第10話 メイドカフェは大騒ぎ

★創世歴20,200年★

★聖紀1,860年★

そして

★復活歴2,100年★


 「フリゲート艦に斬り込みをしたお姿、とっても素敵でございました~♥ご主人様~~!」

 「いやいや、それほどでもあるけどよぉ~~。セルマちゃん~~♥」

 此処はアキバに在るメイドカフェ・ハルティアのお店の中なの。

 パタパタと尻尾を大きく振りながら、水兵服を着たアルフィー様がポケットからモナルキの金貨を取り出されたのです。

 額面8エスクードの大型金貨ですよぉ。

 「これ。手伝ってもらったんで、お礼な」

 「わぁ~、ありがとうございますぅ~~♥ご主人様~」

 高額金貨だけあって、使い込まれた傷などは付いて無い綺麗なコイン。

 プルーフ仕上げみたいにピカピカしています。

 お店の仲間メイドたちも、御贔屓の水兵さんたちから金貨をプレゼントされていて、お店は小規模なゴールドラッシュ状態なのよ。

 そのうち、知り合いの魔道具技師さんに頼んで魔力入りのペンダントにでも加工してもらおうっと。


 なんで、あたしたちが、このように素晴らしい大型金貨をいただけるのかと思うでしょ?

 アルフィー様がお店の常連さんで、あたしのファンだということもあるけど。

 この前、フリゲート艦への斬り込みのドサクサに紛れて戦闘シーンを見物しに行ったついでに、あたしはモナルキ海軍の水兵を捕まえてアルフィー様にプレゼントしたのよ。

 うぅん、あたしが自分から戦闘に参加して捕虜を獲ったんじゃないわよ。

 あたしたちメイドが戦闘シーンを見ていたら何か勘違いをしたらしくて、モナルキ海軍の水兵たちがこっちへ襲い掛かってきたんだもん。

 非武装の、か弱い美少女に襲い掛かるなんて極悪非道なことを。

 誇り高いモナルキ海軍の水兵さんにさせてはいけないじゃない?

 あの水兵さんが悪い行いに手を染めないように、と。

 つい、魔法で縛っちゃたというのが真相なのよ。

 本当ですよぉ、ソフィア様ぁ~!

 外の世界にチョッカイを掛けてはいけないと言われていたけれど、此処コッチの世界ではなくての世界だから。

 いっかなぁ~~、と思っちゃったのよねぇ。


          ***


 フリゲート艦を奪取した戦闘を見物して、お店に帰ってきたら。

 ソフィア様から、全員集合のお声が掛かったのよ。

 「今回は皆殺し作戦だった全滅させたから目撃者はいないけどね」

 ソフィア様の口調では。

 艦長から少年水兵に至るまでフリゲート艦敵艦の乗組員を、ゴールデン・ビクセンの艦長や妖狐族や立耳族のみんなが、生きたままで喰べてしまったことは問題にはならないらしいの。

 いえいえ、問題になるならない以前の答えが出ていて。

 ソフィア様のお考えでは、生きてあるモノたちそれぞれの生き方は。

 それぞれが棲む世界の神々が別々に骰子サイコロを振られたことの結果であって、善悪・是非は問わないのが無言の掟。

 善悪・是非は生きてあるモノたちの生活上の都合でしかなくて、神々としてはレットイットビーあるいはケセラセラ。

 そういう事もあるのよねぇ~♥♥で済まされちゃいました。

 その辺り。

 ソフィア様は神様の娘という身でありながら、同時に神殿の巫女様をしておいでだったので、世事にも長けておいでになるのが凄いわ。

 物事は成る様にしか成らないし、細かい事は結果オーライが天下泰平の秘訣なのよというのが。

 はい、あたしの独断と偏見なのですけどねぇ。

 でも。

 もしも、大耳族エルフが存在しないはずの世界で、姿を見られたりしたら。

 ましてや。

 自分たちが存在しないとされる世界に、何かの影響を与えたりしたら。

 ・・・。

 「創世の神々の末裔に連なる身として、自覚してくれないとダメよ」

 じっくりと、ソフィア様に油を搾られちゃったのです。

 聖都脱出から一万年は過ぎ去って。

 此処フソウの島に落ち着いてから、現在ではムサシモ地域のシモザシという地区にあるアキバという町にあるメイドカフェ・ハルティアエルフでフソウの住民に溶け込んで生活しているあたしたち大耳族エルフ


