第15話 ヨイチロウはボニン航路で海賊船に出会った

★復活歴2,102年★


 ブオンブオンとブリッジ船 橋の天井に備え付けられたスピーカーから警報音が鳴り響く。

 「九時方向から接近中の船がいます、船長」

 三等航海士サードッサーのサモンが電波探知機レーダースコープ表示画面を睨んだままで船長の俺ヨイチロウに報告の声を上げている。

 サモンは見習い航海士から昇進して本船での航海が初めてとあって、新しい制服の金筋はピカピカと輝きを放っている。

 にも届かない、たかだか七千トン程度の貨客船であろうと毎日の身支度はきちんとするように言い聞かせた成果は出ているようだ。


 フソウ本土から遥か南にあるボニン諸島からシモザシへホンリーパイナップルの実を満載して帰港途中の半ばほど。

 乗客のほうは二十人程度で、商用か何かで島を往復しているかフソウに用がある島の住人かのどちらかで、船旅には慣れていて船室係や厨房係たちにとっては多忙というほどの仕事量では無い。

 そっちは、主計長パーサーが按排してくれているから大丈夫だろう。

 本船はシモザシのタケシバに母港を置くハルティア海運のライナー定期船アケボノで、トランパー自由雇用船では無いので、予定通りの時間で予定通りの航路レーンを往復している。

 タケシバまであと三日ほどは残りがあるという大海原の真っただ中で、どこかの船に出会うというのは珍しい。

 遥かな大洋の向こうに在るロサンゲに向けて、ヤマトゥの長距離型貨物船が東へ突っ切って行くことはあるけれど、彼等の多くも定期船なので一定の日時に一定の航路を往復している。

