 あたしたち大耳族は、此の世界の各地から集められた情報を知ることが出来るから、アーリィトウで起きたことも大まかには知っているけど。

 そうそう、金貨のお話だったわね。

 「わぁ!そんな珍しい金貨を見るのは初めてですよぉ~~」

 本当に始めてみる金貨だし、あたしは興味津々でヨハン様の楽しそうなお話に喰い付いてしまったの。


 「そうかい?まぁ、俺もこんな金貨は初めてお目に掛かるんだけどな?」

 小耳族のヨハン様は一万年も生きておいでではないらしいのだけど、創世の神々と同格以上の女神様であるビッキー様が運用しておいでの、ゴールデン・ビクセンというガレオン船の乗組員として時間と空間と異世界も超越して海賊稼業をしておいでになるの。

 現在・過去・未来が混ぜこぜにされて、おまけにそれぞれの空間にある世界においては別々に時間の概念や進み方が異なるというのよ?

 そういう状態に置かれた船の中で、乗組員たちの時間はどのように行ったり来たりしているのか不思議よねぇ。

 ひとつの世界だけで二万年を生きて来た、あたしレーラには判らない事だからエリアス店長にでも訊いてみることにしようかしら?

 おっとぉ~、お仕事中だったわね。

 「そうですよねぇ?あたしも、金貨は丸いのと楕円のと四角いのくらいしか見た事ありませんしぃ~」

 「ん?四角い金貨ってのがあるのか、レーラちゃん?」

 何気なく返事をした、あたしの言葉に今度はヨハン様のほうが喰い付いてこられたのよ。

 「今では使われていないんですけどぉ。フソウでは日常使いのお金として使ってたことがありましたよぉ?」

 メイド服のエプロンに付いてるポケットを探る振りをして、あたしは亜空間収納の中を確かめてみたの。

 「ほら。こんな金貨も使われてたんですよぉ?」

 「うお!俺はそっちも初めて見るぜ!」

 あたしが取り出したのは、暫く前までシモザシで使われていた一分判いちぶばんと呼ばれた四角い形の少額金貨よ。

 説明されても理由というか根拠が判らないのだけど、これが四枚で一両金貨としての小判に相当することになってたの。

 他の日常生活では十進法で計算するのに、貨幣だけは摩訶不思議な変換をするというフソウの人たちのアタマの中については、未だに謎だらけなのよ。

 あたしたちも、シモザシ一帯の族長たちが、ケヌやフサの族長たちと領土の取り合いをしていた頃には、小判や一分判を使っていたとだけ説明させていただいたんだけど。

 「世の中、所変われば品変わるって言い方があるけど」

 「だよなぁ、これを見せられたら納得するぜ」

 ヨハン様だけじゃなくてジョン様も、あたしの手の中を見ながら感心をしておいでになる様子だわ。

 お二人とも、何処どこ何時いつの時代かは知らないけど、昔の西方世界辺りのお生まれであることは、名前や会話の内容から想像がつくような気がするの。

 元々の職業として船乗りをしておいでだった関係で、ゴールデン・ビクセンでも水兵として働いておいでらしいけど、フソウのほうまでは来たことが無いということらしいわね。

 それもそうだけど、あたしたち大耳族が生きて来た時間の長さについては、スルーされちゃうなんて物凄い感性だと思わない?

 あたしも、世間話程度の事だという顔をしとこうっと。

 で。

 「いつも珍しいプレゼントをいただいていますからぁ、よろしかったら差し上げますよぉ」

 もう一枚、一分判を取り出してヨハン様とジョン様の手に載せたのはいいけれど。

 

 「おい!レーラちゃんが水兵たちに特別待遇をしてるけど、いいのかよ?」

 「カロリーナちゃん、ありゃぁ反則技だよなぁ?」

 「女が男に貢いでるのか?」

 「うぅ、俺も貢いでもらいたい?」

 「いや、俺は踏んづけてもらうだけでもいい!」

 「ふんにゃ、斜めに睨まれて、死ねと言われるだけどもいいぜ?」

 あっちのほうのテーブルから、シモザシ建設で重機オペレーターをしておいでのヨシユキ様やアキラ様たちの声が聞こえるの。

 あ?