 日常はメイド仲間として、朝寝坊などの抜けたところを見せてくれたりする「メイドカフェのソフィア」だけれど。

 時として、聖都に居た頃の神殿の巫女様としてのソフィア様が顔を覗かせることがあるのよ。

 たしかに、イタズラ半分で他の世界に干渉するような結果を招いてはいけないと反省してますよぉ。

 本当よぉ。

 本当なんですけどぉ。

 神様としては、ソフィア様よりも高位の立場にありながら。

 異世界の私掠船海賊船に乗り組んでおいでになる、枢密卿のノア様についてはどうなってるのよ?と言いたい気持ちも少しあったりするのよねぇ。

 聖都からフソウへと避難中の船から突然、お姿を消してしまわれたきりで、一万年という長期間の行方不明。

 最近、お店のドアたちとのトラブルが切っ掛けで、再びお姿を現したのだけど。

 ご帰還されたのかと思えば、あたしたちのことはほっぽらかして異世界の神様らしい美女や妖狐たちと冒険の日々。

 ノア様には何か特別な?事情があるらしく、あたしたちの生活に加わるご様子は無いみたい。

 創世の神々の末裔ではなくて、独立した神々の一柱でおいでのノア様だから。

 あたしなんかには判らない、お仕事があるんでしょうね。

 うん。

 触らぬ神に祟りなしって、アキバの住民の皆様もおっしゃてるわよね。


          ***

 

 あれやこれやと考えていた時に。

 「お帰りなさいませ~、ご主人様~~♥」

 手空きの誰かの、声が聞こえたわ。

 あ。

 噂をすればなんとやらで、そのノア様やナナオ艦長様たちがご来店になられたお姿がチラリと見えたじゃないの。

 上級神様らしい美女様もご一緒みたい。

 女性の皆様がメイドカフェにおいでになって、楽しいのかしら?と思っていたら。

 メイド仲間のエリサたちがお出迎えに行ったけど、今夜はエリアス店長にご用があるみたいで、エリサが取次に駆けてったのよ。

 おっと。

 ちょっと気持ちが脇道に逸れちゃった。

 ご主人様のお相手をしているのだったわよねと、目の前においでになるアルフィー様のお顔に意識を戻すと。

 「でもよぉ~。あんな血生臭い戦闘場面なんか見られると、俺たちを気持ち悪いと思われちゃうかもなぁ~~?」

 「い~えぇ~。男らしくて立派なお仕事でしたよぉ~❤」

 アルフィー様の不安そうなお顔に、笑顔で返して頭を下げる。

 少しだけ前屈みになって胸の谷間を見せるようにして、胸を挟むようにしながら軽く拍手もしておこうかしら。

 戦闘職のアルフィー様が戦いで生活しておいでなのは、当然だもの。

 あたし自身は戦士ではないけれど、大耳族エルフにも戦闘職は有るものね。

 それに。

 聖都を脱出してからの長い船旅で、軍艦ではないけれど海上での生活がどういうものかは体験をしてるから理解も出来るし。

 うん。

 隣のテーブルではメイド仲間のハンナが同様に、水兵服のご主人様のお相手をしているところだわ。

 「船の甲板はロープとか道具がゴロゴロしてて、歩くのが大変だったろう?」

 「軍艦ではありませんけどぉ~、お船には乗ったことがありますからぁ~」

 どうやら、アルフィー様と一緒に戦闘をしていらした、上等水兵のハリス様というご主人様みたいね。

 フリゲート艦への斬り込みが始まると言う情報を聞いて、あたしたちメイドの非番組がゾロゾロと、物見遊山に駆け出したのは良かったんだけれどね。

 え?

 良くないと叱られたばかりだろう?って?

