第14話 海賊島を建設しよう
★復活歴2,101年★
ある日。
メイドカフェ・ハルティアの奥にある会議室。
ビッキー、ノア、ナナオ、ソフィア、レオ、エリアスたちが円形のテーブルを囲んでいる。
「こちらが、建設中の海賊島を視覚化した立体デザイン画像でございます」
レオがテーブルの上に三次元画像を浮かばせて、手のひらを見せる。
「画像に触れていただけば、上下左右に回転させることが出来ますので」
言われて、ノアが画像を動かす。
「うん。良く出来てるな」
*
立体デザイン画像には。
外海との間に艦船が通れる水路を繋ぎ、内側の入り江とは水門で仕切られているという港を抱えた、海賊島が見えている。
港には、モナルキ海軍から略奪したフリゲート艦が繋留されていて、メントップに掲げられている旗は骸骨マークの海賊旗だ。
島は、前面である南にシモザシ湾へと繋がる入り江を持ち、背面である北はアキバがあるシモザシの陸地と堀を渡る橋で結ばれる。
堀は、シモザシ湾そのものの海水で海峡と呼べるものであり、陸地の側には西方世界にあるような城門風のゲートが置かれて、チケット発券や入退場の管理を行う。
ゲートは、堀を渡った島の側にもあって、こちらも城塞都市の城門風だ。
入り江の岸辺には、モナルキ風とアングル風を混在させたようなイメージの建物が並ぶ港町を造り、港を見下ろす高台にはランドマークとして実物の多用途砲を備えた要塞を置く。
実戦を想定している軍人の目で見なければ、遠目には只の飾り程度にしか見えない大砲だ。
港町には、島全体の管理事務所を兼ねる裏政庁や病院などの公共施設とホテルや商店街を配置することで、長期滞在型のリゾートとして機能性を持たせる。
ゴールデン・ビクセンの乗組員から選抜するビッキーの部下たちをスタッフとして住まわせるための従業員宿舎も、普通の生活をしている民家やホテル風高層アパートというデザインで、風景に溶け込ませる。
ハルティア・グループから派遣される
ハルティア・グループの全員を島に移住させてシモザシを引き払うことをしないのは、シモザシのほうにも多数が居住し続けることで、一万年に亘る既得権を主張出来るようにしておくためだ。
あるいはまた、シモザシだけではなくフサなど周辺地域に散らばる関連企業と従業員たちを維持することで、外郭から島を護るという意味合いもある。
島では、自治警察としての警備隊や消防隊なども大っぴらに見せて、宿舎付きの建物に出入りさせておけば制服姿が見慣れたものとなり、立耳海兵や水兵たちが島内を歩いていても見物客たちから違和感を持たれることは無いだろう。
なにしろ。
シモザシ湾に造成される人工島は六千
島内には箱型デザインのレトロなトラムを循環させて、見物客や従業員たちの移動手段を兼ねた観光アイテムとすることになる。
従業員たちの日常活動を見せるということで、来客者がビジターではなくて一緒に生活空間を共有する感覚を持ってくれることを狙うのだという。
*
「この島を建設する肝は」
ビッキーが画像の港を指差して、説明をする。
「ハルティア・グループとゴールデン・ビクセンのヘッドクォーターを、整備することにある」
現在はシモザシを中心とした一帯やフソウ各地に分散して住んでいたりする大耳族と眷属など、聖都から移住して来た者たちを、メイドカフェ・ハルティアの中にある事務所で把握している。
メイドカフェ・ハルティアもソフィアが張り巡らした強力な防御結界で護られてはいるが、いつまでも裏側に隠し続けていることには不都合な面もある。
「商談程度ならメイドカフェの事務所でも十分だろうがな?」
ビッキーは言うが。
それでも。
フソウでも表面化しつつある時代の変化という現象に先手を打つには、それなりの入れ物があったほうがいいとビッキーは言う。
「うちも、裏の商売をしている訳ではありませんからねぇ」
シモザシ一帯に根を張ったビジネスの取り纏めについては、レオにも考えがあるようだ。
「ナラの大王やシモザシの族長たちの顔を潰さない範囲で、我々の旗を掲げて見せるというのも必要な頃合いでしょうか」
「でかいビルを建てて、大企業でございますとやるわけではないからな」
