第16話 海賊島に海賊船がやって来た

★創世歴20,201年★


 「うん、今日も良い天気ねぇ」

 海賊島防衛隊の当直司令を務めるわたしリーサは、要塞の地下にあるCICから夜間勤務を終えて地上へと出て来たところだ。

 まぁ、司令とは言っても五個中隊の持ち回りによる当直勤務における司令なので、実際は中隊長というところで偉いというほどではない。

 陸軍の中隊長なら大尉あたりが一般的だけど、海賊島防衛隊では一階級だけ上げてある。

 と言うのも、海賊島全体の防衛について緊急命令を出す可能性とかフソウ各地の航空機や船舶への対応責任もあるので、少佐という階級を貰っている。

 少佐なら、シモザシだけではなくてフソウ各地にある部族連合の陸海軍や航空隊でも、部隊長クラスに相当するので相手も話を聞いてくれるということらしい。

 シモザシの部族長たちとは合意が出来ていて、シモザシ航空隊が海賊島の上空を通過するときは、IFF信号を出すことなどが決められている。

 フレンドリー識別なら無害通航扱いだが、それ以外は警告無しで撃墜しても構わないことになっていて、ケヌやフサの航空隊とも同様の協定による対応をしている。

 ましてや。

 西のヤマトゥの大王支配下とか北のオクの大王支配下にある地域などの航空隊が、ナラの大王支配下にある地域を飛行するには、事前にフライトプラン飛行計画情報を出しておかなければならない協定がある。

 逆も然りで、協定に違反して進入して来る軍用機や民間機に対しては、スクランブルが掛けられる。

 スクランブルで視認しても、敵対行為が行われなければ撃墜はせずにシッシ!をするか、強制着陸程度で済ませることがほとんどだ。

 ただし。

 海賊島の上空については、シモザシ航空隊に対するものと同様の措置が取られることを、ナラの大王を通してフソウ全域の航空隊に通告済みで、不正に進入してくる航空機はいない。

 仮に海賊島に空襲を掛けても防御結界で弾き飛ばせるし、要塞砲は通常の対空榴弾だけでなく対空ミサイルを発射できるので、形式上の通告だ。

 創世の神々の娘であるソフィア様が住まう海賊島に対して、臣従はしないまでも敵対行為に及ぶほど、フソウ各地に割拠する大王たちや族長たちは馬鹿では無い。

 当分の間は、海賊島防衛隊が実戦を経験するような事は無くて、平穏無事で行くことだろう。


 考えるでもなく思考を巡らしながら。

 制服のまま、要塞のテラスにあるカフェテリアで独身隊員たちと夜勤明けのブラックコーヒーを飲んでいると、内陸のほうから爆音が轟いてくる。

 此処にいるのはCICの当直兵たちと要塞の守備兵たちで、島の数か所にある防衛隊分屯地近くのカフェテリアでも夜勤明けの隊員たちが夜明けのコーヒーを飲んでいることだろう。

 見慣れた顔を相手に飲むモーニングコーヒーが美味いものかどうかは、個人個人の考え方次第だ。

 配偶者や恋人が相手なら、ニッコリと微笑んでみてもいいだろう。

 でも。

 百年越しで同じような仕事軍隊勤務をしているクルーに、夜勤明けにニッコリしたらどうなることか?

 可愛いメイドさんから微笑んで貰えれば堅物の中隊先任軍曹でも喜ぶのかもしれないけれど、わたしリーサが女性であろうと、自分の隊長である少佐からニッコリとされたら恐怖で失禁するヤツだっているかもしれない。

 馬鹿な事を考えていると、内陸のほうから何かが飛んで来る。

 空に目を遣るわたしたちの視界の端を、シモザシ航空隊の局地戦闘機たちが編隊を組んで、南のほうへと飛び去って行った。

 この要塞は人工島である海賊島に造成された小山の頂上に建てられているから、見晴らしの良さは文句が無い。

 要塞に立てられた旗竿には、聖都の旗が掲げられていて、青空に彩を添えている。

 特に要塞トップの展望台とか、わたしたちが休憩しているカフェテリアの屋外テラスなどは、観光に来る入場者からの人気を呼ぶことだろう。


 その要塞の城壁や石垣には偽装した多目的重力波探知レーダーが設置してあって、頂上の多用途砲から発射される長距離対空・対艦ミサイルが到達する範囲の外側までを、空中・水中共に見張っている。