 う~~ん。

 反省はしてるわよぉ~。

 本当よぉ~。

 で、さぁ。

 駆け出した時に、ヒールのまんまで行っちゃったのよ。

 ほとんど丸太みたいなバウスプリットの上を渡って行った時なんか、いろんな索具や固定具が付いていて歩きづらかったのは本当だけどね。

 「これ。手伝ってもらったんで、お礼な。リーナちゃん」

 「わぁ~、綺麗な金貨~!ありがとうございますぅ~~❤ご主人様~」

 あれ?

 どっかで聞いたような会話、してない?

 あ?

 店内を見回っていたソフィー様が、奥の事務所に呼ばれているみたいね?


          *****

 

 今夜のメイドカフェには、ゴールデン・ビクセンから小耳族や立耳族の水兵たちや海兵たちが大挙して繰り出しているらしい。

 あちこちで、戦利品の金貨を貰ったらしいメイドたちの嬌声が上がっている。

 美少女艦長のナナオが何と喚こうと、ゴールデン・ビクセンは集団押し込み強盗が本業で、略奪範囲と認可された物品は乗組員たちの小遣いになる。

 その、個人の小遣いを何処で何に使うかはナナオであろうと口出しはしないので、大耳族の美少女メイドたちがお零れに与るという場面が展開されているのだ。

 本来の「ご主人様」であるアキバのジモティ諸氏は、毒気を抜かれたような顔をしてるけど。

 ゴールデン・ビクセンの乗組員たちは、生死を賭けた仕事海賊をしてきたところだ。

 例え我々の魔力が高くて、小耳族ヒトとの戦闘力に差があろうと。

 万に一つでも、運が悪ければ戦死ということだってゼロではないのが海賊稼業。

 今夜のところは、羽目を外しても大目に見てくれと心の中で詫びておく。

 ワイワイキャァキャァの賑やかな店内を通り抜けて、ノアたちはエリアスに事務所へと案内された。

 事務所とは言っても、店と隔てるドアの先には長い廊下にいくつものドアが並んでいる。

 その、かなり奥にある応接室を使うらしい。

 「今夜は、提案があってお邪魔させてもらったのじゃ」

 立場上、美少女艦長ナナオが代表して企画書をテーブルに出す。

 「すみませんが、関係者を同席させてもよろしいでしょうか?」

 エリアスが片手を上げて同意を求めて来る。

 目の前に出された書類の厚さから、重要事項と判断したらしい。

 やはり、エリアスの他にもメイドカフェには上層部が存在しているようだ。

 「うむ。良きに計らえ」

 ナナオが無駄に大きな胸を張りながら首を縦に振ると、エリアスがドアの外へ出て行った。

 すぐに、エリアスが戻って来る。

 一緒に戻って来たのは、メイド服の美女がひとりとスーツを着た美男子が一人。

 大耳族エルフは美女美男揃いなので見分けがつきにくいということで、容貌についての形容詞は要らないのだけど。

 「ソフィーと、レオです」

 エリアスが紹介してくれる。

 「わたくしどもが、共同で店の経営方針を決めておりまして」

 だから、一緒に話を聞くということらしいが。

 エリアスは俺の顔を見て、すべて承知しておいでのことでしょう?という眼つきをしている。

 う~~ん。

 どっかで会ったのかもしれないけれど、昔の記憶は曖昧な部分が多いので困る。

 ソフィーという美女は、高位の神様か?

 俺の顔を見て、無言で回復魔法の咒を開こうとしているが何の呪いまじないだ?・・・ほとんど判らない程度に指先を動かして空中に魔法陣を描いているし?

 俺に何かの咒が掛けられていて、それを外してくれようとしているらしいのは判るんだけれど。

 今夜の話には、面倒な背景なんかくっ付けていないんだけどな。

 ま、いっか。

 御同席をいただいた神様が、自ら土地の関係筋に話を通してくれれば、案件がスムーズに進むかもしれないものな。

 俺たちも、改めて名乗りを上げるけれど。

 お尻が見えそうな艦長服を着た美少女に、対外用の下級艦長服を着た俺と。

 いつもの海賊服では無くて、秘書スーツとやらを着て上着から胸を突き出したビッキーと。

 相手からはどう見えているのか、訊いてみたい気はする。

 あちらは明言しないが。

 メイドカフェ・ハルティアの方はメイド服を着た神の娘に、ビジネススーツを着たエリアスたちが下級神眷属だというくらいは俺にも判る。

 そんな面子が並んでいたら、ナナオの如き妖狐族程度では生きた心地がしないに違いない。

 隣の美少女艦長ナナオには、この様な場所でチビルんじゃないぞと目線を送って激励をしておこう。

 まさか。

 正体不明の神たちと、それに近いモノたちの首脳会議になるとは思わなかったぞ。

 