複合的なレジャーランドならば、見せ掛けの施設にハルティア・グループのオフィスなどを紛れ込ませてしまうことで、外から見た通りの
「それに協力する形で、あたしのほうも一口乗せてもらいたいんだ」
そのためには、海賊島という見せ掛けを持つレジャーランドが最適なのだと、ビッキーが言う。
「この島をゴールデン・ビクセンの繋留地としても違和感無く使えるように、外部に向けてストーリー性を打ち出すことにしたいんだ」
みんなの顔を見て、理解しているかを確かめる。
「だから、外海と出入りが出来る水路と水門が必要になるんだけどな」
つまり。
モナルキ海軍から強奪したフリゲート艦のほうはリアリティのある海賊船として港に固定してしまい、一般客に開放して集客の目玉と同時に島のシンボルとして認識をしてもらう。
一方で。
ちょっとアンティーク調のガレオン船であるゴールデン・ビクセンは七つの海へ海賊として出稼ぎに遠征しているという動きのあるストーリーだ。
当然。
基地となる海賊島の港にいないこともあるし、稼ぎが良くて船倉が満杯になれば帰港するということになる。
実際にはゴールデン・ビクセンの船倉は無限空間なので満杯になることなど無いけれど、そこは演出ということだ。
海賊船の乗組員たちも、ガレオン船と展示用フリゲート艦の双方に交代制のシフトで勤務すると公表する。
だから、記憶力の良い誰かが、顔見知りの乗組員のひとりが港にいないと気が付いても怪しまれることは無い。
また、港町と離れた地域はコンセプトデザインに注意した外観の農場や工場などを置いて、艦の補給処をバックアップしたりハルティア・グループの生産拠点のひとつとしても機能させる事が出来る。
「シモザシの当局には、島を造る許可申請は通してあります」
レオが大仰な印判の押された書類を回す。
「純利益の五十パーセントを納税するということにしてありますから、地元への貢献度抜群という事で、族長たちからの異議は出ませんでした」
シモザシに腰を据えて、一万年。
地元とは持ちつ持たれつでやってきたので、そんなところで税額を誤魔化すなんてことは考えてはいない。
レオはビッキーの顔を見て、次にノアの顔を見る。
「島を造ることで迷惑を掛ける地元の関係者たちには、物品納入業者としての契約や職員雇用の割り当てなどで保障してます」
裏側では有力者への根回しという名の
そんな程度で済むなら、シモザシでは常識以前の穏便な方法で、権力者の側が保障無しで住民に転居を迫るというか追い出すなんてことは日常茶飯事だ。
「一万年前には、聖都からの亡命者である我々を受け入れてくれたシモザシの上層部と住人たちですからねぇ」
地元のフソウに土着する小耳族と立耳族には、一万年も生きている者は無く、世代交代を重ねて来ているけれど。
彼等の先祖代々への、恩返しという面もあるし。
ソフィアたちは、地元の政治権力を左右する積りなど無いけれど、人心掌握には十分に注意を払ってやってきている。
今回も然るべく手当をしておかないと、周辺地域も含めて築いてきた長年の交流が無になってしまいかねない。
シモザシだけでなく、フソウの有力部族は独立独歩の気概溢れる戦士たちが主流を占めている。
形式だけはヤマトゥかナラの大王を担いでいるけれど、各部族ごとに思惑が異なるくらいは序の口で、族長たちが冷静あるいは冷徹な計算の出来る人物揃いだとは限らない。
レオの仕事も、複雑多岐に亘っているようだ。
「これで
ビッキーが言う。
「それに、ですが」
立体画像を消して、レオが小さく手を叩くとメイド服のレーラたちが茶菓を載せたワゴンを押して来た。
「ときどきは、彼女たちの職場を定期か不定期に入れ替えなければならないという問題の解決にもなりそうですし」
ソフィアは、神々の娘とあって不滅の寿命を持っているけれど。
世界創世以来ソフィアに従っている
そのために。
特定の個人が特定の職場に勤務をし続けていると、大耳族自身だけでなくシモザシの住民たちにとっても面倒な問題が起きてくる。
関係者による、権力の寡占化あるいは固定化。
ソフィアたちが意図しない処で、地元の取引先や関係者の誰かが、神の威を借りて何かしでかすということはあった。
企業活動における市場独占。