 「イオリ、ちょっと左ウイングに出て見るわ」

 操舵当直をしているセコンドッサーのイオリに一声掛ける。

 「船長が左ウイングへ出ます。アイ・アイ、サー」

 「接近中の船、針路そのまま。速度、上がりました」

 クルーたちのやり取りを背中に、双眼鏡を手にしてハッチを開けた俺は本船の揺れに身体の動きを合わせて水平線に目を走らせる。

 何処の船だか知らないけれど、交差針路で突っ込んでくるなどというのは、正気の沙汰とも思えない。

 水平線スレスレに見えて来た、相手のマストで光が点滅している。

 「くそ!ふざけやがって!」

 俺は、商船の船長らしからぬ言葉を口にした。

 商船の船長と航海士たちは、交易に依存して経済を回しているシモザシでは、戦士階級の扱いを受けている。

 シモザシでは、戦時になれば商船の乗組員たちは船長から甲板員に至るまで、水軍予備役として相応の階級で、水軍へ招集されるのが慣例だ。

 外航船の船長である俺ヨイチロウは水軍の下級艦長の位を持ち、輸送艦として徴発される元商船本船の指揮を執るか、戦闘艦の艦長に配置換えになることもある。

 軍艦乗りの艦長や士官たちなら、戦士という言葉の通り戦闘員が本職だけれど、平時における商船乗りは戦闘行為は行わない。

 ただ、名誉と引き換えに相応の品格を保つようにというだけの慣例があるので、言動には注意するように会社からも指示されているということだ。

 それでも、だ。

 『停船せよ。従わなければ撃沈する』

 戦時でも無いのに、そんな点滅信号を受けた商船乗りなら誰でも、同じことを言うだろう。

 フソウの島の近辺で海賊行為に及ぶとは、信じられないを通り越して単純に呆れるしかない。

 「船長、点滅信号です!」

 イオリがハッチを開けて、報告してくる。

 商船では軍艦とは異なり、マストに見張り員を登らせていることは無い。

 「ご苦労!針路、そのまま!速度、そのまま!」

 振り返りながらイオリに命令して、ブリッジへと飛び込んだ。

 「サード、付近に他の船はいるのか?」

 「ノー・サー!いません!」

 スコープを睨んだままで、サモンが返事をする。

 まぁ、いてくれたところでライフル銃の一丁でも持っていれば上等な商船なんかでは、助けにはならない。

 下手に漁船なんかがいた日には、漁船を助けてやるほうの面倒事が増えるだけだ。

 いずれにしても。

 俺たち船長や航海士クラスの船員は、治安用の拳銃程度は持つことを認められてはいるけれど、そんな豆鉄砲にもならないヤツで海賊船の相手は出来ないだろう。

 「通信士!本社へ報告!本船は海賊に停船を命令されている」

 「サード!通信士に位置を教えてやれ」

 そこまで言った時、本船の左舷から二ケーブル向こうに、高い水柱が立ち上がって行く光景が目に入る。

 同時に轟音が響き渡って、船体が大きく揺れる。

 「通信士!メーデーだ!砲撃を受けていると報告しろ!」

 海賊や通商破壊艦からの攻撃を受けた時の定型句なんか、使っている場合では無いだろう。

 ホンリー《パイナップル》の実はどうでも良いが、船客がいるとなれば救援要請が最優先だ。

 けれども、シモザシが持つ航空隊の長距離戦闘機が援護に駆け付けるまでには、三~四時間は掛かるだろう。

 「操舵手!機関室へ機関停止だ!」

 「甲板長!国旗と社旗を降ろせ!」

 「サモン!信号索に停船合図のM信号旗だ!」

 三等航海士のサモンが先任信号手を連れて、マストを目指してダッシュする。

 本船ほどの大きさであれば、停船するまで時間が掛かる。

 速度が落ちるのは見えるだろうが、停船するかどうかは結果を見なければ判断が出来ないだろう。

 「相手が待ってくれりゃぁ、いいけどな」

 誰にも聞かれないように、口の中で呟いてみるけれど。

 いきなり轟音が響いて、本船の右舷から二ケーブル向こうで、砲弾が炸裂して水柱が立ち上がっている。

 たった二発で正確に夾叉砲撃をしてくるとは、海軍予備役の俺から見ても相当な腕前だ。

 「ただの海賊にしては、大した撃ち方ですね。船長」

 休憩中だったチョッサー一等航海士のタダヤスが、ブリッジに上がって来ている。

 タダヤスもシモザシ水軍予備役の上級海尉として、定期的に砲術などの訓練を受けているので、相手は戦闘のプロ軍艦だと考えているようだ。

 「どうやら、本物の海賊とご対面になるらしいぞ。チョッサー」

 「わたしは船尾の予備コントロール室ダメコンへ行ってます、船長」

 俺に言われたタダヤスは、帽子に手を当てて敬礼すると、ブリッジを飛び出して行った。

 水柱のほうは無視して左舷に目を転じると、砲撃して来た相手の姿が近くに見えてきた。

 軍艦には見えないが、三千トンくらいある高速型の中型商船を改造して、大砲や機関砲を装備してあるようだ。

 当然と言うか、マストや船尾に旗は無いから正体は不明だが、仮装巡洋艦のたぐいだろうと思われる。

 相手の艦橋から双眼鏡を向けている人影が見えるし、ウイングの機関銃には戦闘員が待機している。

 それでも、本船の信号旗を見たからか、三発目の砲弾は飛んで来ない。

 「お~~い、そこの船!」

 一ケーブルほどに接近して来た海賊船から、スピーカーを通して大声が聞こえた。

 聞いたという合図に、左ウイングへ出て右手を上げて見せるが、機関を止めているので船体の揺れが大きい。

 「これから乗り込むから、ラダーを降ろせ!」

 本船の左舷に並走する海賊船?の舷側では、小型艇を海面へ降ろす作業が始まっていて、短機関銃や刀剣らしいものを携帯する海賊たちが待機している。

 

 「おい、船長!」

 ハッチのほうから聞こえる大声に振り返ると、船客の一人が主計長と揉み合いをしているところだった。

 「だから、お客様がブリッジへ入ることは禁止されているんですったら!」

 「儂はナラの都の大王に呼ばれているから、海賊如きの為に船を停めるのは怪しからんと言っておろうが?」

 この非常時にもかかわらず、ボニン諸島の族長コアがクレーマーを演じてくれているらしい。

 まったく、何に直面しているのか分かってのことなのか。

 目の前には、大砲を本船に向けた海賊船が居座っているのだ。

 今も、大王家の名前を出せば、海賊でさえも無視できると言わんばかりだが。

 いかに都の大王だとて、遥かな海の上で行われている海賊行為にまで威光を及ぼすわけにはいかないだろうと、思いながらも口には出さない。

 ナラの都はシモザシの北部に在って、大王はケヌやフサも含めた一帯を支配する形にはなっているけれど、実態はお飾りに等しい。

 往古にヤマトなどと勢力圏を争った独立戦争を率いて功績のある旧家ではあるけれども、シモザシの族長たちは太古に神族である大耳族を受け入れて、後に大王家を支援した関係から敬意は払っても実質的な支配下には無い。