 ノシマの内側にあるフサ水軍の監視哨では、海上を通行する艦船用レーダーだけでなく水中用の重力検知器と聴音機のネットワークを敷設していて、シモザシ水軍の指揮所や海賊島のCICにもリアルタイムで情報が送られてくる。

 シモザシ湾の中まで敵意を持った潜水艦が侵入出来るとは想像できないことだけれど、神々の末裔たる大耳族にだって予測不能な事はあるから保険は必要だ。

 目を下にやれば、海賊島が抱え込んでいる内湾と外海を区切っている水門が音を立てずに沈み込んで、艦船を通せる水路が開きつつある。

 艦船よりも先に、内湾にいた魚たちがシモザシ湾へと出て行くのと入れ替えで、シモザシ湾の魚たちが内湾へと入って来ていることだろう。

 魚によっては、内湾に定住しているのもいるのかもしれないけれど、わたしには魚の習性についての知識までは無いから判らない。

 ちょっと椅子から背伸びをして、城壁の下へと目線を落とす。

 内湾に沿って並ぶ街の建物からは、商店の従業員たちや家族の住人たちが、今日の生活を始める為に通りへと出て来ているところだ。

 港に係留されている帆船型のフリゲート艦では、配属された乗組員たちが動き回っていて、信号索にUW2という文字旗と数字旗を掲げている。

 フリゲート艦でも当直交代は終わっていると見えて、喇叭の音は聞こえてこない。

 UV2という信号旗の組み合わせは、艦の外部に対して歓迎の意を示している各国共通の船舶用国際信号だ。

 ヤードの端などには、意味の無い信号旗を飾って華やかさを出しているし。

 メントップにはナラの都の大王旗、艦尾には聖都の旗という凝りようだ。

 この帆船型のフリゲート艦は、ゴールデン・ビクセンが此処とは別の世界の海でカッパらってきたと聞いている。

 理屈を言えば此処の世界の過去の時間軸にジャンプして、そこで海賊をしてきたというのがゴールデン・ビクセンの水兵たちの話から推測できる内容なのだけれど?

 大耳族であろうと、時空間魔法を実際に運用できるほどの能力を持っているのは、創世の神々の娘であるソフィア様くらいのものだ。

 それが、ゴールデン・ビクセンは、というかゴールデン・ビクセンを運用しているオーナーと航海長は、軽々とやっているらしい。

 噂話は聞いているけれど、それはソフィア様と同等か、更に上位にある神々でなければ出来る事では無いだろう。

 そのひとりである航海長は、実は大昔に行方不明になった枢密卿のノア様なのだと言われれば、頷くことは出来るけど。

 どこでどうなって、そういう事になっているのか聞いたことは無い。

 その辺りの経緯は、ソフィア様も口にはされないので判らない。


 「そろそろ、ゴールデン・ビクセンが帰って来られる頃よねぇ?」

 メイド服を着て朝飯の給仕をしてくれている同族である大耳族エルフのイーナちゃんが、そう言いながら南のほうに顔を向けている。

 わたしリーサも南のほうを見ながら、返事を口にする。

 「うん。ノシマの灯台を過ぎて湾口に入ったと連絡があったから、そのうち見えてくるでしょうね」

 その程度の情報なら、大耳族の彼女には漏らしても大丈夫だろう。

 ボニン航路を往復しているハルティア海運の貨客船アケボノが、正体不明の海賊船に襲われたという緊急信号があったことは、シモザシ電影放送局のニュース速報を見た住人全員が知っていることだ。