 あっちを担当している同僚メイドのカロリーナがこっちを見てアカンベェなんかしてるじゃない。

 あんたたちだって、いつも立耳族の海兵隊員さんたちが持って来て下さるお土産を頂いているじゃないのよぉ?

 ご主人様お客様にメイドが貢いでいるなら大問題になるけれど、此処は物々交換で誤魔化しちゃうのが上策だわね。

 あたしはチラリとヨハン様の顔を窺いながら、テーブルの下で手の平を上にして見せるというエグイ演技を強行したわ。

 「お、珍しいモノをありがとな。交換でコレ、遣るわ」

 さすがはヨハン様。

 空気を読まれて、アーリィトウ帝国の刀の形をした金貨をあたしに下さるという高等戦術を使われたのよ。

 「うん。セルマちゃんには俺から上げるぜ?」

 「「わぁ~!ありがとうございますぅ~~!」」

 ジョン様がセルマにもアーリィトウ帝国の金貨を下さったので、あたしたちは向こうのテーブルにも聞こえるように、お礼を申し上げたのだった。


          *****


 「それにしても、アーリィトウ帝国の金貨でございますかぁ?」

 メイドカフェ・ハルティアの、店とは壁一枚を挟んだ事務所サイドの奥まった一室で、レオがソフィアの前で疑問を小声で口にする。

 「立っていないで、お掛けなさいな」

 「それでは、失礼いたします」

 ソフィアに言われて、向かい側のソファに腰を下ろしたレオはソフィアと、さらに別のソファに座るエリアスの顔を見てから、テーブルに置かれた刀の形をした金貨を手に取って確かめる。

 さきほど。

 ゴールデン・ビクセンの水兵たちが、ハルティア海運のアケボノを襲った海賊船から略奪して来た獲物の一部をメイドたちに土産として置いて行った一件について、レーラから報告があったと、ソフィアはエリアスから聞かされた。

 そして。

 ソフィアに呼び出されたレオが、海賊島にある政庁からメイドカフェの事務所へ亜空間通路を抜けて来て、レーラが水兵から貰ったと言って提出して来た金貨を睨んで唸っているという状況にある。

