第13話 水兵ヨハンはタコ踊りをして霊力玉を貰った
★創世歴20,200年★
★聖紀1,860年★
そして
★復活歴2,100年★
「火星に降りてから、どんな事があったんですかぁ~?ご主人様ぁ~?」
「レーラちゃんはタコ踊りを見た事があるかい?」
「タコ踊りですかぁ~~?レーラ、知らなぁ~~い♥」
あたしの返事に、お店中が再び爆笑の渦に巻き込まれたのよ。
う~ん。
タコが踊りをするなんて、あたしは2万年くらい生きてるけど、聞いたことが無いと思うのよ。
誰よ?
ボケて来たんじゃないか~?なんて言うひとは、後でアキバの路地裏で楽しい話し合いに、お付き合いを頂いちゃうんだからね❤。
*****
コロールの籠を地上に下ろして、
俺たちの前には先任軍曹以下の立耳海兵たちが整列し、さらに最前列の位置に
王冠を頭に載せた、テルースのタコにそっくりな風体の生き物が進み出て来て、ビッキーの前で跪いて敬礼をする。
「偉大なる神の御前で、
お、結構
「許す」
「お許しを賜り、我等一同衷心より神のご降臨に感謝を申し上げます」
タコの王を自称するソブーとやらが、ビッキーに口上を述べてるぞ。
なんと!
ビッキーは神様だったのか?
それなら、うちの
で、そのビッキーとタメ口を利いている
そんな事を考えながらぼんやりと聞いている間にも、身振りで貴賓席らしき椅子へと先導しながら
「歓迎の祭りをご覧いただければ、恐悦至極にございます」
「うむ、よしなに」
何やら、タコたちの祭りを見せられることになるらしいが。
「ソブーよ」
ビッキーがタコの王に呼び掛けている。
「祭りの前に、いつもの通りにコロールを遣わそう」
その一言に
へぇ~?
タコってヤツは、
「おお!神からのご慈愛に、我等一同変わらぬ忠誠をお誓い申し上げまするぅ」
騒いでいるタコたちに手振りで静まる様に指示をしながら、ビッキーに向かってタコの王がアタマを低く下げていく。
「ほら、出番だぞ」
トイヴォ上等水兵に促されて、
「神様からの下され物だ」
トイヴォ上等水兵と一緒にカートから籠を下ろして、タコたちに引き渡す。
「これはこれは。御使い様のお手を煩わしまして、誠に恐縮に存じます~」
言葉遣いは丁重ながら、目はコロールの籠に釘付けだ。
重鎮や国民のタコたちも、只ならぬ気配を漂わせてコロールの籠を見つめている。
おい。
このポテトは、目の色を変えるほどのシロモノかい?
「コロールってのは、ただのポテトだったよな?」
「
何がどう違うのかは、トイヴォ上等水兵も知らないらしい。
「まぁ、ローガン軍医からの又聞きだけどな」
うん。
あの軍医は、俺たちとは別の時代から、ビッキーが
俺が知っている軍艦乗りの軍医と言えば、砲弾や弾丸で破砕された手足を鋸で切り落とすのが治療だと言ってる、
ローガン軍医が陣取る艦内病院では、破砕された手足でも手術とやらで繋げて貰えるという一事だけを見ても、妖狐族の看護師が使う回復魔法に匹敵するからな。
妖狐族の回復魔法は、小耳族の俺たちには効果が無いので、それだけでも有難い話なのだが。
故郷の医者たちでは手の施しようが無かった腹の中が腐るような病気でも、麻酔とやらを使って、無痛状態で腹を切り開いて治してくれる。
そのローガン軍医が言う事ならば、信じても間違いは無いだろう。
「なんでも、タコがコロールを喰うとな。腹の中で麻薬か酒みたいな働きをする薬に変化するんだとよ」
「へぇ~~!そいつは凄ぇや!」
横で聞いていたジョンも、トイヴォ上等水兵の話に、感心を通り越して関心を持ったという顔をしている。
「テルースの海にいるタコも、コロールを喰って酔っぱらうのかなぁ?」
俺は山の中を流れる河川で育ったから、海の生き物たちの事は知らない。
「酔っぱらったタコを食えば、俺たちも酔っぱらえるのか?」
俺がそう言うと、ジョンだけでなくトイヴォ上等水兵も首を傾げて考え込んだ。
そうこうしているうちに。
タコたちは手に手に綺麗な貝殻を持って、コロールを載せてもらっている。
「神様からの下され物だから、落としたりするんじゃないぞよ」
「へへぇ~~、ありがとうございますぅ~~」
お礼の言葉は王にではなくて、ビッキーに向けられている。
たいしたもんだと感心しながら見ていると、タコたちは受け取ったコロールを脇の下にあるポケットに仕舞い込んでいる。
すると、いきなり。