一万年も特定の職域に携わっていれば、競争相手は時間という壁を乗り越えることが出来ずに、消滅してしまう。
結果として、ハルティア・グループ傘下の企業群だけがシモザシ一帯を寡占してしまうことになるが、それは望ましい事では無い。
地元の人間にとって、祖父の頃から変わらぬ若さと美貌のメイドカフェや関連業界に勤めている女性たち。
メイドカフェなどというビジネスが無かった時代から、料理屋や水茶屋にいた歳を取らない女性たちを知る者は、既に生きてはいないけれども。
伝説は語り継がれる。
さらにまた。
美女たちほどには目立ちはしないけれど、いつまでも若々しい男たち。
・・・。
長寿に対する羨望くらいで済んでいるうちは、まだいいが。
「シモザシへ到着した当初は神の娘と眷属という扱いで、不老長寿は当然のこととして受け入れられていたのですが」
さすがに一万年も経てば、シモザシの社会体制も変わるし、住民たちの意識も変わるとレオは言う。
「長寿には長寿なりの、面倒事があるんですけどねぇ」
神々の末裔として、敬われ畏れられているうちはまだしも。
「神々などいなくても、テルースは自分たちで回せるという考え方が大勢を占めるという、一万年前と同じ思想と現象が表面化しているのです」
黙って聞いていたソフィアが、ここでポツリと口にする。
*****
一万年前。
聖都が中原帝国の軍隊に蹂躙されるという事件を目にしても、西方世界を始めとする各地の諸王国は静観を決め込んだ。
それは。
神殿の巫女であるソフィア、すなわち神の娘による王位の認証を必要とはしないのだという、小耳族と立耳族の独立宣言。
ソフィアに対面して、馬鹿正直に言った王たちはいないけれど。
滅びるも栄えるも。
結果は自分たちが決めるのだと言う、自己主張あるいは自己責任への自負。
そういうアレコレを知り、創世の神々の権利を主張して制圧する積りなど持ち合わせていなかったソフィアたちは、聖都を放棄してフソウの島へと引っ込んだのだ。
その過程で、ノアが中原帝国の中枢を殲滅するという暴挙に出て、一万年の神権停止を喰らったのは本筋とは異なるハプニング。
そして、一万年という時が過ぎた。
途中に文明の断絶という大事件を挟んで、復活あるいは再生したテルースの住人たちは現在、実生活における神の助けを望んでいない。
「少なくとも、神々に導いてもらおうという思想はありません」
「そりゃあ住人たちの勝手だが、あたしたちにとっては問題が大有りだよな」
ソフィアの話をビッキーが引き取る。
「
「誰だか判らないヤツの仕込みで、此の宇宙に棲まうモノたちからの信仰という無形のパワーを吸収できないと、
ノアが、何とも言えない顔で問題点を指摘する。
ぶっちゃけた話が。
「それで。持ちつ持たれつという辺りで、ここら一帯の信仰心ならぬ必要性による信頼心というパワーを集めてるんですわ」
エリアスがハルティア・グループの状況を纏めて見せた。
***
「ところでじゃが」
思わぬ方向へ話が暴走した、海賊島についての打ち合わせが落ち着いたところで、ミニスカ艦長服のナナオがメイドカフェの店長であるエリアスのほうを向いて言う。
「先日、ゴールデン・ビクセンで火星まで行って来る用事があってのぅ」
「はい。
エリアスもメイドたちが珍しい真珠玉を、ゴールデン・ビクセンの水兵たちからプレゼントされたことは知っている。
閉店後に、レーラに頼んでプレゼントされた玉を見せてもらったが、自分たちで持っている分には危険性は無いということで、ソフィアもレオも彼女たちが私物にする事の了承を与えた。
「その、火星での」
ナナオが微妙な笑顔を、エリアスに見せる。
「はい。何やら楽しそうなことがあったとか?」
エリアスも、微妙な笑顔で受け答えをする。
「知っておるなら、話は早いのじゃがな」
お互いに、結論は見えているという感じのやり取りが続く。
「成り行きでな、大量のイカを手に入れたのじゃ」
「はい。そのイカをうちのグループ企業からシモザシの市場へ流すということでよろしいんですね?」
「うむ。よしなに願いたいのじゃ?」
シモザシの住民たちも、アキバの南に広がるシモザシ湾で魚介類の沿岸漁業をやっている。