 ボニン諸島は地理的な条件もあって古代の政争には無関係でいたために、大王家といえば貴種、あるいは神聖不可侵のものと思っている節がある。

 政治的な意味では大王家の存在は大きいのだけれど、シモザシには神々の娘たる正真正銘の女神様が現在も住まいして、社会の表にも裏にも影響力を及ぼしている。

 ここで俺たちが祈るとするならば、相手は大王家ではなくて大耳族を率いておいでの女神様のほうだ。

 

 そして。

 女神様のほうに祈った事のご利益は、時代遅れのガレオン船が救援に現れるという形で実を結ぶことになった。

 海賊船から戦闘員を満載した小型艇が本船のラダーに接弦しようとした、まさにその時に。

 本船から見た海賊船の向こう側に、白い帆を展開したガレオン船が水飛沫みずしぶきを上げて空から降って来たのだ。

 船首には胸を突き出して七本の尻尾を広げたキツネのフィギュアヘッドが金色に輝いて、舷側に開いた砲門からは片舷六門の大砲が覗いている。

 船尾にはどっかで見た記憶のある異国の国旗を掲げ、メントップには尻尾を広げたキツネをデザインした戦闘旗をはためかせている。

 これこそ、シモザシの海岸に建設された海賊島のヌシである、ゴールデン・ビクセンに違いないだろう。

 「海賊船の向こう側にガレオン船が現れました!船長!」

 セコンドッサーのイオリが、規定通りに報告の声を上げている。

 「ご苦労、セコンド」

 見りゃあ判るとは、言ってはいけない。

 船というものは、規定の通りに物事を運ばないと、トラブルや間違いが起きた時に対処の手順が判らなくなるからだ。

 それでも、商船には多少の融通が許されているし、見ない振りをすることもある。

 予備役として登録している水軍のほうなどは、大砲一発を撃つ手順にも厳格な決まりがあって、段階を踏んで戦闘が行われるのが常識だ。

 だが、次に展開された光景は目にしていても何が何だか判らなかった。

 突然に現れたガレオン船に海賊船のほうも驚いたらしいが、戦闘訓練が行き届いていると見えて、間髪入れず船首の大砲がガレオン船のほうへと旋回していく。

 海賊船の甲板からは機関砲だけではなく、個人携帯の短機関銃も発砲を始めたが、ガレオン船にダメージを与えたようには見えない。

 「アケボノの船長!ブリッジへ引っ込め!」

 いきなり、ガレオン船のほうから海賊船越しに大声が聞こえてきた。

 水軍では、いや水軍ではなくても船乗りならば、緊急時の命令に疑問を持つと命取りとなり兼ねないのも常識だ。

 俺はイオリの背中を押しながらブリッジへ飛び込むと、背中へ手をやってハッチを閉める。

 シモザシ水軍の訓練では経験が無いけれど、海賊船から撃たれているガレオン船のやることと言えば、反撃のために大砲をぶっ放すのが定番だ。

 「全員、しゃがめ!伏せろ!」

 怒鳴ると、水軍予備役でもあるブリッジ当直全員と主計長は躊躇なくデッキへ貼り付いたが、族長コアだけは突っ立ったままで海賊船を睨みつけている。

 「馬鹿!伏せろ!」

 船客だろうが貴人だろうが知った事では無いと、俺は族長をデッキに押し付けた。

 一瞬遅れで、轟音と共にブリッジのガラスが吹き飛び船体にもカンカンと金属の弾ける音が連続して響く。

 少し待って、弾音が途絶えたところで割れたガラスを振り払いながら首を伸ばして外を見た俺は、次の驚きに言葉を出すことが出来なかったのだ。

 