 「で、ビッキー様や枢密卿ノア様のご意見は?」

 暫くしてからレオが口にした一言ひとことだけれど。

 「ビッキー様は、此の世界・・・・の政治は此の世界の者たちの問題であるからと」

 ソフィアがポツリと口にする。

 「たまたま、ゴールデン・ビクセンの基地となる海賊島の利害が絡む事案だったので、海賊事件には介入されたということですが」

 エリアスの説明は、説明になっていないし、話の行方は掴めない。

 「まぁ、枢密卿様ノアは、ソフィア様に危険が及べば介入して来られる事は、申し上げるまでも無いのですけれど」

 三人は、期せずして天井を見上げて遠い目をする。

 いつかのように。

 前後を考えずに、神々の存在を脅かす行為に出る者は問答無用で殲滅するという暴挙に出る事は、二度と無いのかもしれないけれど。

 今回は、ビッキーという得体の知れない高位の女神様がノアの後ろ盾に付いているというか、ノアとタッグを組んで時空を超えての海賊行為をやっている。

 おまけに、美少女に化けた七尾の狐ナナオが率いる妖狐族や立耳族が現場実戦を引き受けているという、無茶苦茶な状況だ。

 あの二柱二人が組めば隕石爆弾なんか堕とさなくても、小耳族の国家の一つや二つくらい、海賊たちの仕業に見せて潰してしまうのは朝飯前と言えるだろう。

 事実、アーリィトウ帝国以前の王国の中には、海賊に王都まで攻め込まれて衰退したケースがあった。

 いや、ビッキーとノアが出るまでも無く。

 ナナオと妖狐族がいれば、それだけでもアーリィトゥ帝国程度なら大混乱に陥らせることができそうだ。

 幸か不幸か。

 アーリィトウ帝国はと言うか、アーリィトウ帝国もと言うか。

 あの地域の小耳族たちは陸上部族であって、海洋部族では無い。

 テルース全域を外洋船が行き交って、各国・各地域が相互に絡み合う経済システムが発達してしまった現在では、陸上部族は圧倒的に不利な状況にある。

 往古の中原帝国を再現したかのように、地続きの各国へは鉄路網と道路網を張り巡らして経済圏を構築してはいるけれど。

 圧倒的に輸送効率が高い海上交通路の安全は、アーリィトウ帝国にとっても死活問題と言える筈なのだ。

 それが。

 何を考えたのか、民間の船舶に海賊行為を仕掛けるという事件を起こした。

 典型的な通商航路への破壊行為あるいは妨害行為という、隠すつもりが無いんじゃないか?というくらいに見え見えの侵略行為なのだ。

 確かに、正規の海軍艦艇は使っていない。

 あくまでも独立独歩の海賊船の仕業に見せて、抗議が来ても知らぬ存ぜぬで押し通すことは間違いが無い。

 だが、今回は船長も捕まえてあるし船も拿捕した。

 航海日誌から始まって、軍装マニア向けに古着屋や雑貨屋を開けるくらい、アーリィトゥ帝国海軍の制服に武器や物資などの証拠品までもあるのだ。

 まさか自分たちのほうが拿捕されるとは思っていなかったと見えて、船内の居住区からは、乗組員たちがアーリィトウ帝国海軍の海尉や水兵であるという証拠の軍服や身分証明書もビッキーたちが押収してある。

 「アケボノを拿捕して本国へ回航するか、撃沈してしまえば証拠は残らないと踏んだのでしょうが」

 「船長のヨイチロウからは、停船命令に続いて乗船臨検をしようとしていたという報告書が、ハルティア海運に出ています」

 エリアスとレオがソフィアに言いながら、納得できないという顔をする。

 定期航路の大型船を拿捕したところで、その船が本来は居るはずの無い海域を航行していれば目撃情報が出るだろう。

 まさか、一隻だけの仮装巡洋艦で出会った船のすべてを、捕らえるか沈めなければならない作戦などは考えられない。

 いや、やるかもしれないか?

 「離島航路のライナーを運航停止に持ち込めば、ボニン諸島が孤立するのよね?」

 ソフィアが巫女では無く、女神でも無い国家元首の顔で状況を整理し始める。

 そういう事はレオのほうが専門だけれど、ソフィアにとっても関心事であることは間違いない。

 離島を孤立させて得をするのは、何処のどいつだろう。

 アーリィトウ帝国だけが単独で、意味が無い様に見える離島奪取作戦なんか考え付くものなのだろうか?

 自国が在る大陸から遥かに離れた小さな島の集まりなんか占領したところで、物資補給などで苦労する羽目になるのは、軍事の専門家でなくても想像できる。

 逆に、離島が孤立した結果としては何が生まれるのだろうか?

 「ナラの大王に実権なんか無いけれど、シモザシやフサは何と言うのかしらね?」

 ボニン諸島との交流で実利を得ているのは、シモザシやフサの族長たちだ。

 そこへ手を突っ込まれたと気が付いた時、名目上とは言え矢面に立つ大王が貧乏籤を引かされることになる。

 それだけじゃ済まずに、ヤマトゥ自身や、ヤマトゥに色目を使っているサガムあたりが好機と見てひと悶着起こすだろう。

 「事件の処理はでしますが、大王の内諾を取って族長たちに根回しをしておきますか?」

 例え実権は無くて名目だけではあろうとも、一帯の盟主には知らせておかないと後でゴタゴタが起き兼ねない。

 ナラの大王だけが、俺は聞いてないぞとゴネたところで問題では無いけれど、御神輿を担いでいる族長たちが何を考えるかは判らない。

 ここは秘密にしないで表に出して晒し物にしちゃえ、というのがビッキーの考えらしいけれど、それが何処へ結びつくのかも判らない。

 拿捕した海賊船は、海賊島の内湾に保管して見世物にすると共に、シモザシ当局にも検証をさせる予定になっている。

 まさか。

 アーリィトウ帝国のほうだって、正面切っての戦争なんか考えている訳では無いだろう?

 それとも、何かあるのだろうか?