 そこへゴールデン・ビクセンが駆けつけて、海賊船を制圧すると同時にアケボノを救助しただけでなく、アケボノを護衛してシモザシへ帰港中だと続報が出た。

 緊急出動した、シモザシ航空隊の長距離戦闘機部隊が撮影した映像では、アケボノに大きな被害は見られないらしい。

 さっきの局地戦闘機たちは、アケボノとゴールデン・ビクセンというよりはアケボノを出迎えに飛んで行ったのかもしれない。


 たまたまだけれど。

 「今日はこの海賊島の開場式で、ナラの都の大王様もおいでになるし、忙しくなりそうねぇ?」

 イーナちゃんが目の下に見える広場のほうへ手をやると、その場に座っている隊員たちも首を回して、胸壁の向こうを見ようと伸び上がっている。

 「それで、フリゲート艦のメントップに大王旗が揚がっているのか」

 誰かがポツリと言う。

 大王だけでなく、近隣の族長たちやヤマトゥなどのシモザシ駐在大使たちも来るという通知は、防衛隊にも政庁から回されている。

 ただのレジャーランドの開場式にしては、文字通りに大物たちが勢揃いという珍現象が起きているのは、吉兆か凶兆か。

 大王のご来臨とあれば、たとえ置物のフリゲート艦でも登舷礼だけでなく登檣礼も演じて見せるということになるのだろう。

 フリゲート艦の艦体は内湾の港に固定してあって揺れは少ないだろうから、水兵たちにとっては晴れの場になりそうだ。

 「なんだよ、俺たちよりも事情に詳しいんじゃないか?」

 笑いながらイーナちゃんに絡んでいるのは、うちの伍長のヘンリキだ。

 基地防衛隊は文字通りに、この島を外部の攻撃や破壊工作から守備する任務を負っている。

 これまで、ハルティア・グループの統括事務所は、メイドカフェ・ハルティアの奥に魔法障壁で守られた事務所に置かれていた。

 ほかの主要な機関も、民間企業などに偽装・融合した形でシモザシの各地に分散されていたが、それぞれの本社機能は此の海賊島に建てられた各種の偽装施設に転居して来ている。

 つまり。

 上は創世の神々の娘であるソフィア様から下はわたしたちのような現場の者たちまで、大耳族の聖都が形を変えて復活するということなのだ。

 だから、基地防衛隊の隊員はすべてが大耳族の男女で構成されていて、イーナちゃんたちのように要塞のカフェテリアで働くスタッフたちも保安対策で大耳族が就いている。

 そういう訳で、全員が聖都にいた頃からの顔見知りなので、気心の知れた兄弟姉妹のような関係だ。


 夜勤明けの午前中は、朝食を摂ったら入浴して昼まで寝ておくのが防衛隊のルーティンだけど、今日は海賊島にとっての一大イベントが開催される日だ。

 これからの午前中は、ナラの大王を初めとする地域や地元有力者たちへの歓迎式典と海賊島の見物会。

 午後からは地元の一般人たちや、フソウ各地からの見物客に有料ながら解放される予定になっている。

 明日からは、シモザシでも一番の観光名所となるであろう海賊島が通常営業を開始する。

 島内の各地に点在する一般客用のホテルも満室だと、島の管理事務所に見せかけた政庁には報告が来ているらしい。

 そんな混雑必至の当日に、非番とは言え島内待機の隊員たちがどうするつもりなのか聞いてはいないけれど。

 どうやって過ごすかは個人の裁量に任されているので、わたしリーサからアレコレ言うよりは好きなようにさせておこう。

 「明日も次のシフトがあるから、ほどほどにしといてねぇ」

 「「「「「「「「はい!少佐!」」」」」」」」

 声だけは素晴らしい返事を聞きながら、わたしリーサは小山の中腹にある一戸建ての官舎へと歩いて行った。


          *****


 「ぽこぴんぴ~~ん」

 電書兎の到着を告げる通知音が鳴って、外信部のデスクを勤めるローナンはラップトップの画面に向かって手を振った。画面が輝き、ウサギの姿と共に「情報玉を開きますか?」というメッセージが表示される。

 ・・・

 「開く」

 ローナンの言葉に反応して、画面にメッセージが表示されてゆく。

 

 ・・・

 ヤマトゥ支部発、本社宛。

 フソウの東部にあるシモザシの海岸に人工島が建設された。

 ハルティア・グループという、シモザシでも有数の規模を誇るコンツェルンの経営になる事業だという触れ込みだが、実態は聖都を脱出した神殿の巫女がトップに座る大耳族たちの根拠地となるらしい。