 それから暫し。

 「という訳で、ご支援をいただけるとありがたいのですが?」

 分厚い企画書の内容を、アタマの中身はお花畑の美少女艦長に代わって、実務担当者のノア!が説明し終える。

 ビッキーは、相手の反応を見ているらしく無表情を崩さない。

 ビッキーが調べたところでは。

 いや、どうやって調べているのかは知らないけどな。


 メイドカフェ・ハルティアは、と言うよりはハルティアという組織は、俺たちが座っているカフェだけで成り立っているのではないらしい。

 中原帝国とやらの攻撃により、北方にある聖都を放棄してから一万年ちょい。

 安住の地を求めてフソウの島に辿り着いてからは、アキバも含まれるシモザシ一帯を支配する土着の有力部族とギブアンドテイクの関係を構築して、生活圏を確保して来たという。

 社会の表からは見えないけれど、裏では企業コングロマリットハルティア・グループを形成して、シモザシの経済界を仕切れる力があるらしい。

 言わずもがなだけれど、裏から金蔓を握っているとなれば政治の方にも相応の影響力があるということになる。

 詳しい事は知らないが、一帯で名目上の盟主とされているナラの大王家もハルティア・グループの顔色を見なければ政治を動かすことが出来ないらしい。

 ただ、ハルティア・グループが見せているのは会社や商店の連合体という表の顔に限られているという。

 明け透けな力の差を見せつけてジモティたちから不信感を買うよりは、あくまでも共存共栄をお願いするという姿勢なのだそうだ。

 とは言え、一万年も経てば既存のシステムにも綻びや行き詰まりという問題が出て来るのも自然の成り行きという辺りらしい。


 「わたくしどもも、新しいコンセプトの事業を開拓したいと思っていたところですから」

 時代の変遷に対応して、グループの傘下に持つ事業は改善改良・変革をして行かなくてはならないとレオが言う。

 多くの大耳族や眷属たちの生活を支えてゆく為には、現状維持では立ち行かないということなのだろう。

 飲食業やエンターテイメント業は陳腐化を排除して、イメージやグレードを上げるだけでなく、大転換を図らないと顧客に飽きられる部分も多い。

 不動産業は大規模開発があれば土地取引の手数料にではなくて、事後の管理業務にも加わることで、長期の利益を見込むことができる。

 そうした転換期に、大きな複合プロジェクトが舞い込んで来たのは大歓迎なのだそうだ。

 「資金繰りのご心配は要らないとの、お言葉ですので」

 うん。

 金銀財宝はビッキーが古今東西の空の果てから地の底までを含む海賊稼業で稼いだブツを、異空間倉庫の口から溢れ出すほどに持っているからな。

 眠らせて置いたって、文字通りに宝の持ち腐れというやつだけれど。

 そんな余計なことは言わないで、レオの話の続きを聞こう。

 「用地のほうは、手前どもで手配出来ます」

 お、そんなに大きな土地が空いているのか?

 「陸上に空き地は有りませんが、目の前の海を埋め立てれば大丈夫です」

 う~~ん、そんな無理無理なことして地元の当局や住民たちは文句を言わないのだろうか?