タコたちが興奮状態になって、楽隊が演奏を再開した。
「神様~~。今日も我らが神様に奉げるタコ踊りをご覧下さいませぇ~~!」
タコの王がビッキーに向かって敬礼をすると、白い布をアタマに巻いて、揃いのパーカーを着たタコたちが輪になって踊りが始まったのだった。
前開きを紐で結んだパーカーの両襟には「ビッキーいのち」と書いてある。
その背中には、赤い丸の中に七本の尾を広げた金色の狐というゴールデン・ビクセンの戦闘旗と同じ絵がプリントされている。
「ありゃぁ、神様を迎える衣装でな。白い布はハチマキでパーカーのほうはハッピというんだそうだ」
トイヴォ上等水兵が説明してくれるが、俺にとっては初めて見る光景だ。
「タコの王に頼まれて、ビッキーがプレゼントしてやったらしいぞ」
「う~~ん」
空を見上げて唸るしかない俺の目には、二つの太陽と五つの月が映っていた。
俺たちが住んでたというテルースは、遥かな彼方の青い点にしか見えない。
海賊になると不思議な場所を見せられたり、不思議なモノに出くわしたりするもんだよな。
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
タコの楽隊が喇叭を吹いてドラムを鳴らし、それに続いて歌声が上がる。
パッパラパッパー・ドンドンドン!
「はぁ~~!海一番の王様は~~!」
「われらがレークス・ポリュープス!」
パッパラパッパー・ドンドンドン!
「はぁ~~!四方の
「ソブーが造るよ神の
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
異文化というヤツを、ボォ~~っと見ていると。
「さぁさぁ、御使いの皆様もご一緒にいかがでございましょうかぁ~?」
何かの役職にあるらしいタコが来て、俺たち水兵に何やら言っている。
「なんだ?俺たちにもタコ踊りをやれってかい?」
「水兵隊!住民たちとの親善を図るように、踊りに参加!」
俺がブツブツ言ったせいではないと思うが、
「お前たち、化かされないように注意して行くぞ」
トイヴォ水兵長の後について、俺たちは踊りの輪に入って行ったのだ。
「ほら、御使い様ぁ~。こうやって手を上げてぇ~」
「同時に。足は、こうやってぇ~」
見よう見真似とも言えないほど、無様に手足を動かす
故郷のダンスは身体全体の動きを使うものだが、このタコ踊りは手足だけを動かすのでついていくのが大変だ。
ふと。
成人前に故郷の村で開かれていた、祭りの景色を思い出す。
夕暮れ近い村の広場に篝火を焚いて。
民族衣装で着飾った大人たちに混じって、民族衣装の少年少女が好きな相手とダンスを踊る。
俺も幼馴染のエルマという娘とダンスをしたが、河賊になってアングル島へ流れ着いてからは、噂さえも聞いたことは無かったな。
ただ、二人で結んだ約束があったことを知ってるのは、エルマの母親だけだったらしいのだけどな。
そんな昔の追憶に耽っている俺の耳に。
「ヨハン」
というエルマの声が聞こえた。
驚いて声がしたほうに目をやると、
「エルマじゃないか?どうして此処に?」
懐かしい顔を見て、嬉しい思いが沸き上がるけど。
問い掛けの途中で、背筋にゾゾっと寒気が走って自分の頬を引っ叩く。
故郷を離れてからアングル島へと逃れ、さらにゴールデン・ビクセンの艦内時間も入れて十年以上。
艦内の時間は外の世界とは異なる流れで進んでいるので、正確なところは判らないのだが十年以上であることは間違いが無いだろう。
俺とは違ってエルマは昔の時間帯に居るのだろうが、それでも十五歳のままの筈が無い。
気が付いて、エルマの顔を見直すと。
エルマは消えていて。
横にいるのは、タコ踊りを教えてくれていた女性の?タコだ。
「あ?」
「こらぁ!何をしてるんだ、お前は!」
俺が声にならない声を出すのと同時に、タコの王が俺と女性の?タコの間に飛び込んできた。
顔色が真っ白になって、目の形も変わっているように見える。
「神様や御使い様に失礼があってはならないと、あれほど厳重に注意しておいただろう!」
「でも、御使い様が幼馴染さんに会いたがっておいでの様だったから」
なんだか、俺の為に女性の?タコが叱られているらしい。
「理由なんかどうでもいい!我が娘と言えど、言いつけに背くものはイカの餌にしてくれるぞ!」
うん?