アキバ近くのヒラカワの岸辺には魚河岸もあって、シモザシの北にある内陸のサキタマを経由して、ナラの都にまで繋がる河川を利用して鮮魚や加工品を中型船で運ぶ流通ルートが確立しているから、販路には困らない。
シモザシ湾からナラの都までは直線で五十キロメートルほどあるけれど、海抜の高低差は三メートルほどしかない。そこまでは河川が作り出した網の目のような水路が発達していて、途中に点在する主要な町には船着き場も荷上場もある。
船による輸送効率は、陸路を走る運搬車を遥かに凌ぐので、シモザシを含む平野部では水運のほうが重宝されているのだ。
それより北の山岳地帯が広がるケヌ地域の中心地であるタコ(火星のタコではない)などの群落へは、川の高低差が大きくなって陸路が主要な流通ルートとなるが、マーケットが大きければ多少の運送費は吸収できるらしい。
なにしろ、ケヌにあるタコからナラの都までは仕事を挟んで日帰りできる程度の距離だから、物流に問題は無いのだろう。
「
レオが、新製品のネタが出来たと言いたそうな顔で、エリアスの答えに補足している。
「うむ。あとは搬送の手順をジャミーレと相談しておいてたもれ」
空間魔法で管理される
燻製とか乾燥とか瓶詰とかの、加工法はあるだろう。
そのあたりは、担当する商品開発部の腕の見せ所ということになる。
こうして。
遥かな空の向こうの、タコ踊りに端を発した騒動の結末として。
火星産のイカを素材にした、真空パックの冷凍イカフライ(チン!するだけで食べられる)がシモザシから北の平野部一帯に流通し、珍味の噂を聞いた西の果てのヤマトゥからも、買い付けの商談が舞い込んだのだった。
余談ながら、シモザシ一帯の住民たちはイカを好んで食べるが、タコは人気が一歩くらいは下がる。
逆に。
シモザシとヤマトゥの中間辺りにあるナニワやムコの海鮮商社からは、タコの大量注文についてオファーがあったが。
ナニワに売れるほど大量にタコは獲らないと、丁重に断り状を出したという。
「どうして、ナニワではイカよりもタコのほうが好まれるんですかねぇ?」
エリアスの言葉は宙に漂ったままになったのだった。
*****
「おぉ~~。今日は、お偉いさんが勢揃いでお出ましか?」
シモザシ湾に造成中の人工島に盛り上げられた高台で、重機を操る
フソウの住人では珍しくないヨシユキという名前の通り、俺はシモザシの
海賊島なる名前のコンセプト・リゾートを造る、発注元のハルティア・グループの面々である
それでも、大昔に遠い異国から小さな船で渡って来た、神様の集団であるという認識は消えてはいない。
そのためかどうかは、知らないが。
フソウの島の各地に割拠している邑々の族長たちは大耳族に、別けてもソフィアという名前のメイド服を着た美女には、大いなる敬意を払い続けている。
独身者である俺も、たまにはアキバにあるメイドカフェ・ハルティアに食事に行って「ご主人様」と呼ばれているが。
あの。
飛び切りの美人ではあるが、ほかのメイドたちと楽しそうに接客をしているメイドのどこに、族長たちから拝まれるほどの理由があるのかは分からない。
「まぁ、俺なんかは下っ端の重機オペレーターだからな」
俺が操るヒト型をしたマシンは、手足を持った歩行型の建設用重機だ。
現場の状況に応じて腕先のパーツを組み替えることで掘削から細かな組立工作までの、あらゆる作業を行うことが出来る。
操縦免許を取るには適性検査を通過して学科に実技と、高いレベルの試験を突破しなければならないという難関だ。
マシンの外観もさることながら、仕事に伴う給料も世間からは魅力的と言ってもらえる程度には、満足出来る金額だ。
そういうことで。
シモザシでは重機オペレーターと言えば、見栄えの良い機械を操る中堅クラスの技術者として、子供たちからは英雄視される職種の一つではある。
子供たちと言えば。
俺たちが乗っているヒト型をしたマシンは空を飛べるし、腕先が変化して砲弾も撃ち出せるとかいう、荒唐無稽な話が子供たちの間で流布しているとか聞いた。
いや、そんなことがある筈なんか無いだろうと、俺は思っているけれど。
俺が知らないだけで、このマシンは空を飛んだり出来るのか?
それとも、ハルティア・グループの機械工場の何処かには、地下に隠された秘密基地があって、空飛ぶマシンが待機しているのだろうか?