 ガレオン船からの砲撃で、海賊船の甲板では船首に備えられた大砲の砲身が曲がって、天を仰いでいる。

 機関砲などに着いていた海賊たちは甲板に転がっていて、運よくバラ弾に当たらず立っている者たちも茫然自失という有様だ。

 片舷六門しか持たないガレオン船であろうと、搭載している大型砲がゼロメートル射撃をやれば、見ての通りの惨状となるのだ。

 ゼロメートル射撃というのは文字通り、大砲の弾丸に設定する着弾して爆発するまでの距離または時間を、ゼロ分にセットして発射することだ。

 大砲の弾丸は普通、目標となる艦船や地上の要塞などに当たってから爆発するようにセットされている。

 の艦長がいる時は、当たってすぐには爆発しないで数分遅れで爆発するように設定されることもある。

 撃たれた方の乗組員が不発弾だと思って抱え込んだ頃にドカン!と行くという、イヤラシい撃ち方だ。

 今回は逆に、弾丸が砲口を出た途端に爆発するという、撃った方にとっても博打紛いの撃ち方となる。

 徹甲弾なら相手の艦体・船体を突き抜けて行くだけだから意味は無いが、榴散弾でやられたら、鳥撃ち用の散弾銃を目の前で発射されたような状態となる。

 鳥撃ち用の散弾ならば5ミリ程度のバラ玉が団体で飛んで来るだけで、軍艦の艦体を撃ち抜くことなど出来はしない。

 対して、大型砲で撃ち出される散弾は、バラ玉と言えど一個が5センチくらいの大きさはある。

 そんなシロモノが、初速のエネルギーそのままに飛んで来るから、艦体は当然のこと人間に当たれば穴が開くなどという表現では済まない仕儀となる。

 結果として、鉄の弾入りの爆風が吹き荒れたであろう海賊船の甲板で立っていられる人間がいるのは、奇跡とも言える光景なのだ。

 それにしても。

 見掛けは五百年も昔の中型帆船ながら、搭載砲は鉄の丸弾を撃ち出す年代物ではなくて、シモザシ水軍の新型艦でも及ばないほどの威力があるようだ。

 驚いたのは、大砲の威力だけでは無かった。

 国籍不明の海賊船の甲板を目指して、ガレオン船の舷側からは制服を着た戦闘員たちだけではなく、異国のきらびやかな衣装を着た女性たちまでもが銃や刀を手にして海賊船の甲板へと突進しているのだ。

 そこまでなら、現代戦では珍しい軍艦同士の斬り込みという、白兵戦のシーンにしか見えない。

 驚くべきは、その斬り込んだ者たちが、海賊船の乗組員たちを一方的に制圧しているということだ。

 海兵隊らしい制服を着た立耳族なら、基礎体力が小耳族とは段違いだから高い戦闘能力を持っていることは、俺にも分かる。

 水兵らしい制服を着た小耳族や立耳族の男女も、陸戦隊では無いとしても戦闘のプロだろう。

 だが、異国の宮廷風と思える薄物の衣装を着た女性たちが三日月刀を手にして暴れ回っているというのは、俺の理解を超えている。

 海賊たちだって相応の戦闘能力を持ってなければ商売海賊なんか出来ない筈だし、目の前の海賊たちは素人ではなく海兵隊か陸戦隊の軍人だと想像できるのに。

 そんな、信じ難い光景に見惚れていること暫し。

 「アケボノの船長!船の安全点検を始めていいぞ!」

 再びガレオン船から声が掛かった。

 「甲板長!ラダーを引き上げろ!各班で手分けして左舷水線下の漏水を点検するように」

 本船の乗組員で、甲板作業要員は十名程度しかいない。

 客室係でもいいから総動員して点検をしなければ、本土への航海を再開するのが何時になるのか判らなくなる。

 海賊船から発進して来た小型艇は、砲撃のあおりを受けて、船底を曝して転覆しているから気にしなくてもいいだろう。


          ***


 「ったく!誰に断ってウチのシマで海賊商売なんかやってるんだよ?」

 次元ジャンプで商船アケボノとは反対舷になる海賊船の左舷側に着水して見ると、海賊船は斬り込みの為に小型艇を発進させているところだった。

 海賊船の甲板では、船体に不釣り合いな百ミリ砲らしい大砲が本艦に向かって旋回を始めている。

 今回もCICではなくて操舵甲板に出て指揮をしていたビッキーが、不機嫌この上ないという声で独り言を口にしているのが、ヘッドセットから聞こえてくる。

 「右舷砲列、射撃準備。装弾は徹甲榴弾。甲板を狙ってゼロメートル射撃用意!」

 ノアはナナオに代わって、CICで戦闘指揮に専念しているところだ。

 「アケボノの船長!ブリッジへ引っ込め!」

 ビッキーが外付けのスピーカーで商船に向かって警告を出す。

 「総員!発砲に備えろ!発射!」

 警報ブザーに続けて俺が発射命令を出すと、次の瞬間には海賊船の甲板上は瓦礫の山となっていた。

 茫然自失という状態で、フラフラしている海賊たちに反撃の時間を与えないように、ビッキーが敵戦に対する斬り込みの指示を出している。

 「おい、ナナオ。乗組員は喰っちゃってもいいけど、船長か航海長だけは捕まえて来いよ」

 「うむ。ご馳走を食せないのは残念だが、承知はしたぞえ」

 相手が海賊船なら斟酌無用の略奪も出来るとあって、立耳海兵たちも水兵たちも張り切っている。

 「ナナオ様ぁ~~!わたしたちもお供させてくださいよぉ~~!」

 ジャミーレや妖狐族の女官たちも抜き身のシャムシール三日月刀を手に涎を垂らして居並んでいる。

 あぁ~~あ、立耳と尻尾を出してパタパタさせてるんじゃ美女が台無しだろう?