 大規模にシモザシ湾を埋め立てて造られた島は、海賊島というテーマのレジャーランドとして観光客の誘致を狙っているという、表看板を掲げている。

 フソウ各地の電影局や新聞社にも招待状が届けられたので、当ヤマトゥ支部からも記者とカメラマンを派遣した。

 海賊島の島内に建設されているホテルのひとつがマスコミ用に充てられて、開場式の三日前から宿泊している我々は、夜間のレクチャータイム以外は自由に取材・撮影をすることができた。

 開場式には、シモザシやケヌなど一帯を名目上の支配下に置くナラの大王も、各地の族長たちと臨席して大々的なイベントが催された。

 偶然の一致?という発表ではあるが、フソウの南方海上にあるボニン諸島とシモザシを往復する貨客船アケボノが正体不明の海賊船に襲われたところを、海賊島に所属するガレオン船ゴールデン・ビクセンが救助して帰港するという快挙も式典に花を添えた。

 当日の午後からは一般の入場者にも開放され、歴史的な人出になったとシモザシ当局は発表した。

 ・・・

 今回の取材では静止画像だけでなく動画も撮影している。添付ファイル参照。

 

 ドュブリス・ディウルナ本社AI注釈:

 フソウはアングルと大陸を挟んで対極に在る島国である。フソウでは西部を支配するヤマトゥと東部を支配するナラの双方に大王を名乗る政府があるが、実際はそれぞれの大王を名目上の盟主とする諸部族が割拠している連合体である。

 シモザシ、ケヌ、フサなど隣接する諸部族は共同してナラの大王を戴いて連合体を形成しているが、個々の部族は各々が政治・経済共に独立した管理権と軍事権を持っている。

 ハルティア・グループの立ち位置が奈辺にあるか、現段階では判別できない。

 

*以上、ドュブリス・ディウルナどゅぶりす・しんぶんによる*


          *****


 「特別儀仗隊!大王陛下に対し、栄誉礼!」

 海賊島の管理事務所という名前の建物前にある広場では、警備隊から選抜された儀仗隊の前を、警備隊長のアレクシに先導されたナラの都のトヨタケル大王が聖都の巫女装束を着たソフィアと並んで歩を進めて行く。

 アレクシは、制服の肩にシモザシ陸軍の大将に相当する階級章を付けて、抜き身の儀仗刀の切先を空へ向けて立てている。

 聖都でソフィアの警護隊長を務めていた大耳族のアレクシは、フソウ到着後から徐々に拡大していったハルティア・グループ全体の安全を図るために、改変拡大された警備隊の指揮を執っている。

 カラック船に同乗して来た中隊規模の兵士たちは防衛隊と警備隊に改編されて、その後一万年をかけて世界各地から合流して来た、聖都と旧北方王国の脱出者たちや転生者たちを吸収統合することで、旅団規模にまで部隊を拡大して来た。

 警備隊だけでおよそ二千名くらいの隊員がいるが、これまでは地元のシモザシや近隣勢力を憚って、警備会社の警備員や関連企業の警務員という隠れ蓑に分散して実態を秘匿して来たという経緯がある。

 それが、いろいろな原因が絡まり合って具現化された海賊島の建設に伴い、表舞台に出ることになった。

 ただし、隊員については強制では無くて個人個人の都合次第だ。

 ハルティア・グループの傘下にある警備会社の警備員や関連企業の警務員、あるいは事務職としてシモザシ各地で働きたいという、非戦闘員希望者には従来通りの職場が保証される。

 いまさらだが、一万年という年月は大耳族にとっても変化を齎すだけの長さがあったということか。

 