 「施設の建設と保守管理も、お任せいただいて大丈夫です」

 レオは指折り数えて、要点を確かめている。

 そりゃぁ、大したもんだ。

 相手によっては、こっちの事業を乗っ取るつもりか?とテーブルに短剣が置かれるシーンかもしれないのだが。

 チラリとビッキーの顔を見るが、納得しているらしく穏やかな感じでほっとする。

 美少女艦長ナナオのほうは、話の全体像が見えているのかどうかも怪しい感じの眼つきをしている。

 「スタッフとキャストの振り分けですが?」

 レオが美少女艦長ナナオに顔を向けると、ナナオは親指を立ててクイとノアのほうにスライドさせた。

 おい、なんでもかんでも俺に投げるんじゃないよ。

 そうは思うけれど顔に出さないようにして、俺が話を引き取ることにする。

 「施設の運営と管理は、そちらに任せる」

 ゴールデン・ビクセンの乗組員に、そんなことを統括できる人員はいない。

 ビッキーは独りで艦の運用と管理をやっている優秀な経営者だけれど、まさかビッキーを張り付けるわけにはいかない。

 艦のオーナー様で俺たちの雇用主だし、このプロジェクトはビッキーにとっては副業とも言えない付け足りでしかないのだ。

 ノアか?

 俺は、ただの雇われ航海長で航路の提案までが職責の範疇。

 企画書は書くけれど、得意なのはドンパチのほうで、事務方の管理責任なんか背負う気は無い。

 とは言うものの。

 「キャストは海賊船ショーのメンバーと艦内ガイドを、こちらビクセンから出すし艦船のメンテもこちら持ちだ」

 どこかの俳優を仕込むより、本職がやるほうが間違いが無い。

 船についての素人がロープに絡まるとか、原因不明の事故でも起こして、労働基準監督署に踏み込まれると話が拗れる。

 此の地にそんな役所があるかどうかも知らないけどな。

 あったとしても、うちの縄張りに踏み込ませたりはしないけど。

 ほかにも。

 モナルキ海軍からかっぱらったフリゲート艦転じて展示用海賊船の保守管理や、港湾施設の管理も、専門知識を持つ船匠と水兵が必要だろう。

 さらには。

 必要があれば時代の先を行く病院を建設して、暇だとぼやいているローガンに実務のほうを任せても良い。

 ホテルやレストランについては。

 スタッフからメニュー構成や仕入れまで、レオのほうに丸投げだ。

 警備関係も。

 異世界の一般市民を相手に戦闘が本職の立耳海兵を出すわけにはいかないので、モナルキ海軍のフリゲート艦と、ゴールデン・ビクセン用に仮の母港とする港湾設備には防御結界を設定するけれど。

 外周にあるエンターテインメント施設は任せることにする。

 「海賊船と、係留する港湾施設はこちらビクセンが管理する」

 目の前の神様と長耳族エルフたちはゴールデン・ビクセンの正体を、表面上だけだが知っている。

 だが、事情を知らない素人にウロチョロされると予期せぬ問題が起こり兼ねない。

 シモザシの一般市民達には、いろんな施設にスタッフ限定の立ち入り禁止エリアがあっても不自然では無いだろう。

 「関係者以外立入禁止は、厳重に守ってもらうぞ」

 ビッキーの視線を受けて、俺は契約条項で譲れない所を強調しておく。

 立ち入り禁止エリアに魔法障壁は設定するけれど。

 世の中、どんな才能を持っているヤツがいても不思議では無い。

 今度のモナルキのフリゲート艦を襲撃した一件だって。

 メイド服を着た大耳族エルフの美女たちが大挙してゴールデン・ビクセンの通路に設定した内部結界を通り抜けて、こちらビクセンの世界に出て来ている始末だものな。

 彼女たちは世界を司ることが出来る「神」の位には一歩だけ足りないが、緩い結界程度なら通り抜けるだけのパワーは持っているということだ。

 そのように。

 神でも妖怪でも魔法使いでもないのに、異界や異次元を行き来することのできるヤツが居たりするのは困ったことだ。

 誰だよ、出来損ないの世界なんか造りやがって?

 まさか、ノアじゃぁないよな?