タコの刑罰はイカのエサか?
火星のイカってのは、人間サイズのタコを餌にするほどデカいのかよ?
いやいや、それよりも。
この女性の?タコは王女様か?
いくらなんでも、俺への親切が死刑になるというのは寝覚めが悪い。
俺の為に王女様が親切心を出したことが原因で、ビッキーが積み重ねてきたタコとの関係が悪化するのもマズイ。
チラリとビッキーの顔を見る。
「助けてやれよ」
そう言う、ビッキーの声が聞こえた。
おぉ、
俺も、魔法使いたちの仲間に入れてもらえるのかい?
なんて、喜んでいる場合では無い。
「王様。俺は昔の知り合いの顔を見られて嬉しかったから、あまり怒らないでやってくれないか?」
「おぉ~~!御使い様の寛大なるお言葉、有難く頂戴いたしますぅ~!」
「御使い様、ありがとうございますぅ~~」
王と王女が揃って、俺に頭を下げてくる。
「お許しを頂戴したお陰で、娘をイカの餌にしなくて済みましたぁ~!」
「せめてものお詫びのしるしに、わたくしを御使い様の奴隷として仕えさせてくださいませぇ~」
いやいや。
たかが水兵の分際で奴隷なんか持てないし。
まさか、ゴールデン・ビクセンに乗せるなんてことが出来るわけも無い。
「そんな大層なことじゃないからな。気にしないでくれ」
「いえいえ、それでは申し訳がございません~~」
俺と王様の押し問答が始まってしまったよ。
「娘の命を助けていただきましたので、身代金相当のお礼を差し上げるという事でよろしいでしょうかぁ~?」
そんな押し問答なんかしてると、艦の仕事に支障が出てくる。
ビッキーはともかく、美少女艦長の顔つきが怖い。
「うん。気が済むようにしてくれよ」
相手が王様じゃぁ、顔を立てておかないとな。
「それでは。神様への献上品とは別に、御使い様にも霊力玉を進上させていただきますぅ~」
「うん。ありがとな」
俺は一件落着に安堵して、気楽に返事をしたのだが。
大きな貝殻いっぱいに積まれた真珠玉を、王女様から手渡されることになってしまった。
海賊仕事の略奪品では無いのだが。
財宝の独り占めはマズイので、ビッキーの前に持って行く。
「
タコの王から献上された霊力玉の山を前にして、そこらに置いておけとビッキーが言う。
「あたしが番付きしてやるから、ちゃんとタコたちと遊んで来いよ」
「はい!ありがとさんです!」
俺が
「仕事中だからな、水兵ヨハン」
「では、タコたちと仕事で遊んで参ります。アイ・アイ、サー」
美少女艦長の言葉を命令と受け取って。
ふたりに敬礼をして、再び始まったタコ踊りの輪に潜り込む。
トイヴォ水兵長にニヤリとされたが、細かい話をしてる場合でもない。
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
タコの楽隊が喇叭を吹いてドラムを鳴らし、それに続いて歌声が上がる。
パッパラパッパー・ドンドンドン!
「はぁ~~!神
「世界を導く水先人!」
パッパラパッパー・ドンドンドン!
「はぁ~~!八つの海に目を配りぃ~!」
「ソブーが造るよ神の邑~~!」
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
あ?
なんか、凄い内容の
まぁ、
タコ踊りの詩から想像すると。
テルースで言う七つの海じゃなくて、火星には八つの海があるらしい。
航海長なら知ってるのだろうが、俺にはとんとわからない。
「なぁ、八つの海って名前があるのか?」
俺は隣で踊っているタコの王女に訊いてみる。
「う~~ん。エリトラでしょ、シレ―ンでしょ」
お姫様は指を折りながら数え始める。
タコにも指があるなんて、帰ったらレーラちゃんに教えてやんなくちゃぁな。
「・・・」
ん?
王女が俺の顔を睨んでるけど?