 「先任軍曹!航海日誌や通信録は、押収するのを忘れるなよ」

 「アイ・アイ、サー」

 「よし!斬り込み隊、突撃!」

 「了解!」

 「行くぞぉ~!」

 「ガオ~~ン!」

 「ワオ~~ン!」

 「アオ~~ン!」

 「ワンワン!」

 「ウニャ~ゴ!」

 ナナオの号令で、斬り込み隊が突進して行った。

 たく、狼族や犬族だけでなくて猫族までが行くのかよ?

 犬族や猫族の戦闘員たちまでもがヒトを獲って喰うのなら、本艦の戦闘力は思っていたよりも高いと言わなければならないだろう。

 ところで、本艦にトラ族やクーガー族が乗っていたっけか?

 ノアは、立耳族に対する情報の書き換えを真剣に検討する羽目になった。


          *****


 仮装巡洋艦ビンアルの艦長室では艦長のルイが、慌てふためきながら航海日誌と金貨の袋を鞄に詰めているところだった。

 金貨を航海日誌と一緒に鞄に詰めるのは欲得絡みでは無く、万が一にも海中に投棄しなければならない時には重りの役をしてくれるからだ。

 本船の正体を、相手が何者であろうと知られるわけにはいかない。

 船長室のハッチから一歩入った所には、航海長のズーハオが短機関銃を手にして警戒に当たっている。

 「たく!あのガレオン船は、何なんだよ?」

 航海長に聞かれない程度にブツブツと、ルイが泣き言を口にする。

 ついさっきまで。

 ビンアル海賊船アケボノ旅客船以外には漁船の一隻も見えなかった大海原の真っただ中で。

 大きな獲物を手に入れることが確実だと安心して、仕事海賊に取り掛かっていたところだった。

 獲物は五千トン以上はあろうかと見える商船で、データ検索ではハルティア海運のアケボノという七千トンクラスの貨客船。

 喫水線が海面にガッツリと沈んでいるとあれば、積み荷のほうも期待が出来るし、仮に空荷であろうと船体だけでも回航すれば、海軍からそこそこの褒賞が期待できるというものだ。