 一瞬の回想に囚われていたアレクシは、儀仗隊の中央で聖都の旗と大王の旗を掲げる二名の隊員を従えた、儀仗隊長のヤーコの前で立ち止まる。

 大王がアレクシにそっと示された位置に立つと、シモザシ陸軍の大佐に相当する階級章を付けて抜き身の儀仗刀を持つヤーコが号令を掛ける。

 「大王陛下に敬礼!奉げ~~、筒!」

 儀仗兵たちが、着剣したライフル銃を体側から身体の中央に持ち上げて、ビシッと音を立てて保持しながら敬礼する。

 ヤーコの持つ刀身が太陽の光を反射してキラリと輝くと、要塞の頂上に据えられている大砲が礼砲を撃ち始めた。

 連続して発射される二十一発の大砲の轟きは、空砲であろうと腹にズシンと響く重さがある。

 この場にいるひとびとの中で、実際に戦場に出た経験を持つ者は大耳族と立耳族くらいしかいないだろう。

 勇猛果敢を以て鳴るシモザシの族長たちや随行している将官クラスでも、自分たちの世代で実戦を経験した者はいない。

 大王は礼砲の轟きには平静な顔を崩さなかったが、文官の随行員たちは砲煙が流れる要塞を見上げて口をアングリと開けている。

 そりゃぁ、驚くだろうさとアレクシは腹の中で微笑んだ。

 海賊島の要塞には、防衛戦用としてゴールデン・ビクセンの艦砲と同じ多用途砲が備えられているけれど、百ミリ砲クラスの砲に音響効果を強めた特別製の儀仗用空砲を撃たせているのだ。

 この島の建物に使われているガラスは耐衝撃性の防弾ガラスなので、砲撃の衝撃波で吹き飛ばされるような事は無い。

 だが。

 慣れていない一般人にとって砲声は驚異だろうし、軍人たちにとっては高所に据えられた大口径砲を脅威と感じることは確実だ。

 此処からなら通常の大砲として撃ってもシモザシの主要部分を射程に収めることができるし、レオから聞いた通りなら巡航ミサイルを撃てばヤマトゥを飛び越して西にある海の向こうの大陸までも届くという。

 そのあたりの示威効果も含めて、今後はハルティア・グループと海賊島への手出しを躊躇わせる明確なメッセージを発したという事になる。


 知ってか知らずか。

 大王が胸に手を当てて、二つの旗に敬意を表し上半身を折り曲げて十五度の敬礼をして見せた。

 もうひとりの大王がヤマトゥにも居るとは言うものの、形式上は一帯の支配者であるナラの大王が、敬礼をして見せるというのは珍しい事と言えるだろう。

 「儀仗隊!直れぇ~!」

 儀仗隊長のヤーコの声で、アレクシは大王に見えるように手を伸べて、歩き出すように合図を送る。

 「見事な儀仗でありました、ソフィア様」

 周囲には聞こえない程度の声で、大王がソフィアに言っている。

 ソフィアが神々の娘、つまりは神そのものであることをフソウ各地の大王家や族長たちは承知している。

 その配下の大耳族である自分たちだって、不老不死という下級神並みの力を持っていて、長いなどという単語では表せない年月に亘りソフィアを支えていることは見ていれば分かるだろう。

 ソフィアに対して様付けで呼び掛けるという事は、この大王は馬鹿では無いとアレクシは思う。

 名目上の支配下にあるフソウの東部地域一帯を取り纏めて、西から勢力拡大を図りつつあるヤマトゥと均衡を保つには、相応以上の人心掌握術が必要だろう。

 儀仗隊の列の端まで歩いて、刀身を鞘に戻したアレクシは、管理事務所と呼ばれる政庁の建物へと大王一行を案内して行った。

 呼称は管理事務所だけれど、建物そのものはシモザシの政庁に匹敵する規模で建設されている。

 その建物の大ホールで、これから大王や族長たちへの歓迎パーティーが予定されているのだ。

 建物へと入って行くソフィアやレオたちから軽く手を振られたのを見届けて、アレクシは警備状況の確認へ意識を切り替えた。


          *****


 家に帰って夜勤明けの仮眠を取ったわたしリーサは、昼近くになって目が覚めた。

 寝ようとしたところで、要塞の大砲が至近距離で二十一発の礼砲を撃ってくれたために、窓ガラスが揺れたので熟睡出来たかどうかは怪しい。

 この海賊島の中の建物のひとつひとつに防御結界を張るなどということは無駄の極みとして設定されていないけど、こういう時にはどうなんだろうという考えがアタマの隅を駆け抜けて行った。

