第11話 ノアが中原帝国を殲滅した記憶

★創世歴10,200年★


 乾いた空には、光り輝く魔法陣が浮かんでいる。

 施術者であるノアにしか見えない、目的地の方向を示すナビゲーションの魔法だ。

 イームという小さな港町で、こっそりと神殿の巫女であるソフィアたちが乗る商船カラックから上陸したノアは、小耳族に見えるように耳の形を変化させて町の外へと抜け出した。

 目的地の方向を示す、魔法陣を先行させながら。

 街道から外れた荒野の中を、周囲の景観に溶け込むように魔法を掛けた光学カモフラージュ効果を付与した迷彩スーツを着て、南東を目指して走り続ける。

 周囲の風景に同化する姿は滅多な事では見破られることは無いけれども、動物が発する赤外線や磁力線を感知できる者がいれば、効果のほどは判らない。

 住人や旅人が少ない土地では、見慣れない者は目立ってしまうので、早く人目の無い地域へ入らなければならない。

 事情次第で目撃者を始末してしまうという手もあるけれど、此処は戦場では無いので、敵対相手でも無い者を殺して歩くわけにはいかない。

 すぐに目隠しとなってくれるタイガ地帯へと到達して、木々の間に入り込む。

 素早くその場に屈んで呼吸を絞る。

 振り返って追跡者がいないことを確かめてから、走る速度を落とすことにした。

 というよりは、自然のままに鬱蒼と茂る針葉樹林帯では、一直線に走ることは出来ないのだ。

 足元は、倒木や生え放題の雑草で、道など無い自然のままなのだからな。

 この辺りには、大型のネコ科動物であるトラが棲息している。

 クマやオオカミもいるけれど、第一に注意すべきはトラなのだ。

 木の陰、枝の上。

 何処にでも隠れたり登れたり出来るし、大型獣のくせして身軽に宙を舞うという、タイガで一番のハンターだ。

 相手が数頭ならば恐れるものではないけれど、トラなど獲っても使い道は無い。

 無用の殺生をする必要は無いので、周囲を警戒して進むことにする。

 

 日没が近いと思われる頃。

 前方に小さな岩山の連なりが現れる。 

 急な大雨でも水没しない高さまで登って、岩に向かってドアよ開けと命じれば、空間魔法のドアが開く。

 ドアの向こうは、亜空間に建つ小振りな館の前庭だ。

 「ノア様、お帰りなさいませ」

 控えめなデザインの服を着ている、大耳族エルフの姿をした若い女性が、玄関から出て来て迎えてくれる。

 彼女はノアが持っている亜空間の管理人であるオートマタ自律型人形だが、単なる自動機械でもなければアンドロイドでもない。

 そんなことはしないが、斬れば血が出るし痛みも感じるという、生物としての身体を持っている。

 当然ながら、自分自身で考えもするし喜怒哀楽も持っている。

 「うん、アウラ。今夜も世話になるよ」

 「はい」

 俺の返事に小首を傾げて嬉しそうにしているけれど、彼女自身は時間の概念を持たない。

 俺に付き合って食事をしたり、お茶を飲んだりすることもあるが、彼女にとって飲食が必要不可欠という訳でもない。

 上級神のひとりである俺が生きて在る限り、というのは無限の時間ということなのだが。

 彼女は病む事無く、老いる事無く不滅を生きる。

 だけではなくて。

 アウラは三千大千世界それぞれを結ぶ神々のネットワークに接続して、俺が必要とする情報や物資の調達もしてくれている。

 

 「ノア様、行ってらっしゃいませ」

 朝になって、アウラの声を背中に聞きながら、俺は亜空間からドアを開いて元の岩山に出る。

 周囲に人の気配が無いことを確かめて、迷彩カモフラージュは解除しておく。

 旅人か狩人に見えるように、剣と槍で武装して背嚢を背負う。

 必要な物は、その場で創造できるし、亜空間からも引き出せるのだけれど。

 人前で、何も無い空間から武器や糧食を出したりすれば、無用なトラブルを引き起こすだろうと考えてのことだ。

 歩いたり走ったりして、数日後には北の海から切り込んでいるバイガル湾にぶつかった。

 さすがに、実体のある身体では水の上を歩くことはできない。

 あん?

 どこかの神様は水の上を歩いて見せたって?