「
「あ?そうじゃなくてな!」
俺は慌ててアタマの中からレーラちゃんを追っ払った。
ここで
いや。
美少女艦長の秘書官をしている
夢の中で、バァ~!とか言われたら、絶対にチビルと断言できるからな。
「ふん。御使い様は浮気者なのね?」
なんだか。
王女の中で俺の評価点は、感謝レベルから浮気者へと下がり続けているらしい。
「エリトラとシレ―ンのほかには、何があるんだ?」
ここは強引に話を引き戻さなくてはならない。
「シルチでしょ、アイオでしょ」
「うん、うん」
「モエリでしょ、フェニキでしょ」
「うん、それに?」
「シソニエに、テルスよね?」
おい、なんで最後に疑問符が付くんだよ?
ま、いっか。
「お~!
「そんなこと、あるわよ」
王女がドヤ顔をしておいでだ。
ま、名前だけ聞いても海図が無けりゃ解らないけどな。
王女のご機嫌は直ったようだが。
さっきから。
話しながらタコ踊りをしている俺の横に、他のタコたちが寄って来て。
「お姫様を助けていただき、ありがとうございますぅ~」
などと囁きながら、俺の水兵服に装着してある物入れに霊力玉を入れてってるんだよな。
王女は見て見ぬふりをしてるけど。
結構な数のタコたちが挨拶して行ってるような気がする。
ゴールデン・ビクセンの規則では、略奪では無くて個人的に貰ったプレゼントは私物扱いになる。
この霊力玉。
どんなご利益だか価値だかがあるのか、俺は知らない。
貰っといても、大丈夫なんだろうな?
*
「あ~~あ。ヨハンのヤツ、あんなに貯め込んでるけど。あたしゃ、どうなっても知んないよぉ~」
空中浮揚したままの
それでも、念のために衛星軌道までを含む範囲にまで重力波検知による索敵レーダーを設定しておくように当直の航海士には言ってある。
次元ジャンプや空間ジャンプをしてくるヤツがゼロとは言わないが、俺たちが此処にいるのを狙って襲ってくるとは思えない。
だから。
「何か問題があるのか?」
俺はビッキーの横に並んで、顔だけ向けて訊いてみた。
「う~ん。問題とは言えないんだけどさぁ」
ビッキーが胸の下で腕を組んでると、それなりの迫力がある。
何の迫力か、口にはしないけど。
「水兵のヨハンが、タコたちから個人的に霊力玉をプレゼントされてるんだよ」
事情説明を聞いて、納得できる理由だと思う俺だけれど。
「アレなぁ、不老長寿の霊薬に使えるんだよな」
空を仰いで、ビッキーが以前に聞いた話を繰り返す。
「おまけに、変身の術にも使えるしなぁ」
ただし。
然るべきレシピを知っている神々や上級魔技師たちでなければ、そんな霊薬は作れないのだけど、とビッキーは言う。
「そんなことを知らなければ、ただの珍しい真珠玉でしかないけどな」
宝石としての価値は、好事家が涎を垂らす程度のものらしいし。
変身の術に使える程の加工技術を持つ上級魔技師たちは、神々の監視下にあるから心配は無い。
変身する必要があるヤツなんて、暗殺者とか犯罪者の類が大半だから始末するのも問題は無いけれど。
「不老長寿のほうを知ってるヤツは、多いのか?」
「
それくらいならと思った俺に、ビッキーが畳み込んでくる。
「火星のタコでも、ソブーたちしか霊力玉を生み出せないんだけどさ。テルースへ持ち込むと嗅ぎつけるヤツがいるかもしれないなぁ」
なるほどな。
テルースで小耳族や立耳族の水兵や海兵あたりが持ってると、観るヤツが観れば騒動のタネになるかもしれないということか。
何処の世界にも。
何時の時代にも。
不老長寿を求めて馬鹿な真似をする権力者というのは後を絶たない。
使い方が解らなければ諦めるだろうけれど。
使い方も知らないのに、権力者に嘘八百を並べて取り入る自称魔術師たちも後を絶たないのが世の常だ。
有名なのが
「まぁ、
大耳族の女の子たちならば二万年は生きてるし、下級神程度の魔力は有るからな。
むしろ、襲ったヤツのほうに身の危険があるというものだ。
「ナナオと一族の妖狐族は不老不死だからいいけど、眷属のほうにも気休めに分け前をやるようにしてるしな」
ふうん、ビッキーもいろいろと考える処が有るという事か。
「小耳族と立耳族の乗組員には、魔力を抜いて装飾品にしたのを配分してるよ」
そうだろうな。
艦内商店街の、可愛いウェイトレスにプレゼントしたい乗組員もいることだろう。
女性乗組員たちも、臨時ボーナスで珍しい装飾品を貰えば喜ぶというものだ。
あとは、ヨハンや水兵たちが個人的にタコから貰ったのだけ心配しとけばいいってことか?