 コーヒーを淹れてカップを持ったままテラスへ出ると、一般の入場者が続々と城門風のゲートのほうから、湾に沿った道路を歩いて来るのが目に入る。

 ヒュ~~ン!という音が聞こえて空を見上げると、大輪の花火が開いた後にドン!ドン!と爆発音が追いかけて来た。

 一発では終わりではなく、昼間でも見えるように色彩を工夫された十発ほどが打ち上げられて、入場者たちが喜んでいるようだ。

 島の治安維持は警備隊の管轄で、わたしたち基地防衛隊の仕事ではないから二度寝をしても構わないところだが。

 「そうだ、ゴールデン・ビクセンが帰って来るんだったよね」

 思い出したわたしリーサは室内に戻って、タンスから取り出した防衛隊の制服に着替え直す。

 夜勤明けに脱いだ制服は洗濯籠に放り込んでおくと、自動的に洗濯されてタンスに戻されてくる。 

 一人暮らしだが、家政を切り盛りしてくれる専属のメイドを雇えるほど高額の給料は貰っていないので、自動機械のある生活には大いに助けられている。

 もっとも、衣食住は防衛隊が支給してくれるので、給料はイコール小遣いと思っても間違いでは無いから贅沢は言えない。

 私服や嗜好品は自分持ちなので、好みの銘柄を指定して購入しているコーヒーとか非番の時の外食とかは支払わなくてはならないが、ハルティア・グループの店なら社割で安く済む。