 ふん。

 ・・・。

 岸辺に沿って歩きながら、漁師の姿が見えないか探すこと暫し。

 小さな集落の岸辺に、帆柱のある舟を見つけた。

 「この舟で、向こう岸まで運んでもらえないだろうか?」

 持ち主らしい男がいたので、交渉開始だ。

 男からは問いが返って来る。

 「銀貨か、そうでなければ鋏か針など持ってるか?」

 商店なんてものは無さそうな集落だし、加工された金属製品などは行商人の巡回でも待たなければならない生活だろう。

 「向こう岸に着いたら、どちらも渡そう」

 そう言うと、男は嬉しそうな顔になって助手役の息子とやらを呼びに駆け出した。

 「三角帆なら、風向きに関係無くはしれるな」

 「あんたは旅の戦士みたいだけど、舟のことも判るのか?」

 舟に乗り込み、男たちが揚げる帆桁と帆を見て言うと。

 船長?らしい年上の男から、感心したような声が返ってきた。

 「横帆より、扱いやすいことくらいは知ってるよ」

 一直線に追い風で航るのならば大型の横帆は便利だが、風向きが変わりやすい海域あるいは水域では、逆風にぶつかると間切りの手間が大変だ。

 入り江や小島の多い場所では、小回りが利く三角帆のほうが少人数で扱える。

 この舟は、大型ボートという程度の大きさだから船長と助手の二人で十分に扱えるだろうし。

 まさかの時には、ロープを引っ張るくらいは手伝ってもいい。

 本職相手に知ったかぶりはマズイけれども、船乗りの端くれくらいには見てくれたらしい。

 やがて。

 「向こう岸が見えた」

 若いほうの男が言う。

 すぐに着岸したので、約束の銀貨一枚と鋏や針などの小物を手渡した。


 どうやら、南へ向かう道がある集落に着けてくれたらしい。

 剣と槍で武装した戦士?に通行料を寄こせと言う勇気のある馬鹿はいなかったと見えて、船着き場から集落を抜けるまでは、何事も無く通り過ぎることができたのだけれど。

 集落が後方に見えなくなった、木立の中で。

 空に浮かぶ魔法陣を追いながら、街道と言うには粗末な道を歩く俺の前に、数人の男たちが立ち塞がった。

 「へっへっへ。武器と金は置いてきな」

 阿呆な台詞を述べるのは、頭目格と思しい大男。

 革鎧を着け、戦斧を持って自信満々の笑い顔を見せている。

 「馬鹿な事をしてないで、家に帰れ」

 こいつらを殺さなければならない理由など無いから、忠告をしておいてやろう。

 戦場往来の猛者でもなければ、魔法使いでもない只の力自慢アマチュアの追剥たちだ。

 俺は、うんざりして首を振る。

 周囲には他に人間の気配は無いので、弓を持つ射手の心配は要らない。

 頭目の両翼に並ぶ男たちは軽装で両刃の片手剣を持っているが、槍を持つ者はいないという杜撰さだ。

 小遣い稼ぎのつもりだろうけれど、放っておいて後を付け回されてはかなわないからな。

 持っていた槍を地面に置くと、勘違いをしたらしい頭目が横の一人に顎をしゃくった。

 俺は銃よ出ろと念じて、右手を下へ伸ばしてVZ85の銃把を握る。

 左手にサイレンサーを掴んで回し、銃口に取り付ける。

 「なんだ、そりゃぁ?」

 という頭目の言葉を聞きながら、左手で銃身を固定させるようにして、トリガーに右手人差し指の腹で圧力を加える。

 ブブブ。

 低音がして9ミリパラベラム弾が飛んで行き、追剥たちは地面に転がった。

 死体から弾丸が見つかっても意味が判らないだろうから、抜き取るなんて面倒な事はしない。

 そこまでは、どうということは無いけれど。


 アウラが聞いたと言う、何処かの世界からの伝聞によると。

 銃というのは、撃った後の清掃作業が面倒だということを、兵士以外の人間は知らないらしい。

 単発式のマスケット銃でさえ、銃腔に着いた汚れを洗い流すだけでなく、機関部は分解掃除して油を差しておかなければならない。

 さもないと、発砲ガスで錆が溜まるし腐食が進む。

 そんな状態の鉄の筒に、火薬の爆発による圧力が加わったら、どうなるか?

 試してみたいとは思う者は、いないだろう。

 まぁ、マスケット銃くらいなら清掃作業は面倒では無い。

 簡単に言えば鉄の筒に発火装置を貼り付けてあるだけのものだから、製造は面倒な手順が要るが、メンテナンスは暗闇でも可能だ。

 ところが、VZ85ともなると細かな部品が組み合わされている精密機械だ。

 小まめに使用後の分解掃除をしておかないと、肝心な時に機関部が動かないなどという面倒事が起きかねない。

 「アウラ、面倒だろうけど頼む」

 ひとこと言って、銃を亜空間へと送り込んでおく。

 