*
「ところでさ。イカの餌ってのは、何の冗談だ?」
さっき王様が言ってたことが気になってた
「其処の海にぃ~」
王女が近くに見える海岸へ手を振って見せる。
「とても大きなイカが棲んでるんですぅ~」
「うん。大きなイカが棲んでるんだな?」
まぁ、テルースの海にだってクラーケンとかいうイカの魔物が棲んでいて。
「それでぇ~。満月の夜になるとぉ~、イカがあたしたちを食べに来るのぉ~」
あん?
たしか。
テルースのどっかでは、満月の夜にタコが
イモだったかラディッシュだったか忘れたけどなぁ。
あ、それでビッキーが火星までコロールを運んできてやってるってことか?
おっと。
「それで、お姫様が生贄にされるって話になるのか?」
「うぅうん~。イカには罪人を食べさせるのよぉ~」
う~~ん。
そういう決まりがあるのなら。
王様が、俺に無礼を働いたと見えた王女を、イカの餌にするっていうのは呑み込めたけどさ。
アングルの海軍でも反乱を起こせば絞首刑、上官反抗罪や艦内窃盗罪は鞭打ち刑で累積すれば艦底潜り十回という刑罰はあるが。
陸でも海でも、犯罪者をイカに食わせると言う話は聞いたことが無い。
百歩譲って。
イカに食わしてもいいけれど?そんなに都合良くイカがお出まし遊ばすものなんだろうか?
「なぁ、イカってのはいつでも
「うぅうん~。五つの月が揃って満月になった時だけよぉ~~」
言われて俺は空を見上げる。
テルースの空よりも赤みが強い天空には、二つの太陽と五つの月が貼り付いている。
「あそこに見える月は全部、満月になってるよなぁ?」
「うん。今日は揃って、五つの月が満月よぉ~」
王女が平然と言ってのけるけど。
「じゃぁ、今日はイカが出てくる日なのか?」
「うん。きっと、もうじき出てくるわぁ~」
俺は王女の顔ではなくて、ビッキーのほうへ視線を走らせてしまう。
俺たちの会話を知ってか知らずか。
ビッキーは余裕綽々で
「それでぇ~~」
お、王女の話には続きがあるらしいぞ。
「うん、それで?」
「それでぇ~~、罪人がいない時には誰かをお供物に差し出さないといけないのよぉ~~」
そりゃぁ、問題があるだろう?
ビッキーは霊力玉を生み出してくれるタコたちを、イカから保護するつもりはあるんだろうか?
あん?
航海長がビッキーや
パッパラパッパー・ドンドンドン!パッパラパッパー・ドンドンドン!
パッパラパッパラ・ドドンコドン!
タコ踊りの演奏が終わると同時に、海のほうから風が吹く。
途端にタコたちの動きが慌ただしくなった。
ガンガンガン!ガンガンガン!
「お~~い!海のほうにイカが見えるぞぉ~!」
「百匹くらいの群れで空を飛んでるぞぉ~~!」
見張り台から警鐘と思われる音が鳴り響いて、見張りたちの声が張り上げられる。
「あのイカたちは剣や弓矢で武装しているし、火玉の魔法も撃てるのよぉ~」
俺に向かって、王女が教えてくれる。
おいおい、ちょっとした空軍並みの勢力じゃないか?
俺たちの時代に空軍というのは無かったが、別の時代ではとんでもない性能の空飛ぶ道具があるとレーラちゃんたちから聞いている。
まぁ、空を飛べて高い戦闘力のあるガレオン船というのもあるけどな。
「ビクセンの乗員は、戦闘用意だ!」
うちの
慌てる様子が無いということは、さっきの航海長たちとの話で敵接近の報告を受けてたのかな?