 レオは手にした金貨を睨みつける。

 「コイツは、レーラに返してやってくれないか?」

 事情はともかく、ご主人様お客様から頂いた真っ当なプレゼントはメイドの所得とするのが店の決まりだ。

 滅多なことで戦死はさせないとビッキーは請け合っているようだけれど、水兵たちが命懸けで手に入れた戦利品ならなおさらだ。

 何かの証拠品が必要ならば、ビッキーかノアに掛け合って借りれば良い。

 エリアスは店長として、レオの言葉に頷いた。


          ***


 「へぇ~?こんな金貨があるのねぇ~?」

 閉店後に社員寮に併設された食堂で、大耳族エルフのメイドたちが珍しい金貨をじっくりと見ながら食後のコーヒーを飲んでいる。

 レーラとセルマが金貨を貰った後も、ゴールデン・ビクセンに乗艦している立耳族の海兵たちや小耳族の水兵たちが来店したために、メイドたち全員に略奪品の金貨か銀貨が行き渡る事態になったのだ。

 不公平だという、不満が出ないのは良かったけれど。

 レーラとセルマの二人がヨハンとジョンに一分判を渡したために、メイド全員が自分の古銭コレクションを放出するという騒ぎに発展してしまった。

 この世界が創世されてから二万年とちょい。

 原初からソフィアに従ってテルースに住んでいる大耳族の女性たちにとっては、一分判などは財産のうちにも入らないのだが。

 「金貨の交換・・・・・なんて、今回限りのことだからね!」

 シモザシにお住いのジモティたち小耳族のご主人様の心証も考慮して、咄嗟の判断でレーラが物々交換に持ち込んだのは好判断だったと、ソフィアからは褒められたけど釘も刺されたのだ。

 この場にレオやエリアスが居ないのは、この話はこれで終わりだということなのだろう。

 「ソフィア様、この金貨はどれくらいの価値があるんでしょうか?」

 カロリーナが訊いているのは、シモザシ建設で重機オペレーターをしているヨシユキやアキラたちが羨望よりは嫉妬の眼つきをしていたからだ。

 「そうねぇ。海賊島の高級ホテルに食事付きで泊まれるくらいかしら?」

 ソフィアの答えは、メイドたちにはピンと来ない。

 「シモザシの一般人なら、一週間の生活費くらいですかねぇ?」

 非番の日にはアキバ周辺を歩き回って、自腹でグルメ探訪をしていると噂のサッラがを言ってみる。

 メイドカフェ・ハルティアでもそうだけど、ハルティア・グループの全ての会社では食堂付きの社員寮(個室)が完備している上に、勤務用の制服は支給されるので衣食住は無料が基本。

 私物は、二万年の間に個人用亜空間収納に蓄積しているから、新しい買い物をしなければ現地通貨で支給される給料はマルマル貯金が可能なのだ。

 その上にご主人様お客様からのお土産も、メイドカフェ・ハルティアの規則では、真っ当なモノであればメイド個人の所得として認められている。

 けれど、彼女たちはそれらのモノを換金したりしないから、貨幣価値が判らない。

 レーラだって、自分の部屋にいるかシモザシの街歩きをする時くらいしか私服は着ないし、食事も社員食堂で済ませるのが日課になっている。

 「それくらいなら、重機オペレーターのご主人様ヨシユキやアキラにとっては大金という事にはなりませんよね?」

 地元生まれの小耳族であろうと、ハルティア・グループに勤めている専門技術者なら、シモザシ一帯で大威張りができる高給取りなのだ。

 「う~~ん。それでも大っぴらに見せびらかしちゃダメだからね?」

 カロリーナとソフィアのやり取りを聞きながら、チョッピリ反省をするところはあるかもねと、レーラは心の中で振り返る。

 「わたしたちにとっては大金のうちに入らないかもしれないけれど、シモザシの一般企業で勤め人をしている小耳族のご主人様お客様にとっては大金になるかもしれないからね?」

 そういう人たちがゴールデン・ビクセンの乗組員海賊たちが無意識にやっている散財に巻き込まれるのは、住民感情にとって良い事では無い。

 ゴールデン・ビクセンの乗組員たちも、軍艦では当然の待遇だけど、衣食住が無料で支給される上に固定給も貰えるらしい。

 艦内での生活だから住居は無料で当然だけれど、固定給の他に海賊業務?で入手した略奪品からも個人の取り分があるというから、金銭感覚はシモザシの一般市民とはかけ離れている。

 かと言って、ご主人様から頂くご厚意はご厚意として無視して良い物でも無い。

 まさか、見慣れない金貨一枚にいろんなことが絡まっているとは。

 認めたくは無いけれど、になるまで深く考えた事は無かったとダブルで反省のレーラであった。


          *****


 「ねぇ~~、聞いたぁ~~?」

 「うん、ハルティアの金貨騒動のことよねぇ~~?」

 ジュンとアケミがメイドカフェ・ハルティアに寄ってきたというご主人様お客様から聞いた金貨騒動をお茶請けにしてダべっているのは、〖メイドカフェ・金のウサギ〗の従業員控室だ。