 たまには揉め事に出くわしたりしながら。

 俺は草原とも荒地とも判断をし兼ねる、道など見つからない平原を、南へと横切っていた。

 時々、小さな流れに出会うので、水が無いという土地ではないらしい。

 鹿のような動物も見たし、猟師や旅人が歩いていても、不審に思われることは無いだろう。

 この辺りには、独立独歩に近い生活をしている部族が割拠しているけれど、そろそろ中原帝国の外縁部に近づいているはずだ。 

 歩いて一日程度の間隔で、辺境守備隊の駐屯地が配置されていると言われている。

 そうなると、巡邏隊に遭遇する可能性が高くなるものと思われるので、周辺警戒は怠れない。

 光学迷彩のスーツを着ていても、動いていれば何がしかの不自然さが風景に加えられるので油断は出来ない。

 案の定というか当然と言うか、芥子粒のような集団が、徐々に乗馬している集団へと形を変えて近づいて来る。

 あちらが遠くにいるうちに、迷彩カモフラージュは解除して怪しまれないようにしておくか。

 中原帝国の正規軍は、革鎧では無く金属鎧を着けて大型の軍馬に跨っている。

 手には槍を持ち、腰には長剣を下げて背には弓と箙を着用ときた。

 たかだか十名ほどの分隊ではあるが、歩兵相手なら小隊以上の脅威と評価される重装の槍騎兵だ。

 銃を装備していないので、竜騎兵とは呼べないけれど、弓矢があるのならば竜騎兵並みと見ていいだろう。

 「そこの旅人、止まれ」

 叫ぶでも無く、隊長と思われる兵士が俺を呼ぶ。

 「何処へ行く?」

 「あっち」

 問われた俺は、中原帝国の帝都がある南のほうへ手を伸ばす。

 「あっちってのは、どういうことだ?」

 少しだけ威圧を加えた声で兵士が言うが。

 「俺は、此の辺の町の名前を知らないからな」

 大っぴらに武器を携えて一人で歩いている戦士が、処の軍隊から敵対視される理由は無いし。

 明らかに他国から来たと見える旅人が、辺境にある町の名前を承知していることなど滅多に無い。

 地理を熟知しているとなれば、それはそれで間諜スパイ扱いされ兼ねない。

 十名程度の槍騎兵など、俺にとっては脅威では無いので素知らぬ顔で聞いてやる。

 「向こうのほうに、泊まれる町はあるだろうか?」

 ついでに、酒と女も用意している店があるかと付け足した。

 「こんな僻地に、そんなものがあるわけなかろう」

 冗談とも本気ともつかない声音で兵士が答える。

 まぁ、そうだろうなとは口には出さない。

 過酷な辺境勤務の兵士を揶揄からかうつもりなど、俺には無い。

 「あっちへ向かって、三日も歩けば泊まれる町に着けるだろうさ」

 南のほうに手を振って、兵士が言う。

 多少の起伏は有っても、ほぼ平らな草原地帯なので、町の城壁は遠くからでも見えるとまで教えてくれた。

 正規軍と言うのは、戦争中でなければ礼儀正しいものだ。

 傭兵とか護衛とかの職を探して歩く旅の戦士と思ってくれたらしく、夜道は気を付けろとまで言ってくれた。

 どれほどの大きさかは知らないが、砂漠大蜥蜴とやらが荒野を仕事場にしているらしい。

 夜行性の大蜥蜴というのは記憶に無いけれど、待ち伏せ専門のヤツがいたりするのは嬉しい話ではない。

 「ご苦労さんです。ありがとよ」

 敵意は無いと示すために軽くアタマを下げて、教えられたほうへと行き先を変えて歩き出す。

 兵士たちの視界から外れるまでは、無害な旅人でいなければならないのだ。


 さらに進むこと数日。

 城壁に囲まれた町を幾つか通り過ぎて行くと、街道は大河の岸辺で水の中へと落ち込んでいた。

 中原帝国の領内にある大河のうちの、北側にある一本だ。

 途中の川にも渡船場はあったけれど。

 此処の渡船場は規模も警備も、辺境のそれとは桁違いの物々しさだ。

 渡船場の手前には、城壁を持つ町に相応しいような、城門レベルの関所が設けられている。

 此処で、大河を渡る通行証を発行してくれるらしいが、通行料と船賃を払わねばならない。

 向こう岸に霞んで見える場所にも、こちらと同様の設備があるらしい。

 俺のような軽装の旅人は通行料と船賃を払えば良いのだけれど、馬車で荷物を運んでいる商人たちは税関のような建物でアレコレと調べられている。

 中原帝国の帝都まではもうひとつ、此処の大河と同様の大河を渡らなければ着けないというのに武器や禁制品の持ち込みは厳重に管理されているようだ。

 乗船受付カウンターで通行料と船賃を払って、木札に焼印が押された通行証を受け取った。

 