 そんな感じの生活を数千年も続けていると貯金の額も、確かめた事は無いけれど、相当な金額に達しているらしい。

 なんでも。

 うちの伍長のヘンリキでさえも、その気になればシモザシの一等地にビルの一つや二つは建てられるどころか、地域のワンブロック丸ごと買えるほどの蓄えがあるということだ。

 でも。

 地元との軋轢を回避するために、上層部からは個人でシモザシやフサの市中に不動産を持つことはNGだという指示が出ている。

 そりゃぁ、そうよねぇと納得は出来る。

 数千人の大耳族エルフが揃って地域一帯の不動産や企業を買収したりすれば、小耳族や立耳族の族長たちや一般住民たちが不穏な感情を抱くだろう。

 その安全対策として。

 もしも個人で商店などを経営したいという希望者があれば、ハルティア・グループの所有する店舗や仕入れルートを利用することができる。

 族長たちだって各部族毎に結束してコンツェルンを形成しているから、大耳族が企業グループを持っていても当然視されていて危険性は無い。

 でも、わたしリーサはこの仕事が気に入っている。

 百年くらいの間隔で職種変更のオファーが来るし、転職希望も出せるけれど、別の仕事に乗り換える予定は無い。

 ほとんどの仲間たちも、手慣れた仕事から職種転換することは無い。

 それでも、海賊島の建設に伴って新規の職種が出来たりして、組織や配属が大きく動いているとは耳にした。

 そんな事を。

 考えるでもなく頭の中を走らせながら、わたしはコーヒーを飲みながら自宅のテラスから南の海に目をやった。


         *****


 南の海のほうから轟音が戻って来て、シモザシの局地戦闘機たちが海賊島周辺の上空で旋回飛行を見せている。

 アケボノの護衛に飛んで行った帰りに、海賊島のイベントに花を添えるということらしい。

 武骨で鳴るシモザシの族長たちの中にも、粋な芸当の出来るメンバーがいるということだろうか。

 「おとうさぁ~~ん!あっちからおっきなおふねがはいってくるよぉ~!」

 要塞のテラスにあるカフェテリアの胸壁に身を乗り出さんばかりの勢いで、五~六歳くらいの男の子が叫び声を上げている。

 「おぉ、あれはボニン航路のアケボノだなぁ」

 父親らしい男性が、男の子に返事をしている。

 あの船は、シモザシのタケシバに母港を置くハルティア海運のライナー定期船で、ボニン諸島からの帰路に海賊船に襲われたとシモザシ電影放送局のニュース速報でやっていた。

 海賊船から切り込み攻撃される寸前で、この海賊島を根拠地とするゴールデン・ビクセンというガレオン船が、海賊たちを殲滅して救助してくれたという。

 大きく見えて来たアケボノは海賊島へは入港しないでタケシバ港へ行くようだ。

 大型の貨客船らしく、ゆっくりと舳先を西へ回している。


 「メイドさん、ホンリーパイナップルジュースのソーダ割をちょうだい」

 男の子の母親らしい女性が、テーブルから手招きをしている。

 イーナはテーブルを回って空いた器を回収しながら、来店客たちのオーダー注文を聞いている。

 混雑時のオーダーは、メイド服のヘッドドレスに組み込んだマイクから厨房のモニターへと自動変換で表示されて、カウンターへ出てくるシステムだ。

 要塞のテラスにあるカフェテリアは入店できる人数の制限を掛けているので、テーブル数に見合う来店客しか入っていないけれど満席となれば忙しい。

 それでも順番待ちにクレームを付ける入場者がいないのは、一帯を支配するシモザシの当局が、海賊島の入場門前に自前の警衛所を置いてクレーマーや狼藉者は逮捕すると宣言しているお陰だ。

 海賊島の島内で起きた犯罪については島の警備隊に逮捕権があるけれど、容疑者をシモザシ当局に引き渡した後の裁判と収監はシモザシの当局が引き受けると族長たちが請け合っている。

 だけではなくて。

 恐れ多くも女神様の住まわれる聖地で騒擾を起こすばかは死罪だと言う、中間を素っ飛ばしての結論だけが、警衛所脇に立てられた高札に明示されている。

 聖都や北方世界の他に、西方世界も含めてもいいが。

 そんな荒っぽい仕置きをすることは考えられもしなかったけれど、それは遠い昔の遠い世界の物語。

 フソウの各地では、形式だけでも公正な裁判をしてくれるだけ上等な部類だ。

 仮に死刑判決が出るとしても、族長が最終判断をして執行の許可を出すかどうかを長老会議で審査してくれる。

 ヤマトゥの西の海の彼方では、当局が決めた結論に従って行われる裁判を、人権重視の正当な司法だと強弁している地域もあると聞く。

 今回の高札の一件は、族長たちのソフィアに対する敬意の表明に過ぎないのかもしれないが、効果だけはあるらしい。

 そこまでしてくれなくても、大耳族を相手に不埒な態度に出ればどうなるかくらいはシモザシ一帯の住人ならば知っていることだが、族長たちの後押しがあるという事実は大きいかもしれない。

 「次のお客様、お待たせしましたぁ~」

 イレネが入り口で入れ替えの案内をしている声が聞こえた。

 「おぉ~!海賊をやっつけた帆船が港へ入ってくるぞぉ!」

 来店客の誰かが大声を上げて、イーナも港へ目をやった。

 港に近づくゴールデン・ビクセンは両舷の大砲を突き出して、要塞のトップに掲げられた聖都の旗に向けた礼砲を撃ち始めている。

 またもや、水面に二十一発の轟音が轟いて、海鳥たちがギャァギャァ言っている。

 今日は掛け値なしに、賑やかな一日となりそうだ。 


          *****


 「ハルティア・コントロール!こちらゴールデン・ビクセン」

 「ゴールデン・ビクセン!こちらハルティア・コントロール。ゴーへ!」

 海賊島の地下に設けられたCICのスピーカーから、呼び出しコールが響き渡る。 

 「ゴールデン・ビクセン、拿捕船海賊船と共に海賊島へ入港します」

 「ゴールデン・ビクセン、入港確認!」

 オペレーターを担当する、防衛隊の隊員たちの声が聞こえて来る。

 昼番の当直司令である俺、ヘンリク少佐はCICの壁面に並んだモニター画面の一つに目を向けて、海賊島の内湾と外海を仕切る水門が水没した上を過ぎて港へ入港して来るガレオン船の姿を確かめる。