与太は、とにかく。
俺も自分の仕事に誇りはあるし、実際に重機オペレーターが社内で下っ端と呼ばれることは無い。
それでも。
ハルティア・グループの傘下にあるハルティア建設の社長はマティアスという名前の大耳族で、数千年も社長職にあるという。
人力だけで建物を建築していた昔には、社長ではなく棟梁とか親分とか呼ばれたらしいが、土木から建築までを仕切って来た技術の蓄積は他の追随を許さないらしい。
そのマティアスが、現場総監督のスケヒロを伴って、数人の客を案内している。
俺も顔だけは知っている大耳族のレオとエリアスに、どういう訳かソフィアちゃんが一緒だ。
俺が顔を知らないポンキュッポンの臍出し金髪美人と、金モールで飾られたミニスカ軍服の美少女。
それに加えて。
俺が顔を知らないだけでなく、暗い夜道で出くわしたくは無い雰囲気の軍服男性がひとり。
軍服のデザインは海軍軍人らしいが、見慣れているシモザシ水軍のものではない記章が付いている。
ナラの都に居ます大王の、名目上の指揮下にあるシモザシでは、海だけではなく内陸の湖沼河川にも小型の軍艦を運用するので、海軍ではなく水軍という呼び方をしているのだが。
海軍や商船の制服は、各国共通のデザインで仕立てられているようだが、仕立てや徽章などに微妙な違いがある。
シモザシは志願兵制でやっていて、軍務経験の無い俺は海軍や水軍の仕組みは知らないから、詳しい違いは判らないんだよな。
ところで。
メイドのソフィアちゃんと言えば。
最近のメイドカフェでは、此の辺りに住んでいるとは思えない船乗りたちに出会う機会が増えて来た。
彼らは軍服らしい揃いの服を着ていて、同じ軍艦に乗り組んでいるらしい。
私設応援団であるレーラ組のメンバーである俺も、レーラちゃんと船乗りたちとの会話を耳にすることがあるのだが。
フソウ周辺の海だけではなくて、世界中の海で海賊働きをしてきたような珍しい話題で盛り上がっている。
この前なんか、俺たちが住むテルースではない、別の星とやらに行ってきたという法螺とも本当ともつかないようなことを言っていた。
だが。
シモザシの港に外国の軍艦や海賊船らしい船がいるのを見た事が無いし、アキバの街を歩いている彼らを見た記憶も無い。
どこから来ているのかと不思議に思う事はあったが、ミニスカ軍服を着た美少女や連れの面々が関係しているということなのだろうか?
そういう流れで考えれば、納得できないことも無いけれど。
重機オペレーターは、現場の工作図だけではなく立体デザイン画の完了予想図も見せてもらえるが、この現場には港を造ってフリゲート艦とかいう帆船型の軍艦を繋留しておくのだという。
俺が仕事中の高台には、要塞とやらが置かれるらしい。
それならば、海軍軍人らしい人物が視察に来ても不思議では無いか。
だけど。
メイドカフェのソフィアちゃんがいるのは、どういうわけだ?
まさかマティアス社長が、愛人を連れて来てるんじゃないよな?
相手が社長であろうと。
俺たちの憧れで、高嶺の花のソフィアちゃんを愛人にするなど怪しからぬ所業だ。
そこまで意識が彷徨ってきたところで。
「おい、ヨシユキ。マシンの動きが停まっているけど、何かあったか?」
工区班長のシンイチの声が、ヘッドセットから聞こえて来た.
見回すと腕に二本の赤帯を巻いた重機の操縦席からシンイチが、俺のほうを見ているし。
チームの他の重機の操縦席からも仲間たちが俺を見ていた。
こりゃぁ、今夜の飲み会でソフィアちゃんに見惚れていたと酒の肴にされることは確定か?