          *****


 ウーヒンは、中原帝国交通省のグァン渡船管理局に、帝都の諜報部から派遣された下級魔技師だ。

 上級魔技師であれば、帝都や他の大都市で自分自身のアトリエを開いて商売をすることができるが。

 下級魔技師では、自分自身のアトリエを開く認可は貰えない。

 多くの場合、下級魔技師たちは国家のいろいろな部局に勤めて、役人としての俸給を得ているのが平均的な立場と言えよう。

 ウーヒンも、そうした生活の日々が続くものと考えていたが、現場を見て来るようにとの辞令を受けて、遥々と転勤をしてきた身の上だ。

 この渡船場にある、城門の様な建物の事務区画に詰めて。

 乗船受付カウンターで通行証の発行業務をする事務員たちの後ろから、乗船者たちを監視する任務を拝命している。

 表向きの仕事は、逃亡中の犯罪者や禁制品の密輸を企む小悪党たちの発見と摘発であるのだけれど。

 帝国の外部から旅行者などを装って潜入してくる密偵スパイや、高級官僚あるいは皇帝陛下の暗殺任務を帯びた刺客などを「居なかったことにする」のが本業である。

 と、本人は信じて疑わない。

 実際には、誰が見ても挙動不審者だろうという身形みなりの乗船者を、取調室にしょっ引いて恐れ入らせるというのが日常だ。

 それでも、中央から派遣された魔技師ということで、局長からも相応の待遇をしてもらっている。

 此処での階級も、非公式ではあるが窓口主任や現場監督官ではなくて署長扱いだ。

 今日も朝から、書類を点検している風を装いながら、見るともなしに窓口で次々と入れ替わる顔を見ていた。

 不審者でなければ、窓口の女性事務員は銀貨を受け取って通行証を渡すという動作の繰り返しである。

 此処、帝国でも。

 流通している通貨は、遥かな彼方にある聖都の神殿が定めた基準に従って鋳造された金貨や銀貨が使われている。

 聖都は皇帝陛下の逆鱗に触れて滅んだと聞いているけれど、度量衡は各国共通なので変更されることは無かった。

 貨幣には銅貨もあるけれど、通行料と船賃は銀貨での支払いなので気にしなくても良い。

 ふと、窓口で支払いをしている男に目が留まる。

 窓口の女性事務員が、受け取った銀貨を掌に載せて重さを確かめるような動作をした時に。

 その男が建物の入り口のほうを振り向いて、数人のグループに何かの合図をしたように見えたのだ。

 銀貨を握ったままの女性事務員が、ウーヒンの顔を見て首を振る。

 「その乗船者、ちょっとこちらへ」

 通行証を発行する窓口の横にある腰丈のスイングドアを開くようにして、おいでおいでをするウーヒンの顔と下級魔技師の制服を見た男は出口を目指してダッシュしようとしたのだが。