 ジュンもアケミも、小耳族ヒトの女の子。

 此処の店は、メイド服に兎耳ウサミミというのが売りなので、アタマの耳は兎耳をデザインしたダミーを髪の毛に挿している。

 シモザシ生まれのジモティではあるけれど、大耳族エルフについての知識は、伝説か童話の類だと思っている程度しか持ち合わせがない。

 「ちょっとくらい、あたしたちよりも見掛けがいいからってさぁ~~」

 「そんな大耳族に入れあげてる船乗り海賊たちも大概よねぇ~~」

 「船乗りだけならいいけど、重機オペレーターさんたちも入り浸りになってるみたいじゃん?」

 「街で会ったら、ハルティアのメイドたちに焼き入れちゃおうかぁ~~?」

 「それ、名案じゃんかぁ~~!」

 「「「うっふっふ~~!」」」

 話が物騒なほうへと行きかけた時。

 「あんたたち、大耳族に手出しをしたら死ぬよ?」

 重低音の警告が聞こえて、振り返ると。

 メイドたちのチーフをしている、立耳族のヨーコが怖い顔をして腕組みしている。

 「「「ヨーコさん~~!お疲れ様です!」」」

 ジュンとアケミとサチたちが椅子から飛び上がって、直立姿勢から上半身を折る挨拶をする。

 〖メイドカフェ・金のウサギ〗は、シモザシの族長の一人が陰のオーナーとして経営している店のひとつで、店長とチーフは族長の家系の出身だ。


 大耳族が眷属を引き連れ、シモザシへ来てから一万年。

 その間に地元の小耳族と立耳族との婚姻も繰り返されて、シモザシには立耳族の族長も少数ながらいる。

 ヨーコは、その立耳族の族長の家系に生まれた兎耳女性で、事業管理の一端を任されている。

 そういう関係で、シモザシだけでなくナラの大王やフサと大耳族との関係についても詳しい経緯を聞いているのだが。

 決して表立って言われる事など無いけれど、ハルティア・グループの企業そのものだけでなく、個々の大耳族や立耳族に対しても手出しをした阿呆ばかは例外無く行方不明になっているという。

 それはハルティア・グループの組織が行っている事では無くて、ハルティア・グループとの揉め事を嫌う、シモザシの族長たちの誰かが持っている裏組織の仕事だというのは噂の範疇でしかないのだが。

 「ハルティア・グループにはオーナーうちの族長も出資して配当を受け取っておいでなんだから、商売ビジネスの邪魔なんかしたらシモザシ湾の海底旅行に行くことになるからね?」

 なんでも。

 シモザシ湾は深い所では百尋くらいはあるという噂で、その深海には巨大ザメや巨大タコが棲んでいる素晴らしい場所だという噺をご主人様お客様である漁師さんたちが吹いていた。

 漁師さんたちは真っ当な生活をしておいでだけれど、シモザシの裏側を仕切っている組織では裏切者や邪魔者たちを海底旅行に招待してくれるという噂話は、ジュンやアケミも聞かされたことがある。

 ましてや。

 世間の噂話では無くて、現実に自分たちのボスから言われた言葉の衝撃度は強い。

 「「「さ~~せんしたぁ~~!」」」

 ヨーコの説明?にジュンとアケミだけでなく、アタマに兎耳の飾りを付けた女の子たちがワンアクションで床に土下座する。

 「そういう事態になっても、シモザシの住民同士だから苦しまないで始末してもらえるし、故郷に墓碑くらいは立ててもらえるから、ましだけどさぁ?」

 なんだか、族長の一族であるヨーコは詳しい事情を知っているような口振りだ。

 ヨーコに言われてジュンとアケミが体をブルブル震わせて、土下座している床には水溜りが広がってゆく。

 「ま、此処だけの話にしとくから。言い触らしちゃ、駄目よ?」

 「「「あざ~!」」」

 早く着替えておいでとヨーコに言われて、休憩室に備え付けのシャワールームへ向かった女の子たちであった。

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