「あたしたちがイカを始末するから、お前たちはソブーの指示で避難しろ!」
ビッキーもソブーの背中を押しながら、タコたちに向かって命令している。
「見張り台の兵士も下ろしておけよ!」
ソブーは腰の剣に手をやって自分も戦うと言う仕草をしてるが、俺たちとシステムの違う兵隊にチョロチョロされると戦闘の邪魔になるからな。
楽隊をはじめとする非武装のタコたちは、地面に掘られた防空壕のハッチへと走って行った。
兵士風の喇叭手だけは一歩、ソブーから下がって待機している。
ソブーは腰の剣を抜いて、槍や弓矢で武装したタコの兵士たちと防空壕の周囲にある障壁を盾に展開している。
まぁ、あそこでじっとしていてくれれば邪魔になることはないだろうな。
「水兵隊!集合だ!」
トイヴォ上等水兵も艦長のほうへ了解の合図に手を振って、俺たち水兵に指示を出している。
「それじゃぁな。楽しかったぜ、お姫様!」
「御使い様ぁ~、ありがとうございましたぁ~!」
王女も御付のタコと一緒に防空壕へと走り出す。
短いやり取りだけで、俺も水兵隊に合流するために駆け出した。
*
「海兵隊は、タコを援護して地上戦闘!」
航海術のほうはさっぱりだと聞いたけど。敵艦への斬り込みもするし、見かけと違って将軍クラスの猛者だしな。
「海兵隊に、汎用ミサイルを支給しろ」
「汎用ミサイルを支給します、アイ・アイ、サー」
アニク先任軍曹が艦長命令を復唱して
単発の撃ちっ放しではなくて、弾倉を付けた連発式のランチャーだ。
ローガン軍医がいた時代の軍隊では対戦車用とか対航空機用とか、相手を想定した用途別の携帯型ミサイルを装備していると聞いた記憶があるが。
本艦では艦砲と同様に、多用途型の武器が揃えられている。
「狙撃兵!汎用ミサイルを持って戦闘配置!」
「ライフル兵は狙撃兵を中央にして、小隊ごとに横列で展開!」
そんな海兵隊の戦闘準備を横目に、
「両舷、砲戦準備だ!砲長は点呼と作動確認をしておけ!」
「航海長は、CICで戦闘待機!」
舷門で水兵たちを迎え入れているビッキーが、個人個人を確認しながら航海長へ指示をしている。
水兵隊とは入れ替わりに、
ラダーなんか使わずに、舷門から地上へと飛び降りて行く姿は勇ましい。
妖狐族は攻撃魔法を使えるので、後衛としては十分過ぎる戦力だ。
「航海長、CICへ入ります。アイ・アイ、サー」
復唱をした
ただの
空間魔法を使えない俺たちは、地上から駆け上がってきた勢いのままで持ち場の大砲がある戦闘キャビンへと駆け抜けなければならない。
アングル海軍の帆走軍艦では、運動不足で太った海尉や准海尉もいたけれど、本艦では運動のプログラムというのがあって健康管理は徹底している。
「一番砲、点呼!」
俺の配置である一番砲の横で、砲長を勤めるトイヴォ上等水兵が砲員たちを睨みつけている。
「いち!」・・・ヨハン。
「に!」 ・・・ジョン。
「さん!」・・・ビル。
「し!」 ・・・ハロル。
「ご!」 ・・・テリー。
「よし!一番砲、配置完了です!」
最後のひとことは、トイヴォ上等水兵からCICへの報告だ。
俺たちは水兵であり砲兵でもあるのだが、実際上はCICからのリモートで砲の操作が行われる。
砲弾も自動装填なので、丸い鉄の弾を撃っている帆走軍艦とは違って、力仕事はしなくても済むのは楽でいい。
ただ。
いかに上級神であるビッキーが造ったガレオン船と言えども、小さなトラブルはゼロでは無い。
戦闘時に弾詰まりなんか起こしては一大事となるので、俺たちが控えているということだ。
だから、非常時には俺たちも手動操作で大砲の弾込めもするし、発射ボタンを押すという訓練は仕込まれている。
これが、俺やジョンのような帆走軍艦で水兵を勤めて来た
「飛翔石、遮蔽解除十パーセント」
「飛翔石、遮蔽解除十パーセント。アイ・アイ、サー」
艦内モニターに、CICで航海長が操艦指揮をしている状況が映し出されている。
お互いに速度を上げて接近して行くことになるので、直ぐに本艦はイカの群れに取り囲まれることになった。
「外部スピーカーで、降伏勧告をしてみろ」
ビッキーが航海長に言っている。
「降伏勧告します、アイ・アイ、サー」
「飛行中の者たちに告げる!降伏すれば武器を携帯しての退去を認める!」
航海長がイカたちへ言うと、返事の代わりに多数の火玉が飛んで来たのがモニターに映る。
「接近戦用の投網弾だ、航海長」
「投網弾、発射します。アイ・アイ、サー」
え?