 警告射撃の二発だけしか砲弾を消費していないし、燃料費を差し引いても十分に利益は出るだろうと算盤を弾いていたのだけれど。

 いきなり。

 空から降ったか海から湧いたか。

 いや、海からガレオン船が湧いたらホラーだが。

 警告も無しに、六門もの大砲から徹甲榴弾をぶっ放してきやがった。

 「たまたま、足元のケースに入れていたピストルを出そうと屈んでいたから良かったけれどよ」

 いや、商船に向かってはガレオン船が警告していたかと思い出す。

 大音響と共に、ブリッジの防弾ガラスは一瞬で吹き飛ばされるし。

 甲板を見れば大砲さえも吹き飛ばされて、生き残った部下たちもフラフラの状態で応戦をするどころの話では無かった。

 おまけにと言うか、その上にと言うか。

 有り得ないことには、ガレオン船から制服を着た兵士や水兵たちが本船へ斬り込みを掛けてくる始末だ。

 その兵士たちの戦闘能力も凄まじく、本船の戦闘員たちを圧倒している。

 本船、いや本艦は海賊船を装った海軍省直轄の通商破壊艦で戦闘員たちも海軍陸戦隊から選抜された強者もさ揃いのグループであるのにだ。

 「船長、いえ艦長。敵兵に混じってる女どもが押しかけて来てますが?」

 ハッチの外側の通路で短機関銃を構えた警備係の戦闘員が、状況報告をしてくれている。

 ルイは海軍で上級艦長の階級を持ちながらも、海軍では特務畑を歩いてきた実績を買われて、単独作戦という重要任務を任された身だ。

 そして。

 現在は宣戦布告無しでのフソウに対する通商破壊作戦を遂行中であり、正体不明の相手に捕まるわけにはいかない。

 「よし。蹴散らして脱出するぞ!」

 そう言って振り向くと、通路にいた警備係の戦闘員が、西域風の華麗な衣装を纏った美女に三日月刀で首を斬り飛ばされたところだった。

 すかさず、航海長の短機関銃が火を噴くけれど。

 丈が短いスカートの艦長服という場違いな服装の美少女が飛び込んで来て、航海長は弾き飛ばされてしまう。

 確かに弾丸の二~三発は当たっていると見えたけれども、平気な顔で航海長に飛び掛かると当て身を食わせる。

 「ふん。手間を取らせおってからに」

 その隙に、船長ならぬ艦長のルイが手にしたピストルを持ち上げて狙いをつけるより早く、美少女の足がピストルを蹴り飛ばす。

 スカートの中が見えたと思った途端に、首を掴まれて締め上げられていた。

 「先任軍曹!この不埒者を拘束しておいてたも」

 見かけによらない馬鹿力と古風な言葉に戸惑っていると、海兵隊と思しい制服を着た立耳族の兵士に手錠を掛けられてしまう。

 「こら!ジャミーレ、その航海長らしいのを喰ろうてはいかぬぞ」

 艦長服の美少女が大きな声で命令している。

 何の事かと目をやれば、西域風の衣装を纏って、立耳に尻尾まで生やした美女が牙剝き出しで航海長の首に嚙みつこうとしているところだ。

 見た途端に、この美女は妖狐だと知って全身の毛が逆立つ。

 美女に化けた妖狐に惑わされて国を滅ぼした皇帝の末路など、いろいろな伝説を持つルイの故郷でさえも、実際に本物の妖狐に出くわしたなどという体験談は聞いたことが無い。

 航海長のズーハオだって、妖狐に会った事など無いだろう。

 それでも、直感がコイツ等は只物ではないと告げている。

 「は~い、ナナオ様。お前は運がいいよ、航海長とやら」

 美女が手を離すと航海長はデッキにへたり込むけれど、通路から入って来た別の兵士に拘束されてハッチの外へ引き摺られていった。

 「先任軍曹。身体検査をしておいてたも」

 ルイの手を蹴り飛ばした艦長服の美少女が鞄を拾い上げながら言うと、立耳族の海兵が敬礼をしてルイの服を探り始める。

 特殊部隊で教わった通りに戦闘服の上腕部内側にテープで装着していた、銅製のナイフを見つけられて舌打ちをされる。

 ベルトの背中側に貼り付けていた十徳 ナイフも取り上げられた。

 海軍の身分証を入れた手帳や財布も取り上げられるけれど、それについての論評は無いようだ。

 「よし、引き上げじゃ。先任軍曹、船内の捜索は任せたぞ」

 「アイ・アイ、サー!お前たち、船底のビルジ溜まりまで見逃すんじゃないぞ!」

 美少女の命令で、その場にいた兵士や美女たちはルイを引っ立てながら上甲板へと向かって行った。

 