「いえ~、なんでもありません!」
そう言って、
*****
形を見せつつある海賊島の高台にある工事現場で、ハルティア建設社長のマティアスは心の中で二重に首を捻っていた。
此処にいる
マティアスにとってのボスは、ソフィアで間違いは無い。
いや。
聖都を離れて一万年も経ち、俗世の生活に慣れてしまってはいるけれど。
創世の神々の娘であるソフィアは、下級神に相当するマティアスにとっては神そのものであって、ビジネスで言うボスなどというレベルとは別格だ。
けれど。
そのソフィアは、海賊島と呼ばれる人工島の事業を取り仕切っている風では無い。
あるいは。
ソフィアの右腕というか執事長のような立場にいる、聖都で王様をやっていたレオは当局との折衝から予算管理に人員の手配まで仕切ってはいるけれど、それは必要不可欠ではあるものの裏方と言える部分の仕事だ、
さらには。
メイドカフェを始めとした多くの事業でプレイングマネージャーとして先頭に立っているエリアスも、大耳族だけでなく立耳族や小耳族の従業員たちから信望はあるが立場としてはマティアスと大差は無い。
ただ。
エリアスは聖都から脱出するという大事件では脱出船の船長を務めたし。その以前から商船の船長として世界各地へ交易に出張っていた経験を持つ。
海賊島というアイデアを持ち出しても不思議では無いけれど、現状でも多忙な身で仕事を増やせるとも思えないのだ。
それならば。
如何にも海の人間という軍服を着ているノアか、臍出し衣装で歩いているビッキー辺りの発案なのかと言えば、
ノアが聖都では枢密卿の地位に在ったことを知るマティアスには、腑に落ちない部分が多い。
聖都から脱出する航海のどこかで、ノアが姿を消したまま帰って来なかったことはカラック船に乗っていた全員が知っている。
それから一万年の間に、ノアが海の知識を身に着けていても不思議ではないが。
枢密卿としてのノアは、都市開発や商業に手を出していたことは無い。
残るはビッキーという名の女神という事になるけれど、ビッキーがゴールデン・ビクセンのオーナーとして
取り敢えずは、現実に仕切りの事務作業をしているレオに
***
「なぁ、マティアス」
「はい。何かございますか?」
わぁ、正真正銘の女神様に名前を呼ばれちゃったよと心の中で俺は呟く。
ソフィア様も女神様には違いないけど、このビッキーという名前の女神様は迫力が違う。
見た目は二十代の金髪美女だけれど、中身は俺より数ランク上の上級神だ。
「建築の専門家として、あんたが改善案を持ってたらと思ってさ」
改善案というよりは、意見は無いこともないのだが。
「何かやっちまってから騒ぐよりも、此処で潰しといたほうがいいからな」
「建築のほうでは、ないんですが」
折角のお言葉だから、気になっていたことを提案してみる。
「海賊船がいる港町を造って、ほかの区画には田園地帯も造られるとか?」
「うん。
お互いに疑問符付きの会話という格好になったけれど。
ビッキーはガレオン船を持っていて、その艦内に農場を持っているらしいが。
一万年前に聖都から乗って来たカラック船の中にも、ソフィア様の空間魔法で農場を造っていたから驚きはしない。
「田園地帯には水路を巡らせて、発電に使う田舎風デザインの風車や水車を置かれるということでよろしいんですよね?」
重ねて疑問符で言うと怒られるんじゃないか?とは思うが、言うだけならば大丈夫だろう。
「うん。それで?」
「その水路には、観光用のボートか何かを
「ふ~~ん。それは雇用対策か?それとも金儲けか?」
たぶん。
観光客というか入場者には大いに人気が出て、そこそこの金額になる料金を稼ぐことも出来るだろう。
それよりも、地元の若者たちの仕事を作って配分することも、ハルティア・グループの社会的な責任という側面がある。
地元に密着した建設会社の社長としては、若者たちに給料を支払うことで、多少の地元還元策は考えておきたいという事情も絡む。
地元民の利益になるという大義名分であれば、シモザシの族長たちだけでなくナラの都にいる大王だって、横槍なんか入れられないだろう。
そんなことは滅多に起こりはしないのだけれど、ハルティア・グループの事業にイチャモンを付けた連中は、既に歴史の中に埋もれている。
あまり頻繁に実力行使をやるなとは、レオから釘を刺されているから、余程の事でも無ければやらない。
そこまでは行かなくても、いざとなれば
何処かの都市に天から星が堕ちてくるなんてのに比べれば、極めて穏便な解決策と言えるだろう。
「船頭が操縦する手漕ぎの観光ボートがあれば、地元民の雇用対策になると思うんですが?」