投網弾って、なに?
投網でイカを捕獲するってか?
イカを捕獲して、どうする積りだろう?
俺がアタマの中を疑問符だらけにしている間に、舷側の砲列からは投網入りの砲弾が発射されていた。
空中に魔法で強化された投網の花が咲いている。
一発当たりの投網には十匹くらいのイカが絡まって、地上へと落ちて行く。
地上では美少女艦長に指揮された海兵隊が、投網に絡まって落ちて来たイカを捕まえている様子が、画面分割されたモニターに映っている。
「今夜の艦内食は、イカフライだな?」
トイヴォ上等水兵が疑問符付きで口に出している。
艦内商店街を切り離して火星へ来たので、現在はゴールデン・ビクセンの司厨班が提供する食事を艦内食堂で食っているところだ。
その司厨班が、イカフライなる食い物を作ってくれるのか?
戦闘配置中は無駄話をするなと常日頃から言っているトイヴォ上等水兵にしては、珍しいことがあるもんだ。
俺の故郷は山の中だし、イカなんて食うどころか見た事も無かったが。
ジョンもイカフライと聞いて、何の話か分からないと言いたそうな顔つきだ。
「艦内商店街の飯屋じゃ、イカフライなんて見なかったよなぁ?」
無駄話は禁止されてるから、独り言のような感じで口にしてみる。
いや、その前に。
「戦闘の捕虜を、食っちゃってもいいのかい?」
余計な事を言っちゃったのは承知してるけど、
そうだよな?
「モナルキの船団を襲った時には、ジャミーレたちが敵の海尉や水兵を食ってたような気がするけどな?」
ジョンがトイヴォ上等水兵に聞こえないように呟いているが。
「艦長も、敵のフリゲート艦の艦長を食ったって聞いたぜ」
トイヴォ上等水兵にダメ押しされて、ジョンはブルリと身体を震わせた。
それなら、俺たちがイカフライとやらを食ってもオーケーなのか?
本艦では現実とは思えないような経験をするが、俺のアタマも現実から乖離しつつあるのだろうか?
「
ビルが現実乖離ではなくて現実逃避をするような事を言う。
「こら!戦闘中だぞ!」
言い出しっぺのトイヴォ上等水兵に背中をどやされたビルは、無事に現実世界へ戻れたようだ。
*****
ヨハンたちが安全な艦内で与太話をしている間、地上ではゴールデン・ビクセンとの交戦を避けたイカの一団が、海兵隊と戦闘を繰り広げていた。
投網に絡まったイカたちは、抵抗する間も無く捕虜にされてしまったが。
火玉を飛ばしての攻撃や、矢での狙撃を繰り広げるイカたちが飛び回っている。
数人の立耳海兵が矢を受けるが、ライフル銃弾にも耐える性能の軍服に阻まれて重傷を負うようなことはない。
イカたちの飛行速度も、テルースの鳥たちくらいのスピードなので狙い撃ちできないことはない。
「ライフル銃隊!頭上の敵に乱射しろ!」
避けようが無い攻撃で撃墜されるイカが続出するが。撃ち落とされなかったイカたちは弾雨を回避して、タコの邑の外側へと集まって行く。
「汎用ミサイル!対空追尾弾で斉射!」
「対空追尾弾で斉射!アイ・アイ、サー」
飛んでいるイカたちに小型のミサイルが突進して行き、数匹のイカにヒットして細切れにする。
さすがに、イカたちも飛んでいては狙い撃ちにされるだけということに気が付いたらしい。
生き残りのイカたちは地上に降りると、槍や剣をかざして斬り込みの突撃を敢行して来た。
すかさず、艦長命令が出る。
「海兵隊!着剣!」
「妖狐隊!迎撃!」
ソブーが率いるタコの戦士たちの戦闘能力は知らないし、小耳族の水兵たちの戦闘能力も無敵と言うほどでは無いのだが。
イカたちが斬り込みを掛けた相手は、下級神よりも少し下なだけという戦闘力を持つ妖狐族や立耳族のベテラン揃いだ。
妖狐族は素手や短剣でイカたちを叩きのばすし、立耳海兵たちは銃剣を着剣しても短く感じる小銃でイカたちを殴ったり串刺しにしている。
魔法攻撃も無ければ、ライフル銃の斉射も抜きで、立耳海兵たちが体力勝負の白兵戦を嬉々としてやっている姿にソブーたちは呆れ顔だが。