          *


 海賊船の上甲板では、水兵服では無い作業服を着たゴールデン・ビクセンの工作兵たちが戦闘の後片付けに追われているところだ。

 「よい!仕事のほうに集中してたも!」

 美少女艦長ナナオの姿を見て敬礼しようとする工作兵に、ナナオが手を上げて声を掛けている。

 操艦術はデタラメだけれど斬り込みとなれば、ナナオの戦闘能力は乗組員たちから高い信頼を受けているから、敬意を払うことを躊躇う者はいない。

 「ほらぁ!とっとと歩かんか!」

 そんなところへ、ブリッジのある区画に通じるハッチから立耳海兵にどつかれながら、海賊船の乗組員らしい男が押し出されて来た。

 「どうした、ヨルマ伍長?」

 「報告します!先任軍曹!」

 美少女艦長ナナオの目の前ではあるけれど、指揮系統として先任軍曹が事情を聞き取ることにしたらしい。

 「はい、先任軍曹。こいつが海賊船の船底に爆薬を仕掛けようとしていたのを発見しました!」

 制圧した海賊船での、略奪と残敵掃討を兼ねて見回っていたヨルマ伍長の班が、現場を押さえたという。

 「爆薬は、回路を抜いて回収しました!」

 手提げ鞄くらいの大きさの、可塑性爆薬プラスチック爆薬と見える塊と電線コードなど一式を立耳海兵のひとりが掲げて見せる。

 「艦長!」

 先任軍曹がナナオに向き直って報告しようと、姿勢を調える。

 「ご苦労、先任軍曹。ヨルマ伍長の班には報奨金を出すことにしようぞ」

 「イエッサー!アイ・アイ、サー」

 「ありがとうございます、艦長!」

 先任軍曹の返事に続いて、立耳海兵のひとりがナナオに礼の言葉を述べる。

 命令も許可も無いのに艦長にモノを言うのは不敬の極みだと、先任軍曹が怒鳴りつけようとするけれど、ナナオは笑顔で手を振って止めさせた。

 「良い仕事をしてくれたのじゃ。妾のほうが礼を言いたい」

 ナナオには判らない事柄だけれど、船を自沈させなければならないほどの秘密だか事情だかが本件の裏にあるということか。

 ビッキーならば、何か知っているに違いないだろうと考えるナナオである。

 「先任軍曹。その乗組員と爆薬は航海長ノアに引き渡しておいてたも」

 お決まりのアイ・アイ、サー!を背中に聞きながら、ナナオは貨客船アケボノの舷門へ向かって飛び上がる。

 その後を追って、ジャミーレも尻尾を振って身体のバランスを取りながら宙を舞っていた。


          *****


 本船の上空では、遥々はるばると本土から飛来したシモザシ航空隊の長距離戦闘機たちが翼を振りながら機体を傾けて旋回しながら本土へ戻ろうとしているところだ。

 緊急出動して来てくれたのだが、事件は解決してしまって燃料の残りも少ないとなれば長距離戦闘機たちの出番はない。

 増槽を両翼に下げれば飛行時間は伸びるけれど、今回は速度重視で飛んで来たということらしく、増槽は無い。

 航空隊のエンジン音が遠ざかって行くけれど、取り残されたという不安感は感じられない。

 アケボノのブリッジで吹き飛ばされたガラスを掃除しながら、ヨイチロウはガレオン船の航海長だという軍服を着た男と会話をしている。

 本船では、ガレオン船の砲撃であちこちに損傷があって足元を綺麗にしなければ危なくて航海を再開するどころではないので、船長でも後始末に当たらなければならない状態なのだ。

 「いやぁ、ちょっと砲弾の破壊力を読み間違えましてねぇ」

 ノアと名乗る男が済まなさそうな顔と声で詫びを言う。

 ブリッジのガラスが吹き飛んだだけでなく、上部構造のあちらこちらも穴だらけなのを見た上での挨拶なので、信憑性は怪しいものだ。

 「いえいえ。海賊船にやられるところを助けて頂いたのですから」

 場合が場合なので、やり過ぎだろうとは顔にも声にも出すわけにはいかない。

 噂では。

 このノアという航海長は、ハルティア・グループのトップであるソフィア様やレオ様たちとタメ口で話し合っているという。

 それだけでなく。

 ズタボロになっている海賊船の甲板から本船に飛び乗って来て、ガレオン船の艦長だと名乗った艦長服の美少女には、命令口調で指示をしている。

 美少女の後ろでは異国風の衣装を着た御付らしい美女が苦い顔をしているが、決して口を挟むことはしなかったので力関係は明白だ。

 「ナナオ。艦から作業班を回して、片付けの手伝いをしてもらえないか?」

 「うむ。こんな所に居座ってるとアブナイからのう」

 イカに襲撃されたら対応が厄介じゃとか呟いているが、この海域で大型船を襲えるほど大きなダイオウイカを見た記憶は無い。

 ナナオと呼ばれた美少女は、ヨイチロウの顔を見て確認をする。

 「航海するだけの応急修理なら、二十名もいれば足りるかの?」

 「舷窓には蓋が出来るから、喫水線周りの弾痕だけ塞いでもらえれば。艦長」

 俺も、予備役ながら下級艦長の階級を持つが、ここは注意して敬称を付けて話をしておこう。

 船体の内部に損傷は無いので、機関は動いているし電気系統も問題は無い。

 「ジャミーレ。ビッキーに頼んで工作兵を二十名ほど回してもらってたも」

 美少女艦長が後ろの美女に振り向いて命令すると、美女はガレオン船へ向かって飛び出して行った。

 ブリッジのアイランドからラダーも使わないで、飛び出してったんだが?