 夜番の当直司令であるリーサ少佐からの引継ぎで、アケボノを護衛して帰港中のゴールデン・ビクセンがノシマの灯台沖を過ぎて、シモザキ湾の湾口に入ったと説明があった。

 要塞の壁に組み込まれている多目的重力波探知レーダーのスコープには、その後の進路が刻々と映し出されている。

 先ほどは、内陸から発進したシモザシ航空隊の局地戦闘機たちが出迎えに飛んで行く様子も、スコープに映っていたが基地へと戻って行ったようだ。

 シフトは年間計画で決められているので、俺たちの中隊の当直時間がゴールデン・ビクセンの帰港時間と重なったのは、単なる偶然の産物でしかない。

 いくらモニター画面で見ることが出来るとは言っても、ナマで見るのと映像で見るのとでは大きな違いがあると言うものだ。

 「リーサは、上手い事やったよなぁ~」

 「はい、司令!」

 独り言を呟いたつもりが、ミンナ中尉には聞こえていたらしい。

 目は切り替わって行く監視カメラのモニター画面に向けたままで、何か不自然な動きをする人物がいないか、街の様子をチェックしている。

 画面でゴールデン・ビクセンの動きを追っていると、湾の中央に差し掛かったガレオン船の両舷から大砲が突き出されて、砲声に続いて砲煙が広がって行く。

 「CICへ、要塞砲台」

 「砲台へCIC、ゴーへ」

 ミンナ中尉が砲台長を務めるクスタヴィ曹長へ返事をしている。

 「ゴールデン・ビクセンが礼砲を撃っています!」

 「よろしい。答礼の礼砲、発砲してよし!」

 身内同然のゴールデン・ビクセンが礼砲を撃っているというのは、今日が海賊島の開場式当日と知ってのサービスだろう。

 乗客がいる定期航路の貨客船を海賊から救助した上に、海賊船の拿捕という戦果を引っ提げての入港とあれば、上は来場している大王や族長たちから下はシモザシの一般住民たちに至るまで、見せ場を演出できるというものだ。

 大王への派手な礼砲で度肝を抜かれた来場者たちにダメ押しをしてやるのも、要塞砲の存在を見せつける役に立つ。

 シモザシにケヌやフサなどの族長たちは、名目上だけであろうとナラの大王の支配権を認めているけれど。

 シモザシの西にある、サガムの族長たちはヤマトゥの大王にも色目を使って、中立的な立場を取っていますよという姿勢を見せている。

 あわよくば、双方の大王から利益を得ようという魂胆が見え見えで、ヤマトゥからは遠すぎて直接支配しても利益は無いし、ナラとしては内戦紛いの事などやってられるかと突き放されている状態だ。

 それでも、シモザシとの境界辺りでは小競り合いが起きたりしているので、シモザシ湾に突き出した海賊島としては、自衛力を持っているぞと見せておかなくてはならないという事情がある。

 サガム一国程度の武力では、ハルティア・グループとタイマンを張ることなど出来はしないけれど、世の中は何が起こるか予測できない。

 だけでなく、ケヌあたりが北の山向こうにある独立独歩のコシなどと連合を組んでナラの都を圧迫する可能性もゼロとは言えない。

 少佐である俺ヘンリク如きが心配するような問題では無いのだけれど、ソフィア様やレオたちはいろいろな事を俯瞰して考えなければならないだろう。

 名目だけの宗主権で実権を持たない、ナラの都の大王に敬意を示して見せるというのも、いろいろな事情が絡み合っているということか。

 「CICへ!ゴールデン・ビクセンが埠頭に着岸しました!」

 クスタヴィ曹長が、要塞の頂上から目視での状況報告を入れてくる。

 モニター画面には、埠頭に向かって入場客たちが集まってくる情景が映し出されていた。

 「ミンナ中尉、花火を打ち上げていいと連絡してくれ」

 「花火の打ち上げを許可します。アイ・アイ、サー」

 理由は知らないが、海賊島の防衛隊ではゴールデン・ビクセンに乗艦して航海長を演じているノア枢密卿の指導で、海軍式の応答をすることになっている。

 とにかく式典は無事に終わったし、ゴールデン・ビクセンは港に入って水門は閉じられた。

 まぁ、行事が終われば夕方まではモニター画面を眺めるだけでノンビリできるかと思ったけれども。

 思った俺が悪ぅございましたと、反省させられることになったのだった。

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