 「止まれ」

 ウーヒンが魔力を込めて口にした一言で、その場に貼り付いたかのように動作を止めた。

 「衛兵。あのグループを足止めしてくれ」

 と。

 ウーヒンが指示をするよりも一瞬早く、グループの者たちは乗船場の区画から街道を目指して突っ走る。

 待たないか!と叫ぶ衛兵たちの声と、時ならぬ騒動にざわつく乗船者たちのことは意識の外に押しやって。

 ウーヒンは、女性事務員が手にする銀貨に視線を注ぐ。

 窓口業務を滞らせることは出来ないので、休憩中の事務員を呼んで交代させる。

 「少し、重いような気がしたんですよ」

 メイファという名の事務員は銀貨を掌に載せたまま、どっちかしら?という目でウーヒンの顔を見る。

 朝から夕方まで、何百枚という銀貨を毎日のように手にしていれば、重さは身体が覚えてしまうだろう。

 そこに違和感のある一枚が入ってくれば、身体のほうが反応するということか。

 ウーヒンには下級魔技師として贋金を見分ける能力があるし、メイファが手にした銀貨は間違いの無い贋金だ。

 「ご苦労さん、メイファ。よく気付いてくれたね」

 メイファに笑顔で、言葉を掛ける。

 後で渡船管理局へ稟議書を出して、臨時賞与を貰えるようにしてやろう。

 ウーヒンが銀貨に意識を向けている時、視界の隅を。

 異国風の装備を身に着けた戦士が交代した事務員に銀貨を渡し、通行証を受け取って船着き場へ向かう姿が掠めて行った。

 一瞬、警報がアタマの中で鳴るけれど。

 「魔技師殿。捕まえた奴らの尋問をされますか?」

 逃げ出したグループのほうも逮捕できたらしい。

 渡船場の衛兵隊長が声を掛けて来て、贋金問題のほうに注意を逸らされた。

 国家にとって、贋金を流通されると言うのは一大事件だ。

 これを解決できれば、昇進を期待出来るだろうとウーヒンは衛兵に頷いた。


          *****


 帝都からは遠く離れた渡船場に、下級とは言え魔技師が駐在しているなんて、想像すらしていなかったと。

 ノアは、己の迂闊さを反省していた。

 贋金使いなどという、間抜けな連中には感謝をしなければならない。

 あいつらがドジを踏んでくれた逮捕劇のドサクサに紛れて、渡し船に乗ることが出来たのだ。

 ただ。

 あの下級魔技師が俺のことを思い出したりしたら、帝国の警備隊か諜報部が動き出すことになる。

 ほんの一瞬ではあるけれど、アイツは俺の魔力に感づいた。

 上級魔技師たちは、聖都の魔技師育成学院で教育を受けなければ資格を貰えない。

 そして。

 上級魔技師となれば出身地の国家にではなくて、神々の娘であるソフィアに忠誠を誓うことが卒業の儀式となる。

 その点。


 下級魔技師たちは地元の魔技師養成所で国家試験を通れば資格を貰えるので、上級魔技師たちが教授を務めていても神々に対する忠誠心は問われない。

 だからと言って、小耳族ヒトの魔技師レベルでは俺を取り押さえることなど出来はしないが。

 何かするとしても。

 魔力を持った戦士が一人、帝都に向かっているかもしれないという報告書を上げるくらいのものだろう。

 その報告書が回り回って、何処かの町の警備隊に行き渡るまでには時間がかかる。

 その頃には、帝都の近くまで行くことが出来るだろう。

 仮に。

 正規軍の一個師団が出張って来ようと、そんなモノは俺にとっての脅威では無いけれど。

 皇帝を居城もろともに殲滅してやる事を考えれば、このような辺境で無意味なドンパチをやるわけにはいかない。

 もしも。

 戦士が一人で一個師団を潰したとなれば帝国にとっては一大事ということになり、皇帝の身辺警護に不安が生じるかもしれない。

 中原帝国の皇帝にとって不測の事態が起こると考える側近がいれば、それなりの手は打ってくるだろう。

 転々と居所を変えて逃げ回られれば、こちらにとっては面倒な事この上ない事態となる。

 神と言えど、生身の身体を持って地上で行動する以上は行動に制約を受ける。

 目敏いヤツに見咎められる前に、事を済ませることが肝要だ。

 差し当たっての対応としては、槍と長剣は外して見掛けを変えておくことから始めるか。

 対岸の船着き場に上陸した俺は、さっさと渡船場の区画から出て町の外へと歩いて行った。

 街道から外れて、森の中へと入り込む。

 亜空間のドアを開いて、アウラに事情を説明して物資の調達をしてもらう。

 帝国の一般人に見えるような旅装に着替えて、左腰には片手剣を吊るす。

 背嚢には着替えや小物に、帝国の商店で売られている保存食。

 後ろ腰には水筒を着けて街道に戻る。

 旅の理由は、一生に一度くらいは帝都の賑わいを見ておきたいというあたりか。


 さらに、数日。

 街道の彼方に、二本目の大河であると聞いたヤンツィの流れが見えて来た。

 下流へ向かえば帝都までは遠くないけれど、帝都は大河の向こう岸に在るので渡船場を通って渡らなければならない。

 渡船場の手前には、城門を構えて高い壁を巡らした町がある。

 街道には俺と同様に旅姿の一般人のほかに、武器を携え数人で歩く戦士たちもいて町の賑わいを想像させてくれる。

 町まで少し距離がある、手前の小さな流れに架かる橋を渡ろうとした時。

 「そこのお人。遭難流転の相が出ておる」

 聞き取れるギリギリの音量で、囁くような声が聞こえた。

 声がしたほうを見ると、路傍に段通を敷いた上に座る女が水晶玉を指差して俺の顔を見上げている。

 魔力は感じないので小耳族か。

 小耳族ヒトの身でありながら。

 路傍で占術を店開きするとは、怖いもの知らずと言える。

 神に非ずとも、異なる時間の景色を観ることができるモノたちが生まれることは俺も知っている。

 観るだけでなく、異界を出入りできるモノもいる。

 世に言う異能・霊能のモノたちで、その口から出る言の葉は神の意を汲むのだと信じられている。

 だが、この街道は神の権威さえも否定して退ける皇帝の領ろし召すしろしめす縄張り内の幹線だ。

 警備隊か魔技師に見つかりでもしたら、訓戒程度では済まないだろう。

 礼を兼ねて銀貨を一枚、指先で弾いて女に投げてやる。

 俺の考えを読み取ったのか、女は投げられた銀貨を掴んで、一瞬で持ち物を畳むと橋の下へと姿を消した。

 素早いヤツだと感心しながら、橋の下を覗いて見たが。

 橋の土台となる石組みの中へ!消えて行く尻尾の先が見えただけだった。

 ふむ。

 何かの警告にしては、可笑しな方法があったものだ。

 その後は、何事も無く。

 渡船場から帝都までく船に乗ること数日で。

 俺は帝都の城門を目にすることが出来た。


 帝都を護る城門ともなれば、城門だけで辺境にある城がそっくり入ってしまうほどの規模を持つ。

 守備をするのは警備隊だけれど、上級魔技師を擁する近衛小隊が後詰に待機しているという保険付きだ。

 城門の入り口では。

 持ち物検査、入城税の支払いと行列は進んで、俺の番が来る。

 「危険物は無いな?」

 と、俺が腰に着けている剣を睨みながら当番の衛兵が質問を始めた。

 腰の剣を外して、背嚢と一緒に検査台の上に置く。

 衛兵が俺の剣を抜いて刀身を見るが、どうということのない数打ちの鍛造鉄剣だ。

 鋳物の鋳造剣よりは少しだけ上等なものだが、特に高価な物でも無い。

 背嚢には、劇薬どころか酒の一本も入れてはいない。

 「次!」

 そう言いながら、衛兵が俺の剣と背嚢を押し戻して寄こす。

 入城税の支払窓口に進むと。

 「入城税は金貨一枚よ」

 窓口に座る女性職員が、帝都見物物見遊山だと言う俺の言葉を聞いて口にする。

 戦士ではなく、武装した旅人という服装から平民仲間と見たらしく、タメ口だ。

 金貨と引き換えに通行証を渡される。

 窓口の奥に、お目付け役で座っている上級魔技師が俺を見る。

 中原帝国の、西から見て奥の奥に位置する帝都に他国の軍が侵入したことは無い。

 それを言うならば。

 刺客が独りで潜入したところで、皇帝の身に危害が及ぶはずも無い。

 俺の事も、何処にでもいる暇人の一人ということにしてくれればいいのだが。


          *****

 

 うわぁ~~!

 何で、こんな所に神様がお出ましになるのよ!