「あ~~あ。ズタボロにしたらイカフライにして食えないじゃないか」
いつの間にか地上へ戻ったビッキーのボヤキを聞いた、ソブー以下のタコたちは顔を引き攣らしている。
自分たちタコをエサにしていたイカたちを喰うと言う神様の一言に、逆らえば自分たちも喰われるかもしれないのだということを理解したのだ。
「よし。戦闘態勢解除!」
美少女艦長の命令で、妖狐族は本艦へ向かって空を飛んで行く。
「海兵隊、整列!」
アニク先任軍曹の号令で、立耳海兵たちも武器を納めて装備の点検をする。
「じゃぁな、ソブー。また来るからな」
ビッキーから声を掛けられたソブーや王女以下のタコたちは、素早く跪いて拝礼をしている。
「神様、誠にありがとうございましたぁ~!またのご降臨を首を長くしてお待ちしておりますぅ~!」
「うん。元気でな」
ビッキーが言って、地上に降りたゴールデン・ビクセンへと、美少女艦長や海兵隊を引き連れて乗艦したのだった。
*****
ぽんぽこぱ~~ん。
「あん?今日は変な着信音がしているなぁ?」
デスクのローナンは、聞き慣れない着信音に首を捻りながらモニター画面をクリックしてみる。
画面では、いつものウサギではなくスナネズミが情報玉を差し出して小首を傾げて立っている。
情報玉を開きますか?
はい。
いいえ。
画面の問いに答えて、「はい」を押すとスナネズミはお辞儀をして画面の向こうへと走って行った。
いまだに、このシステムがどうやって動いているのかローナンには理解が出来ないのだけれど役に立つことはこの上ないツールだ。
「なになに?」
火星通信部発、本社外信部宛。
本日、アキダリアの海に面したタコの邑で宇宙戦争が勃発したらしい。
天空から降り立った船に乗る神様から、タコの族長の一人であるソブーに対して、コロールの下され物があった。
タコたちが感謝の祭りを開催していたところ、敵対するイカの襲撃があって、神様がタコたちを支援してイカの攻撃を撃退した。
その際に、火星では使われていない神々の兵器が使われていたことが目撃された。
戦いに勝利したソブーは、神様に謝意を表し臣従を誓ったという。
また、神様は襲撃して来たイカたちの一部を捕獲して船に持ち帰ったらしい。
通信部では事件があった現場近隣の邑からの知らせで確認に急行したが、具体的な証拠となる物件を入手することはできなかった。
ただ、ソブーたちの邑では住民のタコたちが火星では見慣れないハッピなる衣装を着用して、神様からの下され物だと主張している。注:写真添付。
「は?」
ローナンは画面を見つめて、あんぐりと口を開けたままになる。
「お~~い、うちに火星通信部なんてのがあったかよ?」
思わず聞いてしまったローナンであった。
*以上、
*****
「ということでさぁ、レーラちゃん」
ヨハン様が、ご自身では悪党面と思っていらっしゃる笑顔であたしの手に載っている真珠玉に目をやりながらお話を纏められたのよ。
「そのタコの霊力玉はレーラちゃんにとっては、ただの真珠玉なんだけどさぁ」
「はい。お店の外の世界には持ち出さないように気を付けますねぇ~?」
あたしだって二万年も生きている、下級神のうちに数えられる長耳族のひとりだもん。
コレに籠められてるパワーがとんでもないモノだというくらいは判るしね。
こっちの世界で騒動なんか起こしたら、長耳族がしてきた苦労が水の泡になっちゃうかもしれない。
あとでソフィア様やエリアス様と相談しておくことにするわ。
「ほんとに珍しいモノを、ありがとうございます。ご主人様ぁ~❤」
特別サービスで、ヨハン様の手を握っちゃったのよ。
だからぁ~。
そんな顔をするんじゃないわよ、セルマったらぁ~。
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