手漕ぎじゃなくてモーターボートでも構わないが、時代感というのもあるだろうから押すだけは押しておこう。
海賊島を建設する為に、一帯で漁や養殖をしていた地元の漁民に移住してもらっていることもあるし。
働いてもらう場所が場所だから、雇用時の身元調査はキッチリとしなければならないだろうが。
そちらのほうはハルティア・グループの
「休憩所も兼ねたカフェやレストランのようなものを水路沿いに配置すれば、来場客対応と雇用対策にもなりますし」
事実上の不老不死という長寿を持つ
「そのあたりは、うちで詰めてみますよ」
レオが俺の顔を横目で見ながらビッキーに請け合った。
どうやら、俺の職分を少し
仕事が少しだけ増えて複雑にはなるけれど、そんなのはレオにとって誤差の範囲だと、俺もレオも知っている。
「空間魔法で仕舞っていた、聖都から乗って来たカラック船も港に置かせていただけますか?」
ついでに押し込んじゃえと、レオも話に便乗して言っている。
ハルティア建設の亜空間倉庫の奥に仕舞って置いても使い道は無いし、もしもの時は現代型の新造船でも手配すれば済むことだ。
観光ボートも航らせることだし、港にフリゲート艦一隻だけでは賑やかさが足りない気もする。
カラック船の内部に造った亜空間は使われていないから、封鎖して単純な見世物にしてしまえば来場客が歩き回っても問題は無いだろう。
「うん。ついでにカッター艦くらいは新造してもいいかもな」
どうせ、何処か見知らぬ海からかっぱらってくるのだろうと思うが、口に出す必要は無い。
そうやって、なんのかんのとやっているうちに。
だんだん、港としての格好が見えてくる。
「じゃぁ、よろしくな」
ビッキーが右手を上げて、その場の皆が頷いた。
*****
「ねぇ、シンイチ班長」
うちの班のヨシユキから名前を呼ばれて、俺は口に持って行こうとして手にしたヤキトリの串を皿に戻した。
「おぅ、なんだ?」
此処はアキバの大通りから引っ込んだビルにある、ハルティア・グループが経営している酒場だ。
若い連中にはメイドカフェのほうに人気があるが、俺の奢りで班の連中に飲ませてやるには、メイドカフェの払いは高いので仕方がない。
グループに勤務する俺たちは
まさか、ペペロンチーノだけをしゃぶって済ませるわけにもいかないだろう。
「今日は、現場にソフィアちゃんが来てましたよね?」
「お前、見惚れてて仕事の手が止まってたろうよ?」
ヨシユキの問いに、班の同僚であるエイタが混ぜっ返している。
「うん、来てたよな」
話が何処に向かうか分からないので、昼間に見た通りの返事をしておく。
マティアス社長が連れて来たというよりは、社長のほうが連れられてきていたという雰囲気の光景を見たからには、迂闊な事は言わないほうが良い。
俺たち
それでも、俺たちが勤務しているハルティア建設は、大耳族が手広く展開しているハルティア・グループの一員だ。
そのハルティア・グループのトップに居るのが、あのソフィアという名前のメイド服を着た大耳族の女性なのだという噂を、俺は聞いたことがある。
それは大っぴらに語られた話ではなくて、シモザシの族長たちの間で語られている御伽話のようなものだったが。
たまたま道具運びの仕事があって居合わせた俺に対しては、聞いたことを口に出してはいけないと族長の一人が怖い顔で命令をした。
出来るものなら忘れてしまえとまで言われたが、俺は只の小耳族だ。
さすがに記憶を消すという芸当は出来ないので、口を滑らせないようにするのが精一杯だけど。
今日の情景を見ていると、その御伽話には信憑性がある。
それならば、族長から言われたように、余計な事は口にしないほうが良さそうだ。
「海賊島に造る店のことで、現場を見物に来たんじゃないか?」
メイドカフェも出来るのかどうかは知らないが、見せられた設計図から推測するとハルティア・グループが手広くやっている普通のカフェや外食チェーンなどが店を出すのは確かだろう。
メイドカフェ・ハルティアのトップメイドと言われるソフィアちゃんが代表して見に来ることもあるのかもしれないというほうへ、話を引っ張っておこう。
「アキバのメイドカフェなら気楽に行けるけど、海賊島のほうは入場料が掛かるらしいしなぁ?」
何処で聞き込んで来たのか、エイタが話に乗って来た。
エイタも重機オペレーターとして相応の給料を貰っているが、社割が利いても通い詰めるわけにはいかないだろう。
「まぁ、完成してからの話だしな」
「明日も事故が無い様に、頑張りますか」
そういう事になったのだが。
話が弾んだために、俺の支払いは見込みを超えることになったのだった。
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