 此処、帝都の城門で入城者たちを監視する役目を承る、上級魔技師のあたしユーチェンは。

 思わず、呻き声を出してしまったの。

 だって。

 若い頃に、遥かな北方世界にある聖都の魔技師養成学院であたしたちの担当教授をしておいでだった枢密卿ノア様が。

 いま。

 目の前で、帝都への入城税を支払っておいでになるのだもの。

 聖都は、うちの親玉皇帝陛下の命令で占領されたと聞いていたけど。

 まさか。

 あたしたち小耳族と同じお姿で現れるとは。

 きっと。

 深い事情がおありになるのに違いないのよねぇ。

 「魔技師様、どうかなさいましたか?」

 隣に座っている近衛兵の小隊長が、あたしの呻き声を聞いたらしいの。

 「ううん。ちょっと」

 そう言いながら、右手をお腹に当てて見せると。

 「お茶など、飲んでこられては?」

 勝手に納得して、気を利かせてくれたわよ。

 適性の関係かどうか、知らないけれど。

 上級魔技師には女性が多いし、判った振りしてくれるのは有難いことだわね。

 「ありがと」

 にっこりして見せて、控室に引っ込んでしまうことにしちゃったの。

 あたしたち上級魔技師は。

 種族も国籍も問われずで、適性のある者は聖都の魔技師養成学院を卒業することで資格を認定されているの。

 というか、認定されていたのよ。

 下級魔技師たちと中級魔技師たちは、聖都ではなく地元の魔技師養成所で国家資格を貰えれば公務員として雇ってもらえることが定番のコース。

 その上の上級魔技師は適性に加えて才能も必要で、故郷で公務員となることもできるし。

 独立して自分のアトリエを構えることを、すべての国家から認められているの。

 あたしユーチェンは故郷の帝都に帰って、こうして公務員として働いているのだけどぉ~。

 上級魔技師の資格を貰うには、故郷の政府にではなくて聖都に対して忠誠義務の誓いを立てるという秘密の関門があるの。

 平たく言えば創世の神々と神殿の巫女ソフィー様に対してだけ忠誠を誓っているのであって、帝国の公務員として雇われていても優先順位は神殿の巫女様が第一位なの。

 あ、職務上の守秘義務は勤務先が優先よ。

 そんなレベルのことでじゃなくて。

 誓いには。

 もしも、聖都にある神殿の関係者が助けを必要とする時は拒んではならないということも入っているのよ。

 上級魔技師になると、いろいろな秘密も教えて貰えるけれど。

 実は枢密卿様は、神殿の巫女様よりも上位にある創世の神々の一柱なのよ。

 それで、枢密卿様のお姿を見たことは無かった事にしちゃおうと思ったの。

 だって。

 聖都が滅ぼされたと聞いてから間もないと言うのに、帝都にお出ましになられるのだもの。

 これは何かあると考えるのが当たり前だし、その何かなんてのは知らないほうがいいに決まってるじゃない。

 で、あたしは控室でお茶をしながら時間潰しを始めたわけよ。

 うん。

 触らぬ神に祟りなし、だもんね。


          *****

 

 上級魔技師が奥へ引っ込んでしまったのを見たノアは。

 見ないことにしやがったなと、納得はしたが顔には出さないで城門を通り抜けると市街へ入った。

 取り敢えずは、宿を決めて足場固めをしておくことにする。

 寝泊りは自前の!亜空間で十分なのだけれど、警備隊や衛兵隊に職務質問をされた時に宿の名前を出せるほうが良い。

 城門から続く大通りの茶房に入って、女性給仕に茶と軽食を頼む。

 「俺は帝都見物に来たんだけど、安心して泊まれる大きな宿はどこだろうな?」

 情報料だと言いながら銀貨を一枚、握らせる。 

 「それなら、丘上飯店ねぇ~。帝都で十本の指に入るわよ」

 そこそこの金持ちでなければ泊まれないよとは、口には出さないで微笑んで見せる辺りは大したものだ。

 「宮殿にも近いし、帝都を見て回るのなら判りやすい場所だしね」

 「あんたの紹介だと言えば、良い部屋を都合してもらえるのかな?」

 口利き料を稼いでも良いぞと匂わせてやる。

 「あたしじゃ無理だけど、うち当店の紹介状で良ければあげるわよ?」

 にっこりと制服のポケットから店名入りの札を取り出してサインをして見せるあたり、帝都の大通りで店を張っているだけのことはある。

 あるいは諜報部に直結しているのかもしれないけれど、いまのところ俺は人畜無害の観光客姿だから心配することではない。

 「助かるよ、ありがとな」

 いかにも、お上りさんという顔をして見せる。


 自分の足で歩き回ったことが無い町と言うのは、暗殺者にとっては檻の中にいるようなものだ。

 帝都は城壁で囲まれた中に、碁盤目状の道路が区画を分けている。

 ただ、その碁盤目で区切られた区画は呆れるほどに大きい。

 出鱈目に選んだ区画へ入って覗いて見るが、その区画の内部は複雑怪奇。

 小さな城下町くらいはある中に、城下町のようなデタラメに敷かれた細い道路が入り組んでいる。

 そんな所に住人以外の者が入り込んだら、目立つことこの上ない構造だ。

 大通りを歩くだけで用が足りればいいのだけれど、見通しが良い大通りには警備隊が巡回している。

 おまけに、宮殿そのものには専用の城壁が巡らされている。

 皇帝の執務室や居室が何処に在るのかは、少数の役人と使用人しか知らないだろう。

 潜入したところで、迷路の中を歩き回ることになるのは素人にだって判る話だ。

 この辺りの土地は、大河ヤンツィが運んだ土砂によって形成された扇状地という広大な平野になっている。

 その平野に城壁を造ってあるとなれば、高所に陣取ってライフル銃での狙撃など論外ということか。

 