 それはともかく。

 これから建造する施設については見逃さないように、厳重管理をしておかないとのほうが大変な目に遭うことになる。

 こちらとしては、黙って始末してしまえば「神隠しでござんしょう?」でバックレることは出来るけれども。

 行方不明者の件数が増えて重なると、何処かの当局というのが黙っていないかもしれない。

 それ以前に、ただの娯楽施設が表看板の土地に、不穏な噂が立ったら困るのはこちらのほうなのだ。

 そんな事故を起こさない為の予防措置は、いくらでも厳重に設定しておかなければならない。

 面倒事は避けて通るのが、ノアの如きチンケな船乗りが考えつく生き残り術だからな。


          *****


 あたしセルマが働いているメイドカフェ・ハルティアでは。 

 ソフィア様たち上層部とノア様たちの間で交わされる契約で、新しい仕事を振り分けられる者が多数出ることを知らされて大騒ぎになるのだけれど。

 それを聞くのは先のこと。

 メイドカフェの店内では、日常以上の賑やかな交流が続けられていたのよ。


 「お、コレがキーマカレー温玉乗せってやつかい?」

 制服の袖に上等水兵の階級章を付けたアルフィー様が、珍しそうにお皿を覗き込んで鼻をヒクヒクしておいでなの。

 「見た目は煮込み料理みたいだけど、調理は手が込んでるみたいだなぁ?」

 「は~い、ご主人様ぁ~」

 うちハルティアの料理はすべてが、料理長が仕切る厨房での出来立てですからね。

 レトルトパックでチン!なんてフザケタものは出しません。

 「さすが、アルフィー様の嗅覚は優秀でございますねぇ~~」

 まさか、パチパチパチと手は叩きませんけれど。

 フリゲート艦への斬り込みで、犬族らしい活躍を見せられただけのことはあるのよねぇ。

 ご本人は戦闘に夢中で忘れておいでかもしれないけど、同僚のハリス様も犬族の正体を現しておいでだったし。

 い~えぇ~。

 あたしたちの居るシモザシ一帯では、あたしたち大耳族エルフのほかに立耳族ようせい小耳族ヒトも一緒に住んでるから驚いたりはしないわよ~。

 フソウの島の全体を見ると、住民のほとんどは小耳族だから、大耳族や立耳族は少数派だけれど。

 だからこそ、メイドカフェなどの接客業界では大耳族の美少女人気が高かったりするのよ。

 日常生活では、単に耳の形が違うだけで、見た目だけでは細かな部族までは判らないということもあるしねぇ。

 「どんな材料が入ってるんだ、これ?」

 さすがのアルフィー様でも、中身の詳細までは判らないみたいなのよ。

 う~~ん。

 説明していると、お料理が冷めちゃうんですけどぉ?

 「主な材料は、豚挽肉・玉葱・人参・青椒・大蒜・咖喱香辛料 などで」

 それをフライパンで炒めて、盛り付けにライスを合わせていると端折っちゃおう。

 「そんなところで、冷めないうちにどうぞぉ、ご主人様ぁ~~」

 お好み次第なんですけど、温かな料理は温かなうちに召し上がるのが美味しいですよぉ。

 熱いのと温かいのの中間くらいという温度ですけどね。

 「はい。おいしくな~れ❤。おいしくな~れ❤。ふぅふぅ♡」

 魔力は込めてないけど、気持ちは込めてスプーンで一口分を掬って差し上げちゃうことにしようかしら。

 「はい、あぁ~~ん!」

 うちの料理はリーズナブル価格が売り物で、大型金貨ほどの価値は無いけれど。

 大耳族エルフ祈り祝福と言うのは、健康長寿に少しばかり付け足す程度のパワーはあるのよ。

 あ?

 アルフィー様のお口が耳まで裂けているけど。

 うちの料理は、お口の横を閉めておかないと零れちゃいますからねぇ。

 牙から滴り落ちる水分を、ペーパータオルで拭いて差し上げちゃおう。

 

 「おぉ?俺たちのセルマちゃんが、どっかの海賊の口なんか拭いてやってるじゃんかよぉ!」

 「ほんとかよぉ~?僕のセルマちゃんが、そんな怪しからぬ事をしてるってぇ?」

 「あぁ~~!これで俺はお嫁に行けない!」

 ?