 「ブリッジのガラスは本艦ビクセンの倉庫から引き出して、別の班が取り付けに来るよう手配してある」

 どうも、船舶の運用については航海長のほうが専門家らしい。

 美少女艦長は貴族家の出で名誉職で乗っているのかとも思ったが、先ほどの斬り込みでは先頭を切って突撃していたのを見ると、お飾りというわけでもないらしい。

 そんな事を考えていると、ガレオン船から海賊船の甲板を渡って工作兵たちが本船に乗り込んで来た。

 本来は乗船許可を求めてくるシーンだが、この非常時に細かな作法についてアレコレ言っている場合では無いことくらいはヨイチロウにも分かる。

 民間の造船所では出来ないほどの手際の良さで、戦闘修了から三時間ほどで出港準備は整ったのだ。


 「シモザシまでは本艦が護衛させてもらうからの」

 美少女艦長の言葉を聞いて、ヨイチロウは驚かされることの連続に現実感を失っていく気がする。

 商船とは言え、アケボノは三十ノットくらいの巡航速度を持つ高速船だ。

 その高速船を先導してガレオン船旧式帆船が護衛してくれるというのは、船長の資格試験でさえ出題されることの無いだろう、珍問奇問の実例だ。

 そんな俺の戸惑いなど知らないという顔で、美少女艦長は話を続ける。

 「ハルティア・グループとは共同事業で、海賊島と言う名前の島をひとつ造っていての」

 そういう噂も聞こえてはいたが、海賊島の沖合は通るけれど実際に工事現場を目にしたことは無い。

 「ハルティア海運の船が海賊に襲われたとなれば、帰り着くまで面倒を見なければなるまいて」

 商船の船長には理解できない力関係や、利害関係が絡み合っているらしい。

 上のほうで帳尻を合わせてくれるというのなら、運転手船長がツベコベいう問題では無いと思うことにした。

 「面倒をお掛けしますが、よろしく」

 爆風でも吹き飛ばされていなかった帽子の縁に手を当てて、海軍式の敬礼をする。

 本船は軍艦ではないから、パイプを吹ける掌帆手は乗っていない。

 相手も、そんな事は期待をしていない様子だ。

 「では、またの」

 美少女艦長はそう言って、航海長と工作兵たちを引き連れて下船して行った。

 「本社へ連絡だ、通信士」

 本社への事情説明の手順を組み立てておかないと、無線機に貼り付いたままになるぞと、気を引き締めた俺だった。


          *****


 「ところで、この海賊船の始末はどうするつもりじゃ?」

 上部構造物を吹き飛ばされた海賊船の甲板を歩きながら、ナナオがノアに訊いて来るのだけれど。

 「持って帰らないと、シモザシの連中が本気になんかしてくれないかもなぁ?」

 「折角の獲物だぞ。持って帰ろうぜ」

 呟いていた俺に、ビッキーの返事が聞こえた。

 いつの間にか本艦ビクセンから下りて来たらしく、工作兵たちにアレコレ訊いている。

 「上物うわものしか撃ってないからメインエンジンは動くし、操舵のほうは外付けでコントロールできる小型エンジンで左右に振らせれば大丈夫だろう?」

 ビッキーの常識度外視のアイデアには、船乗り生活が長かった俺でもついて行くのが大変だ。

 「おい、そんな箇所で疑問符なんか付けるなよ」

 そりゃぁ、神様が二柱に魔法使いが山盛りで乗り組んでいるガレオン船ゴールデン・ビクセンだから、無理押しすれば何だって出来るだろうが。

 本艦のCICからモニターするリモコン操作でも、シモザシまでなら持ち込めるということに話が纏まった。

 自称では高速船という、船速の遅い貨客船に合わせてノタノタとやること三日間。

 時々、シモザシの長距離戦闘機が編隊で飛んで来たり、フサの長距離救難飛行艇が飛んで来たりで退屈することは無かった。

 時間に余裕があるので、海賊船の上部構造物や大砲までも修復しておく仕事に工作兵たちは大張り切りだ。

 天候に問題は無く、絡んでくるアホな船もいなかった退屈な日々が過ぎて。

 

 操舵甲板に立つ俺たちの目に、シモザシ湾への入り口に建つノシマの巨大な灯台が見えて来た。

 「CICから航海長へ!高速航空機の編隊が十二時方向から接近します!IFF識別信号フレンドリー」

 レーダーが航空機の接近を報告してくると、すぐに前方のシモザシ方向から戦闘機の編隊がいくつか飛来して来た。

 「ありゃあ、シモザシの局地戦闘機だな」

 ビッキーが空を見上げて、識別標識を見て取った。

 本艦ビクセンやアケボノを護衛するように、頭上に陣取った編隊に先導されるような格好でシモザシ湾に進入すると、大小の船舶がマストに信号旗を並べ立てて出迎えてくれている。

 「おいおい、あいつらを掻き分けてちゃんと港に着けるんだろうな?」

 ビッキーが苦笑いをしながら、俺の肩を叩いたのだった。

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