 「故郷への土産話に、皇帝陛下の御行列を見たと言ってやりたいんだけどなぁ?」

 宿泊して三日目の朝、今日も見物の街歩きに出かけると帳場フロントに鍵を出しながら世間話を持ち掛けてみる。

 「さてねぇ。決まった日取りは聞かされてませんからねぇ」

 帳場の返事は予想通りだ。

 そりゃそうだろうという顔は、しない。

 「それは残念だな。長逗留も出来ないからなぁ」

 「お上のなさることですから、あたくしどもには判りません」

 宿代は前払いで置いてあるので、帳場のほうは安心しているようだ。

 だからと言って、大した用も無いのにだらだらしていると警備隊の宿改めに引っ掛からないとも限らない。

 のんびりと探索なんかしている積りも無いので、ここは荒療治で済ませるか。

 その前に。

 街角で日向ぼっこをしている黒猫を見つける。

 首には魔技師ギルド所属の使い魔であることを示す首輪とメダルを着けている。

 「俺が誰だか、知っているよな?」

 「な~~ご、神様」

 うん、話は通じるようだ。

 「帝都の上級魔技師たち全員に、今すぐに帝都から逃げ出すように通知してくれ」

 携帯食として持ち歩いているチーズを一塊り、駄賃に差し出す。

 黒猫はチーズをポケット・・・・に仕舞い込んだ。

 「至急だぞ」

 「な~~ご、神様。ありがと」

 黒猫はチーズを貰った礼を言って、帝都の魔技師ギルド本部に向かって速度を上げながら駆けて行く。

 これで、多少は助かる者たちもいるだろう。

 

          *****

 

 おいらは魔技師ギルドの黒猫である。

 名前はルイと云う。

 遥かな西方の何処かの国にもルイという名前があると聞いたが、おいらのルイはこの国のジモティに人気の高い名前だ。

 いつもはギルド長から上級魔技師たちへの文書に出来ない秘密の連絡事項を、口頭・・で伝えて歩くメッセンジャーをやっている。

 今日は非番で仕事も無いし、自分の用事でする事も無い。

 だから。

 帝都の街角で。

 おいらは日向ぼっこを楽しんでいた。

 首に着けた魔技師ギルドの首輪とメダルを見れば、ちょっかいを掛けてくるヤツはいないし気楽な休日だ。

 そこへ、神様がおいでになったと思って欲しい。

 なんだ?と見上げるおいらに神様は。

 上級魔技師たちに帝都から逃げ出せと通知するようにおっしゃった。

 たかが魔技師ギルドのメッセンジャー係の身で、神様から呼び掛けられるとは光栄以上のビックリタイムだ。

 理由なんか、おいら如きが訊ける身分ではないから命令を遂行するだけだ。

 お駄賃のチーズまで神様から手渡しで頂戴したとあっては、すぐにギルド長に報告をしなければならない。

 おいらはチーズをポケットに仕舞うと、ギルド本部に向かって駆け出したのさ。


          *****


 魔技師ギルドから上級魔技師たちへ通知が回る時間を読みながら、俺は帝都の通りを歩く。

 宮殿を囲む城壁が見えてきたので、人の気配が無い空き地に入り込んで隠形のための結界を張って自分の姿を隠しておく。

 宮殿の周囲には上級魔技師が張った侵入防止と防御結界が見えるが、俺がやろうとしていることの障害にはならない。

 俺は、その城壁を囲む形で上空は開けておくように対爆結界を構築していく。

 次に。

 遥かな上空の衛星軌道を回る金属塊を呼び寄せる呪文をアタマの中で組み立てる。

 大型馬車ほどの大きさの金属塊に。

 「堕ちて来い」

 と命令をする。

 瞬きをするほどの間を置いて。

 天空から輝く塊が堕ちてくる。

 天井は、と言うのは空のほうは開けてある対爆結界の中へ。

 灼熱の金属塊が吸い込まれて行った。

 同時に対爆結界の天井は塞がれて、中では出口の無い物質たちが圧縮されている。

 ほんの一瞬だけ。

 極小のブラックホールが誕生し、消えた。

 

          ***** 


 「ぽこぺ~~ん」

 電書兎の到着を告げる通知音が鳴って、外信部のデスクを勤めるローナンはラップトップの画面に向かって手を振った。画面が輝き、「情報玉を開きますか?」というメッセージが表示される。