 おぉっと。

 いけない、いけない。

 熱心な「セルマ組」のジモティさんたちから羨ましそうな視線が集まってるじゃないの。

 ジモティさんたちのほとんどは、シモザシ一帯にお住いの小耳族から成る常連様たちが九割以上。

 そう。

 うちのお店ハルティアには、メイドひとりひとりに、ジモティさんたちのファンクラブが付いているのよ。

 い~~えぇ。

 お店のプロジェクトでもないし公認でもない、単なる私設応援団なんだけど。

 あたしには「セルマ組」と自称するご主人様お客様たちのユルユルな連合体があって、イベントなどの時には盛り上げていただいてるのよ。

 それで、新顔のアルフィー様たちを面白くないというのも、判るんですけどね。

 アルフィー様たちは海賊船に乗る海賊ではなくて、私掠船と言う准海軍の軍艦の水兵さんなの。

 だから階級章の付いた制服を着ておいでなのだけど、海についての知識が無いと区別がつかないこともあるのよね。

 アルフィー様たちも、あたしたちの前では海賊だぞとおっしゃってるし。

 ただ、その海賊さんは並みの軍人では歯が立たないほどの猛者揃い。

 なんてったって、戦闘相手の水兵さんを丸呑みにして食べちゃうんだから。

 軍隊経験が無いジモティさんたちとアキバの大通りで喧嘩なんかになったら、明日から「セルマ組」のメンバーはゼロになっちゃうかもしれないわ。

 「ご主人様たちにも。明日から。あぁ~~んさせていただきますよぅ♡」

 アルフィー様にお許しを得て、「セルマ組」のご主人様たちに手を振らせていただ

こう。

 ひとりふたり椅子に倒れ込んで鼻血なんか垂らしておいでになるけど、接客中の今は救援には行けないのよねぇ。

 ふぅ~~。

 人気者は辛いんだから。

 ・・・。

 あ?

 隣のテーブルから、ハンナの冷たい視線が飛んできたわよ。

 メイド服からはみ出している、あたしの大きな胸にグサッグサッと突き刺さってるじゃないの。

 あんたねぇ。

 大耳族エルフは視線にだって魔力を乗せられるんだからぁ、マジでやったらダメじゃんか。

 ご主人様の誰かが視線の線上を横切ったりしたら、騒動どころじゃなくなるわよぉ~~。

 お店の中でカマイタチが暴れたなんて噂が、広がったら困るじゃないのよ。

 人畜無害の大耳族というのが、フソウの島に住まわせていただいてる、あたしたちの表看板なんだからさぁ。

 うん。

 あたしも行動に気を付けなくちゃね。

 反省、反省っと。

 

          *****


 「それでは。スケジュール調整が出来たら、ご相談をさせていただきます」

 レオが企画書の山に手を置いて、ナナオの目を見ている。

 対外的には美少女艦長ナナオがトップの階級に見えるだろうし、ビッキーは正体を表に出すつもりはないらしい。

 レオも裏側を知ってか知らずか、俺たちの芝居に付き合ってくれているようだ。

 「良き様に計らってたもれ」

 「よろしくお願いします」

 ナナオの返事に被せて、ノアも返事を口にする。

 コイツナナオに悪意が無いのは十分に承知をしているけれど。

 そろそろ宮廷言葉から日常言葉に切り替えてもらわないと、どこかで誤解が生まれかねない。

 会議室から出て、ゴールデン・ビクセンへの通路に繋がっている店の裏口ドアへと向かう途中で店内をチラ見する。

 フリゲート艦奪取作戦に参加した立耳海兵や水兵たちが、メイド服を着た美少女たちと楽しそうに話をしているようだ。

 犬族も狐族も狼族も小耳族もいるけれど、妖狐族は混じっていないように見える。

 メイドたちの正体が大耳族エルフとあっては、妖狐族は落ち着いて遊んでなんかいられないだろうしな。

 それとは別に。

 メイドカフェ・ハルティアが在るアキバという町に住む小耳族の若者たちも来店していて、微妙な空気が流れている様子だけれど。

 これからは同じ職場で働いてもらうことになるかもしれない、貴重な人材候補だから仲良くしてもらうほうが良い。

 ともかく、家族ぐるみで新規事業のお客様ゲストになっていただける可能性は大きいのだからな。

 本艦でも乗組員たちに一言、ナナオ美少女艦長から指導をしてもらっといたほうがいいだろう。

 そんな取り留めも無いことをアタマに思い浮かべながら自分のキャビンに帰って来たノアは。

 コットへ潜り込んで、久しぶりに大昔に生きていた時代の夢を見た。

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