 ・・・

 「開く」

 ローナンの言葉に反応して、画面にメッセージが表示されてゆく。

 ・・・

 ヤマトゥ支部発、本社宛。

 本日の昼近く、西方の空に強烈な光を放ちながら落ちる巨大隕石と思われる物体が見えた。

 地上に達したと思われる爆発音と衝撃波も、四十分くらい光に遅れて観測された。

 同じ頃、中原帝国の帝都に在る当社東方支局との連絡が途絶した。

 帝都もしくは周辺において、何らかの自然災害による甚大な被害が発生しているものと推測される。

 ヤマトゥ支部では急遽、快速船を派遣して現地の模様を取材する予定である。


「ぽこぺ~~ん」

 ヤマトゥ支部発、本社宛。

 帝都へ状況取材のため派遣した記者が帰還した。

 報告によれば。

 海岸から帝都に至る地域の建物は崩壊し、見通せる限りでは平地となっている。

 大河ヤンツィの川床も干上がっており、海抜以上の土地に生き物の姿は見られなかった。

 一帯は高熱で溶けたと思われるガラス質の物質で覆われており、これから長期間にわたって動植物共に棲息することは不可能と思われる。

 奥地への取材は、食料その他の装備が足りないので断念せざるを得なかった。

 注:添付画像あり。

 当地、フソウの各地に割拠する族長連合が調査団を派遣するかについての会議を招集するとの情報がある。


*以上、ドュブリス・ディウルナどゅぶりす・しんぶんによる*


          *****


 上級魔技師のあたしユーチェンは宿舎に充てられた小さな家で、朝昼兼用の食事をしていたの。

 使い魔のミャオミャオも、小皿に圧し掛かるようにしてお食事中だった。

 ミャオミャオは帝都では珍しくは無い黒猫の一匹。

 と言うのも。

 此処帝都には多くの魔技師たちが公務員として生活しているからで、魔技師たちには助手や連絡係を勤める黒猫が漏れなく付いているからなのよ。

 ふと、ミャオミャオが勝手口の扉を見つめたの。

 「誰か来たの?」

 「なぁ~~おん」

 扉を開けると、ミャオミャオとは別の黒猫が来ていたわ。

 首輪には魔技師ギルドの直属を示すメダルを着けているじゃないの。

 この子はルイという名前だったかしらね。

 「教官の神様が来て、上級魔技師は至急で帝都から逃げ出せと言ってる」

 あたしに向かって用件だけを言うと返事は聞かないで、その黒猫は城門のほうへと駆け出してったじゃないの。

 他の上級魔技師に連絡に行ったのだろうけど、そんなことに構ってはいられない緊急事態なのよ。

 聖都の神様からのお告げとあれば、真偽や是非は埒外だもの。

 前後の状況からすれば、神様が何を為さるのかは考えるまでもないからね。

 財布と身の回りの物だけを魔法鞄に放り込み、ミャオミャオも掴んで放り込んじゃう。

 魔法鞄は聖都で授与された亜空間魔法の偽装用で、生き物の出入りも自由なの。

 通りに出てみれば、顔見知りの上級魔技師たちが目立たない程度に急ぎ足で城門目指して競争してるじゃないの。

 制服を着ている魔技師は、城門の出入りはフリーパス。

 あたしは城門を出て、西へ向かう街道を一目散に走り始めたの。

 女性であっても魔技師は気力体力が優秀でなければ、上級魔技師の資格は頂戴できないけれど。

 それが、いま結果を見せてくれるかどうかの瀬戸際よ。

 轟音が聞こえて空を見上げると、巨大な光が地上に向かって堕ちてくるじゃない。

 大急ぎで自分専用の亜空間の扉を開けて、あたしは中に飛び込んだのよ。

 亜空間の中には庭付き一戸建ての家があって、教官の神様から教わった通りにひと月分くらいの食料は備蓄してあるから、生き残って旅が出来るかもしれないわね。


          *****     

 

 「あれは、やり過ぎだろう」

 「やり過ぎよねぇ」

 「加担してない者たちまで滅しちゃ、マズイよなぁ」

 ・・・・・・・。

 気が付くと、ノアは神々たちが座る円卓の真ん中に空いた場所に立っていた。

 空中に浮かぶ大型モニターには、帝都だけでなく帝国の東半分が吹き飛んだの映像がリプレイ状態でアップされている。

 その映像を、苦虫を噛み潰したように口元を歪めて神々が睨みつけているのだ。

 此の世界の創世の神々たちだけではなくて、他の宇宙の神々もいる。

 「まぁ、小耳族ヒトの身で神々の娘ソフィアを虚仮にした皇帝とやらも重罪だからな」

 「どこかの預言者に、お告げ神託を下さなくちゃならないか?」

 「神罰だと理解してくれるかしらねぇ、あそこの住人たちは」

 「でも、うちの娘の為に神罰を下してくれたのよぉ」

 ・・・・・・・喧々諤々・・・・・・・。

 「じゃぁ、神権停止一万年ということで」

 「その間は、不死の身だけれど転生するということで?」

 「亜空間と住人のオートマタは、停止明けまで生かしておいていいな?」

 「一万年経ったら、自動的に神権が復活するということでオッケー?」

 「オッケー!」」」」」」」」」」

 「それじゃぁ、あたしが見回りのついでに事故が無いように転生の度に見ておくからさ」

 サイズの大きな胸の下でシャツの裾を縛った臍出しルックに、下はホットパンツに長靴という装いの金髪女神が話を引き取る。


 神々の姿が消えて。

 俺の神権が停止されると、亜空間が切り離される。

 夢かうつつか判然としない時間の中で、アウラが俺にお辞儀する。

 

         ***


★創世歴20,200年★

★聖紀1,860年★


 呻き声を上げて、ノアは目を開く。

 見回す此処は、ゴールデン・ビクセンにある航海長の専用船室だ。

 ・・・。

 夢か。

 遠い遠い昔の。

 意識を集中して思い出そうとすると、幻影の如く霞んでしまう夢の残滓が。

 意識の底に漂っている。

 「一万年か」

 呟きながら身体を起こす。

 「・・・アウラ」

 放置したままになっている、俺専用の亜空間と住人のメイドオートマタの記憶が鮮明に蘇って来る。

 制服に着替えてから、隔壁にある四番目!の扉を開くと。

 「ノア様、お帰りなさいませ」

 夢の中で分かれたアウラが、扉の向こうの小振りな館の前庭で。

 いつものように・・・・・・・、小首を傾げて立っていた。

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